終生のライバルに負けたオレ。女になってそいつの嫁になりました ~死んだことになった元公爵令息と、救国の英雄の辺境新婚生活~ 作:APP3
初投稿です。
友を、失った。
半身とも呼べる、たった一人の大切な友を。
その事実から、カイル・ローデン・ド・エルゼンは、二年の月日が経った今でも立ち直れずにいた。
「これはこれは救国の英雄、カイル殿! 一度お話ししてみたいと思っていたのです!」
豪華絢爛。この世の贅の限りを尽くしたパーティー。
目立たない窓際にて時間を潰すつもりが、恰幅の良い男に話し掛けられてしまった。
「どうも……」
「先日の飛竜の件は実に見事でした! いやはや、一時はどうなることかと。家財一式投げ捨てて逃げようかとも思いましたが流石はカイル殿! 難なく討伐なされて!」
美辞麗句を並べ立てる男を横目に、何の気なしに窓の外へと目を向ける。
──見覚えのある、忘れられるはずもない、銀白の髪が目に映った。
「ですので、是非ウチの娘を──」
「──すみません。自分はこれで失礼します」
カイルは名残惜しそうに手を伸ばす男に脇目も振らず、遠ざかっていく
扉脇の衛兵を押し退け、外に飛び出す。
月明かりに照らされた庭園を、花の香りを掻き分けるように走る。
ずっと会いたかった。
話したいことが沢山あった。
だから、だから──
「──待ってくれ、ルシアン!!」
呼び声に、銀白の髪が揺れる。
足を止めたその人物が、ゆっくりと振り返った。
身に纏う綺羅びやかなドレスにあしらわれた宝石が、月明かりを弾き、煌めく。
たとえ、姿かたちが変わっても。
たとえ、何故か
ルシアンをずっと見続けてきた自分が、見間違えるはずがない。
芸術品のように恐ろしく整った顔に浮かぶ、苦虫を噛み潰したような表情は、二年前と変わらない。
「……なんでわかんだよ、カイル」
呆れたような声を零しながら──ルシアンは、伸びた髪を乱雑にかき上げた。
どこかバツが悪そうに頬を掻くルシアン。
そんなルシアンを見て、じんわりと目頭が熱くなる。
「……ルシアン、俺は──」
「──ちょっ、ちょっとまて!」
込み上げる想いを吐露しようとするも、ルシアンの声に上書きされる。
「一旦待て! 今の俺はルシアンの双子の姉、ルーシーってことになってんだ。誰かに聞かれたらまずい」
「何を言ってるんだ? ルシアンはルシアンだろう?」
「──ッ! ……あぁもう、わっかんねぇかなぁ!」
一瞬目を見開き、言葉を失ったルシアンだったが、カイルの胸元のジャボを掴み、引っ張る。
鼻先がぶつかりそうなほど、互いの顔が近づく。
見ればそのまま呑み込まれてしまいそうな、海のように蒼く深い瞳が、すぐ目の前にある。
「──ルシアンは死んだ。ここにいるのは姉のルーシーだ」
ジャボから手を離したルシアンは、胸に手を当て、ドレスの裾をつまみ、片足を引いて、流れるように膝を折る。
「では、御機嫌よう。救国の英雄様」
そう言って踵を返すルシアンを、カイルは黙って見送るしかなかった。
それでも──ルシアンは生きている。
カイルは、ルシアンの背へ伸ばしかけた手を、力強く握り込んだ。
◯──
「おい、早く出せ」
扉の開かれた馬車の中、脚を組み、不機嫌そうに顔を歪める令嬢。
「お嬢様、パーティーはまだ始まったばかりですし、公爵様からは……」
「お前、名前は?」
「え?」
「名前はなんだと聞いているの」
「フロウ・プロヴァンスですが……」
公爵から「このお転婆娘をよく見ておくように」と命じられている騎士は、不遜な態度の令嬢を前に、困ったように眉を下げた。
「あっそう。で、プロヴァンスだったか? お前、プロヴァンス村の村長の息子だな。可哀想に。村長には、お前の息子は任務中に賊に襲われ、抵抗虚しく殉職したと報告しておこう」
令嬢が騎士へと手を向ける。
その指先から、バチバチと雷が迸り始め、薄暗い馬車内を照らす。
銀白の髪が、その雷に呼応するかのように金色を帯び始める。
「ひぃっ!! すっ、すぐさま出させていただきます!!」
慌ただしく馬車の扉が閉められ、馬の嘶きとともに車体が揺れ始めた。
「チッ……」
令嬢は軽く舌を鳴らす。
雷によって焼け焦げた手袋を脱ぎ、向かいの座席へ放り投げる。
──ルシアン・アルヴェイン・ド・レグリアは天才であり、クズである。
魔道の世界において将来を約束された無二の天才。
カイルは、そんなルシアンに唯一土をつけた男だった。
だからこそ、ルシアンはカイルが気に食わない。
彼と出会ったせいで、自分の人生が滅茶苦茶になったのだから。