「来なくて良いよ。お見舞い」
上手にお別れする方法が知りたかった。
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療養開始から1ヶ月以上が経過してしまった。所員たちとの約束の期間は過ぎた。仕事に復帰したいと話をすることに。そもそも体調的にはなんら問題点が見つからんと言うのにここまで休んでしまったのが申し訳ないくらいなのだ。早く復帰して遅れた分を取り返したい。かぐやもヤチヨもまだまだアップデートできる。二人を完全な人間に。ハッピーエンドに連れていくのには休んでなどいられないのだから。
「で、ですが所長。まだ体調が完全じゃあない気がするのですが……?」
「もともと完全な体調で仕事なんて出来ることはないでしょ?世の中の人たちは『ちょっとくらいの不調』で休んでばかりいられないんだから。私も復帰しなきゃ」
ちょっとした焦りもあった。『自分が必要なくなってしまうかも』という不安。『そんな訳ない、此処まで頑張って来たじゃないか』と言う想いと、『そんなものが何になる、必要無くなれば捨てられてしまうぞ』と言う相反する想い。漏れ出さないように隠しては来たが、確かにそんな想いが幾らだって存在していた。二人に隠れて爪を噛み過ぎて血が出たこともあるし、身体を掻き過ぎて血が出たこともあるし、『視界がぼやけ』たり、『耳が遠くなってしまう』こともあった。その度にこれは自分が弱いからだ。私は大丈夫だと言い聞かせた。
「彩葉、ほんとに無理しちゃ駄目だよ……ね?」
「まだお休みした方が……」
「駄目。これ以上遅延出来ないよ。私は他より劣っているから、他より努力しないと前に進めなくなる」
そうだ、劣っている人間は他より努力しなくちゃいけない。『銀賞』では駄目なんだ。『金賞』を取るつもりでやらなきゃ駄目なんだ。
「さ、お仕事がんばろ~!皆またよろしくね!」
─────
結果から言おう。私は予想以上に……何も出来なくなっていた。
まず字が良く見えない。視力障碍でも起きたかのように、目の前の文字がぼやける。多分そうなるだろうなと思っていた想像をはるかに超えて見えないのだ。すると当然誰かに書類やモニターについて確認を取る必要がある訳なのだが……
「─で─だから─という─ですね」
耳も良く聞こえない。所員たちの声が耳栓でもしているかのように遠く……いや、そもそも届かない。断片的に聞こえてくるそれらは当然判別できるはずも無し。結果更に訝し気な表情がぼやけた視線の先に見えるのだ。
まずいまずいまずい。あまりにもまずい。こんなのただの役立たずだ。私はこの研究所の所長なのに。かぐやとヤチヨをハッピーエンドに連れて行かなきゃいけないのに。何もできないじゃないか。何も成し遂げられないじゃないか。
「どうしよう、どうしよう、どうしよう」
焦れば焦るほど状態は悪化する。冷汗が出て来るし爪を噛んでまた血が出た。変な呼吸は止まらないし寒気もする。
がちゃ
「彩葉~、様子見に……彩葉!?」
しまった、部屋の鍵を掛けぬままだった。入って来たのはかぐや。途端に驚いた表情で私に駆け寄ってくる。血が出ている手を見て慌てた様子で絆創膏を貼り付けられた。
「だ、大丈夫だから、心配しないで。ごめん、ちょっと焦っちゃっててさ……あ、あはは、大丈夫、大丈夫だよ?私全然大丈夫だから……」
「今の声何……彩葉……?どうしたの、その手……」
最悪である。まさかのヤチヨにも見つかった。いやまぁかぐやに見つかった時点で遅かれ早かれなのだが、せめて言い訳を考える時間くらいは欲しかったと言うかなんと言うか?
「あ、や、ヤチヨ、いろは、彩葉の手から血が出てて、爪噛んでたみたいで、えっと、うんと」
「そんな慌てないでよ。焦った時に爪噛むくらい皆やるでしょ?偶々血が出ちゃっただけだって、ほんと」
「……いろ、は……?焦点……あって、ない……?」
おっとっと。これまたまずい。研究所に来てから悪化していた視覚障害も見抜かれたか。さっきからかぐやもヤチヨだけはしっかり見えているのだが、それ以外が酷くぼやけたままなのだ。何で二人だけはちゃんと見えるんだろう?あれかな、私の二人への愛ってやつなのかな。あはは。
「どうし─しょち─しょちし─かぐ─」
今度は名無しさんが入って来た。が、何言ってんのか聞こえない。するとそれすらもかぐやとヤチヨには簡単に見抜かれる。さっすが私の大好きな二人。隠しても無駄かな?
「彩葉っ!かぐやの声、聞こえるよね?」
「勿論聞こえているよ?」
「ヤチヨのは!?」
「うっさ。聞こえるってば。慌て過ぎ」
「じゃ─わ─のこ─きこ─ま─」
「え?何?」
何だってこう私は対応を間違えるのだろうか。其処はごまかしでも「聞こえているよ」で良かったじゃん。何で普通に聞き返すかなぁ……ほんとに馬鹿で、迷惑掛けっぱなしだよ……
「あ、あのさ、本当に大丈夫なの。今日は偶々調子が悪いだけだし?復帰したてだったからかな~?うん、そうに違いない。明日、明日になったらもっとちゃんとできるようになるよ。だから心配しないで?ほら、最近は薬もちゃんと飲んでいるし問題は……」
「彩葉……お願い、病院に入院しよう?今の彩葉は普通じゃない。ちゃんと入院して、しっかり治そう?そうしたらきっと良くなるから」
今の私は普通ではない。かぐやがそう言う。隣のヤチヨを見ても同じように頷いている。
そうか、私は普通じゃないんだ。だから迷惑をかけて、心配を掛けて、何も出来なくて、ドジで、馬鹿で、本当にどうしようもなくて。
「……ふつうって、どうすればいいの?」
私には分からない。だって、これまでが私の普通だった。そうやって生きてきた。そうして過ごしてきた。だけどそれは普通じゃないと、治そうと言われて。何が普通なの?普通って何?どうしたら普通なの?普通じゃなかったら……
「ふつうじゃないわたしは、かぐやとやちよのすきなわたしじゃないんだね……」
「ち、ちがっ!?そうじゃないよっ!?そんなことないっ!か、かぐやたちは、どんな彩葉でも好きだよっ!」
「そうだよ彩葉っ!絶対に嫌いになんてならないよっ!」
「でも、ふつうじゃないからにゅういんしなくちゃいけないんでしょ?つまり、わたしは、もういらないんだよね?」
考えてみれば当たり前だった。二人はもう身体を得た。アップデートだって、二人の知識を持ってすれば容易とまでは行かなくとも実行可能だろう。それはつまり、私はもう必要ないと言うことだ。
「待って、彩葉、違う、違うの、ちゃんと話を聞いてよぉ……」
「わ、わた、わたし、ふつうじゃなかったんだ……で、でも、わたし、こうやっていきてきたんだよ?それなのに、これはまちがってたの?わたし、ぜんぶまちがいだったの?ひ、ひぐっ!わたしはじゃあ、なんだったの?おかあさんにみとめてほしくてひっしにいきてきた、わたしはなんだったの?かぐやとやちよをはっぴーえんどにつれていきたくてひっしにがんばった……ふぐっ!えぐっ!わたしは、なんだったのぉ……?」
自分の中の冷静な部分が理解する。これはきっと、躁鬱の鬱の部分だと。今まで必死にしがみついてきた躁が終わりを告げてしまったのだと。頭がパチパチする。喉が乾く。呼吸が纏まらない。涙が止まらない。吐き気がする。助けて、助けて誰か。
「はっ……!はっ……!はっ……!ふぐっ、はっ……!おぇ……っ!」
「い、彩葉っ!?しっかり、ゆっくり深呼吸しつっ!」
深呼吸だ、深呼吸しろ。落ち着け彩葉。
「はぁ、はぁ、はぁぁぁ……ふぅぅぅ……にゅういん、します……」
そう言うだけで二人の顔がぱぁっと明るくなった。そっか、二人は私が入院すると嬉しいのか。二人は私が入院することを待ち望んでいたのか。そうか、そうかぁ……
「あ、ありがとう彩葉っ!大丈夫っ!彩葉なら直ぐに良くなるよっ!」
「毎日お見舞いに行くねっ!配信もいっぱいするから、見て……」
「来なくて良いよ。お見舞い」
二人の顔が固まった。瞳を大きく見開き、驚愕の感情を示しながら私を見ている。そんな顔さえ可愛いなと、愛しいなと、嫌いになんてなれないなと。どれだけ二人から『見放されても』、私はどこまでも二人の事が大好きなままだった。
「な、なんでっ!?行くよっ!絶対行くっ!」
「来なくて良いなんて言わないでよ、彩葉ぁ……」
「分かった。言い方を変える。来ないで。来て欲しくない。来るな。こう言えば満足かな」
だって……
「今の私は二人の言う『普通の酒寄彩葉』じゃないから。だったら会わない方が良い。会いたくない。治るまで一人で頑張る。『迷惑を掛けたくない』から」
根本的に、私の中にあるのはそれだった。『迷惑を掛けたくない』。心配を掛けたくない。そう教えられてきた。そう育てられてきた。
『人に迷惑を掛けるような生き方をする人間はアホや。一人で立てるようにならなあかん』
そうだよねお母さん。誰かに迷惑を掛けたら駄目だ。自分の力でどうにかしないといけないんだよね。
「だからっ!迷惑じゃないのっ!かぐやもヤチヨも、彩葉と一緒に生きて……」
「無理だよ。私は普通じゃないんでしょ。一緒になんて無理だ……ごめんなさい。普通じゃなくて。普通に二人を幸せにしてあげられなくてすみませんでした」
震えながら涙を流す二人に深く頭を下げる。なるべく他人行儀に。なるべく突き放すように。なるべく私に未練なんて持たなくなるように。
「やだ、ごめん彩葉、待って、謝る、そんなつもりで言ったんじゃないの、待って」
「行かないで彩葉、ヤチヨたちのこと、置いてかないで、お願い彩葉」
結局、何をしても、何をやっても、何をしようとしても、何も成し遂げられない。泣かせてばかりだった。
ぴ、ぷるるるる、ぷつ
『彩葉か?どうした?何かあったんか?今日から仕事復帰やろ?あんまり気張りs』
「お兄ちゃん、ごめんなさい。私、普通じゃなかったの。本当にごめんなさい。これから入院します。今までお世話になりました」
『は?おま、何言って、待て彩葉!きr』
ぷつ。ぴ、ぷるるるる、ぷつ
『あ、彩葉?どうしたの?何かあったの?あ、そう言えばお仕事復帰したんだよね。おめでとう!でも頑張り過ぎはd』
「芦花、ごめんなさい。私、普通じゃなかったの。本当にごめんなさい。これから入院します。今までお世話になりました」
『え?何、どうしたの、今の何、彩葉っ!?なにw』
ぷつ。ぴ、ぷるるるる、ぷつ
『はいは~い。真実ですよ~?って、彩葉じゃん、何?なんか相談でもあるの?遠慮しなくて良いからさ、ささいn』
「真実、ごめんなさい。私、普通じゃなかったの。本当にごめんなさい。これから入院します。今までお世話になりました」
『……何言って……んの……?待って彩葉!ちゃんと説明して!それじゃあわかr』
ぷつ
今まで迷惑を掛けっぱなしだった面々に電話で最後の謝罪をする。そのままスマホの電源を落とした。連絡も来ないようにシャットダウンしてしまった方が良いのだ。
「名無しさん。ここの権限を全移譲します。あなたがこれから所長代理としてここを引っ張ってください。よろしくお願いいたします」
「ま─しょ─おち─はやま─」
声は聞こえずとも伝える事だけは出来た。これで一通りオッケーだろう。最後位迷惑を掛けずに……いや無理か。だって、目の前でかぐやとヤチヨが泣いているもの。これだけでどんな迷惑にも勝る大迷惑を掛けていた。
「やだやだやだ!お願い彩葉!ごめんなさい!ごめんなさい!」
「一緒にハッピーエンドに連れて行ってくれるって言ったじゃない!嘘つき!行かないでっ!」
……ごめんね、二人とも。大好きなあなた達に、最後に掛ける言葉がこんなひどい言葉であることを、どうか許してください。
「さよなら、二人とも。私抜きで、ハッピーエンドを目指してね」
もっと上手なさよならの方法が知りたかった。
続く……?
連れて行けるって信じてたの。