終生のライバルに負けたオレ。女になってそいつの嫁になりました ~死んだことになった元公爵令息と、救国の英雄の辺境新婚生活~ 作:APP3
「何の話をしているんだ?」
背後から声が聞こえ、ルシアンは振り向く。
すると、額に汗を浮かべたカイルが立っていた。
「あっ、旦那様! すぐにお飲み物を取りにいきますね!!」
アーシャは握っていた手を離し、軽く一礼してからパタパタとこの場を後にした。
「彼女と、仲がいいな」
「そうか?」
少し眉間に皺を寄せたカイルは椅子に腰掛けると、先ほどまでアーシャに握られていたルシアンの手を取る。
そして、指を絡めてきた。
「オマエ……マジか?」
「何がだ?」
「いや…………もしかして、妬いてんのか?」
「……」
黙り込むカイル。
だが、手を握る力が少し強くなる。
「まぁ……色々と言いたいことはあるけど、オレはオマエの妻だからな?」
ルシアンもカイルの手を握り返す。
すると、カイルの眉間の皺は薄くなり、口元を緩ませた。
「侍女にすら嫉妬しているようじゃ、社交界が思いやられるな」
「大丈夫。その時は君を絶対に離さないから」
「はぁ……」
カイルのあまりの物言いに頭を抱える。
「なぁルシアン。久しぶりに一緒に身体でも動かさないか?」
「……この格好で?」
カイルの突拍子もない提案。
ルシアンは自分の身体を見下ろす。
毛皮のコートの下に、運動には適さない青のドレス。
「えっと、言い方が悪かった。こんな汗臭い所じゃなくて、外を少し歩かないかって」
「悪くないな。じゃあさっさと行こうぜ?」
ルシアンは不敵に笑うと、手を繋いだまま立ち上がり、カイルの手を引く。
そんなルシアンを見て、カイルは笑った。
◯────
武骨でむさ苦しい練兵場から一変。
辺り一面に広がる白い景色を眺めながら、二人で歩く。
こうやって仕事抜きで、のんびりルシアンと歩くのは初めてかもしれない。
横を歩くルシアンを見る。
雪のように白い肌。そんなルシアンの耳は寒さからか、赤みを帯びていた。
もたもたしている暇はない。早めに言わなければ。
「ルシアン。子爵様への返事なんだが、一度そちらの領へ行きたいって返すことにしたよ。直接会って話をしたいってことにして、色々見て回るつもりだ」
「おぉ、いいじゃないか。しっかり見極めてこいよ」
「それなんだが、俺一人じゃまだ判断できるか分からないから、ルシアンにもついて来て欲しくて……」
一人で判断するのが不安なのもある。
だが、それ以上にルシアンと色んな所を巡ってみたい。
そんなカイルの願いを聞いたルシアンは、少し考えるように空を見上げ、眉を下げた。
「カイル。ついていきたいのは山々なんだが、やらなきゃならないことがあるから無理そうだ」
「そう、か…………ごめん。無理を言ってしまって」
「もし判断に困ることがあれば、一度領地に持ち帰るとでも言って流してしまえばいい。そしたらまた一緒に考えよう?」
「ルシアン…………そうだな。そうするよ」
断られるとは、思わなかった。
でも、仕方ない。
ルシアンにもやることがあって、いつも一緒にいられるわけではない。
「……仕方ねぇな。えいっ」
ルシアンがカイルの腕に抱きつく。
「ルシアン?」
「そんな顔すんな。諸々片付いたら、一緒に旅行でもしようぜ」
ルシアンはカイルの腕に抱きついたまま見上げ、微笑む。
「……ありがとう。いいところ、探しておくよ」
「おう。期待してるぜ?」
そうだ。
機会はこれだけじゃない。
もっともっと時間はあるんだ。
その時に備えて準備をしないと。
カイルは腕に抱きつくルシアンの背へ手を回し、その身体を包み込むように抱き締めた。
◯────
数日後。
「じゃあ、行ってくるよ」
「お気を付けて、カイル様!! ルーシーは、カイル様の無事を毎日祈ります!!」
屋敷の門前、馬上のカイルはルシアンに手を振る。
カイルはそのまま馬を進め、胸に手を当てたラウルの前で止まった。
「ラウル。ルーシーのこと、任せたぞ」
「お任せください。団長の嫁さんは私が守りますので」
ラウルにそう言い残し、カイルは護衛の戦士隊を引き連れて領地を後にした。
ルシアンは遠ざかっていく一行へ手を振り、いつまでも見送っていた。
「奥様! そろそろ身体が冷えちゃいますので戻りましょう!」
「そうね……部屋に戻ったら紅茶を頼めるかしら」
「わかりました!」
見送りに出ていた者達が、ぞろぞろと屋敷へと戻っていく。
──ここからだ。
こういう役目はアイツには任せられない。
アイツは救国の英雄だ。
シルヴァレイン領の男爵として、清廉潔白に領民を治めればいい。
汚れ役はオレが引き受けよう。
これは適材適所というやつだ。
さぁ、引っかかれ。飛び付け。
餌はここだ。