終生のライバルに負けたオレ。女になってそいつの嫁になりました ~死んだことになった元公爵令息と、救国の英雄の辺境新婚生活~   作:APP3

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第五話

『死なないで』

 

 

 優しい声が響く。

 この声の持ち主を、オレは知っている。

 最後まで傍らにいた、数多の精霊の中で唯一、オレを()()()()だと呼んだヤツだ。

 

 

『死なないで』

 

 

 優しい声が響く。

 あまりにも優しく、残酷な願いだ。

 

 これ以上生きていて意味があるのか?

 ライバルに敗れ、今まで積み重ねてきた努力の全てが、無意味だったと思い知らされた自分に。

 

 

『死なないで』

 

 

 優しい声が響く。

 

 響く、響く、響く。

 

 

「うるさい」

 

 

 頭がガンガンする。

 もう嫌だと言っているのに、響き続ける声。

 

 うんざりする。

 どれだけしつこいのか。

 ──どれだけオレに生きて欲しいのか。

 

 胸がチクリと痛む。

 そこを抑えるように、胸元を強く握りしめる。

 

 

 だったら、仕方がないから、もうちょっとだけ生きてやる。

 だから、もう黙れ。

 

 

 そう心の中で呟くと、先程までうるさく響いていた声が止む。

 

 そして、静まり返った暗闇に──雷鳴が轟いた。

 

 

◯───

 

 

「奥様。もうちょっとで着くらしいですよ」

 

「ん……? もう、そんなに経ったのね」

 

 

 アーシャの声で目が覚める。

 寝ぼけ眼を擦りながら窓の外に目を向けると、一面銀世界が広がっていた。

 

 

「綺麗……」

 

 

 うっとりと窓の外を眺めるアーシャ。

 その横顔を眺めながら、凝り固まった身体を解すため伸びをする。

 

 

「アーシャ。そこの箱、取ってくれるかしら」

 

「これですね? はいどうぞ!」

 

 

 アーシャから宝石が散りばめられた箱を受け取り、膝の上に載せ、開ける。

 

 箱の中には、綺羅びやかなネックレスや腕輪などのアクセサリーが、所狭しと詰められていた。

 

 

「着けるの、手伝って頂戴」

 

「はーい! 後ろ向いて下さいね!」

 

 

 ルシアンは言われた通り後ろを向くと、後ろからネックレスを首に回される。

 

 大きなサファイアが埋め込まれた、見れば見るほど悪趣味なネックレス。

 

 アーシャがネックレスの留め具に手こずる、カチャカチャという音が馬車の中に響いた。

 

 

 ──ここからだ。

 ルシアンではない、ルーシー・アルヴェイン・ド・シルヴァレインの人生が始まるのだ。

 

 ルシアン改めルーシーは、胸元のネックレスを握り締めた。

 

 

◯────

 

 

 人差し指でタンタンと机を叩くたび、傍らのインク壺がカタカタと揺れる。

 

 執務室の窓から外を何度も覗き、手に持つ懐中時計を確認する。

 

 

「あの、団長? もうちょっと落ち着いて下さい」

 

 

 くすんだ長い金髪を無造作に一つに括り、王国式の騎士服を纏った男が、主君、カイルを諫める。

 

 

「……俺は落ち着いている。現に俺が迎えに行っていないのだから。俺は落ち着いている……」

 

「あ! 馬車が見えましたよ!!」

 

「本当か!?」

 

「──嘘です。ひっかかりました?」

 

「レックス!!」

 

「わははっ!」

 

 

 レックスと呼ばれた男は、カイルの反応を見て腹を抱えて笑う。

 

 

「心配しすぎですよ団長。そもそも護衛にラウルをつけてるじゃないですか。万が一にも、アイツがしくじることはないですって」

 

「それは、そうだが……」 

 

「ま、のんびり待ちましょうよ──ってそんなことしてたらほらっ。今度は本当に着いたみたいですね」

 

「行ってくる!」

 

「って、ちょっ! 団長! 転けないでくださいよー!」

 

 

 懐中時計をレックスに放り投げ、外へと飛び出していくカイルの後ろ姿を見送りながら、レックスはやれやれと懐中時計の蓋を閉めた。

 

 

◯───

 

 

 屋敷の廊下を走り抜ける。

 階段を二段飛ばしで駆け降り、玄関ホールに辿り着く。

 

 

「旦那様! 外は寒いので上着だけでも!!」

 

「心配ない!」

 

 

 上着を差し出してくる使用人にそう言い残し、玄関扉を開け放つ。

 

 ──しんしんと降る雪の中、雪の積もる庭園の中心に、銀白の髪が見えた。

 

 少しでも早く近付きたくて、駆け足で進む。

 

 表情が見えるようになる距離まで近付くと、想い人は両手に白い息を吐きかけ、温めていた。

 

 息を整えながらそんな姿に見惚れていると、ふと、目が合った。

 

 

「ルシア──」

 

「カイル様!!」

 

 

 名を呼ぼうとした時、軽い衝撃と共に、寒かった身体が一瞬にして温かさに包まれる。

 

 困惑しながら自身の胸元に目を落とせば、そこには銀白の髪があった。

 

 

「ル、ルシア──イッ!?」

 

 

 太腿をズボンの上からつねられ、あまりの痛みに思わず声を上げてしまう。

 

 

「カイル様! ルーシーは、ルーシーは! この日をずっと待ちわびておりました!!」

 

 

 どこか猫なで声のように聞こえるルシアンの声と同時に、抱く腕にさらに力が込められる。

 

 

「どっ、どうしたんだ──」

 

 

 ルシアンは背伸びをし、カイルの耳元へと唇を寄せ、

 

 

「……ルーシー」

 

 

 と、囁いた。

 

 

「あっ」

 

 

 踵を下ろしたルシアンは、一瞬だけ冷やかな視線を向けると、何事もなかったかのように再びカイルへと抱き着いた。

 

 

「ル、ルーシー。俺も会いたかったよ」

 

「ふふっ。相思相愛ですわね?」

 

 

 胸元で艶やかに笑うルシアン。

 

 豹変したルシアンの態度。

 何故ここまで芝居がかった振る舞いをするのかは分からないが、一つだけ分かることがあった。

 

 ──不用意にルシアンと呼んではいけないと。

 

 

 

◯───

 

 

 顔合わせに領内視察。

 諸々やらなければならないことがあったが、憎たらしい旦那様は、「今日は疲れているだろうから明日にしよう」なんて言いやがる。

 

 

「湯加減はいかがですかー?」

 

「悪くないわ」

 

「お身体洗いましょーか?」

 

「結構よ」

 

 

 ルーシーは外から聞こえるアーシャの声を聞き流しながら、お湯に浸る自身の身体を眺める。

 

 

 自慢の筋肉はどこへやら。

 剣を振ったこともないような細い腕に、胸元には二つの脂肪。

 かつて割れていた腹筋も、今では跡形もなく平らで柔らかい。

 

 ──ヤツに、カイルに勝つために鍛え上げてきた努力の面影は何一つない。

 

 

 浴槽の縁に頭を預け、目を瞑る。

 

 覚悟して、ここに来たはずだ。

 今までの何もかもを捨て、女として、ルーシーとして生きると。

 

 それでも、カイルにルシアンと呼ばれると、どうしてこうも胸の奥がざわつくのか。

 

 まぁ、考えても仕方ないか。 

 

 

「アーシャ。やっぱり頼めるかしら?」

 

「はーい!」

 

 

 ルーシーは縁から頭を上げ、外にいるアーシャに声をかける。

 

 そして、膝を抱えるように身体を丸める。

 揺れた水面の中で、自分の顔がぐしゃりと歪んだ。

 

 





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