TSボクッ娘は完璧な王子様系怪盗を演じたいようです。 作:最高司祭アドミニストレータ
事前に予約投稿すべきですね…。
五月晴れと中間テスト包囲網
☆月□日
大型連休明けの教室には、絵に描いたような気怠い脱力感が充満していた。
ボクが自分の席について頬杖をついていると、日直の生徒が黒板の隅に『中間テストまであと二週間』とチョークで残酷な文字を刻み込んだ。
「うわぁ…高校初のテストとか、マジで無理なんだけど」
「連休のボケが抜けてないのに、死刑宣告かよ…」
周囲から次々と絶望の呻き声が上がる中、ボクは心の中で「まあ、適当に流せば余裕さ」と涼しい顔を保っていた。
前世の記憶と十代にして大人顔負けの知性を持つボクにとって、高校一年生の中間テストなど目隠しをしてパルクールを成功させるより容易いミッションだ。
◇月〇日
快晴の空の下、夏服への移行準備期間がスタートした。
教室内でもブレザーを脱ぎ、ブラウス姿になる生徒が増えてくる。ボクも女子制服を着つつも窮屈さを嫌う前世の癖で第一ボタンを外し、ネクタイを少しだけ緩めていた。
この何気ない着崩しが、ボクの中性的な王子様オーラを倍増させていたらしい。
「きゃっ」
「ティーエスさん、すごく大人っぽい…」
廊下ですれ違うたびに女子生徒たちが口元を押さえ、バタバタと物理的な音を立てて悶絶していく。
ボクは「やあ、今日の君のブラウス姿も涼しげで素敵だね」と爽やかに微笑み続けた。
▲月▽日
保健室での歯科検診。
前世の病室では、虫歯の治療すら身体への過度な負担となるため禁止されていた。だからこそ、自分の口内に虫歯一つない健康な歯並びが揃っているという事実は、ボクに深い感動を与えていた。
「うん、素晴らしい噛み合わせだね。歯磨きも完璧だ」
担当の校医に褒められ、ボクは誇らしげにドヤ顔を決めた。
しかし、すぐ後ろに並んでいた幼馴染のホシノ・ルルに「あんた、保健室で歯を剥き出しにしてニヤつくのやめなさいよ。馬鹿っぽいから」と背中を容赦なく小突かれた。
◎月★日
昼休み。ボクは学園名物の限定『プレミアム焼きそばパン』を巡る、購買前の熾烈な戦場へと身を投じていた。
「そこを退きたまえ! この焼きそばパンはボクのものだ!」
パルクールで培った身のこなしで、屈強な運動部の男子生徒たちの隙間をすり抜け、見事に最後の一個を確保する。
優雅に教室へ戻り、さあ食べようと袋を開けた瞬間。
「あんた神か!! 食堂が激混みで餓死するかと思ってたのよ!」
空腹で行き倒れかけていたルルに、目にも留まらぬ速さで強奪された。野生の反射神経には、怪盗の動体視力すら追いつかないことがあるらしい。
◆月×日
体育館での前期生徒総会。
壇上では生徒会長のスメラギ・サクヤが、凛々しい声で規律正しく議事を進めている。
退屈なボクが体育座りで欠伸を噛み殺していると、右耳のインカムから忌まわしい声が響いた。
『くっふふ…あの生徒会長、外見は完璧な優等生だが、瞳の奥の愛情ホルモン欠乏サインが露骨だねェ。ストレス耐性が限界に近い。少し刺激すれば簡単に狂うよォ』
…母さん、生徒会長の精神分析なんかしないでくれ。ボクの学園生活に余計なトラブルメーカーを増やす気かい?
□月☆日
テスト前で混み合い始めた旧図書館。
ボクがお気に入りの窓際席を確保し、参考書ではなく海外のミステリー小説を広げて読書に耽っていると、ドサリと重い参考書の束が隣の机に置かれた。
トップアイドルのアリスガワ・リリだ。
「べ、別に、アンタの隣が良かったわけじゃないわよ。ここしか席が空いてなかっただけなんだからね」
そう言いながら、彼女は分厚い歴史の教科書で顔を半分隠し、耳まで真っ赤にして座ってきた。ボクは「隣に座ってくれて光栄だよ、レディ」と微笑んでおいた。
▽月◇日
午後から地震想定の避難訓練が実施された。
放送と共に机の下に潜り込む。ボクの怪盗としての頭脳は瞬時に『現在の校舎の耐震構造レベルと、崩落確率に基づく最短かつ最も生存率の高い脱出ルート』のシミュレーション計算を始めていた。
だが、そんな高度な計算も無意味だった。
「ちょっと! 前が見えないわよ!」
隣の席のルルが、防災頭巾を前後逆にかぶったままパニックを起こし、机の下でボクの背中にゴツンと突進してきたからだ。
…頼むから、訓練の時くらい大人しくしていてくれ。
★月▲日
運動部のインターハイ予選に向けた、全校生徒による壮行会。
壇上に並ぶユニフォーム姿の選手たちへ、惜しみない拍手が送られる。
前世の病床では、『激しい運動』そのものが命に関わる禁忌だった。だからこそ汗を流し自分の足で走り、限界に挑もうとする同世代の彼らの姿はボクの胸を強く打ち据えた。
気がつけば、ボクの目からポロリと熱い涙が零れ落ちていた。
「な、なんでアンタが泣きそうなのよ…部活も入ってないのに…」
隣でリリが本気でドン引きしていたが、ボクはハンカチで目元を拭うことしかできなかった。
〇月◆日
放課後の自室。
中間テストの範囲表を眺めていると、インカム越しに母さんからの冷酷極まりない業務連絡が入った。
『いいかい、愛娘。中間テストの目標順位は「学年40位〜50位」の間だ。目立ちすぎず、劣等生すぎない、完璧なモブキャラの数値を出したまえ。もし全教科で満点を取ったりしたら、罰として週末に新型麻酔の被験者になってもらうよォ』
…またしても、ボクの天才的な頭脳に意図的なミスを強いるという、最悪の苦行が決定してしまった。
◎月□日
来週からやってくる教育実習生の話題で、教室が持ちきりになっている雨の日のこと。
職員室の前を通りかかった際、カガリビ・リン警部が、教頭先生から小言を言われているのを目撃した。
「警察の仕事も大変だろうが、テストで赤点を取ったら君でも補習を受けてもらうからな」
「…業務に支障はありません。満点を取れば、文句はないでしょう」
教頭を一瞥し、氷のように冷たく言い放つリン。
その背中を見つめながら、ボクは「彼女なら本当に満点を取りそうだ」と感心してしまった。
☆月×日
突然のにわか雨に見舞われた放課後。
昇降口で傘がなく立ち往生していたリリを見かけ、ボクは迷わず自分の置き傘を開いて差し出した。
「相合傘といこうか、レディ」
リリは一瞬で耳まで真っ赤に染め上げ、「ア、アンタって本当に…!」と怒ったように叫びながらも、傘の下のボクの隣へと小さく滑り込んできた。
彼女の肩が濡れないよう、ボクはさりげなく傘を彼女の方へ傾けて歩いた。
◇月▽日
翌日、登校するなり、ルルがボクの机の前に仁王立ちした。
「あんた最近、あのアリスガワと距離近くない!? 私という幼馴染がいながら浮気配属替えかしら!?」
どうやら昨日の相合傘を目撃していたらしい。
「落ち着きたまえルル、ボクたちはただのクラスメイトだよ」となだめたが、ルルの眉間のシワは深く刻まれたまま、ボクの机をバンバンと叩き続けた。
▲月★日
放課後、数学の難問を職員室に聞きに行こうとしたら、先生の周りに長蛇の列ができていた。
諦めて引き返そうとしたボクを、リンが呼び止めた。
「どこが分からないの。10分だけなら、私が解説してあげるわ」
ノートを覗き込んだ彼女は、流れるような理路整然とした完璧な教え方で解法を提示してくれた。
それに感嘆しつつも中身が天才怪盗であるボクにとっては、解法などとうに知っているため、「なるほど! 全然わからなかったよ!」と無知なフリをするのが一番の難題だった。
◆月〇日
テスト一週間前。部活動が完全停止期間に入る。
教室では、赤点の危機に瀕して頭を抱えるルルと、芸能の仕事の合間で勉強時間が足りず、目に見えて焦っているリリの姿があった。
見かねたボクは、教壇の前でパンと手を叩いた。
「なら、みんなで勉強会でもしようか!」
その場に居合わせたリンも強制的に巻き込み、奇跡の『第4班・テスト対策勉強会』の開催が決定した。
□月▲日
しかし、「どこでやるか」で大激論が勃発した。
「静粛な図書室が最も合理的よ」とリン。
「私の顔がバレない個室カフェがいいわ!」とリリ。
「あんたの家! 幼馴染の特権よ!」とルル。
多数決という名の力技により、ボクの自宅マンションのリビングで開催されることになってしまった。あのマッドサイエンティストの存在という、最大の地雷原へ皆を案内することになるなんて…。
▽月☆日
勉強会当日。
放課後、三人を連れて自宅へ。恐る恐るリビングの扉を開ける。
そこには白衣を脱ぎ捨て、上品なフリルのエプロンを着て優雅に紅茶を淹れる、「完璧に常識的で優しいお母さん」の姿があった。
「あらあら、ティーエスのお友達ね? ゆっくりしていってちょうだいね」
…あまりの落差と完璧な擬態に、ボクの胃がキリキリと痛み始めた。
★月◇日
ローテーブルを囲んで勉強開始。向かい合わせに座ったルルとリリが、教え合いを装ってパチパチと静かな火花を散らしている。
「ほら、私のノートの方が字が綺麗でしょ?」
「何言ってんの、私の問題集の方が実践的で試験に出やすいわよ!」
勉強しているのか、マウントを取り合っているのか分からない。
◎月×日
赤点寸前のルルに対し、リンが赤ペンを構えてマンツーマンの鬼教官モードに入った。
「なぜここで公式を逆に代入するのかしら。非論理的極まりないわ。もう一度、最初から解き直しなさい」
「うぅ、頭がショートしそう…」
容赦ない正論マシンガンの前に、あの野生児ルルが涙目になってノートに突っ伏していた。
〇月★日
夕暮れ時。英語の長文読解に取り組んでいたリリが、小声でボクの袖をクイクイと引っ張ってきた。
「ねえ…この単語の意味、教えて…?」
ボクが覗き込むように顔を近づけると、リリはヒュッと息を呑んで赤面し、持っていた英和辞典をバサッと床に取り落とした。
可愛いところがあるじゃないか、お姫様。
☆月◆日
日没。集中が切れてきた頃、母さんが「夜食のおやつだよォ」とワゴンを押してきた。
皿の上には、星型に切り抜かれたクッキー。ほんのりと蛍光グリーンに発光しているように見えるのは、気のせいだろうか。
「脳の血流を3倍にする特別ハーブ入りさねェ。さあ、遠慮なく…」
「母さん、それは持ち帰ってもらおうか!」
ボクは立ち上がり、全力で危険物の提供を阻止した。
◇月□日
夜。休憩時間、キッチンに飲み物を取りに行ったボクは、ふと振り返ってリビングを見た。
リンに勉強を教わるリリ。そして、テーブルの端でノートを握りしめたまま、じっとボクの背中を見つめるルルの姿があった。
いつもなら「飲み物遅い!」と蹴りを入れてくるはずの彼女が、なぜかひどく寂しそうな、今にも泣き出しそうな瞳をしていて──ボクは首を傾げた。
▲月◎日
勉強会終了。
「効率的な学習ができたわ。場所の提供に感謝するわ」とリンが礼儀正しく一礼する。
「また明日、学校でね!」と、リリが名残惜しそうに手を振る。
ルルは何も言わず、ボクの背中を無言でポンと一度だけ叩き、誰よりも足早に帰っていった。
▽月×日
深夜、自室の机に向かい、テスト勉強を再開する。
静かになったリビングの余韻。
前世の孤独な病室では絶対にあり得なかった、「友達と家に集まってテスト勉強をする」という青春の1ページ。ボクはノートに目を落としながら、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
◆月☆日
明日はいよいよ、高校生活初の1学期中間テストの初日だ。
赤点回避に燃えるルル、努力を重ねたリリ、満点を狙うリン。そして、絶対に目立たない順位を死守しなければならないボク。
それぞれの思惑を乗せて、運命のテストが幕を開けようとしている。
それにしても。帰り際のルルのあの表情は、一体なんだったのだろうか?
ボクの怪盗としての頭脳をもってしても、少女の心の奥底だけはどうにも計算式が成り立たない。
次回は日曜日に投稿です。