TSボクッ娘は完璧な王子様系怪盗を演じたいようです。 作:最高司祭アドミニストレータ
☆月□日
1学期中間テストの前日。
教室の扉を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「have…had…had…うぅ、脳みそが沸騰する…!!」
いつもなら机に突っ伏して大いびきをかいているはずの野生児ホシノ・ルルが、目の下に薄い隈を作りながら血走った目で猛烈な勢いで英単語帳をめくっていたのだ。
「本当にルルかい? 宇宙人に脳をジャックされてないかい?」
ボクが恐る恐る声をかけると、ルルはバッと振り向き鬼の形相でボクを睨みつけた。
「うるさい、話しかけないで! これ以上情報を入れたら、昨日覚えた数式の容量がこぼれ落ちるのよ!」
ピシャリと一喝され、ボクは慌てて引き下がった。どうやら彼女の中で赤点回避=放課後の特等席の死守は、生死を分ける絶対目標に昇華されているらしい。
◇月〇日
昼休み。
「ちょっとティーエス、来なさいよ」と、アリスガワ・リリに屋上へと呼び出された。
「どうしたんだい、お姫様。テスト前でピリピリしているのかい?」
「これ、合宿の時のお礼。あんた、私のこと庇って泥だらけになったでしょ」
そう言って彼女がおずおずと差し出してきたのは、可愛らしいラッピングが施された小袋だった。中には、少しだけ形の崩れた手作りクッキーが数枚入っている。
「アイドルの仕事の合間に作ったから、形は不格好だけど…へ、変な味でも文句言わないでよね!」
リリは袋をボクの胸に押し付けると、耳まで真っ赤に染め上げて逃げるように去っていった。
アイドルの仮面を被っていない、ただの年相応の素の可愛らしさ。ボクは袋を見つめ、「ありがたく頂くよ」と小さく微笑んだ。
▲月▽日
放課後。昇降口で下駄箱の靴を履き替えていると、カガリビ・リンとすれ違った。
「明日は遅刻しないことね。試験開始の十分前には着席し、筆記用具の点検を済ませておきなさい。それから」
リンは生活指導の口調のまま自分の鞄から数枚のプリントを取り出し、ボクの手にバサリと押し付けた。
「私なりの『各教科の要点まとめプリント』よ。あの猛獣とアイドルにも渡しなさい。同じ班の人間が赤点で居残りなど、私の班長としての管理能力を問われるからね」
それだけ言い残し、彼女は足早に去っていく。
プリントには重要語句が色分けされ、驚くほど分かりやすくまとめられていた。不器用すぎる気遣いに、ボクは苦笑するしかなかった。
◎月★日
いよいよ、1学期中間テスト初日の朝。
校門前には、参考書や単語帳を抱えながら登校する生徒たちが溢れかえっている。
「フッ、ついに試練の幕開けだね」
ボクは前髪を風に流し、優雅な足取りで校舎へと向かっていた。前世の知識と怪盗の頭脳を持つボクに、死角などない。
だが右耳のインカムから、水を差すような母さんの冷酷な声が響いた。
『いいかい愛娘。くれぐれも満点なんて取るんじゃないよォ。目標は「学年40位〜50位」だ。目立ちすぎれば、その分だけ私の秘密の研究に警察の目が向くリスクが跳ね上がるんだからねェ』
…分かっているさ。モブキャラを演じるのが、一番の難題だということをね。
◆月×日
1時間目、国語総合。
チャイムと共に問題用紙が配られ、教室内にカリカリと鉛筆を走らせる音だけが響き渡る。
現代文の読解問題など、高度な知性と語彙力を持つボクにとって児戯にも等しい。
選択問題は瞬殺。記述問題も完璧な模範解答が頭に浮かぶ。
ボクは母さんの至上命令に従うため、漢字の書き取り問題で『憂鬱』の文字の画数をわざと一画だけ足りなくするという、精神をひどくすり減らす減点工作を敢行した。
自分のプライドを削るような、地味で過酷な作業だよ!
□月☆日
2時間目、数学Ⅰ。
二次関数のグラフ問題。公式を展開して頂点を求めれば、三秒で答えが出る。
しかし、計算用紙の余白でボクは一人、頭を抱えていた。
(どうすれば、採点者に「あ、この生徒は途中で符号の計算をミスしたんだな」と自然に思わせる間違え方ができる…?)
ただ白紙で出すのは不自然だ。いかに努力した形跡を残しつつ、最終的に間違った答えに辿り着くか。
高度な逆算パズルを自らに課し、ボクは変な汗を流しながら答案を埋めていった。
▽月◇日
初日の午前が終了。
教室のあちこちから、「死んだ…」「あの二次関数、難しすぎでしょ!」と阿鼻叫喚の絶叫が響き渡る。
その中で、ルルが魂の抜けた顔でボソリと呟いた。
「数学、半分は埋めたわよ。リンのプリントに書いてあった公式が、そのまま出た…」
ルルの言葉に斜め後ろの席にいたリンが「悪くない滑り出しね」と、珍しくルルの頭をポンと軽く叩いた。
あのルルが暴れもせず、目を真ん丸にして驚いていた。
★月▲日
初日の午後、化学基礎。
元素記号とモル計算。自宅の地下室でアンタゴの理不尽な化学実験を日常的に見せられているボクにとって、化学はもはや生活環境そのものだ。
酸化還元反応の記述問題で、うっかり最新の大学レベルの論文を引用した論述を書きそうになり、ボクは慌てて消しゴムで激しくこすり消した。
「『水と反応して気体が発生する』…よし、小学生並みの記述に下方修正できたぞ」
凡人を装うのは、天才でいるより遥かに疲れる作業だった。
〇月◆日
テスト2日目。外は土砂降りの雨だった。
傘を差して登校してきたものの、強風に煽られてブレザーの肩をずぶ濡れにして教室に入ってきたルル。
ボクは自分の鞄から清潔なタオルを取り出し、彼女の頭にポンと乗せた。
「風邪を引いたら大変だからね、レディ。テスト前に体調を崩すのは素人だよ」
優しく髪を拭いてやると、ルルは一瞬ビクッと身体を強張らせ、耳まで真っ赤に染め上げて小さく「ありがとう」と呟き、俯いてしまった。
◎月□日
3時間目、英語コミュニケーション。
リスニングテスト。スピーカーから流れるネイティブの英語音声など、ボクにとっては日本語のニュースを聞くよりも容易い。
完璧に聞き取れるものの、ボクは英作文の記述解答において三単現の「s」をわざと二箇所ほど付け忘れるという小細工を施した。
フッ、ボクってば本当に狡猾なモブキャラだね。
☆月×日
4時間目、世界史A。
年号と歴史用語の暗記勝負。
ふと隣の席を見ると、リリが必死の形相で鉛筆を走らせていた。
トップアイドルとしての芸能活動の過密スケジュールの合間を縫って、移動中の車内や楽屋で必死に覚えたのであろう用語の数々。
彼女の真剣な横顔に、ボクは心の中で「頑張れ、お姫様」と静かにエールを送った。
◇月▽日
テスト最終日。
最後の科目の終了を告げるチャイムが鳴り響いた瞬間。
校舎全体から、地鳴りのような凄まじい歓声が上がった。
「終わったァァァ──ッ!!」
どこかのクラスの男子生徒の雄叫びが窓越しに聞こえてくる。ペンを机に投げ出し、全員が数日間の重圧から解き放たれ、深い安堵のため息を吐き出していた。
▲月★日
試験終了後の特別清掃の時間。
教室の床にワックスをかける作業中、テストが終わったテンションで完全にハイになったルルが、モップを両手に持ってスケート選手のようにツルツルと滑り出した。
「ひゃっほーう! 自由だーっ!」
しかし、バランスを崩して派手に転倒しそうになる。
ボクは滑り込むようにして彼女の腰を抱き止め、華麗にターンを決めてキャッチした。
「おっと、フィナーレで怪我をしてはいけないよ」
「きゃああっ!?」
至近距離でボクの顔を見たルルは、悲鳴を上げて信じられないほどの速さで飛び退き、壁に背中を激突させていた。
◆月〇日
テスト期間が明け、部活動が再開された。
グラウンドから威勢のいい掛け声が戻ってくる。ボクはサッカー部の練習に顔を出し、久しぶりに思い切りボールを蹴れる喜びに浸っていた。
パス回しの練習中、ボクは無自覚にパルクールの体幹をフル稼働させ、プロ顔負けの高速無回転シュートをゴールネットの上隅へ凄まじい音と共に突き刺してしまった。
「え?」
キーパーを含め部員たちが震撼して言葉を失っていたが、ボクは「いやあ、まぐれだよ」と爽やかに笑って誤魔化した。
□月▲日
週明け、容赦のない答案返却がスタートした。
まずは国語と数学。
返却された答案用紙を見て、ボクは机の下で密かにガッツポーズを握った。
国語『74点』。数学『74点』。
完璧な減点工作が功を奏し、上位層には入れず、かといって下位にも沈まないという、見事なまでに目立たない絶妙なラインに着地していた。ボクの計算能力の勝利だ。
一方、斜め前の席では。
数学の答案を両手で握りしめ、震える手で点数を確認するルルの姿があった。
赤点のボーダーラインは『35点』。
ルルの点数は…。
「さ、38点…!」
ルルはガタッ! と席を立ち上がり、「か、回避…! 赤点回避ぃぃぃ!!」と絶叫しながら、後ろを振り向いてボクに全力のタックル気味で抱きついてきた。
「うわっ!?」
ボクたちはそのままバランスを崩し、教壇の前でド派手に転倒してしまった。
★月◇日
リリの英語の答案も返却された。
教壇で先生から名前を呼ばれ、点数が発表される。「88点」という高得点に、クラス中から「さすがリリ様!」と拍手が沸き起こった。
リリは「当然でしょ」とツンとすましたアイドルの顔を保っていたが、席に戻る途中、ボクとバッチリ目が合った瞬間だけ、誇らしげに小さくピースサインを作ってみせた。
ボクも親指を立てて、無言で彼女の努力を讃えた。
◎月×日
全教科の返却が完了した。
リンの成績は、学年トップの総合980点オーバーという、もはや化け物じみたスコアだった。
「当然の結果よ。公務の片手間だからといって、学問を疎かにする理由にはならないわ」
クラス中の畏怖の視線を浴びながらも、リンは淡々と言い放つ。しかし、ボクの目から見れば、彼女の口角がほんのわずかに上がり、微かな達成感が滲んでいるのは明らかだった。
〇月★日
廊下の掲示板に、学年総合順位が張り出された。
生徒たちが一喜一憂しながら群がる中、ボクは後ろから優雅に自分の名前を探した。
『47位:ティーエス・プロタゴニスト』
完璧だ。母さんの指定した「40位〜50位」のど真ん中を射抜いた。
右耳のインカムから、『ふん…悪知恵と計算だけは無駄に回るねェ』と母さんの悔しげな舌打ちが聞こえ、ボクは完全勝利を確信した。
☆月◆日
放課後。
赤点を回避したルル、高得点を取ったリリ、そして不動のトップを守ったリン。
ボクは三人を廊下に集め、パンと手を叩いた。
「全員無事に乗り切った記念に、今から打ち上げに行こうじゃないか!」
「肉! 私は絶対にお肉が食べたいわ!」
ルルの即答と鶴の一声により、駅前のファミリーレストランへと向かうことが満場一致で決定した。
◇月□日
夕暮れ時のファミレス。
ドリンクバーのジュースと、山盛りのポテトフライを囲んでの打ち上げの宴。
ルルが特大のチーズハンバーグを豪快に頬張り、リリが「明日からまたダイエットしなきゃ…」とカロリーを気にしながらもチョコレートパフェをつつく。
「ポテトの塩分過多には注意しなさい。血圧が上がるわよ」
リンが小言を言いながらも、自らポテト用のケチャップを小皿に絞り出してみんなの真ん中に置いてくれる。
なんとも騒がしく、そして平和な時間が流れていた。
▲月◎日
日没が近づき、ドリンクバーにメロンソーダのおかわりを取りに行った帰り道。
通路の角を曲がったところで、なぜかルルが待ち構えていた。
「…ねえ、ティーエス」
「なんだい、ルル?」
彼女は周囲に他の客がいないことを確認すると、俯いたまま蚊の鳴くような小さな声で呟いた。
「ありがとね。あんたが家で勉強会してくれなかったら…私、絶対に赤点だったわ」
顔を真っ赤にしてそれだけ告げると、ルルはボクの返事も待たずに小走りで席に戻っていった。
精一杯の感謝の言葉なのだろう。ボクは嬉しかった。これを機に、タックルしてくることをやめてもらいたい。
▽月×日
ファミレスを出ると、星凪市の夜空には星座が瞬いていた。
「それじゃあ、また明日学校でね」
手を振り、三人がそれぞれの家路につく背中を見送る。
前世の病室では決して手に入らなかった、「テストの後に仲間とファミレスで笑い合える」という、ありふれた青春の日常。その眩しさと尊さに、ボクは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
◆月☆日
深夜。自室の机に向かい、いつもの極秘手記にペンを走らせる。
中間テストという学生最大の試練は、これ以上ないハッピーエンドで幕を閉じた。
手記を書き終えたボクは、デスクの一番下の引き出しを静かに開けた。そこには漆黒のドミノマスクやワイヤーガンといった、怪盗の道具たちが静かに次の出番を待っている。
平和な日常を存分に満喫した今。
そろそろ、『夜の街の主役』としても、派手に動き出すべき頃合いかもしれないね。
さぁて、次回もサービスサービスゥ!