終生のライバルに負けたオレ。女になってそいつの嫁になりました ~死んだことになった元公爵令息と、救国の英雄の辺境新婚生活~ 作:APP3
「ヴィクトルすまない。ここについて聞きたいのだが」
「ええ、構いませんよ」
「この費用なんだが」
「はい。ここはですね──」
ルシアンと話した翌日から、カイルは積極的にヴィクトルに尋ねるようになった。
分からないところがあれば何でも聞く。
そして、一日の終わりにルシアンの部屋へ向かい、どのようなことを学んだのか語る。
そんな生活を始めて、はや三日。
少しずつだが、カイルは自身の領地が今どのような状況に置かれているのか、分かり始めていた。
「ルシアン。もしかしてウチの領地って、結構貧しいのか?」
「……まぁ、王都周辺の領地と比べたらな」
自室にて、カイルの純粋な質問から目を逸らしながら、ルシアンは紅茶を口に含む。
カイルが政務に努めている間、ルシアンもアーシャに紅茶の淹れ方を教えてもらっていた。
その練習の成果か、今では人様に出しても悪くない出来になっている。
「で、今日の報告は終わりか?」
「おっとそうだそうだ。ルシアン。今日こんなものが届いていたんだ」
カイルは懐から封筒を取り出し、机の上に置く。
すでに割られた封蝋には、隣領を治めるハルデンベルク子爵家の紋章が刻まれていた。
ルシアンはティーカップを置くと、机の上の封筒を手に取り、中から手紙を引き抜いて広げる。
『親愛なるシルヴァレイン男爵、カイル・ローデン・ド・シルヴァレイン殿へ。
まずは、シルヴァレイン家の再興、ならびに同領を治める身となられたこと、心よりお祝い申し上げる。
私は貴領と境を接するハルデンベルク領を預かる、オスカー・レオナルト・ド・ハルデンベルク子爵である。
貴殿の名は、かねてより耳にしている。
数々の厄獣を討ち果たし、果てにはあの飛竜すら討伐した救国の英雄。
その武勇は、遠く北方の地にまで轟いている。
このような傑物が隣人となったことを、私は心強く思っている。
さて、挨拶ばかりを重ねても仕方がない。
貴殿の力を見込み、一つ頼みたいことがある。
我ら二つの領地を隔てる巨大な山──ルプスノア峰についてだ。
あの山には、良質な鉱石をはじめ、薬草、木材、魔力を宿した希少な素材など、数多の資源が眠っている。
まさしく、手つかずの宝物庫と呼ぶに相応しい土地だ。
資源に乏しい北方に生きる我々にとって、あの山がもたらす恩恵は計り知れない。
我ら北方の領地には、いつまでも山の恵みを眠らせておけるほどの余裕はないはずだ。
だからこそ、眠れる富を領民のために活かし、北方の暮らしをより豊かなものとすること。
それは領地を預かる貴族として、そして力を持つ者として、我々に課せられた責務ではないだろうか。
だが、その宝物庫へ至る道を阻むものがある。
ルプスノア峰に棲まう厄獣──スノウウルフだ。
奴らが山を我が物顔で闊歩する限り、本格的な採掘も開拓もままならない。
これまで幾度となく討伐隊が組まれてきたものの、その悉くが十分な成果を上げるには至らなかった。
そこで、貴殿の力を借りたい。
ハルデンベルクとシルヴァレイン。
二つの領地が手を取り合い、ルプスノア峰に巣食うスノウウルフを討ち滅ぼす。
そして長きにわたり閉ざされてきた宝物庫を、我らの手で開こうではないか。
成し遂げられれば、その恩恵は我らだけのものではない。
我々の領地に暮らす多くの民、その子や孫の代にまで残る財産となるだろう。
救国の英雄たる貴殿であれば、この申し出の価値を理解していただけるものと信じている。
良き返事を期待している。
ハルデンベルク子爵
オスカー・レオナルト・ド・ハルデンベルク』
「はぁ……」
ルシアンは内容を読み、ため息をつく。
──これはまた面倒な内容だ。
書かれていることはいたって普通。
しかしその普通とは、貴族として、人の上に立つ人間としての普通だ。
領地を豊かにするため尽力する、模範的な貴族の考え。
手紙の主であるオスカー卿とやらは、良くも悪くも真面目なのだろう。
「カイルはその手紙への返事、どうするつもりだ?」
「俺は断ろうかと考えているんだが」
「どうして断るんだ?」
「……領民はスノウウルフを山神様として崇めているだろう? 俺たちだけで勝手に討伐を決めても、領民の理解を得られなければ駄目だと思うんだ」
「いい答えだ。領民のことを無視して決めるべきじゃねぇからな。でも、返事を決める前にもう一つ考えてみろ」
「……どうしてこの提案をハルデンベルク子爵がしてきたのかってことか?」
「ふふっ」
カイルの答えに満足そうに頷くルシアン。
ティーカップの縁をなぞりながら、カイルを見つめ、続きを促す。
「やっぱり手紙にもあったように俺の力を借りたいってことか」
「そうだろうな。付け加えるなら、オマエの武力を頼らなきゃ、とても実現できねぇ事業なんだろう」
それに、右も左も分からない新領主を上手いこと利用したいという、貴族らしい思惑もあるのだろうが──これは今のカイルに言ってもややこしくなるだけだろう。
「武力についてはいいんだが、ハルデンベルクの領民はどう思うんだろうか」
「というと?」
「うちの領民はスノウウルフを山神様だと崇めているだろう? ハルデンベルク領の領民はどうなのかなって」
「そこは気になる所かもな。もし同じように領民がスノウウルフを信仰しているのなら、この事業を推し進めるには相応の覚悟が必要だ。で、向こう側はその覚悟があるってわけだ」
「なら、俺達が返事を出すために今一番必要な情報は、ハルデンベルク領の実情ってことか」
「正解だ」
ルシアンは頷くと、すっかり冷めてしまったティーカップの中身を空にする。
「そらっ。そろそろ寝るから出てけ」
「……わかった」
「なんだその顔。不満そうだな?」
「いや、そんなんじゃないが……」
どこかしょげた顔をしているカイル。
──まぁ、ここ最近頑張っていたし、労うのも妻の役目か。
ルシアンは頬に掛かる髪を、人差し指で弄る。
「……オマエさえよければ、一緒に、寝るか?」
「──ッ! ちっ、違うぞ! そんなことしたいからってそんな顔をしたわけじゃなくてだな!」
「はいはい。わかったからいくぞ」
「ルシアン!?」
強情なカイルの胸倉を掴み、そのままベッドへと引っ張っていく。
そして、カイルをベッドへ寝転がらせ、自身も隣に寝転ぶ。
「で? どーしたんだ?」
「…………ただ、俺はまだまだだなと思って。君の隣に立つには俺なんかじゃまだまだ力不足だし、相応しくない」
カイルは腕で目を覆う。
──これはまた、しょうもないことで悩んでいるな。
ルシアンは身体を横に向け、カイルの方を見る。
「なぁ。誰がその相応しいってのを評価するんだ?」
「え?」
カイルは腕を下ろし、顔を横に向ける。
深い青色の瞳と、どこか揺れる黒の瞳が交差した。
「それはオマエが、勝手に自分の評価を落としてるだけだろ」
「でも……」
「もう一回聞くぞ? 評価するのは誰だ?」
「……」
ルシアンはカイルへ身体を寄せる。
息が掛かるほど、近く。
「このオレだ。オレがオレの隣に立つ人間を評価するんだ。そのオレが、オマエは相応しくないって一言でも言ったか?」
「言ってない……聞いたこともない」
「そうだ。オレはな、こうやってオマエの妻になって、案外悪くねぇなって思ってんだよ。オマエと一緒に過ごす日々も悪くねぇってな」
黒の瞳が更に揺れる。
そんな瞳を、ルシアンはずっと見つめ続ける。
「……オレだけか? そう思ってるのは。オマエは……オレが好きなんじゃなかったのかよ」
「好きだよ。でも、好きなだけじゃ、君の隣にはいられない。だって────本来君は、こんなところにいないはずだから」
「は?」
「
「……」
コイツ。
「何事もなくレグリア公爵家を継いで、良き貴族になって」
コイツだけは。
「俺と君の人生は、ここまで交わらなかったはずだろう?」
──許せない。
「なぁ。