終生のライバルに負けたオレ。女になってそいつの嫁になりました ~死んだことになった元公爵令息と、救国の英雄の辺境新婚生活~ 作:APP3
「カイル様! お待たせしました!! さっ、行きましょう?」
雪の世界に舞い降りた、銀白の乙女。
その乙女がふわりと笑いかけると、周囲の護衛や使用人達が息を呑んだ。
ラウルは口笛を吹き、隣のレックスはそんなラウルを肘で小突く。
そして、笑いかけられた本人はと言うと──
「ふぁー……ん? あぁ、そうだね。行こうか」
──眠そうに欠伸を漏らしていた。
◯───
「おい、なんだその顔は」
「……? ごめん。あまり寝れてなくて……」
「はぁ……結局あの後帰って来なかったよな? どこにいたんだ?」
「馬小屋……」
「馬鹿かオマエ」
馬車の中、眠そうな顔を隠さないカイルに小言を零すルシアン。
──折角色々とおめかししたのに。
馬鹿なのはオレじゃないか。
ルシアンはカイルを視界に入れないように、外の景色を眺める。
駄目だ。自分の頭が書き換えられてしまったようだ。
何をするにもアイツが基準になってしまって。
「ふぁー……」
「……」
カイルの欠伸の音が、馬車の中に響く。
──本当に、コイツは。
「おい、カイル」
「ん?」
「ちょっとこっちにこい」
「わかった」
手招きをし、ルシアンはカイルを隣に座らせる。
そして、カイルの髪を引っ掴み、そのまま──自身の膝の上へとカイルの頭を乗せた。
「ル、ルシアン?」
「寝づらいだろうが、ちょっとでもいいから寝ろ」
「……」
ルシアンはカイルの黒髪に触れる。
狭い馬車の中、身体を折り曲げて膝の上に頭を置くカイルの姿は実に滑稽だ。
真っ白な細い指を黒髪に通し、梳く。
昨日のお返しだ。
オマエも味わうがいい。昨日のオレの気持ちを。
「オマエは貴族だ。領地を持ち、爵位を与えられ、模範となるべき者だ」
カイルの頭を撫でる。
サラリとした髪の感触が手のひらをくすぐってくる。
「だからこそ、寝不足でだらしない顔を領民に見せることは許されないし、妻であるオレが許さない」
もう一度、撫でる。
今度はゆっくり、優しく、この馬鹿にも伝わるように。
「ルシアン……」
「なんだ?」
「ありがとう。やっぱり君はすごいな」
「…………早く寝ろ」
もう一度撫でる。
今度は早く、雑に、整えられた髪をぐちゃぐちゃにしてやるように。
そして、膝の上から寝息が聞こえ始めた。
「ふふっ。成功だな」
ルシアンは薄く笑うと、足元に置いていたカバンから一冊の本を取り出す。
『男心を鷲掴む、七つの心得』
アーシャから借りた本に書かれたものを実行したが、どうやら効いたようだ。
ルシアンは本をパラパラと捲り、ククッと喉を鳴らし、本を閉じた。
◯───
カイル・ローデン・ド・エルゼンは、孤独だった。
エルゼン伯爵家の三男坊として生まれたはいいが、父はエルゼン伯爵ではなく、エルゼン家の使用人だった。
そんな不義の子を愛す者は誰一人としておらず、最低限の教育だけを与えられ、いない者として扱われた。
誰からも関心を向けられなかったカイルが幼い頃学んだのは、自分の人生は自分で切り開かなければならないという残酷な現実。
だからこそ、カイルは剣を握った。
長男は王国騎士団副団長、次男は近衛騎士。
兄たちの背を見てきたカイルが、剣こそ何者かになるための手段だと考えるのは自然なことだった。
訓練所では徹底的に叩きのめされ、痣が出来ない日はなかった。
陰湿なイジメもあった。
訓練と称して、殺されかけたこともあった。
それでも、カイルは一分一秒たりとも無駄にしないように、誰よりも剣を振るい、誰よりも見て学んだ。
そして、完成した。
剣の天才、カイルが。
十歳ながら年の離れた次兄と、エルゼン家でも指折りの剣士達を打ち負かした。
エルゼン家の者は手のひらを返し、カイルを天才と呼んだ。
カイルの努力を見ようとせず、天才という枠に当てはめて。
誰も彼も、カイルを見なかった。
見たのはカイルの力、才能のみ。
カイルは、自分の道を自分で切り開いたが、本当に欲しかったものは手に入らなかった。
『おいオマエ。オレと同じで天才って呼ばれてるらしいじゃねぇか。天才はただ一人、ルシアン・アルヴェイン様だけだ! 立て! 稽古をつけてやる!!』
あの日──あの銀白髪の少年に出会うまでは。
◯────
柔らかな感触が後頭部を受け止める。
脳が蕩けそうになるほどのいい匂いがする。
髪を触られ、頭を撫でられた。
そのどれもが初めてで、そのどれもが安心を誘う。
幼い頃は勿論、ルシアンを失ってからの二年間は特に、狂ったように剣を振るった。
ルシアンがいつ目覚めても良いように。
ルシアンといつ戦っても、幻滅されないように。
剣を振れば振るほど、俺を慕う人間が現れた。
背中を預ける仲間達も出来た。
色々な人に認められ、過去の自分では考えられないほどの名誉を賜った。
でも、足りなかったのだ。
そのどれもが、胸にぽっかりと空いた穴を埋めるには。
『いくぞ? カイル!!』
俺が一番欲しかったのは、ルシアンとの時間だったのだ。
いや、変に取り繕うのはよそう。
俺が一番欲しかったのは、ルシアンそのものだ。
頭を撫でられる。ゆっくりと、優しく。
彼は分かっていないのだろう。
自分がどれだけ、俺が欲しいと願ったものを与えてくれているのか。
「ありがとう。やっぱり君はすごいな」
「…………早く寝ろ」
頭を撫でられる。今度は早く、雑に、彼らしく。
これだ。
本当に──君はすごいな。