デジモンDワールド-Repair-(ユキアグモンと少女の冒険記) 作:山下敬雄
雪合戦の成績をもとに結成された【コチコウチぼうけんたい】。
砂雪たちは、温かいおでんをバーガモンの店にあったコーラの容器に詰めて、ユキミボタモンの村を出発した。
案内役のバーガモンを先頭に、砂雪とユキアグモン、モジャモン村長やペンモン三姉弟がつづく。携帯したおでんを頬張り、歌を口ずさみながら雪原を歩むその姿は、まるでのどかな雪の上のピクニックの一幕だった。
コチコウチぼうけんたいが、足並みを揃えて雪原を進むこと数十分──。
不意に先頭にいたバーガモンの前に走り出た砂雪が、そこで立ち止まり、両腕を広げて皆に行進を止めるよう合図を出した。
「待って。なにかおかしいわ」
「どうしたのサユキぃ?」
すぐに砂雪の隣に駆けつけたユキアグモンが、前方の景色を見つめたままでいた彼女の顔を見上げ、不思議そうに問う。
『あの途切れた足跡の……三歩前辺り、そこよ、一発頼めるユキアグモン?』
すると砂雪はその場でしゃがみ、隣のユキアグモンにそう耳打ちをし指示を出した。
「あはは、おっけーサユキっ! 【ホワイトヘイル】!」
砂雪の指示を受けて、ユキアグモンが口から発射した氷柱の技が、指定された地点に突き刺さる。
一本の氷柱が雪原に突き刺さった直後──雪の下から醜い悲鳴が上がった。そして穿たれた雪の中から、細やかなデータ片の光が天に昇るように散った。
雪原に響き渡ったその断末魔を皮切りに、次々とあちらこちらの雪の中から青い手が突き上がる。
天に手を伸ばし、やがてそこから飛び出してきたのは、〝敵〟。青い肌をした小鬼──スノーゴブリモンたちの群れが、何もなかったはずの一面の雪原の中から、潜めていたその身を現したのだった。
コチコウチぼうけんたいは、道中にて待ち伏せを仕掛けて来たスノーゴブリモンの群れと既に交戦の真っ最中。
上回る数の軍勢に囲まれてしまうも、ぼうけんたいの彼らは怖けずに寄りつく敵を迎え撃っていく。
「「【無限ビンタ】──ぺぺぺぺぺぺぺ!! ンっ!!」」
「【トロピカルピーク】!──チョチョチョちょちょ! アチョーーーー!」
事前の雪合戦の成果か、飛び交う雪弾を縦一列に並び走りかいくぐった三匹のペンモンたちが、スノーゴブリモンに向かい持ち前の技を至近より放った。
一斉に繰り出した強烈なビンタと嘴の嵐が、顔を左右に揺らし打ち、ついばみ、敵をへろへろにノックアウトさせていく。
「なんでビンタなのよぉ? ちゃんとあたしに合わせてチョっ。アチョー!」
「ボクはびんびんのビンタの気分だったぺん?」
「オレもっとしばきたーーい、あはははは」
嘴かビンタ、どっちで敵をいじめるかは、各々の気分や好みがあったようだ。息が合っているのか分からぬ連携で、ペンモンたちはまた同じ縦一列に走る戦法を繰り返す。
「モッ! ここはワシらで十分じゃ。バーガモンよ、サユキとユキアグモンを配達先に道案内するのじゃ。雪道は気まぐれじゃからの、ご機嫌な風が吹いてる時に迷わず行くのじゃ」
氷の杖を振るい、棍棒一本で挑んできたスノーゴブリモンをその剛腕で薙ぎ払ったモジャモン村長は、そう言うとバーガモンへと次の指示を下した。
「わかったガ、オデンのサユキとユキアグモンもこっちなんだガー!」
モジャモン村長とペンモンたちがスノーゴブリモンたちを相手取ってくれている。誂えられたように今開いた突破口に、指示を受けたバーガモンが、まだ戦っていた砂雪とユキアグモンについて来るように呼びかけた。
「ありがとう。みんな気をつけてねっ、中を調べたらすぐに戻るわっ」
「みんなー、ぼくの分も残しててねーっ!」
砂雪とユキアグモンが手を振ると、モジャモン村長とペンモンたちが元気に手を振りかえす。
スノーゴブリモンの群れの緩くなった包囲網を抜けていく。バーガモンに道案内をされながら、砂雪たちはこの先にある、ぼうけんの目的地を目指し走った。
▽
バーガモンの案内に従って雪原を進むことしばらく──突如として、白銀の世界に穴を開けたように現れたのは、湖だった。
「わぁ海だ、海! サユキっ、お水がいっぱいあるよ!」
「これは、海というより湖……? その中にまた陸地が見えるわね」
穏やかに静まるその水面を、白い湖畔から眺めていたユキアグモンと砂雪。そんな珍しそうな目で立ち止まるふたりの耳に、呼びかけるバーガモンの声が聞こえてきた。
「こっちだガー! ここから船に乗るんだガー!」
「船? ここには乗り物らしきものは見当たらないけれど」
バーガモンの手招きに応じてその場に近づいた砂雪が周囲を見渡すも、辺りは積もる雪ばかり、湖を横断してくるような船の影も見当たらない。
すると、バーガモンが足元の雪をぽんぽんと幾度か踊るように踏みつけた。直後──地が重く震動する音を立てた。
変哲なく広がっていた雪原は小さく割れ、湖に接していた雪地の一部が湖の上をゆっくりと動き始めた。
「デジタルなら……これもありよね?」
「はやくこっちに飛び乗るんだガー!」
「うんっ」
「とぉっ! わぱっ──」
湖のぎりぎりでローファーの足を踏み切り、砂雪は先にバーガモンを乗せて動き出したその雪原の断片へと飛び移った。つづいてユキアグモンが飛び移ろうとするも、勢い余って砂雪の胸元へと飛び込み、ふたりしてその小さな地の上で転んだ。
なんとか無事に不思議にも湖を進む雪の船の上へと、乗り移ることができた砂雪たち。歪なその白い船の行き先は、湖の中央に陣取る雪原の内陸地へと吸い込まれるように向かっているようだった。
そして5分にも満たない航行で船を着けて、難なく目的地へと上陸を果たした砂雪たち。
「ここね……。さて、どこが入り口なのかしら?」
たった今、上陸したのは小さな雪の地。そして、砂雪はすぐそこに雪化粧をした平たい建物を発見した。バーガモンの垂れ込みにあった建物と特徴が合致するように見える。
「それなら覚えてるんだガー、おいらに任せ……て、あっちからもわらわら来てるガー!」
さっそく砂雪は、この雪に隠れるように佇む平たい建物の入り口を探ろうとする。遠くから観察していた様子の彼女に、バーガモンが振り向いたその時だった。
藤色の髪を靡かせる彼女の後ろ側、今、湖の向こうから同じような雪の船が、青い小鬼たちをぎゅうぎゅうに詰め込んでやって来ていた。
バーガモンは頭の帽子を落としてしまうほどに驚きつつも、ふたりにその迫る危機を声にし知らせた。
「よーし、ぼくに任せて!」
それならと、ユキアグモンが雪をかき集めて、村の雪合戦でも見せたような大きな雪玉を作りあげた。
「待って、それはダメ────今っ、シュートっ」
しかし砂雪はユキアグモンの考えた悪戯のし方を読んだのか、突然その行動に待ったをかけた。そして彼女にタイミングを指示されたユキアグモンは、一旦地に置き直した大きな雪玉を、豪快にもその足で蹴り飛ばした。
「【スノーロック】!」
船に密集していたスノーゴブリモンたちが島地に取り付いたちょうどその時、なんとも絶妙なタイミングで雪玉がお迎えに転がってきた。敵対デジモンの集団は、迫り来るその大きな雪玉にぶつかり、哀れにも纏めて湖へと落ちていく。
「わーいわーい! あれ、でも? さっきなんで止めたの、サユキぃ?」
ボウリングのピンを全て倒したような爽快さに、喜び跳ね回っていたユキアグモン。だが何故あの時、砂雪が自分を止めたのか、ふと気になったことをユキアグモンは彼女の目に向かい聞いてみた。船に乗っているところを叩けば、結果は似たようなものにも思えたからだ。
「帰りに使える船は多い方がいいから。それに、あまり一方的な喧嘩の仕方は良くないとも思ったの。だから──降りるまでは待ったわ? ふふ」
「あはっ、やっぱりサユキはやさしいんだね!」
「そうね? そういうことにしておきましょうっ」
どうやら船の上で攻撃を仕掛けるやり方を、彼女は好まなかったようだ。
ユキアグモンはそんな砂雪の考えに「やさしい」と感じたのか、そう素直に言葉にして感情を表した。
過程は違えど敵を蹴散らした結果は一緒、その腹積もりや心境がどうであったかは彼女にしか分からないのかもしれない。砂雪は笑うユキアグモンに向かい微笑み、首を縦に頷いてみせた。
そんな愉快なお喋りをしている彼らの背で、雪の中から今芽吹くように、一本の細いホースがゆっくりと伸びた。
ホースの先端に咲いた白い造花、その花弁の内側で──小さなレンズが一瞬きらりと怪しく光った。
船で揃ってやって来た追っ手のスノーゴブリモンたちを、巨大な雪玉の技で歓迎し退けた砂雪たち。
つづく敵の襲撃がないことを確認した後、バーガモンが所定の場所に持って来ていたデリバリーの袋を置いた。
すると突如、──雪原が怪しげにうごめいた。
ガタガタと音を立てて稼働し始めた雪の下のコンベアに乗せらせ、デリバリーの袋が平たい建物の方へと向かって運ばれていく。
やがて、建物上部のハッチが開き、デリバリーの袋がその中へすっぽりと吸い込まれていった。
そしてハッチが自動で閉じようとしたそのタイミングで、平たい建物の上を駆け上った砂雪が動いた。
砂雪が手にしていたのは、ユキアグモンに言って事前に作ってもらっていた氷の杖。モジャモン村長のいつも所持していた杖を模した物を、閉じかけのそのハッチへと上手く噛ませた。
「上手くいったガー? ならバーガモンはここで船を見張ってるガー。食材は頼んだんだガー」
「ええ、お願いね。ユキアグモンと中を調べたらすぐに戻るわ。もちろん食材も見つけるようにするわー」
手筈通り、バーガモンに見張り役を任せた砂雪とユキアグモンは、さっそく開いたままのハッチへと向かい足裏から飛び降りた。
やがて噛ませていた氷の杖はひび割れ、折れ──頭上に開いていたハッチが重く閉まる音が鳴った。
「メカメカに入れたー! わぱっ──ふぁ、ユっ、ひぃ!?」
侵入そして着地成功──。中の通路に降り立つなり、ユキアグモンが喜びの声を上げようとしたその時、隣にいた砂雪がユキアグモンのその特徴的な白い顎を、両手で上下から押さえた。
「しーっ……他のデジモンの家かもしれないわ。ここからは〝忍び足〟でいきましょう」
それを聞いたユキアグモンは、コクコクと首を縦に振った。砂雪はそのまま聞き分けのいいユキアグモンの鼻先を撫でていく。
「サユキぃ、サユキぃ、ところで〝しのび足〟ってどんな足ぃ?」
「そうね……静かに獲物を狙う時の足よ」
「あぁ〜! わかった、わかったぁっ!」
意思疎通と確認を終え、慎重に奥へと進み始めるふたり。
だが、しばらく見知らぬ通路を歩いた後、ふと振り返った砂雪は思わずその足を止めた。
「べつに這わなくてもいいのよ? そんなに腹をこすっちゃって……ふふっ」
見れば、ユキアグモンは床を低く這いながら、忍び足よりももっともっと慎重な姿勢で進んでいた。まるで雪原に身を潜める要領で、本当に獲物を狙う様をやってくれていたようだ。
獲物を狙う時の足は、少々例えが悪かったようだ。同じように静かに自分の後を来るように、そうシンプルな言葉で砂雪はユキアグモンに言い直した。
気を取り直し、ふたりは、中でまだ続いていたコンベアの線路沿いを辿っていった。だがその途中でコンベアのレールは途切れてしまっていた。
見失ったデリバリーの袋がまた別のハッチに吸い込まれたのか。それに、ふたりが降り立ったこの建物の中は、まるで複雑な迷路のように入り組んでおり、一筋縄ではいかない構造のようだった。
駆動音が止まったコンベアと行き止まりの壁の辺りを見つめたまま、砂雪が顎に手を当て、通路で悩ましげに立ち止まっていると──。
その時、砂雪の羽織るブレザーのポケット内に収めていたデジヴァイスQが振動した。突然のバイブ音に反応した彼女は、それを手に取った。
「なに? ……K? ああ、電話ボックスの『デジデジ』さんの──」
封蝋のように、鮮やかな緑の文字で中央に「K」と書かれていた──。そのイニシャルに聞き覚えのあった砂雪は、デジヴァイスQに突如届いた一通の赤いメールを開いてみる。
すると、砂雪が指先で触れた緑のK、赤いメールに施されたそのおしゃれな封蝋が溶け出した。
そして折りたたまれていたメールはみるみると展開され、なんと、砂雪の眼前に広がる一枚のホログラムマップになった。
「この建物の地下に入ってまだ間もないと思うのだけど……仕事のできる人って、こんな感じなのかしら?」
デジヴァイスQが投影するこのホログラムマップが示唆しているのは、きっとこの迷宮のように入り組んだ建物のことに違いない。マップの通路部で緑に点滅し重なる二つのポイント、全容と現在地点をざっと確認した砂雪はひとり頷いた。
「──うん。なら一度この地図のルート通りに進みましょう」
どうやってこのような精巧なマップを作り上げ、このデジヴァイスに送信したのか。もしかしてここにKなる人がいるのかもしれない。砂雪はその可能性も考えた。
あるいは罠──。だが、電話越しにもKと話した限りでは、彼がそのような事をする人柄にも砂雪は思えなかった。結果、マップ上にご丁寧にも光る黄色い線で示されたそのガイドに、彼女は従うことにした。
「サユキっ、サユキッ! これ見てっ、ここっ、お宝だー!」
「さぁ、どんなお宝かしらね」
ユキアグモンがホログラムマップに示されたお宝のマークを、飛び跳ねながら指差す。
今、砂雪が指先になぞっていいた黄色いガイドを行き先は、そのお宝のありか。
はしゃぐユキアグモンのことを見て一抹の疑念をも振り払った砂雪は、さっそく行き止まりの通路を引き返し、確かな足取りで前を目指した。
ホログラムマップに敷かれた黄色のガイドルートに従い、歩を進めていった砂雪たち。道のりの8割近くを消化したその通路の途中で、ユキアグモンが何やら不安げな顔で砂雪に声をかけてきた。
「サユキぃ、ぼくぅ……」
「何? ──もしかして、おトイレ? なら……あっ、そこにあるわ」
ちょうど今出た通路の突き当たり、砂雪の指差すその左手側には、鉄のドアが二つ並んでいた。そして鉄ドアの上に設置された小さな看板には、デジモンの頭部をドット絵で模したものと、もう一つ奥には人間の形に見える二つのピクトグラムが並んで刻まれていた。
(人間のマークも……ここには誰かいる、いや、いたの?)
二つのピクトグラムの看板は、綻ぶような明滅を繰り返し薄らいで見える。それに哀愁を感じた砂雪はなんとなく、そう思ってしまった。
砂雪が突き当たりで立ち止まっている間にも、ユキアグモンが慌ただしくトイレへと駆け込んでいく。
用を足すユキアグモンを待つ間にも、何もしないでいるのもなんだと思い。砂雪は残りちょっとの道のりを消化し、一人で先に目的地点の「宝のありか」の下見に来た。
砂雪が近づくと自動で開いたドアの先は暗かったので、手にしたデジヴァイスQのライトを頼りに、また慎重に部屋の中を歩いていくと──。
「ここは……何かの制御室?」
ここは一層「メカメカ」しい。まるでSFの世界のように、並ぶ見知らぬ機器の数々を見てそう感じた砂雪。
だが、何から手をつけていいのか皆目見当がつかず、彼女がそれらをじっと遠くから眺めていたその時だった。
照明代わりに手にしていた彼女のデジヴァイスQが振動した。
「K──今度は何を教えてくれるのかしら」
機器の観察をやめた砂雪は、またも突然届いたKからの赤いメールを迷わずに開いた。
⬛︎
①まず電源レバーを入れ──この手順通りに、コンソールパネルを操作してみてください。
②できたらモニターに翳したデジヴァイスQで、表示されたデジ文字をスキャンしアクセス。
③周囲に情報源となるアナログの資料やアイテムが他にあるかないかを確認。あればカメラ機能かファイルバックで保存をしてくれると助かります。
※それと余談ですが……サユキさんが探索中、僕がざっと調べたかぎり、おそらくそこはワケあって廃棄された何らかの研究施設の可能性が高いです。
④あとはこっちがやります!
⬛︎
メールを展開すると──半透明のホログラムビジョンが飛び出し浮かび上がる。コミカルに踊るてんとう虫のアイコンを添えて、そこには①〜④の項目順にご丁寧な指示が記されていた。
「廃棄された研究施設の可能性……なるほど情報の宝庫と言いたいワケね? それに……まるで迷子を導く天の声ね」
Kの高い情報捜査能力と二度のメールによる手際のいい導きに、砂雪は感心したように口角を上げた。
「うん──私にできるかどうか分からないけど、用意してくれたこのマニュアル通りにやってみる価値はあるわね」
操作マニュアルを熟読した砂雪は、薄暗い部屋にあったコンソールパネルに向き合った。電源レバーを起こし、埃を被っていたパネルが今息を吹き返したように、カラフルな色彩を放ち明滅した。