終生のライバルに負けたオレ。女になってそいつの嫁になりました ~死んだことになった元公爵令息と、救国の英雄の辺境新婚生活~   作:APP3

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第六話

「だぁーっ! また負けたー!!」

 

 

 芝生の上、大の字に寝転がる銀白の髪の少年。

 その傍ら、黒髪の少年はしゃがみ込み、寝転がる少年の顔を覗き込む。

 

 

「……チッ。なんだよ?」

 

「あの、アルヴェイン様」

 

「おい。ルシアンだ。呼び捨てでいい。それに、敬語も無しだ」 

 

「でも……」

 

「オレはまだオマエに負けたまんまだ。なら対等だ。もちろんオレが勝ったら敬語だぞ? ほら、呼べ」

 

「……じゃ、じゃあ、ルシアン」

 

 

 カイルは、睨みつけてくるルシアンから目を逸らしながらも、意を決して名を呼ぶ。

 

 

 

「……ルシアンは、僕に勝ったら、どうするの?」

 

「オマエに勝ったら?」

 

 

 目を丸くしたルシアン。

 

 少し考える素振りをした後、体をムクリと起こし、伸びをする。

 

 

「考えたこともなかったな。まぁ、普通に家を継ぐ為に勉強するだろうな」

 

「じゃあ…………ぼっ、ぼくは?」

 

「は?」

 

 

 冷たい視線がカイルに刺さった。

 

 カイル自身も何故そんなことを尋ねてしまったのか分からず、あたふたしていた。

 

 それでも、気になってしまったのだ。

 

 

「──知らねぇよ。オマエの人生だろ」

 

「ッ! だ、だよね。ボクの人生だもんね」

 

 

 カイルは握っていた訓練用の剣へ視線を落とす。

 

 

「……もし、ルシアンが勝ったら、今みたいに一緒にいられないんだよね」

 

「当たり前だろ。まっ、もしそうなったら────いや、今はいいか。まずはてめぇに勝つところからだ!!」

 

 

 ルシアンはカイルにピシリと指をさし、不敵に笑う。

 

 

 ──もし、ルシアンに負けてしまったら、もう一緒にいられなくなる。

 

 そう考えたら、自然と剣を握る手に力がこもる。

 

 だったら、負けられない。

 

 こんな力で満足なんてしてられない。

 

 もっともっと強くなるんだ。

 

 

 だから、聞かせてほしい。

 

 君が僕に勝った後、君の人生に僕はまだいるの?

 

 

 

◯───

 

 

「以上の事情から……って、聞いていますか? 男爵様」

 

「──っ? すまない。俺は素人だから、君の話がよく分からないんだ。情けない話だが、これまでこの領地を任されてきた君の判断を信じたい。従来通り進めてくれ」 

 

「わかりました。ではこちらの方で進めさせていただきます」

 

 

 眼鏡をかけた、焦げ茶色の髪に白髪の交じる男は一礼し、静かに部屋を出ていく。

 

 カイルが新たな領主として赴任するまで、この地の政務を預かっていた代官、ヴィクトル・ハイネマン。

 

 彼に任せれば悪いようにはならないだろう。

 

 

 それにしても──本当に情けないな。

 

 カイルはため息をつき、机の上に目を落とす。

 

 ヴィクトルから渡された、内容の半分も分からない書類の山。

 

 

 剣を握るだけでは、もうダメなのだろう。

 

 ルシアンと一緒にいるために、もっと頑張らなくては。

 

 

 

 もう一度書類を読み込もうとペンを手に取った時、コンコンと部屋をノックする音が響いた。

 

 

「失礼しまーす」

 

「ラウルか」

 

 

 部屋に入ってきたのは、二年間共に戦ってきた戦友であり、今も部下として付き従う男だ。

 

 

「うげっ、なんですその書類の山。そんなのヴィクトルさんに任せとけばいいでしょ」

 

 

 ラウルは積み上がった書類の山から一束手に取ると、すぐに顔を顰め、ぽいっと机に戻した。

 

 

「そういう訳にもいかないんだよ」

 

「昔から面倒な手続きとか俺とレックスに丸投げしてたくせに、よく言うなぁ」

 

「なんなら今回も丸投げしてやろうか?」

 

「勘弁してくださいよぉ団長」

 

「で、何の用だ」

 

「そうだった!」

 

 

 ラウルはぽんと手を叩き、カイルの持つ書類を奪い取る。

 

 

「食事の時間なんで呼びに来ましたよ。食堂で奥様も待ってるんで、早く来てくださいねー」

 

 

 ひらひらと手を振りながら部屋から出ていくラウル。

 

 カイルは一度大きく伸びをすると、手にしていたペンをペン立てに戻した。

 

 

◯────

 

 

 犬か狼だろうか。足跡を模した硬いパンに、大ぶりの野菜がゴロゴロと入った、よく煮込まれたスープ。

 

 

 豪勢とは言い難いが、この地方ではご馳走なのだろう。

 

 心配そうにこちらを見つめる、コック帽をかぶったシェフの目がそう物語っている。

 

 

 獣肉の濃厚な香りを含んだ湯気に、煮崩れたたまねぎの甘い香りが混ざる。

 

 ルーシーはスプーンで一口掬い、口へ運んだ。

 

 

 そして、目を見開いた。

 

 

 正直な話、見くびっていた。

 

 今この場に出されている料理は、王都なら庶民の家庭で出るような料理に過ぎない。

 

 それゆえあまり期待していなかったが、よく煮込まれているおかげか、野菜と肉の旨味が凝縮され、味わい深い仕上がりになっていた。

 

 そして、筋の多い肉にも細かく包丁が入れられ、時間をかけて煮込まれたことで、舌で崩せるほど柔らかくなっている。

 

 

 限りある食材の中で、最大限の腕を振るう。

 

 評価に値するシェフだ。

 

 

 ルーシーはちらりと向かいのカイルに目を向ける。

 

 バクバクと食べる彼の姿を目にし、ルーシーはため息を吐く。

 

 

「ルーシー? どうかしたか?」

 

「いえ……なんでもありません。シェフ。貴方、お名前は?」

 

 

 ルーシーはシェフに声をかける。

 

 中年のシェフはビクッと肩を震わせると、背筋を伸ばす。

 

 

「は、ハンスと申します!!」

 

「ハンスさんですか。この料理、とても素晴らしいです。このパンもスープによく合いますし、スープにも随所に工夫が凝らされています。ですよね? カイル様」

 

「んっ? そ、そうだな。いつもありがとう。こんなにも美味しい料理を作ってくれて」

 

「もっ、もったいないお言葉です!」

 

 

 腰を深く深く曲げるハンス。

 

 ルーシーはハンスからカイルへと目を移す。

 

 

「カイル様。ルーシーはとても幸せです。こんなにも美味しい料理に、美しい領地。もっとシルヴァレインについて知りたいので、明日見て回りたいのですが」

 

「いやいや。長旅だったろう? ここに住むんだから急ぐ必要もない。もっとゆっくりすれば──」

 

「──カイル様」

 

 

 ニッコリと微笑むルーシー。

 

 得体のしれない圧を感じたのか、カイルは目をそらす。

 

 

「わ、わかった。明日は一緒に見て回ろう」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 カイルから目を離したルーシーは、残ったスープにスプーンを沈めた。

 

 

 

◯────

 

 

 

 食事が終わり、ルーシーは一人、あてがわれた自室の鏡台の前に座っていた。

 

 

 鏡に映る自分の姿。

 

 言わずもがな銀白の長い髪に、女になっても変わらない、可愛げのない鋭い目つき。

 

 ほっそりとした首筋に鎖骨。

 

 寝間着のカーディガンの前を閉じる。

 

 

 ──覚悟を決めろ、ルーシー。

 

 そう、心の中で唱える。

 

 

 カイルとルーシーは結婚し、夫婦になった。  

 

 貴族には、地位に相応しい責務がある。

 

 男爵として、男爵夫人として、シルヴァレイン領を守るという使命がある。

 

 再興されたばかりのシルヴァレイン家を、次代へ残さなければならない。

 

 

 ──シルヴァレインの後継ぎを、作らなければ、ならないのだ。

 

 壁に掛けてある時計を見れば、針は二本とも頂点を指している。

 

 

 時間としては問題ない。

 

 ベストな時間だ。

 

 

 とは言うものの、ルーシー──否、ルシアンはそういった経験を今までしてこなかった。

 

 貴族学校で言い寄ってくる相手はいたが、当時のルシアンには、カイルに勝つこと以外どうでもよかった。

 

 

 己の経験不足に頭を痛めながらも、深く息を吸い、吐く。

 

 

 鏡台に置かれた香水を一吹きし、両頬を叩く。

 

 

「よし」

 

 

 ルーシーは立ち上がり、壁に引っ掛けられた手燭を手に取り、自室から出る。

 

 手燭の仄かな灯りが、真っ暗な廊下を照らす。

 

 

 静かな廊下に、自身の足音が響く。

 

 その足音に合わせて、心臓の鼓動が煩く鳴る。

 

 

 永遠とも感じられた廊下。

 

 その突き当たりにある、カイルの部屋の前へと辿り着く。

 

 

 そして、ルーシーは震える手に力を込め、扉を叩いた。

 

 





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