終生のライバルに負けたオレ。女になってそいつの嫁になりました ~死んだことになった元公爵令息と、救国の英雄の辺境新婚生活~   作:APP3

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第十話

「カイル様! お待たせしました!! さっ、行きましょう?」

 

 

 雪の世界に舞い降りた、銀白の乙女。 

 その乙女がふわりと笑いかけると、周囲の護衛や使用人達が息を呑んだ。

 

 ラウルは口笛を吹き、隣のレックスはそんなラウルを肘で小突く。

 

 そして、笑いかけられた本人はと言うと──

 

 

「ふぁー……ん? あぁ、そうだね。行こうか」

 

 

 ──眠そうに欠伸を漏らしていた。

 

 

◯───

 

「おい、なんだその顔は」

 

「……? ごめん。あまり寝れてなくて……」

 

「はぁ……結局あの後帰って来なかったよな? どこにいたんだ?」

 

「馬小屋……」

 

「馬鹿かオマエ」

 

 

 馬車の中、眠そうな顔を隠さないカイルに小言を零すルシアン。

 

 ──折角色々とおめかししたのに。

 馬鹿なのはオレじゃないか。

 

 ルシアンはカイルを視界に入れないように、外の景色を眺める。

 

 駄目だ。自分の頭が書き換えられてしまったようだ。

 何をするにもアイツが基準になってしまって。

 

 

「ふぁー……」

 

「……」

 

 

 カイルの欠伸の音が、馬車の中に響く。

 ──本当に、コイツは。

 

「おい、カイル」

 

「ん?」

 

「ちょっとこっちにこい」

 

「わかった」

 

 

 手招きをし、ルシアンはカイルを隣に座らせる。

 

 そして、カイルの髪を引っ掴み、そのまま──自身の膝の上へとカイルの頭を乗せた。

 

 

「ル、ルシアン?」

 

「寝づらいだろうが、ちょっとでもいいから寝ろ」

 

「……」

 

 

 ルシアンはカイルの黒髪に触れる。

 

 狭い馬車の中、身体を折り曲げて膝の上に頭を置くカイルの姿は実に滑稽だ。

 

 真っ白な細い指を黒髪に通し、梳く。

 

 昨日のお返しだ。

 オマエも味わうがいい。昨日のオレの気持ちを。

 

 

「オマエは貴族だ。領地を持ち、爵位を与えられ、模範となるべき者だ」

 

 

 カイルの頭を撫でる。

 サラリとした髪の感触が手のひらをくすぐってくる。

 

 

「だからこそ、寝不足でだらしない顔を領民に見せることは許されないし、妻であるオレが許さない」

 

 

 もう一度、撫でる。

 今度はゆっくり、優しく、この馬鹿にも伝わるように。

 

 

「ルシアン……」

 

「なんだ?」

 

「ありがとう。やっぱり君はすごいな」

 

「…………早く寝ろ」

 

 

 もう一度撫でる。

 今度は早く、雑に、整えられた髪をぐちゃぐちゃにしてやるように。

 

 そして、膝の上から寝息が聞こえ始めた。

 

 

「ふふっ。成功だな」

 

 

 ルシアンは薄く笑うと、足元に置いていたカバンから一冊の本を取り出す。

 

 

『男心を鷲掴む、七つの心得』

 

 

 アーシャから借りた本に書かれたものを実行したが、どうやら効いたようだ。

 

 ルシアンは本をパラパラと捲り、ククッと喉を鳴らし、本を閉じた。

 

 

◯───

 

 

 カイル・ローデン・ド・エルゼンは、孤独だった。

 

 エルゼン伯爵家の三男坊として生まれたはいいが、父はエルゼン伯爵ではなく、エルゼン家の使用人だった。

 

 そんな不義の子を愛す者は誰一人としておらず、最低限の教育だけを与えられ、いない者として扱われた。

 

 誰からも関心を向けられなかったカイルが幼い頃学んだのは、自分の人生は自分で切り開かなければならないという残酷な現実。

 

 だからこそ、カイルは剣を握った。

 長男は王国騎士団副団長、次男は近衛騎士。

 兄たちの背を見てきたカイルが、剣こそ何者かになるための手段だと考えるのは自然なことだった。

 

 訓練所では徹底的に叩きのめされ、痣が出来ない日はなかった。

 陰湿なイジメもあった。

 訓練と称して、殺されかけたこともあった。

 

 それでも、カイルは一分一秒たりとも無駄にしないように、誰よりも剣を振るい、誰よりも見て学んだ。

 

 そして、完成した。

 剣の天才、カイルが。

 

 十歳ながら年の離れた次兄と、エルゼン家でも指折りの剣士達を打ち負かした。

 

 エルゼン家の者は手のひらを返し、カイルを天才と呼んだ。

 カイルの努力を見ようとせず、天才という枠に当てはめて。

 

 誰も彼も、カイルを見なかった。

 見たのはカイルの力、才能のみ。

 

 カイルは、自分の道を自分で切り開いたが、本当に欲しかったものは手に入らなかった。

 

 

『おいオマエ。オレと同じで天才って呼ばれてるらしいじゃねぇか。天才はただ一人、ルシアン・アルヴェイン様だけだ! 立て! 稽古をつけてやる!!』

 

 

 あの日──あの銀白髪の少年に出会うまでは。

 

 

◯────

 

 

 柔らかな感触が後頭部を受け止める。

 脳が蕩けそうになるほどのいい匂いがする。

 

 髪を触られ、頭を撫でられた。

 そのどれもが初めてで、そのどれもが安心を誘う。

 

 幼い頃は勿論、ルシアンを失ってからの二年間は特に、狂ったように剣を振るった。

 

 ルシアンがいつ目覚めても良いように。

 ルシアンといつ戦っても、幻滅されないように。

 

 剣を振れば振るほど、俺を慕う人間が現れた。

 背中を預ける仲間達も出来た。

 色々な人に認められ、過去の自分では考えられないほどの名誉を賜った。

 

 でも、足りなかったのだ。

 そのどれもが、胸にぽっかりと空いた穴を埋めるには。

 

 

『いくぞ? カイル!!』

 

 

 俺が一番欲しかったのは、ルシアンとの時間だったのだ。

 いや、変に取り繕うのはよそう。

 俺が一番欲しかったのは、ルシアンそのものだ。

 

 

 頭を撫でられる。ゆっくりと、優しく。

 

 彼は分かっていないのだろう。

 自分がどれだけ、俺が欲しいと願ったものを与えてくれているのか。

 

 

「ありがとう。やっぱり君はすごいな」

 

「…………早く寝ろ」

 

 

 頭を撫でられる。今度は早く、雑に、彼らしく。

 

 これだ。

 本当に──君はすごいな。

 

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