デジモンDワールド-Repair-(ユキアグモンと少女の冒険記) 作:山下敬雄
オールシティ、研究区画。エッグラボ地下3階──。
廊下を渡る軍靴の音と、鉄ドアを開ける重々しい音が響く。内藤と名乗る男がまた、茶髪の少年のいる個室へと定時の監視をしに入って来た。
「──今日の分のディスクは預かった。そうだ、デジモンを従えるセイントではないお前はデジヴァイスの研究と、ロードしたそのデータの解析をしていればいいのだ。捨てられずに済んだその知能を活かし、今はマザーの役に立て」
茶髪の少年は作業を一旦止めノートパソコンから挿入していたディスクを取り出し、それを内藤へと手渡した。見知らぬ軍服を着た筋肉質な男、内藤はブツを回収すると、淡々と少年へとそう告げた。
「……」
茶髪の少年が返事もなく無言でいると、それが睨んだ反抗的な目に見えたのか、内藤は目を細め少年のことを睨み返した。
そして内藤の後ろからは、鉱石型のデジモン、ゴツモンが現れパートナーの内藤と同じように厳つい顔で少年のことを睨む。
「なんだその目は……地獄を見たくなければ脱走するなんて思うなよ。お前の天国はここしかない。我々タクティクスの手から逃れる術など、お前にはないのだからな。飯だ」
そう言うとドア前にいた内藤は、パンと水のペットボトルなどを部屋の床へと投げ捨てた。同じようにゴツモンも石ころを一つ放り投げた。
「フンッ」
必死で飯を拾いに来た少年のことを見下しながら、内藤はゴツモンを引き連れて部屋の前から立ち去っていった。
鉄のドアが厳重に閉まる音が、少年の耳を打つ。
「ふぅっ……高圧的な人だ。しかし僕にデジヴァイスの研究なんてさせて、いったい何を考えているんでしょうか……いきなりこんな所に閉じ込められて皆目見当がつかないですね」
内藤がいなくなったのを確認すると、茶髪の少年は必死なふりをやめて床を見ていたその顔を上げた。ゆっくりと額の汗を手で拭うと、その場で軽い愚痴を呟いていた。
「それにあの軍服の人たちが崇めているマザーとは……何者なんだろう? デジモン……なのかな? あと、度々口にしていたセイントって僕の知る選ばれし子たちとは違うのでしょうか? いや、確かにあの人は見るからに……大人……ですよね?」
少年が分かっていることは内藤をリーダーとするタクティクスと名乗る集団があることと、内藤がマザーと呼称する上の存在がいること。そしてデジモンを従える人間たちのことを、内藤がセイントと呼んでいたことだ。
「ここで研究をつづける分には、きっとまだ大した危害は加えてこないだろうけど……そもそもここはデジタルワールドなのか? いや……缶詰にされてちゃ駄目だ。先にこの世界のことをもっと知らないと、僕が何をするにも善悪の判断ができないっ。この研究もいいものなのか……」
思い悩んだ顔をしながらも、飯と一緒に床に投げ捨てられていた新たなディスクを手に取り、茶髪の少年は立ち上がった。
そしてまたノートパソコンを置いた作業机へと向かい、硬い鉄パイプの椅子に腰を下ろす。
緊張で喉が渇いていた──少年が水のペットボトルの蓋を開けようとした、その時だった。開いたノートパソコンの画面隅で、密かに自作していたプログラムに一件の光る通知が届いているのに気づいた。
「!? これは……もしものために僕の作っておいたデジコールのプログラムに、履歴じゃないリアルタイムの通話反応!? もしかして、僕の知っている誰かが!」
茶髪の少年は急いでクリックしたプログラムを起動した。そして片耳に小型のイヤホンをはめ、通話音声を拾い上げていく。
『でじでじ……?』
『ぶっぶー』
『ぶっぶー?』
『ぶっぶー』
『あ、なるほどそういうことね。もしかしてこれも』
『ぶっぶー』
『もじもじ』
『ぶっぶー』
『ヒナギク』
『ぶっぶー』
『ヒヤヒヤ』
『ぶっぶー』
「じゃなさそうですね……合言葉を知らない人だ。でも、今まさにこの世界のどこかで電話ボックスを使っている人がいる! ……どうしよう、バレるリスクはあるけれど、この方とコンタクトを取るべきでしょうか?」
音声の主は、自作プログラムに設定していた「デジデジ」の後の合言葉を知らない。それは彼女が茶髪の少年の仲間ではないことを意味していた。
だが音声の彼女は合言葉は知らないながらも、その問いかけの意図には随分早く気づいていた。決断しかねた茶髪の少年は息を呑みながらも、もう少しの時間様子を窺うことにした。
『ここはシンプルに、もしもし』
『ぶっぶー』
『ヒヤリモン』
『ぶっぶー』
『ユキアグモン』
『ぶっぶー』
『あっ、タルタル』
「あっ、惜しい! ってそんな場合じゃ──もしもし!」
いちいち肩を落としたり、拳を握りしめてクイズの答えを待っている場合じゃない。痺れを切らした茶髪の少年は、マイクのミュートを解除し自ら通話へと割り込んだ。
『え、問いかけが変わった? なるほどそういうセキュリティ、間違えすぎたようね。じゃあ──しもしも』
「しもしもじゃなくーーーー! もう合言葉はいいですからっ!」
『え、そうなのね。あ、ちなみに? デジデジ?』
「モンモンッ──です。って僕が言っても仕方がないのですが……じゃなくて、あなたは! セイントっ、いや……デジタルワールドに来た人間の方ですか!」
『ん? デジタルワールド……そうね。私は人間の橘砂雪。あなたは?』
「そうでしたね、僕は……あ(どうしよう何も考えてなかった)…………」
『……?』
少年の思った通りに音声の彼女の物腰はやわらかく、まともに話の通じる相手だった。だが、通話に出てコンタクトに成功したものの、まだ迂闊に本名を名乗る訳にはいかない。
「────K。これから僕のことは、そう呼んでください!」
沈黙を破った茶髪の少年は、とりあえず己のことを〝K〟と名乗った。
もしものために自作していたプログラム、デジコール。デジタルワールドに無秩序に点在する電話ボックスに繋がるそのプログラムで、Kは音声の主、橘砂雪とのさらなるコンタクトを試みた。