デジモンDワールド-Repair-(ユキアグモンと少女の冒険記) 作:山下敬雄
体の、いや蓄積したデータの芯にまで、温かい何かが今、凍えた喉を通り沁みた。バーガモンが冷たい雪の地の上から目を覚ますと、長い藤色の毛と白い肌をした世にも珍しいデジモンの姿が、至近に映っていた。
「がー、がー……ごくごくぅ……。バギャっ? ごくごくっ──」
それはデジモンではなく、この寒冷の地に訪れた一人の人間の女の姿だった。彼女、橘砂雪が持って来たお椀に入った温かなスープを、バーガモンは目覚めたばかりだというのに、自ら両手でそのお椀を掴みながら、ごくごくと小気味良い喉音を立て飲み干そうとしていた。
「ぷはぁ……生き返ったんだガーっ!」
スープを一気に全部飲み干したバーガモンはそう叫ぶと、寝転んでいた姿勢から立ち上がり、両手を天へと元気に伸ばした。
「起きた? ごめんなさいねバーガモンさん。あなたのお店の食材だって知らずに、私おでんを作ってしまったの」
「オデ……ン? オデンって何だガー? そんなことより、さっきのポカポカスープについてもっと教えるんだガー!」
砂雪は気絶状態から目覚めたバーガモンに食材を勝手に使ってしまった件について謝るも、バーガモンはそんなことも気に留めず、先ほど飲ませてもらった温かなスープに興味津々なようであった。彼女の持っていたお椀についた汁の一滴までを、バーガモンは舌で舐め取って見せた。
「え? あぁ、ふふ。そのスープがおでんのスープなの。ほら、まだ少しあそこの鍋に残っているわ」
予想外の反応を示したバーガモンに面食らいつつも、砂雪はバーガモンをおでんの鍋のあるこたつの元へと案内した。
「オデンのスープっ? これはっ! これはっ? これはー!」
「こんにゃく、大根、ちくわよ」
「これはなんがガっ?」
「巾着ね」
彼女の後を警戒心なくついて来たバーガモンは、次々に指をさした物の試食をしながら、おでんの具材を砂雪から一つ一つ教えてもらっていた。
「サユキ、サユキ、ぼくつよかった?」
「ええ。とても強かったわユキアグモン。守ってくれたのね」
村の中で勃発したバーガモンとユキアグモン、デジモン同士の小競り合い。その結果はユキアグモンに勝利の軍配が上がった。
今は喧嘩していたのが嘘のようにバーガモンとは打ち解けたものの、このマッチアップをさりげなく誘導していた者がいたのを、砂雪は忘れていない。
思い切ってそのことを、同じこたつの席でぬくもるモジャモン村長へと彼女が聞いてみると──。
「モッモッモ。いやぁすまんのぉ。実はおぬしらの力を計りたくて、ワシがつい適当なことを言ってしまったのじゃ。──ア、おでんが食べたかったのは本当じゃぞ? 一石二鳥じゃったの、モッモッモ!」
「だと思ったわ、ふふ」
モジャモン村長は呆気なくバーガモンとの喧嘩は自分が仕組んだ事であったと、その魂胆までを包み隠さずにバラした。
質問をした砂雪本人もその説明で合点がいったのか、膝の上に寝転んだユキアグモンの頭を撫でながら、一つ頷いてみせた。
「いやいや、気づいておったか。モッモッモ……そうじゃ? お詫びと言ってはなんじゃが、困ったことがあれば何でも聞くといいぞ? そうすればワシが知っている範囲の事は何でもおぬしに答えてやろう」
するとモジャモン村長が先ほどのお詫びにと、気前のいいことを言うので、砂雪は顎に手を当てた様子で、とりあえず今一番気になっていたことを村長へと問うてみた。
「それじゃあ、さっそくだけどそのお言葉に甘えさせてもらうとするわ。──とりあえず……そうね? もう少し暖かくて、私以外の人間が他にいるところを知らないかしら?」
「うーむ。実はの。このコチコウチで見かけた人間は、ワシとておぬしが初めてなんじゃ」
「え、そうだったのね。ではこのコチコウチには、他に何があるの?」
珍しそうに見ていた村の皆の視線から予想はしていたものの、モジャモン村長は橘砂雪、彼女の他に人間らしいものは見た事がないのだと言う。
次に、砂雪は質問を切り替えて、このコチコウチという土地の全容をあえて大雑把な問いかけから測ろうとした。
「その質問なら任せてもらおうかの。もっほん……! ワシらのいるこのユキミボタモンの村じゃろ。そして雪。氷。空。あとは、デジモンたちじゃ!」
「随分……のどかなのね。あ、じゃあ、ここに着く道中にいたあの青肌のデジモンは何だったのかしら?」
氷の杖を天と地、彼方へとそれぞれに向けて、モジャモン村長はコチコウチにある全てを語った。
漠然とした質問には漠然としたものしか返ってこない事もある。砂雪はコチコウチののどかさを讃えつつも、ふと、その対局にある事件のことを思い出し、それを口にした。
「あぁ、そいつらはスノーゴブリモンじゃ。気性の荒い奴らでの、ときどき村に現れた時はワシがこうしてッ、こうしてっっ! 追っ払っておったのじゃ! モッモッモ」
「はーい、ソイツならぼくが倒したよモジャモン村長! こうやってこうやってェ!」
「よくやったのユキアグモンよっ。それでこそワシが鍛えた村一番のわんぱくっ子じゃ! モッモッモッモッモ」
(この世界には、悪いデジモンもいるのね? なら迷子の人間の私はこの世界にとって……もう少し、取材したほうがよさそうね?)
ユキアグモンとモジャモン村長が立ち上がり、一緒になって子供のように騒ぎ出した。
この摩訶不思議な世界に住むデジモンたちの事について、まだまだ何も知らない砂雪は、もう少し友好的な彼らの話をここで伺い、情報を集めることにした。
砂雪が村で皆の話を聞きながら情報を集めて回っていると、何か思い当たることがあったのか、バーガモンが彼女に向けて語り出した。
「バーガモン知ってる。配達先にね、ひらったい建物があるんだガー。そこに誰か住んでるんだぞー、なんだかバーガーじゃなくてキンキンに冷やしたコーラばっかり頼むんだガー」
「キンキンのコーラ? バーガーを頼まず、それは妙ね?」
冷やしたコーラのデリバリー注文。人間かデジモンか、何かがその平たい建物の中に住んでいることは間違い無いだろう。砂雪は静かに顎に手を当てた。
「そうなんだガー! でねデリバリーをいつもの所に置いて、そのひらったいのをスキマからのぞいたら、メカメカしてるんだ。きっとここよりはあったかいぞー、何かヒントと食材があるかもなんだガー」
「メカメカ? そうね、そこなら何か情報が見つかるかも。──うん。とりあえずそこに行ってみることにするわ。教えてくれてありがとう、バーガモンさん」
「さっきのポカポカとオデンのお礼なんだガー」
村で取材をつづけた末に、バーガモンからの垂れ込みで、どうやら砂雪の次の行き先は決まったようだ。
「これこれ外に出るというのなら、さっき言っていた乱暴なデジモンには気をつけるのじゃ」
「そうね。それも気をつけないと」
砂雪の様子を嗅ぎつけたモジャモン村長が目の前に現れ、彼女へと物腰柔らかに釘を刺す。
すると、近寄って来たユキアグモンがその砂雪の隣に立ち、堂々と言い放つ。
「サユキは、ぼくが守るから大丈夫っ」
「モッモッモ、それはいい意気込みじゃが、わんぱくっ子のユキアグモンだけではまた道に迷うじゃろうに。どれ、ワシらもおぬしをそこまで送り届けてやることにするかのぅ?」
「ワシら?」
モジャモン村長が氷の杖の底で地をコツンと打ち付けると、雪を飛び跳ねながら小さなデジモンたちが一挙に集合してきた。
おでんを食した後、昼寝をしていた村のユキミボタモンたちは、いつの間にか姿を一回り大きくしたヒヤリモンに進化していた。
▽
「戦力を測るなら……みんなで雪合戦っ!」
「わぱっ!? サユキぃ……なんでいきなりぼくに雪を当てたの?」
ユキアグモンは不意に砂雪から、雪玉を投げつけられてしまった。お腹に受けた小さな衝撃に転んだユキアグモンが、分からずに困った顔をしていると──。
「これは相手に雪玉を当てた数を競う、そういう遊びよユキアグモン。村のみんなでやれば、とりわけ元気な子も数にして分かるわ」
それが砂雪の言い分。そして悪気はなく、遊びのつもりで彼女が仕掛けたことをユキアグモンは理解した。
「あぁっ! なんだ、遊びかー! ならサユキぃ、んぎぎぎ……いくよーっ! それぇっ!」
砂雪が遊びたいことを悟ったユキアグモンは笑いながらかき集めた雪玉を、今、砂雪へと向かい一つお返しした。
「あっ、それは大きすぎるわ……ってもう投げちゃったわね」
一つと言っても、量より質量。頭上に見上げる大きな雪玉が、突っ立つ砂雪の顔に影を作った。
「──モッ! これこれ何をやっとるユキアグモン。守ると言ったおぬしがサユキをいじめてどうするのじゃ」
砂雪がユキアグモンが放り投げた大玉から慌てて退避しようとしていたところ──彼女の前に躍り出たモジャモン村長が、手にしていた氷の杖で迫り来る雪玉を砕いた。
そしてすぐに、無邪気に大玉を放り投げつけたユキアグモンのことを叱責した。
「ご、ごめんなさい……モジャモン村長、サユキぃ……」
「ふふっ。いいのよ。ユキアグモン、あなたは元気すぎるくらいだわ」
「わーい、サユキぃ! ありがとうっ」
しゅんと肩を落としていたユキアグモンであったが、それを聞くと、スカートの雪を払い立ち上がろうとしていた砂雪に向かい体ごと飛びついた。
「モッモッモ、褒めてはおらんようにも思うがの? ぬもっ!?」
「村長もとても元気でいらっしゃるようね」
人間とデジモンの抱き合う微笑ましい光景に、モジャモン村長が立ち止まり笑っていると──また大きな雪玉が、ふわりと空に浮かび、そんな呑気でいた村長の頭上より迫った。
「やってくれたのぅ……ワシはまだまだ……元気の現役じゃわいっ! モモモモっ!」
雪の大玉をユキアグモンがまた投げつけた。今度は砂雪が指差す、白毛の村長に向けて。
不意打ちを受けたモジャモン村長は頭上にのしかかった雪玉を、悪戯をしたふたりに向かい、元気に投げ返した。
「これが、がんもっ! これがきんちゃくっ。これが、こんにゃくっ。えとね、これがっ、これがっ──バギャッ!?」
眺めていた村長や砂雪たちのする遊びに促され、ヒヤリモンたちが始めた雪玉の嵐に巻き込まれ、バーガモンが楽しそうに研究していたおでんの雪が崩される。
小さな遊びと悪戯から始まって、いつしかユキミボタモンの村は、雪玉があちこちで飛び交う盛大な雪合戦の会場になっていた。
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▽
村中に乱れ飛んでいた白い雪玉の嵐は止み、雪原の上で踊るデジモンたちの影が静かになっていく。
○ユキミボタモンの村:第一回雪合戦(こなゆき杯)のスコア表一覧
モジャモン村長 27pt
ユキアグモン 23pt
ペンイチくん 19pt
ペンジロウ 17pt
ペンミちゃん 17pt
バーガモンさん 11pt
ヒヤすけ 10pt
おヒヤ 9pt
サーヒャ 9pt
ヤッコ 9pt
ヒヤリモン 8pt
リリィ・ヒヤ 8pt
サユキ 7pt
一つ汗をブレザーの袖で拭いながら、砂雪はおもむろにデジヴァイスQを起動する。すると球体の機器からホログラムビジョンが飛び出し、成績上位者順に上から仮想のスコアボードに整理し刻まれていたのは、雪玉を当てた数をポイントにしたものだった。
砂雪が提案し、やがて村全体を巻き込んだ盛大な遊び「雪合戦」は、ついにその終わりの時を迎えた。
残ったのは半透明のビジョンに掲示された数値だけではない。雪原に刻まれたデジモンたちと一人の人間の足跡が、今でもその雪合戦の熱を思い出させるように煌めき、そこに重なっていた。
「カメラアプリは、どこかしら? あ、デジタルならスクリーンショットとかもできたり?」
砂雪がしばらくデジヴァイスQを指でいじりながら、天の光を反射したそんな足跡の景色を眺めていると──。
なにやら駆ける重なる足音が、砂雪の方へと向かい一斉に近づいて来た。
青と赤の毛色をした三匹のペンギン型のデジモンが、近づくのをやめたと思えば、その場でくるくると三匹で円を描くようにはしゃぎ走り出した。
するとシャッフルするように走り回り終えたペンギンたちが、砂雪の目の前に仲良く三匹横並びになっていた。
「そういう遊びなのね」と微笑み理解した砂雪は、今整列した彼らにそれぞれ指をさしながら、デジヴァイスQのスコアボードに仮で名付けていたその名前を言い当てていく。
「ペンイチくん?」
「やぁサユキ、正解正解! 青いのがボクだぺんっ!」
「じゃあこっちがペンジロウっ」
「そうそう青いのがオレオレ! えっぺん! あはははは!」
「紅一点なのがペンミちゃんね?」
「そうよそうチョっ! 進化したんだから褒めてもいいのチョ? フフフフ! ところでなんかここ、チョっと寒くなぁい?」
「ええ、そうね。ふふふ」
元気にはしゃぐ青い二匹のペンギンは、一目ではまるで見分けがつかないものの、どうやらそれで正解だったらしい。
そして余ったのが、人間でいう女の子らしい口調でしゃべる赤いペンギン。その赤いデジモンが、愛らしくも構って欲しそうに近寄って来たので、砂雪はその頭を撫でてあげた。
「それにしてもあなたたちまでもう進化しちゃうなんて、すごいわね?」
「ぼくは進化しなかったよ、サユキぃ……?」
雪合戦中に突如進化したペンモンたちのことを、砂雪が代わる代わるに撫でていると──。
ユキアグモンが騒ぐそのペンモンたちの集いに割り込むように入って来ては、残念そうな顔で砂雪に向かいそう言った。
「ほら、あなたがそんなにもまたすぐに進化しちゃうと、村長やみんながびっくりするじゃない? 私ももう少し、あなたのことをユキアグモンと呼びたいわ。ふふっ、だからもう少し待っていてくれない?」
「あぁーそっかー! ナラぼくも、もう少しサユキのことっサユキって呼びたいっ! だからまだ進化はしないでね、サユキぃ?」
「あっ、あるのかしら? 私の進化……?」
進化できずに落ち込み気味でいたユキアグモンは、砂雪の説く言葉を聞くと、それで納得できたのか、また元気な表情を見せた。
砂雪はユキアグモンの口から出た思わぬ返答に、少し戸惑いながらも、やがて立てた左手の小指をそっとユキアグモンに差し出した。
とても近くで向き合うユキアグモンとサユキ。名前を呼び合った一匹と一人は、お互いまだ進化はしないようにと、指切りげんまんで仲良く約束をしたのだった。