TSボクッ娘は完璧な王子様系怪盗を演じたいようです。 作:最高司祭アドミニストレータ
☆月□日
中間テストという名の厄介な足枷がようやく外れ、星凪市には絵に描いたような五月晴れの空が広がっていた。
校門前を吹き抜ける初夏の風は、海の匂いを微かに含んでおり、肺を満たすだけで生きている実感が湧いてくる。
「フッ、自由の空気が実に美味いね」
ボクは前髪を風に流し、女子制服のネクタイを指先でわずかに緩めながら、王子様スタイルで優雅に登校の列へと加わった。
すれ違う女子生徒たちの頬が紅潮するのを視界の端で捉えながら、ボクは自身の完璧なフェロモンに満足げに頷いていた。
◇月〇日
昇降口の靴箱へ向かおうとした瞬間だった。
「そこ、止まりなさい!」
背後から、氷のように冷たく、しかしよく通る凛とした声が響いた。
振り返ると、そこには腕章を左腕に巻き、背筋を定規で測ったかのようにピンと伸ばした、風紀委員のタテヤマ・ユイが仁王立ちしていた。
▲月▽日
ユイはズンズンと歩み寄り、ボクの胸元へビシッと指先を突きつけてきた。
「シャツの第一ボタンが開いているわ。ネクタイも緩んでいる。服装の乱れは心の乱れよ、今すぐ正しなさい!」
真面目な女生徒による、古典的かつ完璧な風紀指導。
ボクは注意されたことなど気にも留めず、むしろ彼女の真剣な表情に見惚れるような仕草で、優雅に微笑み返した。
「おや、これは美しい風紀委員さん。朝から熱烈なファッションチェックだね。君のその規律を重んじる凛とした瞳、嫌いじゃないよ」
至近距離で極上の王子様スマイルを浴びせられたユイは、一瞬「ヒッ」と息を呑み、耳の先から首筋までをカッと赤く染め上げた。
「な、何をふざけたことを! 誤魔化さないで校則に従いなさい!」
慌てて厳しい表情を取り繕い、キリッと睨みつけてくる。その声は微かに上ずり、明らかにペースを崩されていた。
ふふ。規律に厳しい堅物なレディが、想定外の甘い言葉に動揺する姿。可愛いところがあるじゃないか。
◆月×日
ボクがさらに言葉を掛けようとしたその時、背後から凄まじい風圧が迫ってきた。
「ちょっと! 朝から私のティーエスに何絡んでんのよ!」
登校してきた幼馴染のホシノ・ルルが、ボクを庇うようにしてユイとの間に割り込んだ。
「絡んでいるのではありません! 私は風紀委員として、正当な指導をしているだけです!」
ユイも一歩も引かずに反論し、朝の昇降口でバチバチと賑やかな火花が散り始めた。
ボクはやれやれと肩をすくめ、二人の争いからそっとフェードアウトした。
□月☆日
ホームルーム前の教室。
クラスの男子たちが、面白半分にボクの席に群がってきた。
「おいティーエス、風紀委員のタテヤマに目をつけられたのか? あいつ、規則違反にはめちゃくちゃ厳しい『氷の風紀委員』だぞ。気気をつけろよ」
忠告してくる男子たちに対し、ボクは窓の外の青空を眺めながら呑気に返した。
「規律を重んじる堅物のレディというのも、それはそれで絵になるシチュエーションだね。ボクは歓迎するよ」
「お前、メンタル強すぎだろ…」
男子たちは完全に脱力し、諦めたように自分の席へと散っていった。
▽月◇日
昼休み、購買部へ向かう廊下を歩いていると、向こうからアリスガワ・リリが歩いてきた。
「アンタ、朝から風紀委員に怒られてたらしいじゃない」
呆れたような顔でため息をつきつつ、リリはすれ違いざまにボクのネクタイをクイッと引っ張り、緩んでいた結び目をキュッと上に押し上げて直してきた。
「だらしない格好してるからよ。アイドルとしては、常に身だしなみに気を配るべきだわ」
顔を赤らめながらも世話を焼いてくるリリ。
ルルに続き、学園内のヒロイン包囲網は今日も盤石だ。
★月▲日
昼食後、ボクは一人で中庭のベンチに座り、のんびりと日向ぼっこをしていた。
〇月◆日
放課後。テスト期間が終わって静けさを取り戻した旧図書館へ足を運んだ。
窓際の特等席で海外のミステリー小説を開いていると、書架の隙間から、見回りに来たタテヤマ・ユイと再び目が合った。
ユイは朝のボクの言葉を思い出したのか、気まずそうに顔を背け、足早に逃げるように去っていった。
その反応もまた、実に愛らしい。
◎月□日
学校を出た後、ボクは一人で駅前のレトロな喫茶店へと寄り道をした。
冷たいアイスティーを注文し、窓際の席から外を行き交う人々を眺める。
歩き方、視線の動き、手荷物の持ち方。怪盗としての『人間観察トレーニング』だ。どんな人間がどんな心理で動いているか、観察することは潜入や変装の基礎となる。
☆月×日
夕暮れ時。ボクは喫茶店を出て、星凪市の海と港を一望できる高台、『港の見える丘公園』へと坂道を登った。
夕日に染まるオレンジ色の海面と、レトロな洋館が立ち並ぶ旧市街の屋根並み。
立体的で、歴史と近代が入り混じるこの街の美しさに触れるたび、ボクの中の『怪盗の血』が疼き始めるのを感じていた。
◇月▽日
日没。帰宅途中、賑やかな旧市街の商店街をぶらりと歩く。
八百屋の威勢のいい声、惣菜屋から漂う揚げ物の匂い。
母さんから頼まれていた日用品を買い込みつつ、ボクは街の細い路地や、建物と建物の間の抜け道の構造を、頭の中の三次元マップに一つ一つストックしていった。
▲月★日
すっかり日が落ちた頃、自宅マンションに帰宅。
玄関で靴を脱ぎ、荷物を置いた瞬間だった。
『愛しの特異点ちゃん。帰ったなら、さっさと地下研究室へ降りてきなさい』
リビングのスピーカーから、母さんからの呼び出しブザーが鳴り響いた。
◆月〇日
重厚な防音扉を開け、地下の作業部屋へ足を踏み入れる。
そこは異様な熱気に包まれていた。部屋の中央に巨大な大型モニターが立ち上がり、その周囲にはノートパソコンが何台も並んで、青白いブルーライトを放っている。
白衣姿の母さんが、怪しい蛍光色をした自作のエナジードリンクを片手に、不敵な笑みを浮かべてモニターの前に座っていた。
□月▲日
「さて、鬱陶しい中間テストも終わったことだし。そろそろ、夜の街を騒がせる『次なる獲物』を吟味しようじゃないかァ」
母さんの言葉に、ボクもニヤリと笑って隣の椅子を引き、モニターの前に座った。
「そうだね。あの博物館の事件で、怪盗エトワールのデビューは大成功を収めた。次も星凪市の夜を沸かせる、最高にロマンチックでエレガントな舞台でなければならない」
ボクは身を乗り出し、ディスプレイを見つめた。
▽月☆日
母さんがキーボードをカタカタと弾くように叩く。
モニターに、星凪市内の文化財、私設コレクション、富豪たちの公開情報が次々とウィンドウで展開されていく。
「公開されている観光データや、市の郷土資料のアーカイブから、目ぼしいお宝と保管場所をリストアップしてみたよォ。ハッキングは一切していない、完全に『表』の情報だけでのスクリーニングさ」
画面に映し出される候補地。
新市街の高層ビルの最上階にある最新金庫。港に停泊する大型クルーズ船の記念品。そして、旧市街の山の手に佇む歴史ある洋館。
「うーん、高層ビルは前回の博物館と少しテイストが被るし、クルーズ船は逃走経路の確保が海上に限定されて美しくない。どれも一長一短だね」
ボクたちは画面をスクロールしながら、次々と候補を吟味していく。
その時、郷土資料のアーカイブの中に、ひときわ目を引く一枚の古い写真を見つけた。
星凪市旧市街の、小高い丘の頂に建つ私設迎賓館──『紫陽花館』。
周囲を鬱蒼とした深い緑に囲まれた、重厚な石造りとステンドグラスが美しい、戦前からの歴史的建築物だった。
「この館にはね、戦前から伝わるアンティークの逸品『幻影のヴェール』と呼ばれる、特大のブルーダイヤをあしらった美しいブローチが保管されているそうだよォ」
画面に映し出されたその宝飾品。月光を反射して青白く輝くというその意匠。
「美しい…! これこそ、漆黒を纏うボクの夜の装いに相応しい輝きだ!」
その宝石に心を奪われ、テンションの上がったボクはさらに熱弁を振るい始めた。
「それに、この迎賓館の持ち主、表向きは地元の名士で慈善家らしいけれど…怪盗モノのセオリーから言えば、こういう古い洋館の持ち主は、絶対に裏で怪しい闇取引か何かをしている『悪党』に決まっているのさ!」
何一つ証拠のない、完全な妄想と決めつけによる理論展開だった。母さんはエナジードリンクを啜りながら、呆れたようにため息をついた。
「はいはい、相変わらずの思い込みと決めつけだねェ。自分の都合のいいように世界を解釈するのは、キミの悪い癖だよォ」
そう言いながらも、母さんは別のウィンドウを開く。
「まあ、この館の公開されている過去の改修履歴や、建築確認申請の図面を見る限り、地下の基礎部分に、不自然な増築スペース…いわゆる『隠し部屋』が存在する可能性が高いのは事実だけどね」
ただの一般公開情報から、建物の歪みを指摘する母さんの分析力には恐れ入る。
「決まりだ」
ボクはモニターを指差し、声高らかに宣言した。
「次のターゲットは、紫陽花館に眠る『月光の涙』だよ!」
母さんも薄ら笑いを浮かべ、同意の意を示した。
「異論はないよォ。高低差のある旧市街の洋館なら、私が新しく組んだ超高周波通信機材の電波テストにもおあつらえ向きだしねェ。またカガリビ警部サンの悔しがる顔が見られると思うと、胸が熱くなるよォ」
▽月×日
ターゲットが定まったところで、ボクたちは初期資料のファイリングに取り掛かった。
紫陽花館の敷地マップ、周辺の道路交通網、過去の雑誌に掲載された館内の写真などを、一つのフォルダにまとめて基礎データとして整理する。
本格的な警備システムの解析や、警備員の巡回ルート。そしてパルクールによる潜入ルートの割り出しは、後日じっくりと時間をかけて行う課題だ。
◆月☆日
基礎作業を切り上げ、地下室を出て自室のベッドへと戻る。
ふと時計を見ると、すでに深夜2時を回っていた。
「ふぁ…いけない。明日の授業中、うっかり居眠りをしてルルに『たるんでるわよ!』と怒られないようにしないとね」
★月□日
ボクは自室の窓を開け、初夏の少し湿った夜風を全身に浴びながら、机の上の極秘手記を開いた。
窓の外。遠くの山の手に見える、暗闇に沈んだ旧市街の輪郭。あの小高い丘のどこかに、ボクの次なる舞台である『紫陽花館』がひっそりと佇んでいるのだ。
☆月〇日
ペンを置き、ボクは静かに、そして長く息を吐き出した。
風紀委員のタテヤマ・ユイという新しいスパイスが加わり、学園生活はさらに騒がしくなりそうだ。
これから数週間かけて、じっくりと外堀を埋め、完璧なショーへの準備を整えていくとしよう。
「焦る必要はないさ。最高のショーには、丁寧でエレガントな準備こそが欠かせないのだからね」
ボクは夜の闇に向かって不敵に微笑むと、窓を閉め、深い眠りへとついた。
さぁて、次回もサービスサービスゥ!