TSボクッ娘は完璧な王子様系怪盗を演じたいようです。 作:最高司祭アドミニストレータ
何故かは分かりませんが、思わずビクッてなってしまいました(*/∇\*)
今回より幼児回ですが、3〜4話の構成となりますので、よろしくお願いいたします。
それではご覧ください。
☆月□日
ついに、ついにこの日がやってきた。
二足歩行の完全習得である!
壁にもソファにも捕まらず、自らの足だけで立ち上がり、リビングの中央へと踏み出す。一歩、二歩、三歩。
足の裏に伝わるカーペットの確かな弾力。前世の病室で、車椅子に固定されたまま窓の外の通行人を羨望の眼差しで見つめていたボクが、今、自分の足で大地を踏みしめているのだ。
胸の奥から熱いものが込み上げ、視界が涙で滲む。
「たっち! たっち、じょうじゅ!」と自画自賛の声を上げながら、ボクはトコトコと歩き続けた。中身は十代のプライドがあるが、この感動の前には些細な問題だ。
◇月〇日
衣類のセンスについて、母さんに強い抗議を申し立てたい。ボクが目指すのは夜の闇に溶け込む漆黒のマントとシルクハットを纏った、気品あふれる孤高の怪盗だ。
それなのに母さんがボクに着せてきた服は、胸元に巨大なピンクのウサギがアップリケされた、モコモコの黄色いロンパースだった。
「くっふふ、似合うじゃないか。歩くたびにウサギの耳が揺れて可愛いよォ」
く、屈辱だ!
▲月▽日
幼児用のプラスチック製スプーンとフォークを渡された。
怪盗たるもの、晩餐会に潜入した際には完璧なテーブルマナーで周囲を魅了しなければならない。
ボクは前世の知識を総動員し、フランス料理のフルコースを嗜む貴族のように、背筋を伸ばして優雅にスプーンを操ろうとした。
──が、手首のスナップが全く効かない。
スープをすくって口へ運ぶ途中で肘がガクガクと震え、半分以上がスタイの上にバシャリと零れ落ちた。
「あうっ…!」
頭の計算では完璧な水平移動だったのに、筋肉の連動性が赤ん坊レベルなのだ…そりゃそうだろうねッ。
◎月★日
リビングの家具配置を綿密に測量した。部屋の中央に鎮座する巨大な本革ソファ。その前に置かれたローテーブル。壁一面のテレビボードと、奥の作業机。
これらは単なる家具ではない。将来、ボクがパルクールと立体機動を身につけるための「障害物訓練コース」なのだ。ソファの肘掛けを踏み台にし、テーブルの天板を滑空し、テレビ台の上へ着地する…。
完璧な逃走ルートを脳内で描いていると、背後からスッと影が差した。
「なにを獲物を狙う獣みたいな目で、家具を睨んでいるんだい?」
母さんだ。慌てて「まんま! まんまー!」とお腹が空いたフリをして誤魔化したが、あの人の勘の鋭さは異常だ。油断も隙もありゃしない。
◆月×日
食後の歯磨きタイム。母さんの膝の上に頭を乗せ、仰向けに寝かされる。
「はい、お口をあーんしてごらん」
母さんはゴム手袋をはめ、歯科医のような鋭い目つきで小さな歯ブラシを構えた。
前世は虫歯に悩まされた記憶もあるので、念入りなケアはありがたい。しかし母さんの視線は「子供の歯を守る親」のそれではなく、「新種の微生物を採取しようとする研究者」のそれなのだ。
「くっふふ、乳歯の生え揃い方が実に対称的で美しいねェ。エナメル質の硬度も測定してみたいところだが…」
は、早く終わってくれェ!!
□月☆日
姿見の鏡の前に立ち、怪盗としての「名乗り」と「キザなウィンク」の自主トレを行った。右手を胸に当て左手を優雅に横へ開き、月光を浴びたような涼やかな笑みを浮かべる。
(やあ、美しいレディ。今夜の星空は、キミの瞳ほどには輝いていないね)
ふっ、完璧だ。頭の中のボクは、世界中の女性を気絶させる王子様系怪盗そのものだ。
しかし鏡に映っている現実は──ほっぺたがプニプニに丸っこい、幼児特有の「下ぶくれ顔」の女児が、必死に片目をつぶって顔面を痙攣させているだけだった。
ウィンクというより、目にゴミが入って悶絶しているようにしか見えない。
ボクは鏡の前から立ち去り、枕に顔を埋めて足をバタバタさせた。早く成長したい…っ。
▽月◇日
母さんが換気のためにリビングの大きな掃き出し窓を開けた。星凪市の高台から吹き上がってくる、初夏の爽やかな潮風。カーテンが大きく膨らみ、部屋いっぱいに外の匂いが満ちる。
ボクは窓辺にトコトコと駆け寄り、網戸に両手をペタリと貼り付けた。
風が前髪を揺らす。前世の無菌室のような病室では、空気清浄機の無機質な微風しか知らなかった。外の風を肌で感じるなんて、映画のワンシーンでしか見たことがない奇跡だった。
息を深く吸い込んでも、気管支がゼエゼエと鳴ることはない。ただただ肺が満たされていく。
生きているって、本当に素晴らしい。
★月▲日
夕方から激しい雷雨となった。ドォォンッ! と地響きのような雷鳴が轟き、リビングの窓がビリビリと震える。
本能的な恐怖で泣き出すのが普通の幼児だろうが、ボクにとって雷など単なる放電現象に過ぎない。むしろ「雷光に照らされる怪盗のシルエット、最高にカッコいいな」とロマンに浸り、窓の外をワクワクしながら見つめていた。
ふと横を見ると、母さんがノートパソコンを開き、何やらタイピングしていた。
『強い音響および閃光刺激に対し、恐怖・驚愕反応の欠落を確認。扁桃体の発達異常、あるいは…』
画面を盗み見て背筋が凍りついた。慌てて「きゃー! こわーい!」と棒読みで叫び、ソファのクッションの下に潜り込んだが、明らかに手遅れだった気がする。
〇月◆日
知育用の木製積み木を与えられた。立方体や三角柱を組み合わせて遊ぶ玩具だ。
ボクは幾何学知識と構造力学を応用し、中央にトラス構造を取り入れた、耐震性に極めて優れた「難攻不落の要塞」を黙々と建築し始めた。土台の荷重分散も完璧。我ながら芸術的な出来栄えだと悦に入っていた、まさにその時。
「へぇ」
背後から、爛々と輝く母さんの瞳が城を見下ろしていた。
「重心の計算、アーチ橋の原理…一歳児が偶然積んだにしては、あまりにも物理法則に忠実すぎるねェ」
ボクは咄嗟に「あー! がっしゃーん!」と叫びながら、自らの手で最高傑作の城を粉々に破壊した。
怪盗の道は、常にカモフラージュとの戦いなのだ…ボクの積み木がァァァ!!
◎月□日
午後のお昼寝の時間。ベビーベッドから幼児用布団へと移行したのだが、ボクは寝る気になれなかった。
布団から抜け出し、リビングをパトロールしようとした。しかし歩き出して十歩ほどで、猛烈な睡魔の波が津波のように押し寄せてきた。
幼児の脳は起きているだけで膨大な情報を処理し、急速にエネルギーを消費するらしい。十代の知性があろうとも、肉体の代謝システムには逆らえないか…。
ふ、不覚…ッ。
☆月×日
初めて外履き用の靴を買ってもらい、マンションの廊下を歩いた。底の厚いスニーカー。地面を蹴るたびに、足の裏にダイレクトな反発力が返ってくる。
靴を履いて自分の足で走る。興奮のあまり、ボクは廊下を全速力でダッシュした。風を切る感覚が嬉しくて、「あはははっ!」と笑い声が止まらない。
──ズザァッ!
勢いがつきすぎて足がもつれ、硬いコンクリートの床に派手にダイブした。膝を擦りむいて痛い。痛いけれど、走って転んだという事実そのものが、ボクにとっては勲章のように輝いて思えた。
◇月▽日
玄関の傘立てから、母さんの長い黒傘を引っ張り出した。先端を地面につき、優雅に歩く練習だ。そう、怪盗に必須のアイテム「ステッキ」の代用である。
フッ、今宵の闇に乾杯を。
傘をステッキに見立て、背筋を伸ばしてリビングを練り歩く。しかし、傘が長すぎる上にボクの身長が低すぎるため、持ち手を持とうとすると傘の先が天井に突き刺さりそうになる。
下の方を持つと引きずってしまい、玄関マットに傘の先が引っかかって、前のめりに派手に転倒した。
「…なにをしているんだい、キミは」
怪しい色のエナジードリンクを持った母さんに冷ややかな目で見下ろされ、ボクは傘を抱えたまま固まった。
▲月★日
二歳を過ぎ、発声器官が発達してきた。頭の中には美しい日本語と豊富な語彙が渦巻いている。ボクは今日こそ、知的な会話を成立させてやろうと意気込んだ。
ベランダの外を指差し、母さんに向かって朗々と語りかける。見給え母さん、あの群青の空を優雅に飛翔する鳥たちの軌道を。彼らこそが自由の体現者だね。
しかし、ボクの未発達な舌から実際に出力された音声は──
「あっち! とりしゃん、ばびゅーん! すごいねー!」
…愕然とした。「とりしゃん、ばびゅーん」だと!?
誰だ今の頭の悪そうな台詞を吐いた奴は! ボクだよ次から気をつけよう!
◆月〇日
母さんが毎日浴びるように飲んでいる、あの怪しい蛍光グリーンのエナジードリンク缶。サイドテーブルに置かれた空き缶を、こっそり観察してみた。
原材料名:アルギニン、高麗人参エキス、謎の化学調味料…。
毒薬かな??
前世の病室で点滴漬けだったボクから見れば、こんなケミカルな液体を毎日摂取して平気な顔をしている母さんの内臓器官が信じられない。背後から気配もなく近づいた母さんが、缶を取り上げた。
「くっふふ、興味があるのかい? でもダメだよ。キミの小さな肝臓でこれを分解したら、心臓が爆発しちゃうからねェ」
サラッと恐ろしいことを言わないでほしい。絶対に一口も飲まないと心に誓った。
□月▲日
将来のパルクールアクションに向け、カーペットの上で「前転」の練習を始めた。
柔道の受け身、あるいはパルクールのロール。高いところから着地した際、衝撃を回転運動へと変換して逃がす高等テクニックだ。理論は前世の本で頭に叩き込んである。顎を引いて、肩から斜めに転がる…!
「とうっ!」
勢いよく頭を床につけて回転した。
──ゴロンッ、ボフッ!
止まらない。人間の幼児というのは、大人に比べて極端に頭が大きく重いため、一度回転の慣性がつくと、ボールのように転がり続けてしまうのだ。
リビングの端から端までコロコロと転がり、壁に激突してようやく停止した。目が回って天井がぐるぐる回る。
「おや、生きたルンバかい?」
母さんの呆れた声が遠くから聞こえた。重心のコントロール、難しすぎる。
▽月☆日
絵本の読み聞かせの時間。普通なら『ぐりとぐら』や『はらぺこあおむし』のような心温まる絵本を読むはずだ。
だが、母さんがボクの前に差し出してきたのは、分厚い洋書だった。『数学者のための量子力学』。
「さあ、どれでも好きなページをめくっておくれ」
絶対に試している。幼児が洋書の学術書に反応するかどうか観察しているのだ。ボクは知性を総動員してその数式を解読したい衝動を必死に抑え込み、本を両手でバンバンと叩いて「わーい! おもたい本! まくらー!」と頭を乗せてヨダレを垂らすフリをした。
母さんは「ちぇっ、ただの枕扱いか」と舌打ちした。危ない、間一髪だった。
★月◇日
ボタンの掛け違い事件。指先の微細な運動能力を高めるため、パジャマのボタンを自分で留める練習をした。
フッ、ボクの手先の器用さをもってすれば、これくらい造作も…な!?
ハッと顔を上げると、母さんがエナジードリンクの缶を口元に当てたまま、目を見開いてボクの指先を凝視していた。
や、やってしまった!?
慌ててボタンをめちゃくちゃに引っ張り、わざと掛け違えて「あれぇ? へたっぴー!」とおどけてみせたが、母さんの白銀の瞳の奥に灯った怪しい光は消えなかった。手加減が本当に難しい。
◎月×日
マンションの外階段。母さんと手を繋いで一段ずつ降りる練習をした。昇りは手足を使えばどうにかなるが、降りるのは恐怖そのものだ。
幼児の短い足では、一段の段差がボクの膝上まである。見下ろすと、まるで断崖絶壁を降りていくような高度感なのだ。
「ほら、しっかり足を出しなさい」
母さんに手を引かれ、おっかなびっくり足を伸ばす。怪盗たるもの、高所恐怖症などあってはならない。ボクは胸を張り、虚勢を張って一段を踏み降ろした。
…膝が笑って崩れ落ちそうになり、母さんに腕を引っ張り上げられて宙吊りになった。
高所トレーニングは、もう少し大きくなってからにしよう。
〇月★日
近所の公園へ連れて行かれた。広場の隅にそびえ立つ、巨大なジャングルジム。ボクの目は一瞬で輝いた。
あのパイプの構造、高低差、死角の多さ。敵の追手を撒くための立体迷路として完璧ではないか!
☆月◆日
星凪市に珍しく雪が降った。うっすらと白く染まったマンションのベランダ。
怪盗の美学として、「足跡を残さずに雪上を歩く」という忍者のようなステルス歩行を試してみることにした。体重移動を極限まで滑らかにし、抜き足差し足で雪を踏む。
ピコッ。ピコッ。ピコッ。…歩くたびに、靴底から陽気な笛の音が鳴り響いた。
母さんが買ってきた、幼児用の「音が鳴る笛付きシューズ」だったのだ。
ステルスもへったくれもない。一歩歩くごとに自分の位置を大音量で敵に知らせるトラップシューズ。ボクは雪の上で天を仰いだ。
◇月□日
ふと、重大な疑問に思い至った。
この家には、父親の気配が一切ない。写真もなければ、話題にすら上らない。母さんは常に一人で、怪しい研究機材とエナジードリンクに囲まれて暮らしている。
ボクの父親は一体誰なのだろうか?
あの母さんのことだ。どこの馬の骨とも知れない男と結婚などするはずがない。遺伝子を試験管で掛け合わせて、無性生殖的にボクを培養槽で作り出したのでは…?
マッドサイエンティストすぎる妄想に、ボクは震え上がった。真相を確かめる勇気は、今のボクにはまだない。
▲月◎日
母さんがボクを「はいはい、よしよし」と頭を撫でてきた。その手つきがあまりにも機械的で、まるで犬や猫をあやすような適当さだったため、ボクのプライドに火がついた。
ボクは母さんの手を払い除け、腰に手を当てて仁王立ちした。
「ボクを子ども扱いしないでくれたまえ!」
そうビシッと言い放つつもりだったが、口から飛び出したのは──
「ぼくを! こどもあちゅかい、ちないでくりぇたまえッ!」
…盛大に噛んだ。母さんは目を丸くし、「くっふふ! あちゅかい、かい? ご立派な言葉遣いだねェ」と腹を抱えて笑い転げた。悔し涙がボロボロと溢れ出た。
▽月×日
二歳十一ヶ月。ボクの身体能力は、劇的な進化を遂げていた。足腰は完全に安定し、リビングをどれだけ走り回っても息が切れない。痛まない肺、力強く脈打つ心臓。健康という名の最高の翼を手に入れたのだ。
ボクは部屋の中央にある巨大なソファを見上げた。走るだけでは足りない。ボクが目指すのは、夜の街を華麗に舞う怪盗エトワール…空間を立体的に制圧する身のこなしが必要だ!
ボクは「うんしょ、うんしょ」と短い手足を動かし、ソファの座面、そしてその上の分厚い背もたれの上へとよじ登った。
見下ろすリビングの景色は、まるで摩天楼の屋上のようだった。目標は、一メートル半ほど離れた床のクッション。
あそこへ向けて華麗に跳躍し、音もなく着地を決める。
ボクは瞬時に着地軌道を計算し終えた。
◆月☆日
運命の日。昨日の訓練を実行に移す時が来た。ボクはソファの背もたれを力強く蹴り上げた。身体がふわりと宙に浮く。
──だが、次の瞬間に致命的な誤算に気がついた。十代の感覚で跳んだものの、幼児の身体は頭が重く、踏み切る脚力も圧倒的に足りない!
目標のクッションには到底届かず、重い頭に引っ張られて空中で前のめりに身体が反転した。視界が上下逆さまになり、硬いフローリングが猛スピードで迫る!
ヤバい! 顔面からいく! そんな無様な転び方、ボクの美学が許さない!
ボクは空中で無理やり顎を引き、肩から接地する「前方回転受け身」を強行した。
完璧な受け身が決まり、衝撃を逃がすことに成功した。
しかし、勢いが止まらない! 丸い身体は凄まじいスピードで転がり続け、その先にはリビングのガラステーブルの鋭利な金属角が迫っていた!
ギャグ漫画みたいな結末は嫌だぁぁぁッ!
「あわわわッ!!」
目をギュッと閉じた瞬間──ガシッ! ボクのオーバーオールの襟首が、強い力で引っ張り上げられた。鼻先数センチを、テーブルの角が通り過ぎていく。
目を開けるとソファに座ったまま、ボクを宙吊りにしている母さんの姿があった。
信じられない動体視力と神業キャッチ。
「それにしてもキミ、本当に面白い個体だねェ。転ぶ瞬間に顎を引いて肩から回るなんて、誰に教わったんだい?」
冷や汗が吹き飛ぶ。バレるわけにはいかない。ボクは宙吊りのまま、必死にキザなドヤ顔を作って宣言した。
「ふんっ! これくらい、よゆーさ、おかあさん! すべては、ぼくの、けーさんどおりの、らんてぃんぐ、だからね!」
…また噛んだ。ランディングが言えなかった。
「くっふふ! あははははッ! けーさんどおり…! 傑作だねェ!」
台無しだ。何もかも台無しだが、それでも生きている。動ける。怪盗への野望の炎は、まだ消えてはいない!
皆様の評価と感想をお待ちしています。