終生のライバルに負けたオレ。女になってそいつの嫁になりました ~死んだことになった元公爵令息と、救国の英雄の辺境新婚生活~ 作:APP3
『お前は真面目過ぎだ』
『融通がきかんな貴様は』
王立大学院を首席で卒業し、内政官として貴族家を渡り歩いていた頃、幾度となく領主から言われた言葉。
──真面目な奴ほど損をする。
それは、私が六度も主君を変えてきた人生で学んだことだった。
私は、自分の力が誰よりも優れているという自負がある。
しかし、優秀なだけでは駄目だった。
どこの貴族家に勤めても、領地を発展させようとは考えず、いかに無難に、非難を浴びず、波風立たせず立ち回るかしか考えていない内政官が幅を利かせていた。
若い頃の私は、何度も領主に訴えを出した。
もっとこうするべきだ、そんな内政官は首にするべきだと。
我々の仕事は領地を豊かにし、領民の生活を守ることだと。
だが、領主は私の意見に耳も貸さなかった。
口煩い奴だと、私を遠ざけた。
それが六度。
どうしてこうも、世の中は無能ばかりなのか。
誰も彼も、自分のことばかり。
力ある者が、力なき者に手を差し伸べなければ、誰が彼らを守るのか。
誰のおかげで国が成り立っているのか。
それは民だ。
民が王を王だと讃え、従い、税を納めるからこそ国が成り立っているのだ。
だからこそ、私は民の暮らしを守りたかった。
そんな夢を諦めきれず、貴族家を辞めた後、同期の友人の誘いで王国直轄の官僚になることができた。
しかし、そこでも優秀なだけではやっていけなかった。
後ろ盾に派閥、そして賄賂。
何も持ち合わせていない私を待っていたのは、シルヴァレインという辺境の地への左遷。
荒れ果てた領地だったが、そんなもの関係ない。
私は優秀であり、立て直すのは容易だった。
しかし、領地を立て直したことを報告しても、返ってきたのは、辺境などに興味はないと言わんばかりの定型文だけが記された手紙。
それが、私の功績に対して王国が寄越した、唯一の評価だった。
その手紙を読んだ時、試してみたくなった。
この国の禄を食む、無能共を。
──そして、私は初めて民を裏切った。
一度目、承認印の押された書類が返ってきた。
二度目、変わらず、承認印の押された書類が返ってきた。
三度目、四度目と、何度不正を行っても、誰も気付かない。
誰かに気付いて欲しかった。
これ以上、失望させて欲しくなかった。
そんな奴らに負けたのかと、知りたくなかった。
だが、不正に気付かずとも、世の中は回る。
そんな馬鹿なことがあってはならない。
私の罪を、誰か見つけて裁け。
真面目な人間が正しいのだと、世間に知らしめろ。
だから、シルヴァレイン男爵家を興す新たな領主には期待した。
ただの武辺者かと思えば意欲的に政務に取り組む姿勢。
変な自尊心もなく、分からないことは分からないと聞ける人柄。
私を裁くのは、この人だと確信した。
だが実際、私を見抜いたのは、その隣にいた扱いやすいだけの令嬢だと思っていた男爵夫人だった。
それでも、これでやっと終わらせてくれるのだと期待した。
しかし、その男爵夫人が私に突き付けたのは、私の求めていた断罪ではなく、かつての私自身が何度も口にしていた言葉だった。
彼女の言う通り、私がしてきたことは、私が一番疎んでいた奴らと同じでしかなかった。
試す? 馬鹿馬鹿しい。
そんなちっぽけな自尊心のために、民に不便を強いてしまっていたのだ。
だからこそ、私は償わなければならない。取り戻さなければならない。
──私が仕えるに値する、主君のために。
◯────
「いやぁ、一時はどうなることかと思いましたよ。にしても奥様、本当によかったんです? 見逃しても」
ヴィクトルがルシアンを男爵邸へ送り届ける準備をしている頃、客間ではラウルが伸びをしながらルシアンに声を掛けていた。
ティーカップを傾けていたルシアンは顔を上げ、背後に立つラウルへ目を向ける。
「今ここで処分するわけにはいかなかったのよ。この領地を維持するためにはね」
「ヴィクトルさん、凄いですからねぇ。まっ、それにしたって、奥様が供も連れず屋敷を出ようとした時はヒヤッとしましたよ」
「旦那様が不正を知れば、立場上、裁かざるを得なくなるわ。それだけは絶対に避けないといけないから、旦那様がいないこの機会しかなかったわけ。納得した?」
「えぇ、まぁ…………お貴族様は大変そうですね」
「大変なのは貴方もよ、ラウル」
「へ?」
目を丸くするラウルから目を離し、ティーカップを置く。
ルシアンは立ち上がると、客間の窓際へと向かい、外を眺める。
「これを知ってしまったからには、貴方にも旦那様のために泥を被る覚悟を持ってもらわないといけないわ」
「……一応退室しようとしたんすけどね?」
「半端に聞き耳を立てられて、勝手なことをされるより、その場で全部聞かせたほうがましよ」
「はぁ…………」
ラウルは大きくため息を吐きながら、ソファーの背もたれの上に腰を下ろす。
「前から気になってたんですけど──奥様って何者ですか?」
「……何が言いたいの?」
ルシアンは窓ガラスに手を当てる。
外気によって冷えたガラスが手のひらを冷やす。
「いやぁ、だって団長、奥様との縁談が来る前は一切女っ気がなかったですし。それに、自分達が花街に誘っても断ってましたからね」
「こんな短期間であの人を落とした手練手管が知りたいなぁー、なんて!」
窓ガラスに、わざとらしく下衆な笑みを浮かべるラウルの姿が映る。
「……旦那様をそんなところに連れて行こうとしてたのは、まぁ許してあげる。羽目も外したくなるでしょうし。あと、私が何者かって?」
ルシアンは振り返り、肩に乗る髪を払う。
「貴方達と何ら変わらない、あの人に惚れ、慕う一人の人間よ。けど、一つ違いを挙げるとしたら──」
「──貴方達とは年季が違うのよ」
そして、得意げに笑った。