終生のライバルに負けたオレ。女になってそいつの嫁になりました ~死んだことになった元公爵令息と、救国の英雄の辺境新婚生活~ 作:APP3
息が出来ない。
重なった唇から、アイツの熱が伝わってくる。
怖かった。
アイツに見捨てられるのが。
だってオレから魔法の才も家柄も取ってしまえば、何も残らないのだから。
そんなオレを、アイツは好きだと言ってくれた。
でも、心の何処かで信用しきれない自分がいたのだ。
だってオレに、他者から好かれる要素なんぞ、どこにも見当たらないのだから。
だからこそ今この瞬間、こんなどうしようもないオレが、コイツの口づけを受け入れていいのか。
「んっ……」
押し返そうとするものの、アイツの身体はピクリとも動かない。
駄目だ。受け入れちゃいけない。
でも、こうしている間は、コイツはオレを捨てないでくれる。
だったらずっと、永遠にこうしていたい。
そう思うと、手に力が入らなくなった。
──カイルだけなのだ。
オレのことを見てくれるのは。
他の誰も、オレという人間を見ようとせず、公爵家嫡男、次期当主という肩書きだけを見てきた。
そんな時、カイルはオレをルシアンとして扱ってくれた。
手加減抜きで、本気でぶつかってきてくれた。
負けるのは悔しかった。
でも、それ以上に救われていたのだ。
女の姿になって、ルシアンという人間の人生が終わり、ルーシーになった後でもカイルは、オレのことをルシアンだと言ってくれた。
オレの存在を証明してくれた。
この気持ちが純粋なものじゃないことなんて、分かっている。
ただの依存だ。
好きだなんて、綺麗なものじゃない。
それでも、それに縋りたいのだ。
離れたくない。
一人は嫌だ。
そんな恐怖に耐えるためには、縋るしかないのだ。
「んっ……ふぅ。ルシアン、聞いてほしい」
唇が離れる。
カイルが離れる。
温もりが消える。
寒い。寒い寒い寒い。
だから、もう一度同じように温もりを求めた。
「ルシ──んっ!?」
もう二度と離れられないように、首の後ろに腕を回す。
どうしたらこの温もりを失わないで済む?
どうしたらカイルはオレの元から離れない?
ぐるぐると思考を巡らせる。
するとふと、鏡台に映った自分の姿が脳裏に浮かんだ。
──なんだ。あるじゃないか、とっておきの方法が。
カイルの服を掴んで重心を崩し、床へと押し倒す。
その拍子に唇は離れてしまうが仕方がない。
「ねぇ、旦那様──」
「ルシ、アン?」
荒い息遣いが部屋に響く。
困惑の表情を浮かべるカイルの胸板に手を当てる。
「──二人で子供を作りましょう?」
◯───
最低最悪な、どうしようもない誘い。
引き止めるためにできる、最大の誘い。
「嫌だ」
しかし、カイルの無情な声が、ルシアンの耳に木霊した。
「なっ、なんで、どうして? オレのこと、好きじゃなかったのか?」
「何度でもいうよ。俺はルシアンのことが好きだ」
「だったら!」
「でも、君は好きじゃない」
「どんなオレでもルシアンだって言ったじゃないか!! 今のオレはルシアンじゃないとでも言うのかよ!!」
ルシアンはカイルの胸倉を掴み揺らす。
カイルはそんなルシアンから目を逸らさず、真っ直ぐ見つめる。
「君はルシアンだよ」
「意味がわかんねぇよ! 何が言いたいんだ!!」
「俺が嫌いなのは──またそうやって逃げようとする君だ」
「──ッ!?」
心の臓を掴まれたような気がした。
「ルシアン。俺は君が好きだ。この世の誰よりも。何度言っても足りないくらい好きなんだ。聞かせてくれ。君はどうなんだ?」
「オレは……オレは……」
言わないようにしてきた。
見ないふりをしてきた。
でも、その瞳で見られてしまえば、これ以上誤魔化せない。
「オレと、オマエは────どっちも男だろう?」
言ってしまった。
いくら肉体が女になろうとも、心は男のまま。
どれだけカイルのことを想っていても、心の何処かで一線を引いていた。
性欲処理の話を持ち出したのも、そんな一線から目を逸らすためだった。
「やっと聞けた。それが君の本音なんだね」
「…………カイル、オレは……!」
「ルシアン。聞いてほしい」
カイルはルシアンの身体を支えながら上体を起こす。
そして、もう一度、真っ直ぐルシアンを見つめた。
「無理をしなくていい。男爵夫人としての役割も気にしなくていい。元の関係に戻ったっていい。二年前と同じ、普通の友達に」
「でももし、君の中で変えたいものがあるのなら、この手を取ってくれ」
ルシアンの方に手を伸ばす。
「約束する。俺は絶対に、君の歩むはずだった人生以上に、君を幸せにしてみせる」
「でもその幸せを掴むには、情けない話、俺だけの力では足りない。だから、その手を貸してくれ。必ずこの手を取って良かったと思わせてみせるから」
「どうか選んでくれ。ルシアン」
そう言い終えると、カイルは目を瞑った。
──本当に、酷いヤツだ。
どっちを選んでも、オマエから離れられないんだな。
オレの悩みを聞いておきながら、それでも一緒にいたいんだな。
本当に、オレのことが好きすぎるだろ。オマエ。
あぁ、そうか──
ルシアンは、差し出された手へと手を伸ばす。
──多分、今日この日、オレは恋に落ちたんだ。