終生のライバルに負けたオレ。女になってそいつの嫁になりました ~死んだことになった元公爵令息と、救国の英雄の辺境新婚生活~ 作:APP3
甲高い剣戟が響く。
靴が砂を擦り、砂煙が立つ。
「まだまだ! お前達、それで終わりか?」
シルヴァレイン領、練兵場。
その中央にて大立ち回りをする男が一人。
昨夜、共に過ごした男、カイルが汗を拭っていた。
「朝から元気だなぁ」
「奥様、ホットミルクです! お砂糖いくつ入れますか?」
「……三つお願いするわ」
ルシアンは、むさ苦しい練兵場には似つかわしくないテーブルと椅子に腰掛け、そんな様子を眺めていた。
角砂糖を落とされたホットミルクに、瓶詰めされたはちみつをスプーン一杯入れ、かき混ぜる。
ふわりと香る温かなミルクとはちみつ。
真っ白だったミルクが、はちみつが溶けるにつれて淡い黄色に色付いていく。
「皆さん凄いですねぇ。何が起こってるのか全然見えません」
角砂糖を何個も自分のカップに放り込みながら、アーシャは感嘆の声を上げる。
ルシアンは甘味を味わいながら、練兵場へ視線を戻す。
視界の先では、一斉に武器を振るう兵士をいなしながら、一人一人丁寧に叩きのめすカイルの姿が見えた。
「そうね。流石私の旦那様だわ」
ホットミルクを飲み下し、ルシアンが口を開くと、自然にカイルを褒める言葉が零れた。
「なんだか、剣士と魔法使いの違いってほとんどないですよね」
「そうかしら?」
「だって、今みたいに剣で地面を砕くのも、魔法を使って地面を破壊するのも変わらないなぁと思いまして」
素人から見たら、地面を割るという結果が生まれるのなら、どちらも変わらないと思うのは当然かもしれない。
剣士と魔法使い。
どちらも同じ魔力を使って戦う。
しかし使い方がまったく違う。
人それぞれ利き手が違うように、魔力にも流しやすい方向がある。
外向きと内向き。
魔法使いが扱うのは外向きの魔力。
体外へ流した魔力を、契約した精霊を介して魔法へと変換する。
対して剣士が扱うのは内向きの魔力。
魔力を体内へ巡らせ、肉体を活性化させることで身体能力を強化する。
「アーシャ。貴女の魔力の流れはどちらかしら?」
「私は内向きです! でも、兵士の皆さんみたいに動けないですよぉ。せいぜい重い荷物を一人で持てるぐらいで」
「内向きの魔力で身体を強化できるといっても、元の身体を鍛えていなければ大した効果は出ないわ」
「へぇ……じゃ、私も鍛えて、奥様を守れるくらい強くなっちゃいますね!」
「期待してるわ」
ぐっと力こぶを作ってみせ、笑うアーシャを横目に、ホットミルクを啜る。
そんな時、レックスとラウル二人がカイルの前に立ち、剣を構える姿が見えた。
「じゃ、次は俺達だな! 気張るぞラウル!」
「まぁ奥様も見てるし、いっちょ頑張りますか! 容赦しませんよ、団長?」
「あぁ。二人とも、遠慮無くかかってこい」
二振りの短剣を鞘から引き抜きながら突貫するレックス。
その背後を守るように続くラウル。
カイルは剣を正眼に構え、表情を変えず待ち受ける。
身体に捻りを加えながら、短剣を振るレックスの攻撃をカイルは剣で軽くいなす。
カイルにいなされたレックスは顔を歪めながら、すぐさま横へ跳ぶ。
その背後から、ラウルの細剣が鋭くカイルへと突き出された。
しかしカイルは手首を返し、その細剣も難なく弾いた。
──なかなか悪くない。
双剣使いのレックスは純粋な剣士ではないのだろう。
身のこなしから察するに、斥候を得意とする冒険者か。
細剣使いのラウルは、基本に忠実な型と堅実な立ち回りからして、元はどこかの騎士団に所属していたのだろう。
連携も取れており、カイル相手によく食らいついている。
だが、カイルは強い。
アイツの強さは卓越した剣術もあるが、それ以上に体内へ魔力を巡らせる速さだ。
鍛え上げられた肉体に、常人では不可能な速さで魔力を巡らせる。
それによって生み出される身体能力は、並の剣士とは比較にならない。
事実、先程まで善戦していた二人だったが、カイルの一刀に耐えきれず、レックスが片方の短剣を取り落としたことで、均衡は崩れた。
「あの、奥様」
「ん。どうしたの?」
ずるずると敗北へと向かう二人を眺めていると、アーシャが落ち着かなさそうに視線を泳がせながら、声を掛けてきた。
「……前から聞いてみたかったんですけど──ルシアン様はどうだったのかなって、知りたくて」
どきりと、心臓が大きく鳴る。
「……どうして、ルシアンの名を知っている?」
自分でも驚くほど、低い声が出た。
「えっ、えっと! 私、二年前学園が厄獣に襲われた時、ルシアン様に救われて……その、奥様ならルシアン様のことを色々と知ってるかと思って……」
「…………えぇ、知ってるわよ。誰よりもね」
「ホントですか! あの、聞いても……大丈夫ですか?」
反応を見る限り、オレがルシアンだとバレている訳ではなさそうだ。
ほっと胸をなで下ろしたルシアンは、渇いたのどを潤すため、ホットミルクを空にする。
「私──いえ、私の弟は外向きの魔力だったわ。誰よりも魔法の才能があって、幼い頃は天才と呼ばれてたわね」
「けれど、そのまま魔法だけを極めていればよかったものを、わざわざ剣を振っていた物好きだったわ」
オレは何をしているんだ。
自分で自分を語るだなんて。
ちらりとアーシャの方へ目を向ける。
「……そっか。私、何にも知らなかったんだ」
ぽつりと呟くアーシャ。
そして、手に持つカップを両手で包み込むと、肩を震わせ、髪と同じ桃色の瞳を潤ませ始めた。
「……アーシャ?」
「──私、ルシアン様に恩返しがしたくて、レグリア公爵家に仕えることを決めたんです」
「でも、そのすぐ後に、ルシアン様はもうこの世にはいないと聞いて…………奥様にお仕えすることになってからも、自分が何をしたいのか分からなくなっていたんです」
「でも! こうやって奥様からルシアン様の話を少しでも聞いて、決めました!」
アーシャは勢い良く立ち上がる。
そして、ルシアンの手を両手で取り、包み込む。
「ルシアン様に返せなかった恩を、奥様に返します! 何かあっても、私が命に代えても守ります!!」
「だから────これからもよろしくお願いします!」
アーシャは笑う。
いつものように、天真爛漫な笑顔で。
なんだか申し訳なくなってくる。
自分がルシアンであると隠していることに。
アーシャを救ったと言われても、いまいちピンと来なかったことに。
それでも、今ここで打ち明けられる話じゃない。
「こちらこそ。よろしくね」
ルシアンは喉元まで出かかった言葉を飲み込み、笑みへと変えた。