終生のライバルに負けたオレ。女になってそいつの嫁になりました ~死んだことになった元公爵令息と、救国の英雄の辺境新婚生活~   作:APP3

12 / 24




第十二話

「このパン。どうして足跡の形をしているの?」

 

「それはですね! 向かいの山、ルプスノア峰に住む山神様の足跡を象ったものなんです!」 

 

  

 暖炉が焚かれた温かな店内。

 棚に並べられた、足跡形のパンを指さすルシアンに、赤い三角巾を被った店員の少女は答える。

 

 

「山神様?」

 

「はい!」

 

「……山神様?」

 

「はい! 山神様です!」

 

「…………なるほど?」

 

 

 二人の様子を見かねたカイルは、首を傾げるルシアンの肩を軽く叩く。 

 

 

「ルーシー。その山神様ってのは、ス(・)ノ(・)ウ(・)ウ(・)ル(・)フ(・)のことだ」

 

「スノウウルフって、厄獣の?」

 

「そうだ」

 

 

 厄(・)獣(・)

 それは、この世界に蔓延る魔力を宿した獣であり、危険の象徴だ。

  

 

「へぇ……それはまた、色々と事情があるのね」

 

 

 ルシアンもスノウウルフの名には聞き覚えがあったのだろう。  

 顎に手を当てて考える素振りを見せている。

 

 ──基本的に厄獣は駆除の対象であり、ルシアンを失ったと思っていた二年間、俺は厄獣を数え切れないほど狩った。

 

 そして気付けば、それで名まで上がっていたのだ。

 

 あの頃は、生きて帰れるかどうかなんて考えもしなかった。

 胸に空いた穴から目を逸らすように、ただ剣を振るっていた。

 

 結局そのおかげで今があるのだと考えたら、何とも妙なものだ。

 

 

「山神様達は、大きな雪崩が来る前になると、麓まで降りてくるんです。雪の上に足跡を見つけたらみんなで避難するんですよ。昔からそれで凄く助かってて、この山の近くに住むみんな、山神様に感謝してるんです!」

 

「とってもいい話を聞けたわ。ありがとね。このパン二つ貰えるかしら?」

 

「わかりました!」

 

 

 ルシアンが選んだパンを店員から受け取り、店を後にする。

 

 暖炉で暖まっていた店内から一歩外へ出ると、降り始めた雪と冷気に思わず身震いしてしまう。

 

 隣のルシアンの方に目を向けると、同じように身震いをしながら、二の腕を擦っている。

 

 ルシアンの、赤くなった指先。

 その指先へと手を伸ばし、触れようとしたその時、

 

 

『おまえの……おまえのせいでにいさまは!!』

 

 

 ──エリオットの叫びが、聞こえた気がした。

 

 

「おい、カイル? 顔色悪いぞ。まだ寝足りないか?」

 

「……そうかもしれない」

 

「はぁ……仕方のねぇやつだな」

 

 

 やれやれと肩をすくめるルシアン。

 

 

 俺は、何をしようとした?

 何を当たり前のように、彼に触れようとしている。

 俺が──ルシアンをあんな目に遭わせた俺が。

 

 昨日の出来事。

 ルシアンを抱き上げ、ベッドへと運んだ時、俺はどうにかなりそうだった。

 

 腕の中で不安そうな表情を浮かべる彼を見ると、何もかもむちゃくちゃにしてやりたかった。

 

 ──ありえないのだ。

 彼が俺の腕に抱かれていること自体が。

 

 ルシアンと俺は友達で、ライバルなのだ。

 それがなんだ。今は彼と俺は夫婦になってしまっていた。

 

 どんな形でもいい、一緒にいたいと願ったのは確かだ。

 

 しかし、その願いのためにルシアンが何かを失うことだけは、絶対にあってはならないのに。

 

 彼は何を失った?

 レグリア公爵家を継ぐ未来と、男としての人生。

 数多の人を従える、俺なんかよりもよっぽど貴族らしい貴族になっていたはずなのだ。

 

 辺境の地で、俺の妻として生活する人生なんて。

 

 

 俺は、俺は──

 

 思考が沈んでいく。

 降り積もった真っ白な雪の中へ。

 

 

「──団長ー! 雪結構強くなりそうなんで帰りましょー!!」

 

 

 遠くから響く、レックスの呼び声によって、意識が戻ってくる。

 

 

「だってよ。おい、帰るぞ」 

 

 

 ルシアンはカイルの手を握る。

 冷たい手と手が固く結ばれる。

 

 

「ルシアン」

 

「ん?」

 

「俺は、君の隣に立って恥ずかしくない人間になりたい」

 

「おぉ。どうしたんだ急に」

 

「だから、もう少し我慢していて欲しい」

 

「? 何のことかわかんねぇけど、寒くなってきたし早く帰ろうぜ」

 

 

 ルシアンに手を引かれ、馬車の方へと戻っていく。

 

 待っていてくれ。

 俺(・)が(・)必ず、君が何不自由なく暮らせる領地にしてみせるから。

 

 





  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。