デジモンDワールド-Repair-(ユキアグモンと少女の冒険記) 作:山下敬雄
アーカイブ大陸西部、ゴールドシティ。富と土に恵まれたその市内を、カーキ色のトレンチコートを羽織った旅人の男は、静かに歩いていく。
デジヴァイスQにインストールしたソーシャルアプリ、【デジっくす】。リアルタイムあるいは過去に投稿された些細なつぶやきや怪しい噂を道すがら受信しながら、旅人の男は忍び訪れた昼の市街地で情報をかき集めていく。
(人間とデジモンの連続失踪事件……)
調査を進めていく中で、旅人の男は不穏な噂をキャッチした。それはこの一見、平和にも見える街には似つかわしくない噂だった。
⬛︎デジっくす
あいつじゃない。この前来た大きい敵のデジモン。(ユウコ)
あのおっかないグレイモンに食べられちゃったのよ。(カナです)
なんか目つきもやばかったよねー。(テリアモン推し)
巡回中のシティガードも怪我したんだってよ。束になっても敵わないぐらい強かったらしい。(クワガーモン)
やだ、コワァイ……。(マコト♡)
(グレイモン……本来ならば、しつけのしづらい凶暴なデジモンの一体ではあるけど、まさか……。いや、あり得ない。だとすれば野生の流れものか)
そんなグレイモンを手懐けられる人間には心当たりがある。流れてきたこの物騒な噂話は、旅人の男が探している人物の一人、その人のグレイモンではないことは明らかだった。
旅人の男は人の往来が多い道を歩きながら、さらに【デジっくす】を用いた調査を進めていく。
⬛︎デジっくす
ねぇ知ってる?(マシバ)
セントラルにある大木に、酔い潰れて登っちゃった子がここを追放されたって噂。(マシバ)
私たちも気をつけよ。シティの外なんて野良デジモンばっかで怖いし。(ヌメちゃん&メアリー)
道端の地点に投稿された新たな気になる噂をまた拾い上げた。
(あの大木か……。少し調べてみる価値はありそうだ)
街の中央に高々と伸びる大木を、しばらく立ち止まり目視した旅人の男は、そのまま静かに右の方に流れて歩いていく。
そして人気がなく暗い路地裏の中に入ったところで旅人の男は、デジヴァイスQを前へと握りしめた。
「出てこい──【ワームモン】」
デジヴァイスの中へと圧縮して持ち運んでいた幼虫型のデジモン──ワームモンを、外へと呼び出した。
「ぷはぁ……ケンちゃん、この丸いデジヴァイスやっぱり慣れないよ」
「ごめんよワームモン。次はもっとこいつを改良してみせるから」
「ううんっ! 大丈夫! それでケンちゃん刑事っ! ボクは何をすればいいの?」
「あぁ、さっそくだが進化だワームモン。……デジメンタルアップ!」
呼び出して早々にも問いかけるワームモンに向けて、旅人の男──賢は丸いデジヴァイスを翳した。
【ワームモン ──A・Evolution──> サーチモン】
仄かな光と共にワームモンの緑の外郭が、硬い銀色の装甲に塗り替えられるように覆われていく。そして特殊なアーマー進化をし現れたのは、【サーチモン】。円盤状のレドームを背負った、情報収集と索敵能力に長けた昆虫型のデジモンだ。賢が事件や噂の捜査の際には、ワームモンのこの進化形態を頼ることも多い。
さっそくサーチモンは、背部のレドームを作動させ街の広域に流れる音の数々を収集していく。紐づく賢のデジヴァイスにも、サーチモンがマイクロ電波を飛ばしキャッチした音の波形が、人間のものとデジモンのものに分けられ表示されていく。
そんな風に路地裏からふたりで手分けして拾った音の選別を進めていくと、突然サーチモンが赤い目をぎらりと光らせた。
「この感じ……ブイモン……っ?」
「ブイモンっ! 本当かサーチモン!」
【ブイモン】──サーチモンの発したそのデジモンの名は、賢にとってもよく知る特別なもの。本当かどうか、すぐさま賢はデジヴァイスから目を離し、見つめるサーチモンに聞き返す。
「この足音、間違いないよケンちゃん。それに人間も一緒にいるみたい! これって……」
「発生源はシティマップ──セントラルの……この宮殿の方からだ」
ブイモンのサンプル波形の持ち合わせはない。だがサーチモンの直感と言葉を信じた賢はデジヴァイスで音の発生源、その詳細な場所を確認し特定する。
「よしっ! こうしてはいられない、行こう! 潜入捜査だ……ワームモン!」
「うんっ!」
音の収集の役割を終えたサーチモンは、身から光を拡散させ成長期のワームモンに退化した。そして、トレンチコートを翻し、影のさす路地裏から街の光へと走り向かっていった賢の後を追いかけた。
▽
ゴールドシティの中央区に聳え立つのは、絢爛豪華なキンモク宮殿。
今その四階へとつづく廊下を、ひとりの人間が台車を押しながら歩いていた。
「荒ぶる海を超え、歯車じかけの森を抜け、ムゲン大の愛を持って今ッ、お届けに参りました【ピエモンピザ】でーす!」
恥を押し殺しながらも、商品お届け時の決め台詞をお客様に向け、一言一句間違えずに言い切った。そんな赤と黒のぴっちりとした制服を纏い、仮面を被ったピエモンピザの配達員に扮したケン。
しかし今彼が押していた台車から手を離しドアを開けた先にいたのは、どこか黄色い体色のブイモンと知らないお嬢様の姿だった。
「さぁブゥちゃんっ! なら次は一緒に、私の好きな映画を観ましょうか」
「わーい、たのしみたのしみー!」
ソファーにかけるドレス姿の銀髪のお嬢様と、その隣で寝転ぶ少し肥えたフォルムをした黄色いブイモン。それらは、ケンとワームモン、ふたりが期待と想像をしていたお客様の姿とは違った。
白い布で覆われた台車の下方、そこから顔を覗かせたワームモンが怪訝な表情で黄色いブイモンを見ながら、ケンちゃんに問いかける。
「ケンちゃんケンちゃん……こんな色だったっけ、ブイモン……。なんか黄ばんでるような」
「あっ、あぁ……そうだね。ブイモンには見えるが……僕の知らない亜種か何かか……」
「ぼくが黄ばんでるだとー! オマエか、言ったのぉ!」
不意に起き上がり開いた部屋のドアの方を睨んだブイモンに、ワームモンは白い布から出していた顔をさっと引っ込めた。
食い散らかした部屋で、黄色いブイモンは仮面の配達員のことを怒った様子で指差しつづけている。
「ブゥちゃん、今いらしたこの仮面の方は……? あっ、注文していたピザ屋さんね! ならピザはそこのテーブルに置いてくださ──」
お嬢様は合点がいったのか、明るく両手を叩き合わせた。仮面のピザ屋の配達員に扮したケンに、ソファーの前のテーブルの上までピザを運んでくれるように頼もうとした。
しかし、その時──。
『待てぇええ、シーフードピザの持ち込みはこの宮殿では御法度だ曲者めぇぇ! 【シザーズエクスキューション】!』
ものすごい勢いで突如駆けつけ現れた衛兵のガニモンが、後ろから怪しげな配達員のことを襲った。
容赦なく背を引き裂かんとしたガニモンの鋭い爪を、前転しながら避けるケン。
台車から身を這い出し不意打ちを仕掛けたワームモンは、口から粘着力のある糸を吐き出しガニモンを無力化。さらに部屋の内から開いていたドアを、糸を何重にも絡めて封鎖していく。
だが一匹無力化したところで、シーフードピザの匂いを嗅ぎつけ、廊下を横歩きで渡り殺到する衛兵のガニモンたち。封鎖された粘つく糸の障壁を、衛兵たちはすぐさまハサミでちょんぎっていく。
「──! まずいっもう気づかれた。ッ……とりあえず対象を安全な場所まで確保、話は後だ。ワームモン進化だ!」
「ぷしゅーーっ! 分かったケンちゃん!」
多勢に無勢、突破されるのは時間の問題。バレたらそれまで、変装は意味をなさない。仮面を脱ぎ捨てたケンは、ワームモンにデジヴァイスQを翳した。
【ワームモン ──Evolution──> スティングモン】
蟹の姿をしたデジモン、ガニモンたちが糸の障壁を突破すると同時に、部屋が眩しい光に満たされる。
直後、さらに吹いてきた激しい風に、目をくらまされていたガニモンたちが横転していく。
「かっこ……って、わわ、なんですのーー!?」
「ぶぃいいい!?」
ソファーの上で臆病に震えていたブイモン、そしてケンが軽々と抱えたお嬢様のことを、まるまる大きな両手で掬い上げたのは、成長期のワームモンが進化した成熟期のスティングモンの姿。
より深き緑の体色。翅を生やした冷徹な虫の戦士が、窓を、壁までを破ったキンモク宮殿から飛び立っていく。
ゴールドシティの中央区。そこにぽっかりと空いた大きな池の水面には、高く聳える大きな木と、それ以上に高々と飾られた月が鏡のように美しく映っている。
そんな水面に映る美しき月夜の景色を、今、一匹の虫の影が横切った。
『フフフふふふ……』
今両耳にふわりと響いたのは幻聴か。
ケンが風を切るスティングモンの手の上から、水面を見下ろしたその時。月を頭に乗せた、とても大きな兎の影が、そこに妖しく朧げに浮かんでいた。