デジモンDワールド-Repair-(ユキアグモンと少女の冒険記) 作:山下敬雄
「────ええですからここでは成長ではなく、それを進化と呼びます。リアルワールドで言う成長でも間違いはないのですが、膨大なデータを蓄積ロードして、デジモンは幼年期→成長期→成熟期へと至るため、その事象を脳の容量を拡大した人類の進化や環境に応じて系統分岐していった生物に当てはめて──あれ? どうしました? 雑音が……」
電話相手の橘砂雪へと、持ちうるデジモンの知識のかぎり熱弁を振るっていたKだったが、途中で砂嵐のようなノイズが耳につけたイヤホンに流れて来た。
「し、しまった! もしもし、もしもし!」
Kは慌てて呼びかけるものの、ノイズの後に彼女との通話は途絶えた。『ツー、ツー、ツー……』と等間隔の虚しい電子音が鳴り響く。
「なっ、なんてことだ。成長と進化の説明で、せっかくの通話がほぼ終わってしまった……っもう一度かけ直さなきゃ!」
つい、いつもの癖が悪い方に出てしまった。がっくりと肩を落としたKであったが、すぐに首を横にぶんぶんと振り気持ちを切り替え、もう一度電話をかけ直そうとした。
しかしその時、また廊下を渡る足音が鉄のドアごしに近づいて来るのが、Kの耳に聞こえてきた。
(……テントモンがいれば、こんな時……)
起動していたデジコールのプログラムを、デスクトップ画面上から見えないように隠す。相棒のデジモンが今いないことに、孤独感が押し寄せて来たKが険しい表情で嘆いていると──。
「……ん?」
パソコンにコードで接続していた机上にあるデジヴァイスQが、一瞬チカっと発光した。その瞬間、険しい表情をしていた少年の瞳に小さな火が灯った。
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▽
Dワールド寒冷エリア【コチコウチ】にて──。
「あれ? 切れた。……十円ではサービスはここまでのようね?」
ガラス戸ごしに外を見ると、少し降る雪と風が強くなってきた気がする。継続的に鳴っていたノイズの後に、Kと名乗る謎の人物との通話は途絶えた。
砂雪は冗談まじりのことを呟きつつも、今得た得難い情報を静かに言葉にし整理していく。
(でも分かったわ。このこがデジモン。手に持つ球体のこれがデジヴァイス。そしてデジモンは進化する……幼年期、成長期、成熟期……ユキアグモンは今はどれなのかしら?)
詳らかに説明してくれたKの話はとても興味深く、そして砂雪にとってはどれもが新鮮な情報であった。
「すごいわ。この数分間にも一気に世界が広がった気がするわ。電話先の男の人は、とても物知りなのね」
なおも受話器を耳に当てながら、砂雪は満足そうな表情で口角を上げていた。
「サユキぃ、おわったー? いこう、いこうよー!」
「ええ。そうね。もう少し話を聞きたいところだったけど……」
友達かどうかの返事を聞くことも忘れるくらいに、ユキアグモンは退屈しつつも隣で待ってくれていたようだ。急かす様子のユキアグモンに、これ以上この狭い場所で待たせるのも可哀想だと感じた砂雪は、仕方なくコールの鳴らない受話器を元の位置に置いた。
「あ、でも困ったわね。行くって言っても、どこに行けばいいのかしらね?」
電話ボックス内からぐるりと見渡す辺りは、雪、雪、雪。やはりどこまでいっても何も目標物が見当たらない真っ白な雪景色。砂雪は困ったように突っ立ち、顎に手を当てた。
「それならぼくにまかせて! みんなのいるところ、ぼく知っているんだ!」
ユキアグモンはぴょんぴょんとその場で飛び跳ね、そう言い頼もしげにアピールした。
「ふふ、そうね。じゃあ案内お任せするわ、ユキアグモン」
「うんうんっ、まかせてサユキぃ!」
寒風が吹き抜けるコチコウチの雪原。砂雪とユキアグモンは顔を見合わせると、狭い電話ボックスの中を出た。
少女と白い小竜が真っ白な雪の上に異なる足跡を並べながら、歩みを進めていった。
ユキアグモンの道案内に従って雪原を歩いていくこと約20分──。砂雪たちがたどり着いたのは、半球状の雪の家〝かまくら〟が立ち並ぶ小さな集落だった。
「かまくらがいっぱい……ここは?」
「ユキミボタモンの村だよーっ」
「ユキミボタモンの村……」
「ぼくの住んでた村なんだ! おーいみんなぁー、ぼうけんから帰ったよー!」
村に着くや否や胸を張り、ユキアグモンは誇らしげに声を上げた。
すると、あちこちのかまくらから、そろりと顔を出して来たユキミボタモンたち。
彼らに手を振りご挨拶をする砂雪とユキアグモンであったが、村のユキミボタモンたちは、かまくらに顔を引っ込めたり、また出したり二人のことを警戒した様子だった。
「あれぇ、なんでみんな出てこないの?」
「あなたが進化したから、みんなびっくりしているんじゃない?」
「あぁー、そうだった!」
「それに私のことも珍しいのかもね」
「えぇ? でもサユキやさしいからぼくは好きだよ」
「ありがと、ユキアグモン」
元は同じユキミボタモンだったユキアグモンのこと、そしてこのコチコウチでは珍しい人間の姿をした砂雪。ユキミボタモンたちが遠巻きに彼らを警戒するのも無理はなかった。
「ところでサユキィ……」
「なに?」
「ぼく、お腹すいたぁー……」
「お腹? あぁ……そう言われれば私も晩御飯はまだだったかしら。あっ、そう言えば」
ユキアグモンはお腹の辺りを撫でながら『きゅ〜』と腹の虫を鳴らした。自分も晩御飯がまだだったことを思い出した砂雪は、同時にKから電話ごしに教わったある事を思い出した。
「さっきデジヴァイスQの使い方を少し教えてもらったんだったわ。えっと確か背面のボタンをこうすると……あったわ『ファイルバック』」
手にしたデジヴァイスQから、ホログラムビジョンが外に飛び出すように浮かび上がる。それは【ファイルバック】と言われるデジヴァイスQに内蔵された、データ物質を収納・圧縮できる便利な電子鞄の機能であった。
しばらく浮かぶ半透明のビジョンに触れながら、砂雪がファイルバック内の項目を検索していくと、そこには彼女の馴染みの家具やアイテムがあった。
「思った以上にあっちのアイテムを引き継いでいるのね? 取り出すには……ドラッグ&ドロップでいいのかしら? ──あっ」
「わぁっ!?」
ぽんっ、と軽い効果音と共に、村の中央の平地に〝こたつ〟が上から降るように忽然と現れた。
それは砂雪の家にあったこたつと同じものだった。砂雪とユキアグモンは同じく驚いたものの、とりあえずテーブル代わりになるものを取り出せたことに砂雪は一人頷いた。デジヴァイスQに内蔵されていたファイルバックは、Kから聞いた噂通りにちゃんと機能しているようだ。
砂雪は引き続いて、ドラッグ&ドロップを試みる。指定したこたつの机上の座標に、今ファイルバックから選択した鍋を置いた。
それはまだ暖かな湯気を放つ〝おでん〟の入った鍋だった。
「スープも中身もデータとして残っていたようね。不思議だわ」
「サユキサユキ、これなに!? いいにおいする!」
「これは〝おでん〟よ。冬に食べると美味しいの」
「フユ?」
「あ、冬という概念はここにはないのね? 寒いところで食べるとより美味しくなるのよ。それがおでん」
「へぇーそうなんだっ。ねぇねぇサユキぃ、食べていい?」
「ええ。そのために出したんだから、温かいうちに食べてユキアグモン」
「わーいっ!」
台所の火元で煮込んでいたおでんの鍋がそのままの状態で、ファイルバックに保存されていた。ヨダレを垂らし興味津々におでんのことを聞くユキアグモンに、砂雪は微笑みながら、どうぞ食べてと食事の許可を出した。
「これは」
「ごぼてん」
「むしゃむしゃ、これはっ」
「じゃがいも」
「はにゅはにゅ、これはッ!」
「ウインナー」
「サユキぃ、ぼくウインナー好きぃ!」
「ふふっ。お父さんと一緒ね。いいわ、どんどん食べて」
「わーーい!」
砂雪は鍋の底から箸で摘んだウインナーを、気に入ったと喜ぶユキアグモンの小皿へと次々と取り分けていく。
「あら?」
デジモンと二人で食事を楽しんでいたら気づくと、砂雪の座るこたつの周りをユキミボタモンたちが囲んでいた。
「あなたたちも欲しいの?」
「ぼたっ」「ぼたぁ」
砂雪が静かな声で問うと、各々その場で飛び跳ねて頷くユキミボタモンたち。どうやら美味しそうなおでんの匂いにつられて、籠っていた白いかまくらの中からみんな出て来たようだ。以前見せていた警戒心のようなものは、すっかり溶けてなくなっていた。
近寄って来た友好的で可愛らしいデジモンたちを見て、砂雪がファイルバックから大皿を取り出そうとしたその時──。村にある一番大きなかまくらから、氷の杖をつきながら一匹の老デジモンが現れた。
「モッモッモ。村一番のわんぱくっ子がどこに遊びに行っていたかと思えば、まさか人間の子を連れて来るとはのぉ」
「あっ、モジャモン村長!」
ウインナーを片手に持ったまま、ユキアグモンが今出て来た大きな老デジモンに向かい嬉しそうに手を振る。
砂雪もユキミボタモンたちが群がるこたつから立ち上がり、威厳と貫禄のあるその白毛のデジモンに向かい深々と一礼をした。
「モッモッモ。なるほどのぉ。それでこの子がユキアグモンにまで進化したか。……しかしこのちくわという食べ物、おいしいのぉ。もぐっもぐっもぐ」
モジャモン村長がこたつの近くに座り、飯の輪に加わり、おでんのちくわを美味しそうに頬張っていく。同時に砂雪から進化したというユキアグモンの話を聞き、その老デジモンは納得したように頷いていた。
「ええ。ふふ、私もちくわはお気に入りよ」
「モッモッモ。普段は冷たいものばかりじゃからのぉ。おぬしのおでんは、とても温かくて新鮮じゃわい」
「熱いのは平気なのかしら?」
「それなら大丈夫じゃ。このところ、ここら一帯はワシらにとっても幾分肌寒くてのお。おぬしの用意してくれたこのおでんとこたつは、極楽と言ったところじゃな。──おありゃ?」
「あっ。おでんの具がなくなってしまったわ。こんなことならもう少し多めに作っておくべきだったわね?」
モジャモン村長が鍋に入れた箸が、鍋の底を打つ。村の皆で食べると、こたつの上のおでんはあっという間になくなっていた。残ったのは、ほぼスープだけであった。
父と自分の二人分では、到底食べ盛りのデジモンたちには足りなかったようだ。砂雪は困った様子で顎に手を当てた。
「モッモッモ。それならあそこの小屋にある食材を自由に使うがいい」
「あそこ? いいの?」
モジャモンは箸を村の端にある小屋の方へと向けた。その小屋は白いかまくらが立ち並ぶ中で、一つだけ形が角ばっていた。上部に看板のようなものが飾られているようにも見えるが、雪が積もっていて砂雪にはよく分からなかった。
「構わん。それにおぬしのおでんを、みんな気に入ったようじゃからな。村の皆からの依頼と思って、やってくれんかのぉ?」
こたつに集ったユキミボタモンたちが元気に跳ねている。モジャモン村長はそんな村の皆の様子を見て、砂雪へとおでんの製作の依頼と小屋にある食材を使用する許可を出した。
箸をちかちかと合わせて待つモジャモン村長からの直々の依頼を、砂雪はもちろん快く引き受けた。
そして、調理器具をファイルバックから取り出し、ツミレ、トマト、玉ねぎなどを投入し、カセットコンロで沸かしたおでん第二弾を村の皆に振る舞っていると──。
宴会場と化した村の中央広場へと向かい、突然、風を切る危うげな音が横切った。
「!? サユキ、あぶなーーっい! ふせてーっ!」
腹一杯になり、こたつに寝転んでいたユキアグモンが突如立ち上がる。そして、少し離れた場所でまな板を出し玉ねぎを切っていた砂雪へと向かい、大声で叫んだ。
回転しながら飛んできた謎の緑の円盤が、料理中の砂雪へと向かう。砂雪は咄嗟に握っていた包丁を顔の前にし、眼前を通過した緑の円盤が真っ二つに分かれた。
「わっ! きゅうり?」
砂雪を狙い飛んできたのは【グリーンピクルス】、食材ではなくデジモンが放った技であった。
「コラァ、デリバリー中に、おいらのお店の食材を勝手に使うなんて許さないガー!」
そう言い怒りの形相で村の中に現れたのは、食物型のデジモン。トレードマークのバンズの帽子を被ったバーガモンであった。
「食材? あなたのお店?」
砂雪は怪訝な表情でバーがモンに問い返し、続いて後ろにいたモジャモン村長の顔を見た。すると、彼女に見つめられたモジャモン村長は白髭の口元からぺろりとお茶目に舌を出した。
おそらく外出中に勝手に小屋(お店)にある食材を使ったため、そのデジモンは玉ねぎを切っていた砂雪を見かけて怒ってしまったのだろう。舌を出したモジャモン村長の態度からも、お店の店主からの許可など得ている訳はなかった。
「どろぼうっ! しらけるなんてますます許さないガー! 【デリシャスパティ】!」
「サユキぃ! わぱっ!?」
バーガモンはもう完全に、食材を盗んだ砂雪のことを敵と見做している。砂雪の呟いた一言が火に油を注ぎ、バーガモンは次なる技を容赦なく彼女へと向けて繰り出した。
砂雪の立つ位置の左右が急に怪しく翳る。すると胸に勢いよく飛び込んできたユキアグモンが、砂雪の体を後ろへと突き飛ばした。
身を挺して砂雪のことを庇ったユキアグモンが、左右から拍手するように押し寄せた巨大な二枚のパティに挟み込まれてしまった。
「あっ。ユキアグモンっ」
「──ぶるぶるぶるぶる……バァー! サユキをいじめるやつ、許さないぞぉ!」
挟み込まれたパティを凍らして砕いた。ユキアグモンはバーガモンの放った技から脱出すると、データ片へとなった残骸を身を震わせ払いながら、バーガモンのことを睨みつけた。
「ふぬぬぬぬ……こっちのセリフだガー! 二体まとめて、ヤってやるガーー!」
厚いデリシャスパティを破り抜け出したユキアグモンの強さに狼狽えながらも、バーガモンは依然、怒り心頭。食材の泥棒のグルである砂雪とユキアグモンたちに向かい、さらなる怒りの攻撃を容赦なく繰り出した。
宴会模様のユキミボタモンの村は一転して、喧嘩模様の荒れ模様。すれ違いの勘違いから理不尽にも勃発したデジモンバトル、果たしてその勝負の行方は────。