『……と、言う訳でして、昨今の日本における失踪のリスクはまだまだ油断の出来るものではなく……』
「ねぇ~、チャンネル換えよ~。暗い話やだ~」
これが夢であると自覚があるのって明晰夢って言うのだったっけ?とにかく、私にはこれが夢である自覚があった。これはあの始まりの日だ。私の中にある『異常とは思っていなかった異常』が見つかってしまった日。自分ではおかしいとも思っていなかった、周りから見ればおかしいと言う症状の数々の最初が見つかった日だ。
この頃はまだ平穏だったな。ちょっと怒られて、お兄ちゃんや芦花たちから注意されて、ぎゅって抱っこして眠った。心配を掛けてしまったことは申し訳無かったけれど、でも想われていることを確認出来て嬉しくもあったっけな……
「あ、ごめんごめん」
そうそう、私はこうやってチャンネルを換えたんだっけ。で、二人が抱き着いてきて……
「……いや、やっぱりちゃんと見ておくべきかも知れないよね?」
……え?
「あ、かぐやもそう思った?じゃあチャンネル元に戻すね?」
私が疑問の声を上げるより早く、チャンネルは先ほどの報道番組へ。内容は過去にあった失踪の例に移り変わっていた。
『……例えばこの事例ですね。2029年、東京都立川市にて失踪した『酒寄彩葉』さん、当時16歳ですが……こちらは未だに発見されておらず……』
な、なんだ、この報道番組……?し、失踪って……わ、私はここにちゃんとこうして居て、行方不明になんて……
「ね、彩葉?どうして隠してたの?自分の失踪歴を」
「それだけじゃない。味覚も、睡眠障害も……全部隠してたね」
ち、違うよ!?隠してた訳じゃあないの!ただ、二人に話すほどの事でも無いって思ってて!別に大したことないなって思ってただけで!
「違うでしょ?話したくなかったんだ。嫌われるのが怖くて、全部隠しておきたかっただけでしょ?」
「ヨヨヨ、ヤッチョ悲しい。結局彩葉って、ヤッチョたちに壁を作っていたんだね?」
違う違う違う!そうじゃないよ!?そんなこと考えてない!私は本当に二人の事が大好きで大切で!
「嘘付き。彩葉は嘘付きだ」
「ヤッチョたちをハッピーエンドに連れて行くだなんて言って、全部嘘だったんだ」
おねがいだから話を聞いて!お願い、お願いだよぉ……
「「彩葉なんて……〇〇いだ」」
止めろ、二人はこんなこと言わない。私の夢だ。全部消えてよ!
「「彩葉なんて……○らいだ」」
止めて、早く目が覚めて、早く、早く!
「「彩葉なんて……」」
「「きらいだ」」
─────
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」
叫びと共に飛び起き、荒い呼吸のままに自分の身体を抱き締める。酷い震えと汗。次いで訪れる強烈な嘔気によってゴミ箱に胃の中身吐き出した。
「う、ぐっぅ……」
しかしながらそも吐くものがほとんど入っておらず、胃液を多少吐き出しただけで終わってしまった。嘔気が残ったままで気持ちが悪いが仕方が無かろうとも思う。何せ食欲があまりなくて食事を十分に食べれていないのだから。それでも何とか最低限の量は接種できているので筋力やら外観やらはほとんど変わっていないが……それだって何時までこのままかは分からない。
「げほっ、げほっ……ふぅぅ……」
何とか嘔気を収め一呼吸。あれだけの大声を出したのだから当然……
こんこんこん
「さか─ん?だい─ょ─すか?」
見回りの看護師から声を掛けられる。大変に申し訳ないことをしてしまった。びっくりさせちゃっただろうか?
「はい大丈夫です。ちょっと夢見が悪くて。申し訳ありません」
「い─ねれそ─おみず─?」
「はい。もう一度寝ます。おやすみなさい」
短い言葉を交わして再びベッドに横になる。この部屋は外から鍵が掛かっているので空けることは出来ない。何とも厳重なものである。まぁ仕方が無いが。夜間に患者が何処かに行って帰ってこなくなったら困るだろうし。
「……」
此処に……この一人だけの病室に、日中だけは自由に動き回れる半牢獄みたいな精神病棟に入院して一週間になった。これでも一応はVIPであるらしく、他の患者と遭遇するなどの精神負荷を軽減するためにという名目で特別病棟を宛がってもらっている。日常生活に限りなく近い、しかし看護師以外には誰にも会えない病院であるそこが今の私の居場所だ。
一体いつまでこうしていれば治るのかな。
一体いつまでこうしていれば元に戻るのかな。
一体いつまでこうしていれば二人に……かぐやとヤチヨに普通だって認めてもらえるのかな……
『先生。私のこれはどれくらい治療すれば治るんでしょうか』
『心と言うものはどうすれば治るか、どのくらいで治るか、なんて明確化できるようなものではないのです。はっきりと申し上げてしまえば分からないと言うのが正直な話です』
入院当初、担当になった先生がそう言っていたのを何とか聞き取れた。それはそうと納得するより他には無かった。精神疾患なんて専門外だし、自分がどれだけ病んでいるのかも分かりはしないのだから。
『こんなところでただただ立ち止まっているやなんて、随分と余裕なんやね。時間は有限や。止まっている間に何も出来んようになってまうんやで?』
うん、知っているよお母さん。私は止まっていられない。だけど止まらないと皆を困らせちゃう。進みたいのに進むことが出来ない。凄く辛いんだよ。
「……お薬飲まないと……」
一日に回数制限はあるが、頭の中でお母さんの声が聞こえて来た時に飲まなければいけない薬がある。心を落ち着け、幻聴を抑えるための薬だそうだ。
「……ごくり……」
決められた量を取り出し、水と共に内服。心が落ち着くとは言われたが果たして効果がどれほどの物かは理解できていない。だがこれが治療に必要なのだから飲んでいるだけだ。
「……」
スマコンは取り上げられている。ツクヨミ内はいわば病院外だ。スマコンによるダイブログインは認められてはいなかった。だけどパッド端末は使用制限が無かったので、立ち上げてツクヨミへ画面ログイン。勿論アバターは使用できないので、画面内を見物することしかできない。干渉は出来ないのだ。
『かぐやっほ~!皆元気~?』
『ヤオヨロ~!神々の皆、今日もお疲れ様~!』
かぐやとヤチヨのライブ会場へ。とても盛り上がっている。観客に向けて笑いかけるかぐやとヤチヨの表情に陰りはない。まるで、『私なんて居なくても大丈夫』と言われているようだった。
「……はは」
何を未練がましい。私の方から突き放しておいてなんてみっともない。結局、二人から離れることの出来ないのは私の方だ。二人と一緒じゃないと駄目なのは私の方で、二人はもう私なんて無くたって大丈夫なんだ。
「……」
お兄ちゃんや芦花、真実だってそうだ。ちゃんと自分の仕事や活動を続けている。本当に立派だ。動けなくなったのは私だけ。私だけが止まってしまった。情けないよね本当に。
「……よっし」
やっぱり早く治さなきゃ。そうじゃないと皆に追いつけない。『頑張らないと』。『頑張って治さないと』。
誤魔化して笑って、辛くても笑って、無理にでも笑って。そうじゃないと、そうじゃないと、そうじゃないと。
「おいていかないで……」
口から出た言葉は、誰も居ない部屋の中で少し木霊して消えた。明日も頑張ろう。味のしないご飯を食べて、良く見えない文字と看護師さんを見て、良く聞こえない声と音を聞いて、早く治った『ことにして』。早く退院して皆を安心させないと。そして……
「許して欲しいって、謝んないと」
突き放してごめんと。離れてごめんと。せめて謝って、二人と一緒に歩めなくても、せめて二人の為に何かできるようにならないと。だから、頑張る。がんばる。ガンバルカラ。
そう意気込んで、ツクヨミからログアウトする。だから私には、二人がその後になんて喋ったのかなんて、何が起きたのかなんて、分からないままだった。
『いろP?大丈夫、今は療養中なの!きっと良くなって、かぐやたちと一緒に……いっしょに……いっしょ、にぃ……ふぐ、うぐぅ……っ』
『ヤッチョたち、信じているの。またいろPが隣で一緒に居てくれるようになるって……だからね、活動は止めないよ。いろPの戻ってくる場所は、まもって、まもり、つづけてぇ……ひうぅぅぅ……っ』
続く……
大丈夫になんなきゃいけないんです。