終生のライバルに負けたオレ。女になってそいつの嫁になりました ~死んだことになった元公爵令息と、救国の英雄の辺境新婚生活~ 作:APP3
進めば進むほど見えてくるハルデンベルク領の実態。
先程休憩した廃村の他にも、同じように打ち捨てられた集落をいくつも通った。
何も知らなかった。
隣の領地がこんなことになっているとは。
これも全て、スノウウルフが原因なのだろうか?
手紙には討伐について書いてあったため、そう思うのが妥当だが、実際のところはどうなのだろう。
カイルは様々な可能性を考えながら、馬を走らせる。
そんな時、前方から騎馬の一団が近づいてきた。
「貴殿らがシルヴァレイン男爵家の者で間違いないだろうか!」
短く切り揃えた青髪の青年が、甲冑を着込み、槍を携えて馬上から叫ぶ。
声変わりがまだなのか、少し高い声が雪原に響く。
「間違いない! 私はシルヴァレイン男爵家当主、カイル・ローデン・ド・シルヴァレイン! そちらもハルデンベルク子爵様の者で間違いないだろうか?」
「失礼した! 紹介が遅れてしまい申し訳ない。僕はハルデンベルク子爵家当主代理、クラウス・レオナルト・ド・ハルデンベルク! 父に代わり貴殿らを迎えに来た者だ!」
クラウスと名乗った青年は、カイルへと馬を寄せ、年相応にはにかむ。
「出迎え感謝します。クラウス卿」
「敬語はやめてください。僕はあくまで父の代理で、正式な当主ではありませんから! それに、救国の英雄である貴方に敬語を使われるとむず痒く感じてしまいます」
「そうか……なら、クラウス君と呼ばせてもらうよ」
「それで構いません! では、案内致しますね」
クラウスはカイルの馬の横につけ、並走する。
クラウスに付いてきた兵たちも戦士隊に混ざり、雑談を始める。
「答えにくければ構わない。ここへ来る途中、廃村をいくつも見かけた。領内はそれほど厳しいのか?」
和やかな雰囲気が漂う中、カイルはクラウスに訊ねた。
「……カイル卿の言う通り、我が領地は窮地に立たされています。その理由については屋敷に着いてから詳しく説明させてもらいますね」
カイルの質問に暗い表情を浮かべたクラウスだったが、頭を振るとすぐに笑みを浮かべた。
「それはそうと、屋敷に着くまでの間、カイル卿のこれまでの活躍について聞かせてもらいたいのですが……どうでしょう?」
「それは──」
「おっ! よくぞ聞いてくれましたね!!」
「──レックス……お前」
「いいじゃないですか! 聞かせてやりましょうよ、団長の武勇伝!」
カイルは割り込んできたレックスに呆れ、ため息を吐く。
隣のクラウスに目を向けると、目を輝かせてこちらを見つめてきていた。
「……あまり面白い話じゃないが、それでもいいなら」
「ぜひ! お聞かせください!」
渋々カイルは、レックスに茶々を入れられつつ、屋敷に着くまで自身の武勇伝を語った。
飛竜討伐に、各地での厄獣討伐。
どれもこれもカイルにとっては苦々しい思い出で、とても武勇伝と呼べるようなものではなかった。
しかし当のクラウスは、興味津々といった様子で耳を傾けている。
そうこうしているうちに、遠目にハルデンベルク邸が見えてきた。
◯───
「早速本題に入らせてもらいますね」
ハルデンベルク邸に着き、客間にて待つこと数分。
甲冑から貴族服へと着替えたクラウスが入り、席につく。
「現在、ハルデンベルク領ではほとんどの村が放棄され、二つの町から得られる税が主な収入源になってしまっています」
「そして、何故そんなことになってしまったのか──それはこれが原因です」
クラウスはテーブルの上に石のようなものを置く。
琥珀色の、透き通る美しい石。
「それ、魔晶石ですか!?」
すると、背後に立っていたレックスがソファーの背もたれから身を乗り出し、くすんだ金髪がカイルの視界の端で揺れる。
「そうですが、レックス殿は詳しいのですか?」
「詳しいなんてもんじゃないですよ! 自分、戦士隊に入る前は冒険者やってたんでよく見たもんです!」
「おい、レックス。一旦落ち着け」
「あっ、すみません……」
しゅんと肩を落としながら、レックスは元の位置へ戻る。
カイルはこほんと咳払いをし、改めてクラウスを見つめた。
「この魔晶石は、雪崩によって崩れた山肌から露出したものです。そこからこの山には魔晶石が眠っているのだと思い、鉱山事業に力を入れました」
「そして、実際に数多くの魔晶石が発掘されました。そのおかげで領内は潤いました。ですが、それが間違いだったのです……」
顔を歪めたクラウスが、次の言葉を紡ごうとしたその時──扉が激しく開かれた。
皆が一斉に扉の方へと目を向ける。
すると、一人の中年の男がドタバタと部屋へ駆け込んできた。
大きく開いた瞳をぎらつかせ、そのままカイルへ縋り付く。
「カイル卿! よくぞ来てくれた!! 救国の英雄であるお主が隣領の主になったと聞いて天命だと確信した! まだ天は我らを見捨ててはおらなんだ!!」
「ちょっ! クラウス君、これは!?」
「貴殿の武勇さえあれば、憎っくきスノウウルフを根絶やしにできる! さぁ! 我らと共に──」
「誰か! 父を外へ!!」
クラウスが慌てて声を上げると、外から兵士たちと使用人たちが飛び込んできて、父と呼ばれた男を取り押さえる。
「ええい、お前ら離せ! 離さぬか!」
「子爵様! 申し訳ありません!」
「早く連れ出せ! 子爵様はお疲れだ!」
部下に引き摺られ、部屋から連れ出されるオスカー卿。
嵐が去ったあとのように静かになる部屋。
そんな中、クラウスは頭を下げた。
「カイル卿、先程の無礼、申し訳ありません……」
「いや、うん。大丈夫だ。色々と事情があるんだろう?」
「重ね重ね申し訳ありません。そして、カイル卿。僕は貴方に隠していたことがあります」
クラウスは懐から封筒を取り出し、カイルへと渡す。
その封筒の封蝋は既に割られており、カイルは中から手紙を取り出し、開ける。
内容は、スノウウルフについての恨み辛みがびっしりと書き殴られたものだった。
「……これは?」
カイルが訊ねると、クラウスはまた深く頭を下げた。
「それが、本来貴方に送られるはずだった父の手紙です。僕が別の手紙を書き、すり替えました」
「騙す意図はありませんでした。領地が困窮していることも、ルプスノア峰の資源を利用しなければ立て直しが難しいことも事実です。ただの私怨で、貴方の力を利用しようとは……」
黙ってクラウスを見つめるカイル。
そんな中、クラウスは一度頭を振ると、意を決したように顔を上げる。
「……先程の発言、撤回します。正直に申しますと、貴方の力を利用して、スノウウルフへの恨みを晴らそうとしていました」
「スノウウルフは僕の兄を殺しました。この領地を継ぐはずだった兄を。ですが──今、貴方にお願いしているのは、恨みを晴らすためだけではありません」
「力を貸して欲しいのです。救国の英雄である貴方の力で、どうかハルデンベルクの民をお救い下さい!」