終生のライバルに負けたオレ。女になってそいつの嫁になりました ~死んだことになった元公爵令息と、救国の英雄の辺境新婚生活~ 作:APP3
負けたくなかった。
アイツだけには。
どれだけの敗北を重ねても、負けを認めなければ負けじゃない。
それだけを支柱に、どうしようもなく肥大したプライドを守るため、剣を握り続けた。
あの日、人生で最も忌々しい、最後の日まで。
そして──
「よかった、間に合って。もう大丈夫。ルシアン、あとは俺に任せてくれ」
心底安心した顔を見せ、倒れ伏すオレを背に庇い、剣を構えるアイツに。
────負けたのだ。
◯────
「はぁ……」
女の溜息が零れる。
ガタガタと揺れる馬車の中、ルシアンは一人、窓枠に肘をつき、流れる景色を眺めていた。
思い出すのはヤツの顔。
安心、困惑、心配。
色んな感情がごちゃ混ぜになった表情。
『ルシアンはルシアンだろう?』
──あぁ、本当にイライラする。
もう一度溜息をついた時、馬車の揺れが止まり、扉が開かれた。
「お嬢様……とっ、到着しました」
外から護衛の震える声が聞こえ、ルシアンは立ち上がると、恭しく差し伸べられた護衛の手を取らず、自分で降りる。
見慣れた門をくぐり、見慣れた庭を歩き、使用人が開けた扉を通る。
出迎える執事やメイドを無視し、ツカツカと足音を立てながら、ある部屋へ一直線に向かう。
そして、その部屋の扉を乱暴に開け放った。
「ノックくらいしたらどうだ? ルーシー」
「申し訳ありませんわ。少々気が立ってまして」
「……早く扉を閉めろ」
ルシアンは扉を閉め、改めて部屋の主の方へと向き直る。
「で? どうだった──ルシアン」
紙とインクの匂いのする部屋の中。
部屋の中央に据えられた机の向こうで腕を組み、こちらを見つめてくる銀白の髪の男。
「……どうもこうもねぇよ。それはそれは退屈なパーティーでしたよ? 父上」
「そうか。カイルには会えたのだな」
そう言って、ルシアンの父──アルベルト・アルヴェイン・ド・レグリアは、それは僥倖だと言いたげに、ククッと喉を鳴らした。
そんな様子の父を見て、ルシアンは舌を鳴らす。
「……一瞬でバレたけどな」
「まぁいい。彼は言いふらすような者ではないだろう。で、だ」
アルベルトは立ち上がると、近くの窓枠に腰を掛け、外を眺めながら口を開く。
「──カイルには伝えたのか? お前がカイルの妻になるのだと」
「──ッ!!」
バチッ、と雷が弾ける。
「言えるわけ、ねぇだろ!!」
ルシアンは来客用のソファーを蹴り上げる。
激しい音とともにソファーは宙を舞い、アルベルトのすぐ隣の窓を突き破った。
バチバチと雷が迸り、ルシアンの銀白の髪にうっすらと金色が混ざり始める。
「怒りはもっともだが、まぁ落ち着け」
「落ち着けるか!! なんでオレがアイツの嫁になんぞならなきゃならねぇんだよ!!」
「一度は納得しただろう? もう子供ではないのだから癇癪も程々にしろ」
「それとこれはまた話が別だろうが!」
息を荒げ、今にも掴み掛からんばかりに怒りを滾らせるルシアンを横目に、アルベルトは外で慌てふためく衛兵たちに何でもないと手を振る。
「良いか? カイルは今までの功績によって、かつて断絶した王家傍流の家を再興する。だが、いくら王命とはいえ、戦功だけで古い家名を継がせれば反発も出る。そこで、王家の血を薄く引くアルヴェイン家の女であるお前が嫁ぎ、正統性を補強するのだ」
「……オレじゃなくても他の公爵家も幾つかあるだろうが。その辺の令嬢を嫁がせりゃいいじゃねぇか」
「これはお前のためでもあるのだと前も言ったろう? 私はお前を最大限利用する。使えるものは何でも使う。それがアルヴェイン家のモットーだ。だから、カイルに嫁がないのだとしても他の家に嫁いでもらう」
「……」
「カイルも男の頃のお前を知っているだろう?」
父が何を言いたいのかくらい、分かっている。
だからこそ、嫌なのだ。
「事情も知らぬ他の男に、尻尾を振り、媚び諂うか?」
奥歯を強く噛み締める。
────反論は、ない。
「……時間も時間なので、失礼いたしますわ」
「そうか。おやすみ、ルーシー」
「おやすみなさい。お父様」
ふらつく足取りで、ルシアンは執務室の扉を開け、外へ出る。
「くそっ……!!」
後ろ手で扉を閉めたと同時、ルシアンは扉に背を預けながら、膝から崩れ落ちた。