終生のライバルに負けたオレ。女になってそいつの嫁になりました ~死んだことになった元公爵令息と、救国の英雄の辺境新婚生活~ 作:APP3
「このパン。どうして足跡の形をしているの?」
「それはですね! 向かいの山、ルプスノア峰に住む山神様の足跡を象ったものなんです!」
暖炉が焚かれた温かな店内。
棚に並べられた、足跡形のパンを指さすルシアンに、赤い三角巾を被った店員の少女は答える。
「山神様?」
「はい!」
「……山神様?」
「はい! 山神様です!」
「…………なるほど?」
二人の様子を見かねたカイルは、首を傾げるルシアンの肩を軽く叩く。
「ルーシー。その山神様ってのは、
「スノウウルフって、厄獣の?」
「そうだ」
それは、この世界に蔓延る魔力を宿した獣であり、危険の象徴だ。
「へぇ……それはまた、色々と事情があるのね」
ルシアンもスノウウルフの名には聞き覚えがあったのだろう。
顎に手を当てて考える素振りを見せている。
──基本的に厄獣は駆除の対象であり、ルシアンを失ったと思っていた二年間、俺は厄獣を数え切れないほど狩った。
そして気付けば、それで名まで上がっていたのだ。
あの頃は、生きて帰れるかどうかなんて考えもしなかった。
胸に空いた穴から目を逸らすように、ただ剣を振るっていた。
結局そのおかげで今があるのだと考えたら、何とも妙なものだ。
「山神様達は、大きな雪崩が来る前になると、麓まで降りてくるんです。雪の上に足跡を見つけたらみんなで避難するんですよ。昔からそれで凄く助かってて、この山の近くに住むみんな、山神様に感謝してるんです!」
「とってもいい話を聞けたわ。ありがとね。このパン二つ貰えるかしら?」
「わかりました!」
ルシアンが選んだパンを店員から受け取り、店を後にする。
暖炉で暖まっていた店内から一歩外へ出ると、降り始めた雪と冷気に思わず身震いしてしまう。
隣のルシアンの方に目を向けると、同じように身震いをしながら、二の腕を擦っている。
ルシアンの、赤くなった指先。
その指先へと手を伸ばし、触れようとしたその時、
『おまえの……おまえのせいでにいさまは!!』
──エリオットの叫びが、聞こえた気がした。
「おい、カイル? 顔色悪いぞ。まだ寝足りないか?」
「……そうかもしれない」
「はぁ……仕方のねぇやつだな」
やれやれと肩をすくめるルシアン。
俺は、何をしようとした?
何を当たり前のように、彼に触れようとしている。
俺が──ルシアンをあんな目に遭わせた俺が。
昨日の出来事。
ルシアンを抱き上げ、ベッドへと運んだ時、俺はどうにかなりそうだった。
腕の中で不安そうな表情を浮かべる彼を見ると、何もかもむちゃくちゃにしてやりたかった。
──ありえないのだ。
彼が俺の腕に抱かれていること自体が。
ルシアンと俺は友達で、ライバルなのだ。
それがなんだ。今は彼と俺は夫婦になってしまっていた。
どんな形でもいい、一緒にいたいと願ったのは確かだ。
しかし、その願いのためにルシアンが何かを失うことだけは、絶対にあってはならないのに。
彼は何を失った?
レグリア公爵家を継ぐ未来と、男としての人生。
数多の人を従える、俺なんかよりもよっぽど貴族らしい貴族になっていたはずなのだ。
辺境の地で、俺の妻として生活する人生なんて。
俺は、俺は──
思考が沈んでいく。
降り積もった真っ白な雪の中へ。
「──団長ー! 雪結構強くなりそうなんで帰りましょー!!」
遠くから響く、レックスの呼び声によって、意識が戻ってくる。
「だってよ。おい、帰るぞ」
ルシアンはカイルの手を握る。
冷たい手と手が固く結ばれる。
「ルシアン」
「ん?」
「俺は、君の隣に立って恥ずかしくない人間になりたい」
「おぉ。どうしたんだ急に」
「だから、もう少し我慢していて欲しい」
「? 何のことかわかんねぇけど、寒くなってきたし早く帰ろうぜ」
ルシアンに手を引かれ、馬車の方へと戻っていく。
待っていてくれ。