終生のライバルに負けたオレ。女になってそいつの嫁になりました ~死んだことになった元公爵令息と、救国の英雄の辺境新婚生活~ 作:APP3
短めです。
「カイル様! こっちこっち!」
カイルに手招きしながら、周りを見渡す。
寒空の下、脇道の雪を掻く人々。
通りには、雪を落とすため傾斜をきつく取った屋根の家々が並んでいる。
多くはないが露店もちらほら見え、活気も悪くない。
「やぁ、可愛らしいお嬢さん! ノルデンの町は初めてかい? どーだい、メープル酒は! 暖まるよ!」
露店の男が声を張った直後、潮の匂いを含んだ風が吹き抜け、着込んでいるにも関わらず身体が震えた。
「二つ貰えるかしら?」
ルシアンは指を二本立て、店主に見せる。
──シルヴァレイン領内で最大規模の町、ノルデン。
簡素だが港もあり、シルヴァレイン領の税収の七割を支える重要な交易拠点だ。
実家にて書類で確認していたが、実際に見れば印象は変わる。
「はい! メープル酒二つ……って、領主様ではないですか!」
店主の驚きの声に、ルシアンは後ろを振り向く。
少し遅れていたカイルが、いつの間にかすぐ後ろまで来ていた。
「カイル様も一緒にどうですか?」
「ありがとうルーシー。店主、片方は俺に」
「へいどうぞ! で、もしや、そこのお嬢さんは」
「あぁ。俺の妻だ」
「これはこれは! 何ともまぁお似合いなことで!」
カイルと店主の雑談を眺めながら、ルシアンは受け取った木杯に口を付ける。
「……甘っ」
思わず眉を顰めた直後、生姜の刺激が舌を刺し、温かな酒が喉を流れ、身体を暖めていく。
甘ったるいだけかと思えば、悪くない。
「どーだい奥さん! メープル酒はノルデンの名物なんだ!」
「とっても美味しいです!」
「嬉しいねぇ。あ! あそこの赤い屋根の店、ウチの妹がパン屋をやってるんだ! うめぇから是非寄ってってくれよな」
メープル酒を飲み終わり、店主に見送られながらその場を後にする。
店主に言われた通り赤い屋根を目印に二人で並び、街路に足跡を付けていく。
そんな時、ちらりと隣で歩くカイルに目をやる。
「ん? どうしたんだ?」
「……なんでもねぇよ」
──正直な話、思っていたよりまともな町だ。
エリオットに取り寄せてもらった、王都提出用の領地台帳を見る限り、もっと困窮していると予想していたのだが。
害獣駆除に寒さ対策。
毎年かかる必要経費は大きく、それに対して税収は決して潤沢とは言えない。
それでもこれだけ町を維持しているのだから、領政を預かっていた者の腕は確かなのだろう。
どおりで剣しか取り柄のない男が領主でも問題ない訳だ。
「ねぇ旦那様。手、繋ぎましょう?」
「いいのか?」
ルシアンはカイルの質問に答えず、手を掴む。
硬く、ごつごつしていて、男らしい手に包まれる。
「夫婦なのですから。ね?」
「……ルーシー」
ルシアンはその手を引っ張り、そのまま歩いていく。
現在、この領地の政務は、その有能な者一人によって支えられているのだろう。
そして、カイルはその者に任せっきりなはずだ。
──自分のやるべきことが見えた。
誰に指図されたわけでも、願われたわけでもない。
ただ、自分がそうしたいからだ。
カイルを支える。
カイルに足りない所を補う。
妻として、男爵夫人として。
そして──認めたくはないが、友として。
「カイル」
「ん?」
「──二人で頑張っていこうな」
「……ッ! あぁ、もちろん」
しんしんと雪が降り始める中、二人の吐く白い息が溶け合った。