いよいよ様子が……?
月の綺麗な夜だった。
もう二人に添い寝してもらうようになってどれくらいだろう。最初はちょい抵抗があったこれも何時の間にか慣れ、別にエッチなこととか関係なしに安心感を覚え、それなりにではあるが安眠という奴を得ることが出来るようになった。まぁそれでも二人は私との添い寝を止めるつもりはないらしいのだが……
『誤魔化して起きっぱなしになったら困る』
らしい。もう隠し事なんてしないって言っているのになあ……?
さて、そんな今日のこの夜。二人が完全に寝静まり、ちょっとトイレにと起きた私。二人を起こさないように静かに寝床を抜け出しトイレに。それが終わってふと窓から見た外が……
「……綺麗な満月だな……」
満月という奴に恐怖を覚えてしまったのは間違い様もない、かぐやとの別れが原因だった。私にとってかけがえのない存在となってしまった彼女との別れは、私の心に小さくない傷を残してしまった。ヤチヨがかぐやだと分かってからも、暫くの間は満月ではなくとも月を見るだけで震えと同期と吐き気とめまいと頭痛と悪寒が止まらなかった。
「しっかし、それももう大丈夫だもんね」
そう、大丈夫になった。今の私はかぐやとヤチヨと言う最愛を二人得たのだ。例え満月を見たところで情緒不安定になどなりはしない……なりは、しないのだ。
「……っは……あ……ひっ……」
大丈夫、大丈夫だ。これは心の弱さが出てしまったに過ぎない。病気ではない、私の心が弱いからだ。大丈夫、深呼吸しようね。ほら、寝室に戻ればかぐやとヤチヨが待っている。かぐやが待っている?どこで?月で。月でエラエラ社畜になっているんだよね。エライねかぐやは。そうだ、褒めに行こう。そうと決まれば善は急げだ。窓から?馬鹿を言ったらいけない。堕ちたら死んじゃうよ?じゃあどうするか。勿論歩いて出て行くんだよ。
がちゃり
外は少しひんやりしていて、でもちょっと呼吸が苦しくなった肺に心地良い空気を与えてくれた。月はまん丸、まん丸だ。追いつこうと歩き始める。パジャマ姿だけど大丈夫だよね。夜だし。
「きれいなきれいなおつきさま。えらえらかぐやがはたらいて。きょうもげんきなしゃちくだよ」
おお、即興で歌まで出来てしまった。絶好調だね。見上げた満月はぜ~んぜん追いつけない。月ってこんなに遠いんだ。じゃあどうしたら追いつけるんだろう?一生このまま?かぐやにはもう会えない?
「……っひぃ……っはぁ……っひぃ……」
いけないイケナイ。また過呼吸が出そうになった。一生懸命深呼吸だ。はて、何で深呼吸しているんだっけ。そうだ、かぐやとヤチヨに心配を掛けちゃう。そろそろ帰らないと。ばいばいお月様。頑張ってねかぐや。
がちゃり
「ただいm」
がばぁっ!
「何処に行ってたの!?」
「急に居なくなって!?」
……んあ?
「ちょ、ちょっと、夜のお散歩に……そこら辺を歩いてただけだよ?」
「……よるの……」
「……おさんぽ……?」
うん、お散歩。空気が澄んでて気持ち良かったよ。満月も綺麗だったし。別にどっか行こうとしたわけじゃないよ。唯のお散歩だもん。
「……っはぁ……ひぃん……」
「ぅぁ……ぁうぅぅ……」
……うえっ!?な、なんで泣いてんの!?ちょま、落ち着いてよ!?ほんとただの散歩だったんだよ!?べ、別に失踪しようとかしたわけじゃないよ!?短時間で帰ってくるだけのただの散歩だって!?」
「た、だの、さんぽに……にじかんも、かけるのぉ……?」
「いなく、なったときぃ……もう、義体がバラバラになりそうなほど……怖かったのに……」
うそぉ……?二時間……?そんな馬鹿な?私はそんな長時間外を歩いていたのか?そんな意識無かったけどなぁ……?で、でもほら、前にも言ったじゃん?上京してギリギリだった頃、こうして出歩いたことあったって。今回はちゃんと意識的に自宅に戻ったし問題ないよ。ほんとに月に誘われただけなんだから。
「彩葉ごめん。もう無理だよ。明日、絶対に心療内科に連れて行く」
「後で怒っても嫌われても良い。何が何でも連れて行く」
ひぇぇ……ま、またしても大事に……どうしてこう私は問題を起こしちゃうかねぇ……?
─────
「PTSDを発症している可能性がありますね。少しばかり通院加療を進めてみましょう」
うわぁ……また通院内容が増えちゃったよ……ど、どうしたもんか……
「あのですね?そもそもこの状況になりまで心療内科を受診されなかったのも問題があるんですよ。鬱症状、味覚障害、睡眠障害。そして今回のこれは夢遊病の類ですよ?もう大事になっているのを自覚なさってください」
「あ、はい……」
もう病院に来るたびに怒られている気がする……そして何よりも……
「うぁぁぁ……彩葉……ごめんなぁ……お兄ちゃんが……ごめんなぁ……」
「ひぐっ、ひぐっ、彩葉、大丈夫、大丈夫だよ?私も協力するから……ちゃんと治そうねぇ……」
「彩葉……なんで?どうして何も話してくれないのさ……」
例によって例の如くだ。お兄ちゃん、芦花、真実が泣いている。もう申し訳なさも振り切っちゃったよね。誰が迷惑を掛けているのか。勿論この私☆度し難いよねぇ。因みに研究所からは遂に出勤完全禁止命令が下された。おいおい待てや?私は所長だが?一番の責任者だが?
「少なくとも一か月は治療に専念されてください。絶対に研究の不利益になるようなことはしません。我々を信じて、一刻も早い回復に努めて下さい」
もう怒ってすらいなかった。至極真面目な顔でそう言われてしまえばもう従う他にあるまい?う~ん、心配されてるなぁ。人望の賜物ってやつかな。まぁ一、二週間もすれば回復するでしょ。ねぇかぐや、ヤチヨ?
「うん、そうだね……ゆっくり治そうねぇ……?」
「ヤッチョたち、どんな彩葉になっても、ずっと傍に居るよぉ……?」
お、おいおい、深刻さが増したが……?これはいかんな。もっともっと頑張んないと。そうだ、頑張らないとね。私が弱いのがいけないんだから。もっともっと頑張って、二人を、皆を安心させないと。だって私は酒寄彩葉。酒寄紅葉の娘。お母さんは出来たことしか言っていない。私も出来るようになんないとね。
「さ、帰ろうかぐや、ヤチヨ。通院でお腹空いちゃったよ~♡」
「……う゛ん゛……」
「がえ゛ろ゛う゛……」
可笑しくなりつつある状況。加速する異常。