終生のライバルに負けたオレ。女になってそいつの嫁になりました ~死んだことになった元公爵令息と、救国の英雄の辺境新婚生活~   作:APP3

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第十六話

 息が出来ない。

 重なった唇から、アイツの熱が伝わってくる。

 

 怖かった。

 アイツに見捨てられるのが。

 だってオレから魔法の才も家柄も取ってしまえば、何も残らないのだから。

 

 そんなオレを、アイツは好きだと言ってくれた。

 でも、心の何処かで信用しきれない自分がいたのだ。

 

 だってオレに、他者から好かれる要素なんぞ、どこにも見当たらないのだから。

 

 だからこそ今この瞬間、こんなどうしようもないオレが、コイツの口づけを受け入れていいのか。

 

 

「んっ……」

 

 

 押し返そうとするものの、アイツの身体はピクリとも動かない。

 

 駄目だ。受け入れちゃいけない。

 

 でも、こうしている間は、コイツはオレを捨てないでくれる。

 だったらずっと、永遠にこうしていたい。

 

 そう思うと、手に力が入らなくなった。

 

 

 ──カイルだけなのだ。

 オレのことを見てくれるのは。

 

 他の誰も、オレという人間を見ようとせず、公爵家嫡男、次期当主という肩書きだけを見てきた。

 

 そんな時、カイルはオレをルシアンとして扱ってくれた。

 手加減抜きで、本気でぶつかってきてくれた。

 

 負けるのは悔しかった。

 でも、それ以上に救われていたのだ。

 

 女の姿になって、ルシアンという人間の人生が終わり、ルーシーになった後でもカイルは、オレのことをルシアンだと言ってくれた。

 オレの存在を証明してくれた。

 

 この気持ちが純粋なものじゃないことなんて、分かっている。

 

 ただの依存だ。

 好きだなんて、綺麗なものじゃない。

 

 それでも、それに縋りたいのだ。

 

 離れたくない。

 一人は嫌だ。

 そんな恐怖に耐えるためには、縋るしかないのだ。

 

 

「んっ……ふぅ。ルシアン、聞いてほしい」

 

 

 唇が離れる。

 カイルが離れる。

 温もりが消える。

 

 寒い。寒い寒い寒い。

 だから、もう一度同じように温もりを求めた。

 

 

「ルシ──んっ!?」

 

 

 もう二度と離れられないように、首の後ろに腕を回す。

 

 どうしたらこの温もりを失わないで済む?

 どうしたらカイルはオレの元から離れない?

 

 ぐるぐると思考を巡らせる。

 するとふと、鏡台に映った自分の姿が脳裏に浮かんだ。

 

 ──なんだ。あるじゃないか、とっておきの方法が。

 

 カイルの服を掴んで重心を崩し、床へと押し倒す。

 その拍子に唇は離れてしまうが仕方がない。

 

 

「ねぇ、旦那様──」

 

「ルシ、アン?」

 

 

 荒い息遣いが部屋に響く。

 困惑の表情を浮かべるカイルの胸板に手を当てる。

 

 

「──二人で子供を作りましょう?」

  

 

◯───

 

 

 最低最悪な、どうしようもない誘い。

 引き止めるためにできる、最大の誘い。

 

 

「嫌だ」

 

 

 しかし、カイルの無情な声が、ルシアンの耳に木霊した。

 

 

「なっ、なんで、どうして? オレのこと、好きじゃなかったのか?」

 

「何度でもいうよ。俺はルシアンのことが好きだ」

 

「だったら!」

 

「でも、君は好きじゃない」

 

「どんなオレでもルシアンだって言ったじゃないか!! 今のオレはルシアンじゃないとでも言うのかよ!!」

 

 

 ルシアンはカイルの胸倉を掴み揺らす。

 カイルはそんなルシアンから目を逸らさず、真っ直ぐ見つめる。

 

 

「君はルシアンだよ」

 

「意味がわかんねぇよ! 何が言いたいんだ!!」

 

「俺が嫌いなのは──またそうやって逃げようとする君だ」

 

「──ッ!?」

 

 

 心の臓を掴まれたような気がした。

 

 

「ルシアン。俺は君が好きだ。この世の誰よりも。何度言っても足りないくらい好きなんだ。聞かせてくれ。君はどうなんだ?」

 

「オレは……オレは……」

 

 

 言わないようにしてきた。

 見ないふりをしてきた。

 でも、その瞳で見られてしまえば、これ以上誤魔化せない。

 

 

「オレと、オマエは────どっちも男だろう?」

 

 

 言ってしまった。

 いくら肉体が女になろうとも、心は男のまま。

 どれだけカイルのことを想っていても、心の何処かで一線を引いていた。

 

 性欲処理の話を持ち出したのも、そんな一線から目を逸らすためだった。

 

 

「やっと聞けた。それが君の本音なんだね」

 

「…………カイル、オレは……!」

 

「ルシアン。聞いてほしい」

 

 

 カイルはルシアンの身体を支えながら上体を起こす。

 

 そして、もう一度、真っ直ぐルシアンを見つめた。

 

 

「無理をしなくていい。男爵夫人としての役割も気にしなくていい。元の関係に戻ったっていい。二年前と同じ、普通の友達に」

 

「でももし、君の中で変えたいものがあるのなら、この手を取ってくれ」

 

 

 ルシアンの方に手を伸ばす。

 

 

「約束する。俺は絶対に、君の歩むはずだった人生以上に、君を幸せにしてみせる」

 

「でもその幸せを掴むには、情けない話、俺だけの力では足りない。だから、その手を貸してくれ。必ずこの手を取って良かったと思わせてみせるから」

 

「どうか選んでくれ。ルシアン」

 

  

 そう言い終えると、カイルは目を瞑った。

 

 

 ──本当に、酷いヤツだ。

 どっちを選んでも、オマエから離れられないんだな。  

 オレの悩みを聞いておきながら、それでも一緒にいたいんだな。

 

 本当に、オレのことが好きすぎるだろ。オマエ。

 

 

 あぁ、そうか──

 

 ルシアンは、差し出された手へと手を伸ばす。

 

 ──多分、今日この日、オレは恋に落ちたんだ。

 





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