終生のライバルに負けたオレ。女になってそいつの嫁になりました ~死んだことになった元公爵令息と、救国の英雄の辺境新婚生活~ 作:APP3
『おいオマエ。オレと同じで天才って呼ばれてるらしいじゃねぇか。天才はただ一人、ルシアン・アルヴェイン様だけだ! 立て! 稽古をつけてやる!!』
そう言って、剣を構える彼の型はデタラメで。
『……くそっ、覚えとけよ!! 次は必ずオレが勝つ!!』
そう言って、俺を見てくれたのは君だけで。
『なんだ? オメェらには用はねぇんだよ。──おい、なにぼーっとしてんだ、いくぞ。天才的な魔法を考えてきたんだ! これでオマエに遅れは取らねぇ!』
そう言って、手を引っ張ってくれたのは君だけで。
今の俺があるのは、全て君のおかげなんだ。
だから────
「ルシアンと、婚約?」
──俺を選んでくれたことが、何よりも嬉しかった。
◯────
「ルシアンと、婚約?」
ぽかんとした表情を浮かべるカイル。
無理もない。
いきなり元男との婚約を聞かされたら、そんな顔にもなるだろう。
ルシアンの実家であるレグリア公爵邸。
その庭園に、長閑な鳥のさえずりが響く。
父、アルベルトの要らぬ気遣いから始まった茶会。
「後は若い者同士で仲良く」と、にこやかに去っていった父の顔を引っ叩いてやりたい。
「すまなかった。今回の件は、オレのワガママだ。何の事情も知らない男に嫁ぐより、少しは事情を知っているお前を選んでしまった」
そう言って頭を下げるルシアン。
「気にしないでくれ。それに、君が他の人の元へ行くなんて、俺は絶対に────いや、ごめん。なんでもない」
「カイル?」
途中から何と言っているのか、声が小さくて分からなかったが、納得してくれているようだ。
ルシアンは胸をなで下ろす。
「まぁ、この話は一旦置いておくとして……どこの領地を貰ったんだ?」
「北のシルヴァレイン領だ」
「……そんな僻地に領地を?」
「あぁ。まぁ、どんなところでも領地は領地。何とか盛り立てていくつもりだ」
「……」
「だから──」
カイルはルシアンの手を取る。
「──俺たち二人で、頑張っていこう」
微塵の揺らぎも感じさせない、熱く真っ直ぐな黒い瞳。
「……そうだな」
ルシアンは目を逸らす。
──オレはその目が、どうしようもなく嫌いだ。
◯────
シルヴァレイン領。
レーヴェリア王国北部に位置する辺境の地。
人口は一万五千人程度。
ルシアンはその数字を見て眉を顰める。
書類に記された領地の広さからすれば少なめ。
だが、理由は明白。
領内に巨大な雪山を抱え、一年の大半が雪に閉ざされる豪雪地帯だからだ。
こんな不毛な領地を、内政の知識もろくにない素人にあてがうのか。
──実に腹立たしい。
ぺらり、ぺらり、とシルヴァレイン領について記された書類を捲りながら、ルシアンは自室にて紅茶を啜る。
自身で淹れた紅茶はどうしても香りが立たず、温い。
折角のカモミールティーが台無しだ、なんて考えながら机に書類を投げ捨てた。
ティーカップを机に置き、伸びをしていると、コンコンと、扉がノックされる。
「どうぞ」
「失礼するよ、お兄様。いや、今はオネエサマと呼んだほうがいいかな?」
部屋に入ってきたのは、自身と同じ銀白の髪を持つ少年。
「エリオット。頼んだものは持ってきてくれたか?」
「からかい甲斐がないなぁ。はぁ……ホントにオネエサマは人使いが荒いですよね? ボク、レグリア公爵家の次期当主なんですよ?」
ルシアンの弟、エリオットはやれやれと肩を竦めながら脇に抱えた書類を机に置き、近くのソファーにどかっと座る。
「助かるよエリオット」
ルシアンは書類を自身の手元へと寄せ、ティーポットに残った紅茶をカップに注ぎ、エリオットの前に置く。
「それで何をするか知りませんけど、レグリア公爵家の家名に傷が付くような真似はしないでくださいよ」
「善処する」
足を組み、口元を歪めるエリオットを軽く流しながら書類を手に取る。
「じゃ、よくわかりませんけど頑張って下さいね」
「なんだ、もう行くのか? 折角オレが紅茶を淹れてやったのに。もっとゆっくりしていけばいいものを」
立ち上がろうとしていたエリオットを呼び止めると、露骨に嫌そうな顔をしながらも数度カップに視線を向ける。
深く溜息をついた後、エリオットはカップを持ち、グビグビと飲み込む。
「……結構なお手前で」
「そりゃどーも。おかわりはいるか?」
「いりません。オネエサマと違って暇じゃないんですよ、暇じゃ。明日は朝早くから魔法の訓練がありますしね」
「だったらオレが教えてやろう。面倒な探し物をしてくれた礼だ」
手のひらにバチバチと雷を弾けさせ、ニコリと微笑むルシアン。
そんなルシアンを見てエリオットは首を横に振る。
「結構です。僕たち凡人には、"お兄様"の魔法は参考になりませんので。では、失礼します」
静かに部屋から出ていくエリオット。
ルシアンはそんなエリオットの背中を見送りながら、カップに口を付ける。
「……やっぱまじぃな」
紅茶一つ満足に淹れられない自分に辟易としながら、書類を手に取り、捲る。
『シルヴァレイン領、領地台帳』
そう、記されていた。