キヴォトスの八尺様   作:瑠璃色ゲンソウ

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第拾話 ねぎま、つくね、せせり

身長計の支柱に沿って、測定板が引き上げられていく。

一度止まり、さらに高く持ち上げられた。

水平の板が、頭頂へ静かに触れる。

 

「二百十二センチです」

 

台から降りると、測定を担当していた生徒が手元の記録へ目を落とす。

今年の欄へ数字を書き込み、その隣に並ぶ前年の記録と見比べた。

 

「去年より、二センチ伸びていますね」

「あら、まだ伸びるのですね」

 

用紙を受け取り、隣の体重計へ移る。

 

担当の生徒へ手渡し、裸足のまま台の中央へ足を揃えた。

学園指定の運動服の裾が、足首よりもだいぶ高い位置で揺れる。

 

表示が何度か切り替わり、やがて一つの数字で止まる。

 

「九十七キロです」

 

担当の生徒が新しい数字を書き加え、こちらへ返す。

 

受け取って靴を履き、体重計の前を離れる。

 

周りでも身体測定を終えた運動服姿の生徒たちが、次の検査を示す案内へ向かっていく。

受付の終了が近いこともあり、廊下に並ぶ生徒の姿は少ない。

 

その中を歩くと、幾つもの視線がこちらへ向いた。

 

正面から来た生徒が道を譲る。

その隣を歩いていた生徒も顔を上げ、通り過ぎてからもう一度振り返った。

 

記録用紙を確かめる。

 

まわるべき部屋は、あと一つ。

 

中央の吹き抜けに面した廊下を進む。

案内に従って下階の検査室へ向かった。

 

   *

 

記録用紙を手に、部屋を出る。

全ての項目が終わった。

 

吹き抜けには、上階から差す夕方の光が落ちている。

手すりの影が、下階の床へ長く伸びていた。

 

記録用紙を持ち直し、昇降口の案内へ目を向ける。

 

「……八十八夜さん?」

 

上から、声が降ってきた。

 

足を止める。

 

見上げると、一つ上の階の手すり際に、長い白雪の髪。

 

目が合う。

 

学園指定の運動服に、深い青の羽織。

 

「ちょっと待ってて」

 

彼女は手すりから離れ、遠ざかる足音だけが残った。

 

その場で待つ。

 

ほどなくして、階段の上から姿が見えた。

一定の歩調で段を下りてくる。

長い髪が、歩みに合わせて背後で静かに揺れていた。

 

「お久しぶりです、御稜さん」

「うん。久しぶり、八十八夜さん」

 

ナグサは目の前で足を止めた。

 

こちらの顔まで視線を上げ、少しだけ目を細める。

 

「……珍しいね。八十八夜さんが学校にいるなんて」

「健康診断は、さすがに受けないわけにはいきませんから。御稜さんも、終わったところですか?」

「そう。今、終わったところ」

 

二人で昇降口へ向かう。

 

片付けを始めた生徒たちの間を抜けながら、ナグサがこちらを見上げた。

 

「旅は、まだ続けているの?」

「はい。あちこちを回っています」

 

昇降口近くの回収箱へ、二人で記録用紙を入れた。

更衣室でそれぞれの服へ着替え、再び昇降口で合流する。

 

ナグサは制服の上に、先ほどと同じ深い青の羽織。

ヤヒロも、いつもの白い装いへ。

 

靴を履き替え、並んで校舎を出る。

 

西へ傾き始めた陽が、少しずつ瓦屋根を橙色に染めていた。

通りには、健康診断を終えた生徒が何人か連れ立って歩いている。

 

ナグサは少し先へ目を向けたまま、歩調を緩めた。

 

「……このあと、時間ある?」

「はい。特に予定はありません」

「近くに、焼き鳥のおいしい店があるの。よかったら、一緒に行かない?」

「喜んで」

 

   *

 

大きな通りを外れ、細い道へ入る。

軒先に提灯を下げた店が増え、風に乗って出汁や醤油の匂いが流れてきた。

 

幾つか角を曲がった先で、ナグサが足を止める。

 

格子戸の上に、短い暖簾が掛かっていた。

店先の軒下には、木の卓と椅子が三組並んでいる。

赤い提灯の下では、炭火の煙が薄く流れていた。

 

ナグサは、通りから少し奥まった端の二人席へ向かうと、片側の椅子を引き、腰を下ろす。

ヤヒロも向かいの椅子を少し後ろへ引き、長い脚を斜めに収めて腰を下ろした。

 

店員が格子戸を開け、二人分の湯呑みと品書きを卓へ置いた。

 

ナグサは品書きを手に取ることなく、店員を見た。

 

「私は、本日の串焼き三本盛りを。塩で」

「はいよ」

 

紙に並ぶ串の名前を上から順に確かめる。

 

「ねぎま、つくね、せせりを、塩とタレで二本ずつお願いします」

「全部、二本ずつで?」

「はい」

 

小さく頷く。

 

店員が注文を書き留める。

 

ナグサの視線が止まり、品書きとこちらを見比べた。

 

「……十二本?」

 

もう一度、頷いた。

 

品書きが下げられる。

 

格子戸が閉じると、炭の弾ける小さな音が残った。

煙が軒下から通りへ流れ、提灯の赤い明かりを一度だけ曇らせる。

 

先に、ナグサの三本盛りが運ばれてきた。

 

焼き目のついたもも。

葱と鶏肉が交互に刺さったねぎま。

丸く形を整えたつくね。

 

店員がナグサの右手側へ皿を置く。

 

皿を目にした途端、ナグサの目元がほどけた。

静かだった口元にも、はっきりと笑みが浮かぶ。

 

「御稜さんは、焼き鳥がお好きなのですか」

「うん。大好き。毎日でも食べたいくらい」

 

ナグサは左手を伸ばし、皿を自分の正面へ寄せた。

そのまま、ももの串を取る。

 

ひと口食べる。

 

浮かんでいた笑みが、もう少し深くなった。

 

少し遅れて、こちらの串も運ばれてきた。

 

塩の皿。

続いて、艶のあるタレが絡んだ皿。

 

ねぎまを一本取る。

 

ナグサが、串とこちらの手を見比べる。

 

「八十八夜さんが持つと、串まで小さく見えるね」

 

口元にわずかに笑みを浮かべ、手にしたねぎまを、ナグサの持つ串と並べる。

 

「長さは、同じですよ」

 

ナグサが、並んだ串をしばらく見つめる。

 

「……うん。そうなんだけどね」

 

小さく笑い、手にしたももをもう一口食べた。

 

こちらも、ねぎまを口へ運ぶ。

串から最後の一片を外し、空いた串を皿の端へ置いた。

 

続けて、タレのつくねを取る。

 

向かいでは、ナグサがねぎまを食べていた。

串を置くと、左手でつくねへ手を伸ばす。

 

こちらもつくねを食べ終え、塩のせせりを取った。

せせりの串も空になり、皿の端へ並ぶ。

 

次に、タレの皿からねぎまを取った。

 

その頃には、ナグサの皿に空いた串が三本並んでいた。

 

こちらの手元へ向けられていたナグサの視線が、タレのねぎまで止まる。

続けて、皿に残る塩のせせりへ。

最後に、自分の手元の皿へ。

 

「……見ていたら、もう少し食べたくなった」

 

ナグサが格子戸の方へ顔を向ける。

 

「すみません」

 

店員が戸を開けた。

 

「ねぎまを一本、タレ、せせりを一本、塩で」

「はいよ」

 

追加の注文が炭火の向こうへ伝えられる。

待つ間に、残っていた串を食べ進める。

 

風向きが変わり、薄い煙が卓の間を通り抜けた。

ナグサがわずかに顔を背ける。

煙が過ぎると、湯呑みへ左手を伸ばした。

 

やがて、追加の二本が小さな皿に載せられて運ばれてきた。

 

店員はナグサの右側へ皿を置く。

 

ナグサの左手が伸びるより先に、向かいから伸びた腕がその皿を反対側へ滑らせた。

 

ナグサの手が止まる。

 

皿からこちらへ、ゆっくりと視線が上がった。

 

「……気づいた?」

「はい。確信はありませんでしたが」

 

ナグサは自分の右腕へ目を落とした。

 

「……色々あってね」

 

小さく頷く。

 

炭が小さく弾けた。

 

通りを歩く生徒の声が、軒先を通り過ぎていく。

 

ナグサが、こちらを見る。

 

「……聞かないの?」

「今は、伺わない方がよいような気がしましたので。なんとなく、ですが」

 

しばらく返事はなかった。

 

提灯の下を、また煙が流れる。

 

「……そう」

「はい」

 

ナグサは左手側へ移された皿から、ねぎまを取った。

 

こちらも残っていたせせりへ手を伸ばす。

 

会話が途切れる。

 

串から肉を外す音。

炭火の弾ける音。

遠くで戸を閉める音。

 

それらを聞きながら、二人で焼き鳥を食べた。

 

追加したねぎまを食べ終え、ナグサがせせりへ手を伸ばす。

ひと口食べると、少しだけ目を細めた。

 

「最近は、どこに行ってたの?」

「トリニティです。話題のケーキが、気になりまして」

 

ナグサが目を瞬かせる。

一度。

少し間を置いて、もう一度、と。

 

やがて、口元がわずかに緩んだ。

 

「……おいしかった?」

 

「はい。とても」

「そっか」

 

卓の上から串がなくなる頃には、傾いた陽が建物の向こうへ隠れていた。

赤い提灯の明かりが、先ほどよりも濃く卓を照らしている。

 

二人で会計を済ませ、席を立つ。

 

暖簾の前で、ナグサがこちらを向いた。

 

「今日は、ありがとう」

「こちらこそ。ご一緒できて、楽しかったです」

 

ナグサの目が、わずかに開く。

 

それから、表情が小さくほどけた。

 

「……そう。またね、八十八夜さん」

「はい。また、御稜さん」

 

ナグサは背を向け、人通りの中へ歩き出した。

 

長い白い髪が、提灯の明かりを受けて揺れる。

その姿が角の向こうへ消えるまで見送った。

 

   *

 

家へ向かい、幾つか通りを抜ける。

 

空にはまだ、暮れ色が残っていた。

軒先の灯りが道へ落ち、行き交う生徒の影を長く伸ばしている。

 

前を歩く人の流れへ目を向ける。

数人で連れ立つ生徒もいれば、店先を覗き込み、足を止める者もいる。

 

その中に見覚えのある姿を見つけ、歩調を少し速めた。

 




お待たせしました。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

「ヤヒロは百鬼夜行の三年生だから、流石に同学年の生徒とは多少面識があるよね。」
今回は、そんなことを考えながら書いていました。

焼き鳥に目がないナグサの姿、可愛いですよね。
以前公式四コマで見たときは、つい笑ってしまいました。
皆さんは、好きな焼き鳥がありますか?
私はハツとせせりが特に好きです。

余談ですが、私は作品を読んだり書いたりするとき、ボイス未実装の登場人物にはイメージCVを当てて台詞を読んでいます。
私の中でのヤヒロのイメージCVは、能登麻美子さんです。もちろん、あくまで個人的な脳内イメージですが。


改めて、お気に入り登録やしおりなどが少しずつ増えていて、とても励みになっています。ありがとうございます。
この作品を気に入っていただけましたら、お気に入りやしおり、評価をいただけると嬉しいです。


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生徒紹介はこちら
生徒紹介『八十八夜ヤヒロ(ちゃつみ・ヤヒロ)』(第捌話時点)
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=346620&uid=525145

ほかにも活動報告で、作品に関する作者メモやAIの利用方針などを掲載しています。興味がありましたら、そちらも読んでみてください。

追伸

IPA試験ですが、過去問道場を回して正答率75%だったので、安全マージンを取るために更新を一週間延ばしていました。
……と言いつつ、息抜きを言い訳に、この話を書いていました。
試験日は11月8日。泣いても笑ってもこれ以上は延ばせないので、最後の追い込みを頑張ります。
そんなわけで、次話も一週間ほどあとの投稿になるかと思いますが、よろしくお願いします。
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