天空城の旅人   作:壊緑茶

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街道の主(後編)

2本目のHPバーを削る間に、何度も前を交代した。ダイチがポーションを飲んでいる間はソラさんが受け、俺が転がされるとコタが走り込んだ。

 

ようやく2本目が消えたときには、「ラスト1本」と叫ぶ声も息切れしていた。

 

大イノシシはさらに速くなった。地ならしを跳び越えても、着地するところへ角の攻撃が来る。

 

首をソードスキルで斬っては下がり、ポーションを飲んで、また戻る。最後のHPバーを半分近くまで削ったころ、ポーチを探る指が底に触れた。

 

「回復、残り何本だ!」

 

ダイチが叫ぶ。

 

「2本!」

 

「1本!」

 

「回復ラスト1本です!」

 

答えながら、残った小瓶を確かめた。

 

ソラさんがボスの突進を横へ流した。勢いのついた角が門の柱へ当たり、石の欠片が落ちる。大イノシシが顔を引いた。

 

「ナナ、今!」

 

アニールブレードが輝いた。

 

コタの槍に続いて、俺も脇腹へ斬り込んだ。刃を抜いた途端、巨体がこちらへ倒れ込むように回ってくる。

 

肩を打たれ、地面へ転がった。顔を上げるより先に、もう一度転がる。背中のすぐそばで、前脚が土を踏み抜いた。

 

どうにか起き上がったとき、自分のHPは赤くなっていた。

 

ボスの最後のHPバーは、4割ほど残っていた。

 

あと少し。もう一度、ナナを首元へ入れたい。

 

「ソラ、飲んで下がれ!」

 

「もう使い切りました!」

 

ソラさんのHPは黄色だった。攻撃を受けるたびに肘が曲がり、大盾が胸元まで押し込まれていた。

 

「一旦引くぞ! 全員、門まで下がれ!」

 

俺は敵のHPを見上げた。残り4割。まだ、それだけある。

 

ソラさんが次の突進を横へ流した。俺たちはその隙に門へ走ったが、大イノシシもすぐに向き直った。背後から足音が迫り、ダイチが舌打ちして盾を構える。

 

これを受けたら、また誰かがポーションを使う。俺の残りは1本だ。

 

門の柱が目に入った。さっき角が当たった1本が傾き、その上の横長の石もずれている。

 

「ダイチさん! あの柱に、もう1回当てられませんか!」

 

「上の石を落とすのか?」

 

「はい! あれで止めれば、その間に退けます!」

 

ダイチが柱と大イノシシを見比べた。

 

「……よし。俺があいつを呼ぶ。お前らは反対側へ回れ! 石が落ちたら抜けるぞ!」

 

俺はうなずいて走った。あの重さなら、少しは止められるはずだ。

 

ダイチが柱の前へ走り、丸盾を叩いた。大イノシシの鼻先がそちらを向く。

 

俺は反対側の柱へ回り、剣を構えた。

 

大イノシシが地面を蹴った。

 

「まだ……まだ!」

 

ダイチは柱の前から動かない。構えた丸盾の向こうで、白い巨体が見る間に大きくなる。

 

遅い。もう避けないと――。

 

「ダイチさん!」

 

叫んだ瞬間、ダイチが地面を蹴り、柱の陰へ飛び込んだ。

 

ズガンッ!!

 

大イノシシの角が、今までダイチのいた場所へ突き刺さった。石の粉が噴き上がり、柱の根元から太い亀裂が走る。

 

頭上で、石と石が擦れる音がした。

 

門の上に渡されていた長い石が、ゆっくりと傾き始めた。

 

「今のうちに!」

 

俺は門へ走った。だが、落ちかけた石の端が、反対側の柱に引っかかった。その柱まで引き倒し、門全体が村へ戻る道のほうへ傾いていく。

 

違う。そっちじゃ――。

 

目の前へ石が落ちた。俺は両足を突っ張り、後ろへ飛び退いた。

 

音が大きすぎて、自分の声が聞こえなかった。

 

振り返ると、大イノシシは谷の中に立っていた。白い背中から小さな石を振り落としている。頭上のHPバーも、わずかに減っただけだった。

 

俺たちが通ってきた門は、身長より高い瓦礫に埋まっていた。崩した石の大半が、敵の手前ではなく、逃げる道へ落ちていた。

 

俺が、塞いだ。

 

「右へ寄れっ!!」

 

ダイチが叫んだ。

 

ケンさんが走りかけ、崩れた石に足を取られた。そこへ大イノシシが回り込み、体を跳ね飛ばした。

 

ケンさんのHPがレッドゾーンに入る。

 

ヒナタが腕を引くと、ケンさんは立ちかけた。けれど膝が震え、また腰が落ちる。

 

「あの、立てますか!」

 

「待って……ちょっと、待ってくれ」

 

視線が自分のHPへ向いたままだった。短剣を握る手まで震えている。

 

ソラさんが2人の前へ割り込み、振り戻された角を大盾で受けた。押し返される靴が、地面に2本の跡を引いた。

 

俺は最後のポーションを抜いた。

 

自分のHPも赤い。栓へ指をかけたところで、盾が鳴った。

 

ソラさんが押されている。そのすぐ後ろに、ケンさんとヒナタがいた。

 

俺が飲んでも、あの2人の前へは立てない。

 

「ナナ、これ、ソラさんに!」

 

ポーションを差し出すと、ナナが俺のHPを見た。

 

「でも、カイも――」

 

「俺は下がれる。早く!」

 

ナナが受け取るまで、俺は瓶を強く握っていた。指を離してから、もう自分の分はないんだと実感した。

 

ナナが栓を抜き、盾の陰から兄へ渡す。ソラさんが飲むのを確かめて、俺はケンさんのほうへ回った。

 

大イノシシが頭を振った。

 

ガンッ!!

 

横から受けたダイチの丸盾が欠けた。光の破片が俺の頬をかすめる。

 

「斜面、上がれるか!」

 

リクが草の斜面へ駆け寄った。足をかけた土が崩れ、膝をつく。草の下は細かな砂利だった。

 

「無理! 滑る!」

 

俺は門を振り返った。ケンさんを石の向こうへ運ぶには、2人で引き上げるしかない。その間、大イノシシを誰が止める。

 

今度は何をすればいい。

 

考えかけて、門が崩れた音を思い出した。さっきも、これなら助かると思った。

 

「……すみません。俺が、あんなこと」

 

「俺も乗った作戦だ!」

 

ダイチが欠けた盾で角をそらした。

 

「後で聞く! 今はケンを起こせ!」

 

俺はケンさんの腕を肩へ回した。ヒナタと2人で、崩れた門の脇へ運ぶ。

 

「こっち! 石段が残ってる!」

 

ユレナが瓦礫へ片足をかけていた。石段は塔まで続いている。ただ、最初の数段が大きな石に埋まっていた。

 

ユレナは両手をついて、その上へ登った。振り返って腕を伸ばす。

 

「1人ずつなら――」

 

背後で盾が鳴った。振り返ると、ソラさんがこちらへ押し戻されていた。その肩越しに、ボスの角が迫る。

 

俺たちはケンさんを抱えたまま壁際へ逃げた。角が、さっきまで立っていた瓦礫を掘り返した。

 

塔の屋根が見えた。

 

あの下に、鐘がある。

 

「ユレナさん、鐘!」

 

伸ばされていた手が止まった。

 

「鳴らして! 白いボア、あれで向き変えただろ!」

 

ユレナが大イノシシを見た。それから塔を振り返る。

 

「……あの木、抜いてくればいいんだね」

 

「お願いします!」

 

ユレナはうなずき、石段を駆け上がった。

 

ダイチがこちらを見る。

 

「鐘か!」

 

「こいつにも効くかもしれません!」

 

「よし! 全員、門の壁まで寄れ! 走れるやつが前だ!」

 

俺はケンさんを壁際へ座らせ、剣を握り直した。

 

あとは、鐘が鳴るまで。

 

     ◇

 

門の脇には、折れ残った柱と、腰ほどの高さの壁があった。左右には崩れた石が積み重なっている。ソラさんが唯一開いていた正面を大盾で塞ぐと、盾の両端が瓦礫に触れた。

 

大イノシシが角を振る。横へ張り出した角が瓦礫に当たり、先端だけが大盾を引っかいた。

 

「ここで止める! ソラ、もう1回正面頼む!」

 

ダイチが叫んだ。

 

俺とリクは低い壁越しに、近づいてきた顔へ交互に斬りつけた。こちらへ鼻先が向くたび、石の陰へしゃがみ込んだ。

 

もう一撃入れられそうでも、やめた。ここで転んだら、助けてもらう余裕がない。

 

大イノシシが後ずさる。

 

「突進! 離れて!」

 

俺たちは壁の裏へ身を寄せた。

 

ドンッ!!

 

角が残った柱へ当たり、石の欠片が降ってきた。ソラさんが大盾を押し戻す。壁には、新しいひびが走っていた。

 

次もここで受けられるだろうか。

 

石段へ目をやった。ユレナは塔へ続く石段を半分ほど登っていた。崩れた段の前で足を止め、両手で壁を掴んでいる。

 

早く、と言いそうになった。

 

あそこで落ちたら、ユレナも死ぬ。

 

「カイさん、前!」

 

リクの声で谷へ向き直った。大イノシシが後ずさっている。

 

「離れろっ! もう持たねえ!」

 

ダイチが叫んだ。

 

俺はケンさんの腕を掴み、リクと2人で壁から引き離した。その背後で、石が砕けた。

 

大盾へ巨体がぶつかり、ソラさんが押し込まれる。すぐ後ろにいたナナまで巻き込まれ、2人が地面へ倒れた。

 

ソラさんが先に膝をつき、ナナの腕を引く。

 

「お兄ちゃん、脚!」

 

ダイチが2人の横へ走り、丸盾を持ち上げた。

 

その瞬間、大イノシシの前脚が地面を打った。

 

土の波が広がる。ソラさんとナナ、そのすぐ横のダイチにも、黄色いデバフアイコンが点いた。

 

「ダイチさんっ!」

 

盾を叩こうとした手が、途中で止まっている。

 

大イノシシが鼻先を下げた。ソラさんはナナの腕を掴んだまま、固まっていた。

 

あの追撃だ。

 

「やめろっ!!」

 

俺は2人のもとへ走った。大イノシシの顔まで、剣が届かない。せめてこっちを向けと、もう一度叫んだ。

 

ゴオォォン――!!

 

鐘が鳴った。

 

大イノシシの耳が動く。突き出しかけた鼻先が塔へそれ、角はソラさんの盾を横へ弾いた。

 

巨体がそのまま、石段のほうへ向き直る。

 

ソラさんの腕が動いた。ナナを引き寄せ、角から離す。

 

その間に、大イノシシは瓦礫へ前脚をかけた。斜めの石が沈み、足が滑る。それでも鼻先は塔を向いていた。

 

大イノシシの背中が、こちらを向いた。

 

今なら、ケンさんを抱えて門の瓦礫を越えられる。街道へ出れば、そのまま逃げられる。

 

俺は塔を見上げた。

 

ユレナは、まだあそこだ。

 

俺たちが逃げたあと、あいつは誰に助けを呼べばいい。

 

俺は前脚を見た。踏ん張ろうとして、また石を滑らせている。

 

「前脚! 今なら倒せる!」

 

言ってから、一瞬ためらった。門を落とそうと言ったときも、うまくいくと思っていた。

 

大イノシシが前脚を持ち上げ、もう1段高い石へ乗せようとした。伸ばした脚の内側に、毛の薄い部分が見えた。

 

「俺が入ります! 反対側、お願いします!」

 

剣を腰の横へ引き、リクの返事を待った。

 

「了解!」

 

その声で、地面を蹴った。

 

《レイジスパイク》。

 

剣先が、伸びかけた前脚の内側へ突き刺さる。脚が折れ曲がり、蹄が石の端から滑った。

 

大イノシシが反対の前脚で踏ん張る。そこへリクとヒナタが斬りつけた。体重のかかった石が傾き、もう片方の前脚まで落ちる。

 

巨体が肩から瓦礫へ崩れ、そのまま横倒しになった。

 

ドズンッ!!

 

跳ねた土が顔にかかった。俺は硬直したまま、目の前に投げ出された頭を見た。

 

首が伸びきっている。白い毛の隙間から、赤黒い皮膚が広く見えていた。

 

「首、開いてるっ!!」

 

ナナが真っ先に踏み込んだ。アニールブレードの光が落ち、HPバーが大きく縮む。そこへコタの槍が入り、リクたちも首へ回った。

 

大イノシシが起き上がろうと脚を蹴る。蹄が石を弾くたび、足元の瓦礫が崩れた。

 

今までなら、とっくに角が返ってきていた。それが、まだ地面を掻いている。

 

俺の体も動いた。剣を引き、露出した首へ《スラント》を叩き込んだ。

 

減る。さっきまであれほど残っていたHPが、みんなの攻撃で削れていく。

 

大イノシシの頭が持ち上がった。

 

「まだ起きんなっ!!」

 

ダイチが丸盾を顔へぶつけた。ソラさんも横から大盾を押し当てる。2人の靴が土を削り、それでも鼻先を押し返した。

 

首元で、ナナがもう一度剣を構えていた。

 

「ナナ、いける!!」

 

俺は場所を空けた。ナナが踏み込み、剣を大きく振りかぶる。

 

刀身に水色の光が走った。

 

「いっけええっ!!」

 

ナナのアニールブレードが、首へ深く入った。

 

最後のHPバーが消え、大イノシシ《Earthshaker Boar》の巨体が青白いポリゴンとなって爆散した。

 

さっきまで目の前にあった角も、白い毛も、光の粒となって風に押されて頭上へ散っていく。

 

《Congratulations!》

 

大イノシシがいた場所を、剣を構えたまま見ていた。倒したんだよな、と確かめたくて、ダイチの顔を探した。

 

「……よかった」

 

ナナが剣を下ろし、その場に膝をついた。

 

「……よかった。よかった、ほんとに」

 

ソラさんも、その隣へしゃがみ込む。ソラさんの声は、最後のほうでかすれていた。

 

その向こうでコタが槍を高く上げる。

 

「やったああああ!!」

 

声が裏返った。

 

ダイチが地面へ座り込み、「よっしゃあ!」と叫んだ。欠けた丸盾を膝に載せ、何度もその表面を叩いた。

 

「ざまあみろ、でけえイノシシ!」

 

俺は自分のHPを見た。

 

次に、6人の名前を見た。

 

全部ある。

 

ケンさんが俺の肩を掴み、笑った。俺もつられて笑ったら、そんなつもりはなかったのに、涙が出てきた。

 

塔の鐘が、もう一度鳴った。

 

「カイくーん!!」

 

崩れた壁の向こうから、ユレナが顔を出した。

 

「倒した!? 倒したよね!?」

 

俺は立ち上がり、剣を持った腕を高く上げた。

 

「倒した!! みんな、生きてる!!」

 

「よかったあ……! 鐘、止めてくる!」

 

ユレナが壁の向こうへ引っ込んだ。鐘はゴン、と短く鳴って止まった。

 

少しして、壁の向こうから、握った拳だけが上がった。

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