終生のライバルに負けたオレ。女になってそいつの嫁になりました ~死んだことになった元公爵令息と、救国の英雄の辺境新婚生活~ 作:APP3
「だぁーっ! また負けたー!!」
芝生の上、大の字に寝転がる銀白の髪の少年。
その傍ら、黒髪の少年はしゃがみ込み、寝転がる少年の顔を覗き込む。
「……チッ。なんだよ?」
「あの、アルヴェイン様」
「おい。ルシアンだ。呼び捨てでいい。それに、敬語も無しだ」
「でも……」
「オレはまだオマエに負けたまんまだ。なら対等だ。もちろんオレが勝ったら敬語だぞ? ほら、呼べ」
「……じゃ、じゃあ、ルシアン」
カイルは、睨みつけてくるルシアンから目を逸らしながらも、意を決して名を呼ぶ。
「……ルシアンは、僕に勝ったら、どうするの?」
「オマエに勝ったら?」
目を丸くしたルシアン。
少し考える素振りをした後、体をムクリと起こし、伸びをする。
「考えたこともなかったな。まぁ、普通に家を継ぐ為に勉強するだろうな」
「じゃあ…………ぼっ、ぼくは?」
「は?」
冷たい視線がカイルに刺さった。
カイル自身も何故そんなことを尋ねてしまったのか分からず、あたふたしていた。
それでも、気になってしまったのだ。
「──知らねぇよ。オマエの人生だろ」
「ッ! だ、だよね。ボクの人生だもんね」
カイルは握っていた訓練用の剣へ視線を落とす。
「……もし、ルシアンが勝ったら、今みたいに一緒にいられないんだよね」
「当たり前だろ。まっ、もしそうなったら────いや、今はいいか。まずはてめぇに勝つところからだ!!」
ルシアンはカイルにピシリと指をさし、不敵に笑う。
──もし、ルシアンに負けてしまったら、もう一緒にいられなくなる。
そう考えたら、自然と剣を握る手に力がこもる。
だったら、負けられない。
こんな力で満足なんてしてられない。
もっともっと強くなるんだ。
だから、聞かせてほしい。
君が僕に勝った後、君の人生に僕はまだいるの?
◯───
「以上の事情から……って、聞いていますか? 男爵様」
「──っ? すまない。俺は素人だから、君の話がよく分からないんだ。情けない話だが、これまでこの領地を任されてきた君の判断を信じたい。従来通り進めてくれ」
「わかりました。ではこちらの方で進めさせていただきます」
眼鏡をかけた、焦げ茶色の髪に白髪の交じる男は一礼し、静かに部屋を出ていく。
カイルが新たな領主として赴任するまで、この地の政務を預かっていた代官、ヴィクトル・ハイネマン。
彼に任せれば悪いようにはならないだろう。
それにしても──本当に情けないな。
カイルはため息をつき、机の上に目を落とす。
ヴィクトルから渡された、内容の半分も分からない書類の山。
剣を握るだけでは、もうダメなのだろう。
ルシアンと一緒にいるために、もっと頑張らなくては。
もう一度書類を読み込もうとペンを手に取った時、コンコンと部屋をノックする音が響いた。
「失礼しまーす」
「ラウルか」
部屋に入ってきたのは、二年間共に戦ってきた戦友であり、今も部下として付き従う男だ。
「うげっ、なんですその書類の山。そんなのヴィクトルさんに任せとけばいいでしょ」
ラウルは積み上がった書類の山から一束手に取ると、すぐに顔を顰め、ぽいっと机に戻した。
「そういう訳にもいかないんだよ」
「昔から面倒な手続きとか俺とレックスに丸投げしてたくせに、よく言うなぁ」
「なんなら今回も丸投げしてやろうか?」
「勘弁してくださいよぉ団長」
「で、何の用だ」
「そうだった!」
ラウルはぽんと手を叩き、カイルの持つ書類を奪い取る。
「食事の時間なんで呼びに来ましたよ。食堂で奥様も待ってるんで、早く来てくださいねー」
ひらひらと手を振りながら部屋から出ていくラウル。
カイルは一度大きく伸びをすると、手にしていたペンをペン立てに戻した。
◯────
犬か狼だろうか。足跡を模した硬いパンに、大ぶりの野菜がゴロゴロと入った、よく煮込まれたスープ。
豪勢とは言い難いが、この地方ではご馳走なのだろう。
心配そうにこちらを見つめる、コック帽をかぶったシェフの目がそう物語っている。
獣肉の濃厚な香りを含んだ湯気に、煮崩れたたまねぎの甘い香りが混ざる。
ルーシーはスプーンで一口掬い、口へ運んだ。
そして、目を見開いた。
正直な話、見くびっていた。
今この場に出されている料理は、王都なら庶民の家庭で出るような料理に過ぎない。
それゆえあまり期待していなかったが、よく煮込まれているおかげか、野菜と肉の旨味が凝縮され、味わい深い仕上がりになっていた。
そして、筋の多い肉にも細かく包丁が入れられ、時間をかけて煮込まれたことで、舌で崩せるほど柔らかくなっている。
限りある食材の中で、最大限の腕を振るう。
評価に値するシェフだ。
ルーシーはちらりと向かいのカイルに目を向ける。
バクバクと食べる彼の姿を目にし、ルーシーはため息を吐く。
「ルーシー? どうかしたか?」
「いえ……なんでもありません。シェフ。貴方、お名前は?」
ルーシーはシェフに声をかける。
中年のシェフはビクッと肩を震わせると、背筋を伸ばす。
「は、ハンスと申します!!」
「ハンスさんですか。この料理、とても素晴らしいです。このパンもスープによく合いますし、スープにも随所に工夫が凝らされています。ですよね? カイル様」
「んっ? そ、そうだな。いつもありがとう。こんなにも美味しい料理を作ってくれて」
「もっ、もったいないお言葉です!」
腰を深く深く曲げるハンス。
ルーシーはハンスからカイルへと目を移す。
「カイル様。ルーシーはとても幸せです。こんなにも美味しい料理に、美しい領地。もっとシルヴァレインについて知りたいので、明日見て回りたいのですが」
「いやいや。長旅だったろう? ここに住むんだから急ぐ必要もない。もっとゆっくりすれば──」
「──カイル様」
ニッコリと微笑むルーシー。
得体のしれない圧を感じたのか、カイルは目をそらす。
「わ、わかった。明日は一緒に見て回ろう」
「ありがとうございます!」
カイルから目を離したルーシーは、残ったスープにスプーンを沈めた。
◯────
食事が終わり、ルーシーは一人、あてがわれた自室の鏡台の前に座っていた。
鏡に映る自分の姿。
言わずもがな銀白の長い髪に、女になっても変わらない、可愛げのない鋭い目つき。
ほっそりとした首筋に鎖骨。
寝間着のカーディガンの前を閉じる。
──覚悟を決めろ、ルーシー。
そう、心の中で唱える。
カイルとルーシーは結婚し、夫婦になった。
貴族には、地位に相応しい責務がある。
男爵として、男爵夫人として、シルヴァレイン領を守るという使命がある。
再興されたばかりのシルヴァレイン家を、次代へ残さなければならない。
──シルヴァレインの後継ぎを、作らなければ、ならないのだ。
壁に掛けてある時計を見れば、針は二本とも頂点を指している。
時間としては問題ない。
ベストな時間だ。
とは言うものの、ルーシー──否、ルシアンはそういった経験を今までしてこなかった。
貴族学校で言い寄ってくる相手はいたが、当時のルシアンには、カイルに勝つこと以外どうでもよかった。
己の経験不足に頭を痛めながらも、深く息を吸い、吐く。
鏡台に置かれた香水を一吹きし、両頬を叩く。
「よし」
ルーシーは立ち上がり、壁に引っ掛けられた手燭を手に取り、自室から出る。
手燭の仄かな灯りが、真っ暗な廊下を照らす。
静かな廊下に、自身の足音が響く。
その足音に合わせて、心臓の鼓動が煩く鳴る。
永遠とも感じられた廊下。
その突き当たりにある、カイルの部屋の前へと辿り着く。
そして、ルーシーは震える手に力を込め、扉を叩いた。