TSボクッ娘は完璧な王子様系怪盗を演じたいようです。 作:最高司祭アドミニストレータ
ちなみに予定通り投稿出来なかったのは…iPhone Duoの値段で頭ショートしてたためです。
それでは本編、どうぞご覧ください。
星凪市の夕景は、いつだって硝子細工のように冷たく、ひどく澄んでいた。
だが、アリスガワ・リリの目に映る世界は、幼い頃からずっと埃をかぶったショウケースの奥底と変わりなかった。
『アリスガワ・リリ』──巷を賑わす国民的アイドル。テレビ画面の向こうで満面の笑みを振り撒き、求められるままの完璧な愛嬌を演じ続ける生き物。
周囲の大人は彼女を「数字を稼ぐコンテンツ」として扱い、熱狂的なファンたちは自分たちの都合の良い妄想を彼女という無機質なキャンバスに塗り重ねていく。
本当の自分がどこにいるのかなど、とうに分からなくなっていた。
「おい、大人しくしろッ!」
下校途中の人気のない路地裏で背後から口を塞がれ、黒いワンボックスカーへ放り込まれた時すら、リリの心の片隅には冷め切った諦念があった。
(ああ、やっぱりね。いつかこうなると思ってた)
芸能界という見世物小屋にいれば、狂気に憑りつかれた輩に狙われることなど日常の延長線上でしかない。事務所も学校も、誰も助けになど来てくれない。
連れ込まれたのは、潮風と錆の匂いが充満する臨海部の廃倉庫だった。
冷たいコンクリートの床に背中を預け、粗雑な麻縄で手首をきつく縛り上げられる。息苦しい沈黙の中、リリは恐怖で小さく震える身体を必死に抑え込んでいた。
その時、隣から信じられないほど場違いな声が降ってきた。
「やあ、リリ。こんな薄暗くて埃っぽい場所で再会するなんて、実に運命的なシチュエーションじゃないかい?」
「…っ!?」
リリは弾かれたように顔を上げた。
薄闇の中、同じように後ろ手に縛られ、壁に寄りかかっていたのは──同じクラスの、あの鼻につく銀髪の少女ティーエスだった。
「な、なんであんたがここにいるのよ!?」
「下校中に少し裏路地を通ったら、君を無理やり車に押し込んでいる無粋な連中を見かけてね。美しいレディが連れ去られるのを黙って見過ごすなんて、ボクの美学に反するだろう?」
相変わらずの芝居がかった口調、涼やかな微笑み。
だが、その額には微かに冷や汗が滲んでいた。強がっているのだと、リリにはすぐに分かった。ただの一般人の女子高生が、誘拐犯に敵うはずがない。巻き込まれたのだ。私のせいで。
「バカじゃないの…!? 死にたいわけ!? あんたなんかが首を突っ込んで、どうにかなる相手じゃないでしょ!」
リリは恐怖と焦燥をごまかすように鋭い罵声を浴びせた。
けれどティーエスは怒るどころか、白銀の瞳を優しく細めた。
「レディを一人で泣かせるくらいなら、無様を晒す方がずっとマシさ」
その言葉が、リリの胸の奥に刺さっていた氷の棘を、チクリと刺激した。
これまで彼女に近づいてきた人間は、誰もが「アイドルのリリ」を利用しようとする者たちばかりだった。
それなのに、この少女は──ただのクラスメイトである自分を守るためだけに、自ら地獄の釜の底へと飛び込んできたというのか。
「おいおい、小娘どもが仲良くおしゃべりか?」
倉庫の奥から、鉄パイプを手にした屈強な男たちが下卑た笑みを浮かべて近づいてきた。
「事務所に連絡はつけた。身代金は億単位でふんだくれるぜ。…だがよ、金が入るまで手持ち無沙汰だ。ちょっとくらい、アイドル様を味見させてもらってもバチは当たらねえよなァ?」
男たちの濁った欲望に満ちた視線が、リリの制服の胸元へと注がれる。
「ひっ…!」
リリの喉から、みっともない悲鳴が漏れた。逃げ場はない。全身が金縛りに遭ったように竦み、奥歯がガチガチと音を立てる。これが現実だ。残酷で、理不尽で、誰も助けてくれない暴力の檻。
「──そこまでにしておきなよ、下劣な豚さんたち」
乾いた破断音が響いた。
ティーエスが持ち前の柔軟性と瞬発力で手首のロープを無理やり引きちぎり、立ち上がったのだ。瞬く間にリリの縄を解き、その細い肩を抱き寄せて自らの背後へと滑り込ませる。
「リリ、ボクの後ろから離れるんじゃないよ」
「ちょ、ちょっと、何する気──!?」
「ここはボクが引き受ける。隙を見て外へ走りなさい!」
言うが早いか、ティーエスは男たちに向かって果敢に地を蹴った。
その動きは驚くほど鋭く、パルクールで鍛えられた身のこなしで男の拳を紙一重で躱し、膝裏へ正確な蹴りを叩き込む。
しかし、現実は無情だった。相手は何倍もの体重と筋力を持つ大人の男たちだ。しかも数が多い。
ドカッ、と鈍い打撃音が倉庫に木霊した。
「ぐっ…!」
ティーエスの華奢な身体が吹き飛び、床に激しく叩きつけられる。
「ティーエスっ!!」
リリの絶叫が張り裂けた。逃げろと言われても、足が動かない。逃げられるはずがなかった。
男たちが嘲笑いながら倒れたティーエスを取り囲み、無慈悲な鉄パイプと靴を振り下ろす。
ドゴッ、ボキッ、と骨の軋むような凄惨な音が響くたび、ティーエスの口から鮮血が散った。
「やめて! お願いだからもうやめてぇッ!! 私のせいよ! 私が身代金でも何でも払うから、その子を放してぇッ!!」
リリは泣き叫び、床に這いつくばりながら男たちの足首に縋り付こうとした。
しかしティーエスは折れそうな腕で必死に這い、男とリリの間に自らの身体を再び割り込ませた。
ボロボロの制服。切れた唇。腫れ上がった頬。それなのに、彼女の白銀の瞳だけは、濁り一つなく澄み渡っていた。
「ダメだよ、リリ…君は…前を向いて…笑ってなきゃ…いけないんだからさ…」
最後の一撃──リリの頭上へと振り下ろされかけた鉄パイプを、ティーエスは自らの背中で完全に受け止めた。
鈍い衝撃音と共に、彼女の全身から力が抜け落ちる。それでも、意識が途切れる最後の瞬間、ティーエスは血塗れの顔で、リリに向けてふわりと微笑んでみせたのだ。
まるで、「守り切ったよ」と告げるかのように。
「あ…」
ドサリと、ティーエスの身体が動かなくなった。
リリの喉から、声にならない嗚咽が漏れ出す。心臓が引き裂かれるような痛みが、全身を駆け巡った。
『アリスガワ・リリ』という記号ではなく、ただの弱くて惨めな自分を、命を投げ出してまで抱きしめてくれた人間が、この世界に確かにいたのだ。
「ティーエス!! 嫌ああああっ!!」
リリの悲痛な絶叫が、静まり返った廃倉庫を震わせた。
倒れ伏したティーエスの身体を力任せに抱き起こし、その冷たくなりかけた頬に自らの顔を寄せる。涙がとめどなく溢れ、ティーエスの制服の襟元を濡らしていく。
「う、嘘でしょ? 目を開けてよ! お願いだから、死なないで…っ!」
「へっ、泣き喚いても無駄だぜ。英雄気取りのバカ女は終わりだ。さあ、次はアイドルの番だ──」
男が下卑た笑みを浮かべ、リリの髪を掴もうと手を伸ばした。その指先が触れる直前──空間が爆発した。
ズドォォォォォンッ!!!
鼓膜を破る凄まじい破壊音と共に、倉庫の分厚い鉄扉が木の葉のように吹き飛び、砂煙の中から部活帰りのジャージを着たホシノ・ルルが姿を現した。その後の光景を、リリは夢遊病者のように呆然と眺めることしかできなかった。
鬼神の如き形相で突進したルルは、大人の男たちをまるで紙屑のように蹴散らし、振り下ろされた白刃すら素手で叩き折って、瞬く間に全員を血祭りに上げてしまったのだ。
「な、なに、この人…本当に、人間なの…?」
リリが恐怖と困惑で硬直していると、腕の中で微かに何かが動いた。
「うぅ…あいたたた…えーと、彼女は…一応、自称人間なんだよ…」
「─っ! ティーエス!!」
意識を取り戻したティーエスが、痛みに顔を歪めながらもホッとしたように目元を緩めた。血の滲む唇をわずかに持ち上げ、掠れた声で囁く。
「よかった…無事で、本当によかったよ、リリ」
安堵のあまりティーエスの胸元に強く顔を埋めたリリの耳に、トクンと規則正しい心音と彼女の温もりがダイレクトに伝わってきた。
──ドクンッ
リリ自身の心臓が、まるで鐘を乱れ打ちされたかのように激しく跳ね上がった。
(え? な、なにこれ…!?)
息が止まりそうになるほどの動悸。全身の血液が一気に沸騰し、頭の天辺から爪先まで、抗いようのない熱波が突き抜けていく。
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるように苦しい。
(と、トゥンクしてる…!? 私の心臓、いま跳ねた…!?)
恐怖のせいじゃない。痛みのせいでもない。目の前で自分を見て微笑む、このお人好しで無鉄砲で、キザで最高に愛おしい少女に対して──胸が張り裂けんばかりに、激しく恋に落ちてしまったのだと本能が悟っていた。
事件から数日後。警察の事情聴取や形式的な事情説明を終え、星凪市の日常は驚くほど平穏を取り戻していた。
私立星凪高校の教室。昼休みの陽光が差し込む窓辺で、リリは腕を組みながら、遠くの席をじっと見つめていた。
視線の先には、全身に包帯や絆創膏を貼り付けたティーエスがいる。
彼女は何事もなかったかのように、周囲を取り囲む他の女子生徒たちに「やあ、心配をかけてすまないね」などと笑顔を振り撒き、黄色い悲鳴を浴びていた。
「…っ!」
その光景を見た瞬間、リリの胸の内にドロリとした黒い熱情が渦巻いた。奥歯がギリッと音を立てる。爪が手のひらに食い込むほど、拳を強く握りしめていた。
(なによ、それ…。誰にでもあんな顔見せて…!)
我慢できなくなったリリは、席を蹴るように立ち上がり、ツカツカと早足でティーエスの机へと歩み寄った。
「きゃっ、リリ様…!」とたじろぐ女子生徒たちを冷徹な眼差しで睨みつけ、無言の圧力で追い散らす。
「おや、リリ。怪我の具合はどうだい? もう痛みは引いたのか──」
「うるさい、バカ!」
リリはティーエスの机に両手をドンッと叩きつけ、至近距離からその端正な顔を覗き込んだ。至近距離で合う白銀の瞳。途端に、あの倉庫での温もりがフラッシュバックし、耳までカッと赤くなる。
「べ、別に…あんたの心配なんてしてないんだから! ただ…そう、私のために無茶して怪我したんだから、責任取りなさいよって言いに来ただけ!」
「責任、かい? ボクはレディとして当然のことをしたまで──」
「言い訳は聞かない! これからは私の許可なく誰かに優しくするのも、誰かを助けるのも絶対に禁止だから!」
リリは唇を噛み締め、潤んだ瞳でティーエスを射抜いた。
自分でも支離滅裂なことを言っている自覚はあった。けれど、もう止められなかった。
あの日、暗闇の底で命を削って自分を照らしてくれた唯一の光。国民的アイドルの地位も世間の評価も、そんなものはどうでもいい。
この身も心も未来のすべてを投げ打ってでも──この不器用で愛おしい王子様を、誰にも渡さない。世界中の誰よりも深く、私だけのものに染め上げてみせる。
リリの瞳の奥に宿る感情は、もはや単なる憧れや感謝などではなかった。
それは獲物を決して逃がさないと誓うような、狂おしいまでの執着と独占欲を孕んだ──真実の「恋の瞳」そのものだった。
惚れるのも無理はない。
かくいう私も、iPhone13のNew100円スマホフィルムに惚れ惚れしてるという。トゥンク。