終生のライバルに負けたオレ。女になってそいつの嫁になりました ~死んだことになった元公爵令息と、救国の英雄の辺境新婚生活~ 作:APP3
長めです。
「どうですか奥様! この宝石は魔晶石と呼ばれ、魔力の籠もった石に、特別な加工を施したものなのです!」
「えぇ。とても美しいわ! 他にはどんなものがあるのかしら?」
「それなら次は──」
執務室にて、身なりがよく恰幅のいい男が、ルシアンに指輪やネックレス等の装飾品を見せる。
ルシアンは見るからに目を輝かせ、次から次へと品を要求する。
そんな様子を、カイルは執務室中央の机から眺めていた。
──ルシアンの領内視察を終えてから、二週間ほどが経った。
その間にも雪は降り続き、辺りはすっかり白一色に染まっている。
ノルデンの他にも、周辺の村々はもちろん、ルプスノア峰の麓に建てられたスノウウルフ監視用の塔まで足を運んだ。
どこへ行ってもルシアンは、積極的に領民や衛兵に関わり、領内の事情を聞いて回っていた。
自分とは、比べ物にならないくらいに意欲的に。
領民もすっかりルーシーの名を覚え、領内では、男爵夫妻は近年まれに見るおしどり夫婦だと評判になっているらしい。
良いことなのだろう。
悪い噂が立たないのは。
でもその話を聞くたび、胸の奥にどす黒いものが溜まっていく感覚を覚えてしまう。
「失礼します」
部屋の扉がノックされ、入ってきたのは焦げ茶色の髪に白髪が混ざった男、ヴィクトル・ハイネマンだった。
盛り上がるルシアンと宝石商を一瞥し、スタスタと横切り、カイルの前へと立つ。
「男爵様。この書類にサインをお願いします」
「わかった」
手渡された書類に目をやると、そこには害獣対策の費用について書かれていた。
監視塔の補修費に、柵の増設費。
領内警備にあたる人員の雇用費など。
目が滑るのを必死に抑えながら、自分なりに内容を噛み砕いていく。
「なぁ、この領内警備のところなんだが、本当にこれだけの費用が必要なのか?」
「えぇ、勿論です」
「俺が戦士隊に払っている額とは、比べ物にならないくらい高いというか……」
その費用は、俺の部下に払う給料と比べたら雲泥の差だ。
それならもっと安くできるのではないかと思い、疑問をぶつけてみる。
「それはその戦士隊が男爵様を慕い、惚れ込んでいるからこその額でしょう。領内警備の増員とは訳が違います」
「……それはそうなのだが」
「それに、シルヴァレイン領のほとんどの村とノルデンは、ルプスノア峰に面しています。必然的に警備範囲も広くなる。だからこそ、増員が必要なのです」
淡々とカイルの質問に答えていくヴィクトル。
カイルは顎に手を当てながら、口を開く。
「じゃあ、ウチの戦士隊に警備をやらせればどうだ? それなら新たに雇用しなければならない人員を減らせるだろう?」
「戦士隊は確かに戦闘においては抜きん出ているのでしょう。ですがここで必要になるのは、山の地形、雪の状態、獣道。そうしたものを熟知している者です」
カイルは押し黙る。
それなら戦士隊にも覚えてもらうために、警備に同行させたらどうなのかと口に出そうとしても、喉元でつっかえてしまう。
ヴィクトルは眼鏡を押し上げる。
「それに、村の猟師やシルヴァレイン領を拠点とする傭兵を雇用しているため、その案はこの雇用で生計を立てている人間の食い扶持を減らすことに繋がってしまいます」
「なるほど……」
「ですが、男爵様の先程のお考えにも理はあります。問題は、雪山が一度や二度歩いただけで覚えられる場所ではないということです」
「…………」
「それに、戦士隊の皆さんは奥様の護衛という役目があるはず。それは貴方が信頼する者達にしか務まらない。大丈夫です。私に全てお任せ頂ければ、万事問題ありません。長年この領地を治めてきた自負があります」
ヴィクトルの言う通りだ。
元々この領地に勤めていた兵より、信頼できる戦士隊をルシアンの護衛に付けたい。
「……なら、ヴィクトルに任せ──」
「──カイル様!」
ヴィクトルの説明に納得し、任せると口を開きかけたその時──隣から銀白の髪が飛び込んできた。
「カイル様! 似合ってますか?」
ルシアンはカイルの膝の上に乗り、豪華で精巧な造りの耳飾りを見せるように、髪を耳に掛ける。
真っ赤なルビーがはめ込まれた耳飾りは、ルシアンの銀白の髪とよく似合っている。
「……とても似合ってるよ。綺麗だ」
「うふふっ。ねぇカイル様。難しいお仕事は置いておいて、もっともっとルーシーのことを見て欲しいのだけれど……駄目かしら?」
ルシアンはちらりとヴィクトルに視線を向けた。
ヴィクトルはその視線を受けると、カイルとルシアンに一礼する。
「こちらの書類は急ぎではありませんので、後日で構いませんよ。奥様との時間を大切になさって下さい」
そして、そのまま部屋の外へと出て行った。
「では私も。お邪魔でしょうし失礼します! 奥様、また何かお求めの物があればお声がけ下さい」
その後を追うように、宝石商の男も荷物をまとめて出て行く。
残された二人。
カイルはルシアンを改めて見つめる。
──本当によく似合っている。
それに、ルシアンの新たな一面を見られて、とても嬉しかった。
「ルシアンは宝石が好きなんだな」
「は? 別に。趣味じゃねぇよ」
ルシアンは口調を戻し、カイルの膝から降りると、机の上にひょいと腰掛ける。
「そうなのか? この領地に来た時からずっと沢山の装飾品を身に着けていただろう? さっきも宝石商まで呼んで色々と見てたからてっきり好きなのかと」
「あぁー……まぁ、そうだな。ルーシーは好きってことにしてんだよ」
「?」
「こういうの好きそうだろ?
ルシアンの意図が分からず首を傾げていると、頬に柔らかな細い指先の感触が伝わる。
「──オマエ、あの書類にサインしようとしただろ?」
ルシアンからの鋭い眼差しが、突き刺さった。
「あ、あぁ。彼の言ったことに間違いはなかっただろうし」
「そうだな。間違いはなかっただろうな」
「だから──」
「──だから家臣に丸投げってわけか?」
胸を冷たいナニかが貫く。
「別に、そんなつもりじゃなくて。よく分からないことをよく分からない人間がしても上手く行かないだろう? それに彼は何年も代官としてここを治めてきた。だから信頼できると思って」
「オマエの言ってることは正しい。でもな、その正しさは時に毒になるんだよ」
「毒?」
カイルは首を傾げる。
そんな様子を見て、ルシアンは深くため息をつく。
「信頼ってのはどこから生まれると思う? 例えば、オマエは戦士隊の奴等を信頼してるんだろ? その信頼はどこから生まれた?」
「それは……共に積み重ねてきた時間とかか?」
「じゃあ今のヴィクトルに対するソレはなんだ?」
「……っ。それは、さっき言ったように彼には長年の経験があるから」
「別にそこに問題ねぇよ。その経験を信じてオマエがあの男に政務を任せるのは大いに結構。でもな、今のオマエは任せてるんじゃない。責任の丸投げだって話だ」
「ッ!! じゃあ、どうすれば……」
カイルは目を伏せる。
ルシアンはそんなカイルの顎を手で持ち上げた。
「賢くあれ。聡くあれ。そして何より、賢明であれ。領主の無知は罪である。これはウチの父から、口を酸っぱくして言われ続けた言葉だ」
ルシアンの手が顎から頬へと移り、優しく撫でる。
「オマエの判断が領地の全てを左右するんだ。何か問題が起こった後で、知らなかったじゃ済まないんだ」
ルシアンの言葉が、ストンと胸の奥に収まった気がした。
「大丈夫。オマエならできるさ…………何故なら、このオレが認めた……唯一の男なんだからな」
雪のように白い頬を朱に染めながらも、ルシアンはにこりと微笑んだ。
そんなルシアンを見てカイルは────両頬をぱん、と叩いた。
「ありがとうルシアン。俺、頑張るよ。君に認められた男として」
「わざわざ言い直すんじゃねぇ! 恥ずかしいだろうが!!」
ふいっと顔を背けるルシアンを見て、カイルは少し吹っ切れたように笑う。
「とにかく! わかんねぇことがあったら一人で抱え込むんじゃねぇってことだ! オレも公爵家を継ぐために色々と学んできたんだ。今の素人のオマエより何倍も分かってんだよ」
「あぁ。情けないけど、頼らせてもらうよ」
「ふんっ。じゃあオレは一旦自室に戻るから! また何かあったら言えよ」
机から飛び降り、大股で部屋を出ていくルシアンの背中を見送る。
一人残されたカイルは、机の上に残された書類へ目を落とした。
先ほどまで目が滑っていた文字を、今度は一行目からゆっくりと追っていく。
「……二人で頑張っていこう、か」
あの日、ルシアンに言われたその言葉を一人、噛み締めた。
◯───
あぁ。無性にイライラする。
カイルの部屋から出たルシアンは、顔を歪めながら自室への道を歩く。
無知で素人のアイツを、上手く言いくるめようとしたあの男。
『私に全て任せて頂ければ』
まるで、何も知らない素人は黙っていろとでも言いたげだった。
──あの男は
そして、それを隠すためにアイツまで利用しようとしやがって。
横領だけなら、逆にこちらで上手く利用してやろうと思っていたが、気が変わった。
内心では何も分からない、扱いやすい領主だとでもほくそ笑んでいるのだろう。
アイツはそんなふうに舐められていいような人間じゃない。
許せない。それだけは許せない。
「……覚えておけよ。この屈辱、何百倍にして返してやるからな」
バチバチと雷が弾けると、ルシアンの銀白の髪に、金色が混ざった。