終生のライバルに負けたオレ。女になってそいつの嫁になりました ~死んだことになった元公爵令息と、救国の英雄の辺境新婚生活~ 作:APP3
「ハイネマン様!」
「騒がしいですよ。一体どうしたのですか」
扉が乱暴に開け放たれる。
ノルデンの町中央に建つハイネマン邸。
ヴィクトル・ハイネマンの執務室へ、一人の文官が転がり込んできた。
「それが……男爵夫人の癇癪が収まらないとのことで、男爵邸から急ぎの手紙が届きまして……」
「そんなもの、使用人に任せておけばよいでしょうに」
「どうやらそうもいかないようで……男爵様がおらず寂しいから、自分も行くのだと言って聞かず、供の者を連れて出立したらしく……」
「はぁっ?」
ヴィクトルは驚きの声を上げた後、ずり落ちた眼鏡を掛け直す。
「お転婆が過ぎますね……まだノルデンを通り過ぎてはいないでしょう? なら私の屋敷に招き、存分にお金でも使って、気晴らししてもらいましょう」
「で、では奥様を発見次第案内致しますね!」
深く一礼した文官はそそくさと部屋を出ていく。
閉じられた扉を眺めながらヴィクトルは顎に手を当てる。
そして──ひとり、ほくそ笑んだ。
◯────
「どうしてこんなところにいなければならないのかしら!」
ハイネマン邸の客間にて、一人の銀白髪の令嬢が不機嫌そうな声を上げる。
「まぁまぁ奥様。抑えて抑えて」
令嬢をなんとか宥めようとする茶髪の護衛。
そんな最中、部屋の扉が開かれると、ヴィクトル・ハイネマンが入ってきた。
「これはこれは。奥様とラウル殿ではありませんか」
「ハイネマン! どうして私を呼び止めたのかしら。私はすぐにでもカイル様の下へと向かいたいのだけれど!」
「ヴィクトルさん! よかった! じゃあ自分、扉の外で待ってますんで。よろしくお願いしますね!」
ヴィクトルへと突っかかるルーシーに、面倒事は御免だとでも言いたげに、ラウルはそそくさと部屋を出ていく。
ヴィクトルはルーシーの剣幕を、貼り付けた笑みで受け流しながら、ソファーに腰掛ける。
「奥様。男爵様と離れて寂しいという気持ち、痛いほどわかります。ですが男爵様はお仕事でこの領地を離れているのです」
「結婚してまだ一ヶ月も経ってないのに! お仕事お仕事!! もっとカイル様のお側にいたいのに! 仕事は貴方がすればいいじゃない!!」
「そういう訳にもいかないのですよ……そうだ、私用で宝石商を呼んでいたのですが、奥様も同席なさりますか?」
「本当!? ぜひ見たいわ! 前に買ったものにも飽きてしまったし、新しいものが欲しかったところなの!!」
「では準備させていただきます」
ヴィクトルが机に置かれたベルを鳴らすと、二人の使用人が入室した。
一人は二人分の紅茶を淹れ始め、もう一人はヴィクトルから何やら耳打ちされると、すぐに部屋を出ていった。
「しばらくお待ちください。すぐに参りますので」
「ふんっ。まぁいいわ」
ルーシーは紅茶に手を付けず、そのまま腕を組んで窓の外を眺め始めた。
しばらくすると扉をノックする音が響き、以前シルヴァレイン邸を訪れた宝石商が入室した。
「奥様ではありませんか! お久しぶりです! 今回も素晴らしい品を用意させていただきましたよ!!」
宝石商が鍵穴が三つも付いた厳重なカバンを開けると、色鮮やかな指輪がいくつも姿を現した。
「これはハルデンベルク領の鉱山で採掘された魔晶石をあしらった指輪でございます!」
「綺麗……! 手に取ってみてもいいかしら?」
「どうぞどうぞ!」
ルーシーは指輪を手に取り、まじまじと眺める。
蒼い瞳に、琥珀色の輝きが映り込む。
「どれもとても美しいものだったわ。でもごめんなさい。実家からの支度金ももう残ってないの。買いたくても買えないわ」
「なるほど。では、仕方ありませんね……」
宝石商が納得したように頷く。
ルーシーが申し訳なさそうに指輪を返そうとした、その時──
「奥様、問題ありませんよ」
ヴィクトルが声を上げた。
「どういうことかしら?」
「私に任せてくだされば、奥様の私用費として計上できます。いかがですか?」
「でもそれって、領地のお金を使うってことよね? そんなことしてカイル様に怒られないかしら」
「それなら問題ありません。男爵様には私の方で説明しておきます。それに、男爵様に綺麗に着飾った姿を見せることで仕事の疲れも吹き飛ぶことでしょう」
「──ご安心を。全て、私にお任せください」
ヴィクトルはルーシーが返そうとした指輪を手に取り、ルーシーの人差し指にはめ、ニコリと微笑みを浮かべる。
ルーシーは────そんなヴィクトルの手を振り払った。
「おい、お前。今日はここまでだ。帰るがいい」
「はっ、はい!」
人差し指にはめられた指輪を抜き、宝石商へ放り投げる。
宝石商は指輪をポケットに突っ込むと、慌てて荷物を抱きかかえながら部屋から飛び出していった。
「奥様……?」
目を見開いたまま固まるヴィクトルを、ルーシーの蒼い瞳が鋭く射抜く。
ソファーの背もたれに深く寄りかかり、脚を組む。
「まず、男爵夫人である私に気安く触るなというのが一つ。もう一つは──」
髪を掻き上げ、乱雑に耳に掛ける。
「──随分と好き勝手やっているみたいだな? ヴィクトル・ハイネマン」
そして──ルシアンは口元を歪めた。