終生のライバルに負けたオレ。女になってそいつの嫁になりました ~死んだことになった元公爵令息と、救国の英雄の辺境新婚生活~ 作:APP3
短めです。
コンコン、と扉を叩く。
返事はない。
もう一度叩く。
返事はない。
「アイツ……さては寝やがったな」
どこか怒気をはらんだ声でボソリと呟くルーシー。
もう一度叩こうとしたその時、ガチャリと扉が開いた。
「……ん? ルシアンか? どーしたんだこんな夜更けに」
「……部屋入るぞ」
「? うん。どーぞ」
眠たそうな声を出し、目をしょぼしょぼさせるカイルを押し退け部屋に入るルーシー。
手燭を机の上に置き、ソファーに座る。
カイルの方へと視線を向けると、水差しとコップを持ちながらルーシーの隣に座った。
「おい、なんで隣に座るんだよ。他にあるだろ」
「ん? あぁ、ごめんごめん」
そう言って立ち上がろうとするカイルだったが、ルーシーは咄嗟にカイルの服の裾を掴んだ。
「嫌とは言ってねぇよ。別にそのままでいい」
「う、うん」
促されるまま、隣に座り直すカイル。
静まり返った部屋に、トクトクとコップに水が注がれる音が響く。
ごく、ごくと隣で水を飲む音が、ヤケに耳につく。
「ぷはぁ。ルシアンもいる?」
「いる」
再び、コップへ水が注がれる。
今度は、先ほどよりもその音が大きく聞こえる。
「はい」
「ありがと」
手渡されたコップを手に取り、一気に飲み干す。
酷く乾いていた喉は潤った。
だが、飲んでいる最中、気付いてしまった。
身体が震え、胸が苦しいことに。
ケガでも病でもない。
おかしなところなんてないはずなのに。
どうしてこんなに、ドキドキするんだ。
「ルシアン。改めてどうしたんだ?」
「なぁ。もしかして、寝てたか?」
「え? まぁ、うん。いつもこの時間には寝てるからね」
「……じゃあ、オレがここに来た意味も、わかんねぇのか?」
コップをテーブルの上に置き、立ち上がる。
そして────呆けた顔でソファーに座るカイルの膝に跨った。
「るっ、ルシアン!?」
「オレたちはなんだ? 今、どういう関係だ?」
「ッ!! えっ、えっと……夫婦だね」
「そうだ、夫婦だ。シルヴァレイン男爵領を治める貴族様と、その夫人だ」
ルーシーはカイルの胸に手を当てる。
忌々しいほど硬い、胸板の感触。
胸板を指でなぞり、ボタンの方へと指を進める。
「オレたちの使命はなんだ?」
「ルシ、アン……」
ボタンが指に触れ、そのまま引っ掛けて、外す。
うっすらと汗の伝う太い首筋が晒される。
「なぁ。ここまで来て、分からないとは言わせない……ぞ?」
次々とボタンを外していき、カイルの上半身が露わになる。
鍛え抜かれた、どこか芸術性を感じさせる、無駄のない肉体。
その肉体を彩る、大小入り混じった傷の数々。
ルーシーはカイルの胸板に、今度は直接触れる。
しっとりとした肌。その内側から伝わってくる温もり。
人差し指の爪を立て、今日、この瞬間を忘れられないように、ゆっくりと下へ引っ掻く。
「いっ!?」
「なぁ、どうなんだ?」
痛みに顔をしかめるカイルへ、さらに距離を詰める。
「あんまりオレに、恥をかかせるなよ?」
「ルシアン……」
──ここまでしたのだ。
ここまでお膳立てしてやったのだ。
次はオマエの番だ、カイル。
手の震えを誤魔化すため、ルーシーはカイルの胸元に身体を密着させた。
カイルの心音が耳に伝わる。
大きく跳ねる、早い心音が。
なんだ。
オマエもなんだかんだドキドキしてるんじゃねぇか。
そうか。そうだよな。
オマエもやっぱり男だもんな。
こんなに可愛くて綺麗な娘に抱き締められたらそうなるに決まってるか。
──これで、いいんだ。
ルーシーは目を瞑る。
閉じた瞼の隙間から、何かが頬を伝った。