TSボクッ娘は完璧な王子様系怪盗を演じたいようです。 作:最高司祭アドミニストレータ
☆月□日
近所のタワーマンションのラウンジで開かれた、ご近所ママ会に連行された。
周囲の奥様方がブランド服や幼児教室の話題でマウントを取り合う中、母さんは一人、怪しい色のエナジードリンクを啜りながら「うちの生体サンプルの飼育データですがねェ…」と独特すぎる表現で語り出した。
普通の奥様方ならドン引きするかと思いきや、彼女たちはママ友カースト特有の『氷の笑み』を浮かべて母さんに肉薄した。「まあ、それはどういう教育方針かしら?」「ウチの教室を紹介しましょうか?」と、凄まじい同調圧力で距離を詰めてくる。
あの母さんが顔を引き攣らせて、「い、いえ、結構ですから…ッ」とを逃げ回っていた。
一般社会の奥様ネットワーク、恐るべし!
◇月〇日
雨の日に、新品の長靴と子供用の傘を装備した。
水たまりを連続で飛び越えるパルクールの基礎訓練を敢行したが、長靴が重すぎて足を取られ、泥水の中に盛大にダイブしてしまった。背後から母さんが駆け寄ってきて、「大丈夫かい!?」と珍しく心配してくれた。
感動しかけたのも束の間、彼女はボクの頭をペタペタと触りながら「頭蓋骨にヒビが入ったら、脳波データの収集にノイズが乗って困るからねェ。機材の調整が面倒なんだ」と続けた。
心配のベクトルがサイコパスすぎて怖いんですけど…。
▲月▽日
健診の知能テスト。医師から「積み木を重ねてみて」と言われた。
ボクは空間認識能力をフル回転させ、重心と摩擦係数を計算し尽くした完璧な免震構造の塔を築き上げ、医師を絶句させた。やったぜ。
しかし、続く「この中でワンワンはどれ?」というイラストを指差す質問で、大人のプライドが邪魔をしてしまった。
こんな愚問に答えるのは屈辱だと数秒葛藤しているうちに、医師のカルテに『言語理解に遅れあり?』と書かれそうになり、慌てて犬の絵を叩いた。
◎月★日
広大なショッピングモールへ買い物に出かけた。
無数のエスカレーターや死角の多さに血が騒ぎ、「この複雑な立体ステージで、母さんの監視網を出し抜いてみせる!」と物陰に飛び込んだ。
──わずか三分後。方向感覚を完全に失ったボクは、迷子センターのカウンターで鼻水を垂らして大号泣し、「ティーエスちゃん、三歳が保護されています」と全館アナウンスされるという最大の屈辱を味わった。
これは、うん…ボクが悪いよね。
◆月×日
近所の公園の砂場。周囲の幼児たちが泥団子を作っている横で、ボクは黄金比とアーチ構造を用いた『ファミ◯ア風の砂城』の建築に着手した。
圧倒的な芸術点。これで周囲を魅了してやると意気込んだ、まさにその瞬間。隣で泥団子を作っていた幼児たちが、ボクの城を見て顔を真っ赤にし、「あーっ!」と嫉妬の叫びを上げてスコップで突撃してきたのだ。
ボクの最高傑作は、無慈悲な暴力によって開始三分でただの砂山へと還った。
芸術への理解がない世界は辛い…ボクの城がァァァ!!
□月☆日
伸びてきた銀髪を整えるため、初めての美容室へ。
鏡の前に座り、(クールな貴公子風のショートヘアで頼むよ)と心の中で念じたが、当然美容師には伝わらない。
ボクは黄色いヒヨコ柄の幼児用カットケープを首に巻かれ、大人しく髪を切られるしかなかった。
▽月◇日
母さんが「完全栄養食を作ったよォ」と、朝食にドーム型のゼリーを出してきた。
だが、そのゼリーは発光しているかのようなドギツい蛍光グリーンだった。
「ビタミン、アミノ酸、タンパク質を幼児の代謝に合わせて極限まで濃縮した最高傑作さ」
どう見てもスライムか劇物だ。前世で培った生存本能が警鐘を鳴らしたため、ボクは首を全力で横に振り、泣き叫んで食パンへの変更を勝ち取った。
★月▲日
マンションの最上階テラスへ出た。
眼下に広がる星凪市のパノラマ。「フッ…いつかこの街の夜を、ボクが支配してやるさ」と手すりに寄りかかって黄昏れようとしたその瞬間。突風に煽られてボクの被っていたチューリップハットが宙を舞った。
「あ、あああっ! ぼくのぼうしー!」
黄昏れる余裕など一瞬で吹き飛び、ボクは情けない声を上げながら、転がる帽子を追いかけてテラス中を這い回った。
〇月◆日
母さんが郵便受けの確認に行くため、初めてボク一人が部屋に残された。
たった五分。されど五分。これは『アジトの単独防衛ミッション』だ。ボクはドアの施錠を確認し窓の鍵をチェックし、完璧な迎撃態勢を敷いて待機した。
バンッ!! と、凄まじい勢いで玄関のドアが開いた。
「ハァ、ハァ…ッ!」
見ると母さんが肩で息をして、汗だくになりながら崩れ落ちるように帰ってきた。
「データロガーの数値が急上昇したから…心停止でも起こしたかと思っ…ハァ、なんだ、無事かい」
たった五分のお留守番で、全速力でダッシュして帰ってきたらしい。過保護なのか実験データの損失を恐れているのか…本当に、極端な人だ。
◎月□日
スケッチブックと幼児用の太巻きクレヨンを渡された。前世の知識を活かし、ダ・ヴィンチを彷彿とさせる緻密な人体デッサンを描こうと試みた。
だが、クレヨンが太すぎる。陰影をつけるたびに線が潰れ、色が混ざり、結果として画用紙の中央に『黒くて禍々しい謎の塊』が錬成された。
表現の限界にぶち当たり、ボクはクレヨンを投げ捨てて発狂した。
☆月×日
散歩中、路地裏で鋭い目つきの野良猫と遭遇した。
(やあ、夜の同胞よ。情報交換と行こうじゃないか)
怪盗らしくスマートに語りかけようと手を伸ばした瞬間、野良猫は「シャーッ!」と威嚇し、目にも止まらぬ猫パンチをボクの鼻先に叩き込んできた。
ぐすん。
◇月▽日
母さんと珍しくファミレスへ。頼んだのはキッズプレートだ。チキンライスの上に刺さった小さな万国旗を見て、(フッ、これはボクがこの領土を占領したというサインだね)と悦に入っていた。
だが、メニューの端に書かれた『オマケのオモチャがもらえるよ!』という文字を見た瞬間、幼児としての本能が爆発。「オモチャ! オモチャほしい!」と万国旗の美学などすっかり忘れて暴れた。
▲月★日
母さんの目を盗み、狭所への隠密潜入訓練として和室の押し入れに潜り込んだ。暗闇の中で息を潜める。完璧なステルスだ。
──しかし、幼児の筋力では、内側から襖を開けることができなかった。閉じ込められた恐怖でパニックになり、ボクは「あけてー! ママー、あけてぇぇ!」と半泣きになりながら襖を叩き続ける羽目になった。
◆月〇日
夕方、テレビでやっていた怪盗モノのアニメを「同業者のリサーチ」として真剣に鑑賞した。
(おいおい、あのワイヤーの射出角度はおかしい。振り子の原理を無視している。それにあの煙幕ガジェット、サイズに対して体積が…)
心の中で延々とダメ出しをしていたが、横にいた母さんに「難しい顔をしてどうしたんだい? ア◯パンマ◯が見たいのかい?」とチャンネルを変えられた。
□月▲日
母さんがトイレに立った隙を狙い、いつも施錠されている怪しい研究部屋のドアを開けようと試みた。
(ついにアジトの中枢部へ侵入する時が来た…!)
足音を消してドアの前に立つ。
…が、幼児の身長では、背伸びをしてもドアノブに全く手が届かなかった。物理的な壁に阻まれ、作戦はあっけなく失敗に終わった。
▽月☆日
マンションの階段で、近所の子供たちと「グリコ・チョコ・パイナツプル」をやる羽目になった。
ボクは己の計算能力を駆使し、相手が出す手を確率論から弾き出して連勝を重ねた。
しかしボクの足が短すぎるのだ。「パイナツプル」で六歩進もうとしても、登るのに全力のよじ登りが必要なため、結局一番下でモタモタしている間に全員に置いていかれ、最下位になった。
★月◇日
夜、ベランダに出て星空を見上げた。前世で本から得た天文学の知識を反芻しながら、(夜の帳が、ボクを呼んでいる…)とロマンチックに浸っていた。
直後、背後から音もなく現れた母さんに「風邪を引いて明日の測定に響いたら困るだろう」と襟首を掴まれ、子猫のように部屋の中へ強制退場させられた。
◎月×日
近所の公園で、初めて三輪車に乗った。
(フッ、二輪や四輪ではない。この三輪という特殊な機体を、ボクのテクニックで限界まで乗りこなしてやる!)
見事なドリフト走行を決めようと、ペダルを猛烈な勢いで漕ぎ出した。
しかし、幼児用のプラスチックタイヤは摩擦力が皆無だった。前輪がキュルキュルと空回りした直後、その場でスピンしてボクはひっくり返り、砂まみれになった。
〇月★日
夜中、ふと目が覚めると、暗いリビングからカタカタと超高速のタイピング音が聞こえた。
ベビーベッドの隙間から覗き込むと、母さんがパソコンに向かっている。画面には、何やら複雑な脳波の波形らしきグラフや、ボクの身長・体重の推移、さらには眼球運動のデータがびっしりと並んでいた。
(なんだあれ…ボクは、何を観察されているんだ?)
背筋が凍りつき、ボクは息を殺して寝たフリを貫いた。
☆月◆日
母さんの買い物に同行し、セルフレジのバーコードスキャンを任された。手先の正確さと動体視力を発揮し、「ピッ、ピッ」と店員顔負けのスピードでスキャンを完了させた。
会計を済ませようとしたところ、モニターの「お支払いへ」のボタンが高すぎて指が届かない。結局母さんに抱き上げてもらう屈辱を味わった。
◇月□日
広場に群れる鳩たちを「警備兵」に見立て、背後から音を消して忍び寄る訓練を行った。重心を低くし、足音を殺す。あと一歩で射程圏内…!
「ピコッ!」
踏み出した足から、あの忌まわしい『笛付きシューズ』の陽気な音が鳴り響き、鳩たちは一斉に飛び立っていった。装備の選定ミスだ。
▲月◎日
母さんが珍しく『オオカミ少年』の絵本を読んでくれた。教訓めいた物語に、ボクは(嘘をつくなら最後まで騙し通す知性と美学が必要だね)と知的な講評を返そうとした。
だが口から出力されたのは「おおかみ、ばかだねー!」という、IQが底辺を這うような感想だった。
母さんは「くっふふ、身も蓋もないねェ」と笑っていた。なんだとゴラ。
▽月×日
目隠し状態の母さんとのお風呂タイム中、ボクはバスタブに顔を沈め、将来の水中脱出ルートを想定した潜水時間を計測した。
(せめて一分は息を止めないと…)
ぶくぶく…ぷはぁっ!!
わずか十秒で限界が来た。幼児の肺活量の少なさに絶望し、水上アクションへの不安が大きくのしかかった。
◆月☆日
いよいよ明日で、ボクはこの世界に生まれて丸三年を迎える。三歳になれば、言葉も身体も、今よりずっと自由になるはずだ。
前世では味わえなかった「家族からの温かい誕生日祝い」や「素敵な知育玩具のプレゼント」を想像し、ボクは少しだけ胸を躍らせながら布団に潜り込んだ。
明日が、楽しみだなぁ。
★月□日
…裏切られた。
夕方まで誕生日を忘れ去られていた挙句、母さんが「さあ、プレゼントの時間だよ」と差し出してきたのは、ケーキでもおもちゃでもなかった。
無骨なヘッドギアを無理やり被せられ、目の前に置かれたのは『高校物理の斜方投射のテスト用紙』。
パニックになるボクに、母さんは底知れない笑みを浮かべて言った。
「ただのお手製の脳波測定ヘルメットさ。キミの思考回路の『波』を、可視化させてもらうよォ」
えっ、脳波測定機がプレゼントってどういうことなの!?
★月□日
頭にズシリとのしかかる重厚な金属の感触と、耳元で聞こえる「ジーッ」という無機質な機械音。
目の前には、白地に黒々と印刷された難解な数式と放物線のグラフ。『斜方投射』に微積分。三歳児の目の前に置くにはあまりにも狂ったシチュエーションに、ボクの全身の毛穴から冷汗が噴き出した。
(落ち着け、ボク。ここで動揺したらあのマッドサイエンティストの思う壺だ!)
ボクは両手で目を擦り、「ふぇぇん、わかんないよぉ!」と迫真の幼児演技で泣き真似を披露した。完璧な泣き落とし。これで「ただの勘違いだった」と引き下がるはず──。
しかし、母さんはモニターに走る脳波の波形を一瞥すると、ひどく冷めきった氷のような声で言い放ったのだ。
「…なんだ。ただの凡庸な赤ん坊だったか。転び方が異様に上手いから、てっきり『人生二周目』の面白い個体かと思って期待していたんだがねェ」
わざとらしい溜息と共に、母さんの視線がボクを突き刺す。
「この程度の数式すら解けないなら、キミはこの先もずっと何者にもなれない。誰の記憶にも残らない、そこら辺のモブキャラクターとして平凡に消えていくだけだ」
──モブキャラクター?
前世で誰にも知られず病室で果てたボクの、一番触れられたくない魂の逆鱗を、この女は正確無比に抉り抜いてきた。
(ふざけるな…! ボクは、夜を支配する完璧な悪役になる人間だ!!)
気づけばボクは怒りで我を忘れ、机の上のボールペンを乱暴に引っ掴んでいた。幼児の身体の限界を超え、猛烈なスピードで紙にペン先を叩きつける。
公式を展開し、瞬時に水平到達距離を導き出し、最後の解答欄を埋め尽くしてペンを叩きつけた。
「ふんっ! これがボクの完璧な計算式だ!」
ドヤ顔で言い放った直後、ボクは凍りついた。目の前の母さんが、肩を震わせて狂ったように爆笑していたのだ。
「くっふふ! あはははッ! パニックからの急上昇、そして淀みない論理的思考の波形…やっぱりねェ! 三歳児なら絶対に反応しない『モブ』なんてメタ的な挑発に、まんまと釣られてペンを握るなんてさ」
母さんはテスト用紙をヒラヒラと揺らし、三日月のようにつり上がった目でボクを見下ろした。
「確たる証拠を掴むための罠だったのさ。結果はご覧の通り、大・成・功・だ」
自分の腹から産んだ子供を、生後間もない頃からずっと『観察対象』として分析し続ける執念。そして、相手のプライドが最も傷つく言葉を的確に選び抜き、自白させるよう誘導するサイコパスな心理戦。
三歳の誕生日プレゼントが知育玩具ではなく「正体暴露のトラップ」だなんて。
こ、怖すぎる!
ボクの第二の人生はこの恐ろしい女の手のひらの上で転がされているのだと、思い知らされたのだった。
「──実は私も、男から女になったんだよォ」
…はにゃ?
次回はアンタゴ視点でお届けします。
水曜日に投稿です。
さぁて、次もサービスサービスゥ!