身長計の支柱に沿って、測定板が引き上げられていく。
一度止まり、さらに高く持ち上げられた。
水平の板が、頭頂へ静かに触れる。
「二百十二センチです」
台から降りると、測定を担当していた生徒が手元の記録へ目を落とす。
今年の欄へ数字を書き込み、その隣に並ぶ前年の記録と見比べた。
「去年より、二センチ伸びていますね」
「あら、まだ伸びるのですね」
用紙を受け取り、隣の体重計へ移る。
担当の生徒へ手渡し、裸足のまま台の中央へ足を揃えた。
学園指定の運動服の裾が、足首よりもだいぶ高い位置で揺れる。
表示が何度か切り替わり、やがて一つの数字で止まる。
「九十七キロです」
担当の生徒が新しい数字を書き加え、こちらへ返す。
受け取って靴を履き、体重計の前を離れる。
周りでも身体測定を終えた運動服姿の生徒たちが、次の検査を示す案内へ向かっていく。
受付の終了が近いこともあり、廊下に並ぶ生徒の姿は少ない。
その中を歩くと、幾つもの視線がこちらへ向いた。
正面から来た生徒が道を譲る。
その隣を歩いていた生徒も顔を上げ、通り過ぎてからもう一度振り返った。
記録用紙を確かめる。
まわるべき部屋は、あと一つ。
中央の吹き抜けに面した廊下を進む。
案内に従って下階の検査室へ向かった。
*
記録用紙を手に、部屋を出る。
全ての項目が終わった。
吹き抜けには、上階から差す夕方の光が落ちている。
手すりの影が、下階の床へ長く伸びていた。
記録用紙を持ち直し、昇降口の案内へ目を向ける。
「……八十八夜さん?」
上から、声が降ってきた。
足を止める。
見上げると、一つ上の階の手すり際に、長い白雪の髪。
目が合う。
学園指定の運動服に、深い青の羽織。
「ちょっと待ってて」
彼女は手すりから離れ、遠ざかる足音だけが残った。
その場で待つ。
ほどなくして、階段の上から姿が見えた。
一定の歩調で段を下りてくる。
長い髪が、歩みに合わせて背後で静かに揺れていた。
「お久しぶりです、御稜さん」
「うん。久しぶり、八十八夜さん」
ナグサは目の前で足を止めた。
こちらの顔まで視線を上げ、少しだけ目を細める。
「……珍しいね。八十八夜さんが学校にいるなんて」
「健康診断は、さすがに受けないわけにはいきませんから。御稜さんも、終わったところですか?」
「そう。今、終わったところ」
二人で昇降口へ向かう。
片付けを始めた生徒たちの間を抜けながら、ナグサがこちらを見上げた。
「旅は、まだ続けているの?」
「はい。あちこちを回っています」
昇降口近くの回収箱へ、二人で記録用紙を入れた。
更衣室でそれぞれの服へ着替え、再び昇降口で合流する。
ナグサは制服の上に、先ほどと同じ深い青の羽織。
ヤヒロも、いつもの白い装いへ。
靴を履き替え、並んで校舎を出る。
西へ傾き始めた陽が、少しずつ瓦屋根を橙色に染めていた。
通りには、健康診断を終えた生徒が何人か連れ立って歩いている。
ナグサは少し先へ目を向けたまま、歩調を緩めた。
「……このあと、時間ある?」
「はい。特に予定はありません」
「近くに、焼き鳥のおいしい店があるの。よかったら、一緒に行かない?」
「喜んで」
*
大きな通りを外れ、細い道へ入る。
軒先に提灯を下げた店が増え、風に乗って出汁や醤油の匂いが流れてきた。
幾つか角を曲がった先で、ナグサが足を止める。
格子戸の上に、短い暖簾が掛かっていた。
店先の軒下には、木の卓と椅子が三組並んでいる。
赤い提灯の下では、炭火の煙が薄く流れていた。
ナグサは、通りから少し奥まった端の二人席へ向かうと、片側の椅子を引き、腰を下ろす。
ヤヒロも向かいの椅子を少し後ろへ引き、長い脚を斜めに収めて腰を下ろした。
店員が格子戸を開け、二人分の湯呑みと品書きを卓へ置いた。
ナグサは品書きを手に取ることなく、店員を見た。
「私は、本日の串焼き三本盛りを。塩で」
「はいよ」
紙に並ぶ串の名前を上から順に確かめる。
「ねぎま、つくね、せせりを、塩とタレで二本ずつお願いします」
「全部、二本ずつで?」
「はい」
小さく頷く。
店員が注文を書き留める。
ナグサの視線が止まり、品書きとこちらを見比べた。
「……十二本?」
もう一度、頷いた。
品書きが下げられる。
格子戸が閉じると、炭の弾ける小さな音が残った。
煙が軒下から通りへ流れ、提灯の赤い明かりを一度だけ曇らせる。
先に、ナグサの三本盛りが運ばれてきた。
焼き目のついたもも。
葱と鶏肉が交互に刺さったねぎま。
丸く形を整えたつくね。
店員がナグサの右手側へ皿を置く。
皿を目にした途端、ナグサの目元がほどけた。
静かだった口元にも、はっきりと笑みが浮かぶ。
「御稜さんは、焼き鳥がお好きなのですか」
「うん。大好き。毎日でも食べたいくらい」
ナグサは左手を伸ばし、皿を自分の正面へ寄せた。
そのまま、ももの串を取る。
ひと口食べる。
浮かんでいた笑みが、もう少し深くなった。
少し遅れて、こちらの串も運ばれてきた。
塩の皿。
続いて、艶のあるタレが絡んだ皿。
ねぎまを一本取る。
ナグサが、串とこちらの手を見比べる。
「八十八夜さんが持つと、串まで小さく見えるね」
口元にわずかに笑みを浮かべ、手にしたねぎまを、ナグサの持つ串と並べる。
「長さは、同じですよ」
ナグサが、並んだ串をしばらく見つめる。
「……うん。そうなんだけどね」
小さく笑い、手にしたももをもう一口食べた。
こちらも、ねぎまを口へ運ぶ。
串から最後の一片を外し、空いた串を皿の端へ置いた。
続けて、タレのつくねを取る。
向かいでは、ナグサがねぎまを食べていた。
串を置くと、左手でつくねへ手を伸ばす。
こちらもつくねを食べ終え、塩のせせりを取った。
せせりの串も空になり、皿の端へ並ぶ。
次に、タレの皿からねぎまを取った。
その頃には、ナグサの皿に空いた串が三本並んでいた。
こちらの手元へ向けられていたナグサの視線が、タレのねぎまで止まる。
続けて、皿に残る塩のせせりへ。
最後に、自分の手元の皿へ。
「……見ていたら、もう少し食べたくなった」
ナグサが格子戸の方へ顔を向ける。
「すみません」
店員が戸を開けた。
「ねぎまを一本、タレ、せせりを一本、塩で」
「はいよ」
追加の注文が炭火の向こうへ伝えられる。
待つ間に、残っていた串を食べ進める。
風向きが変わり、薄い煙が卓の間を通り抜けた。
ナグサがわずかに顔を背ける。
煙が過ぎると、湯呑みへ左手を伸ばした。
やがて、追加の二本が小さな皿に載せられて運ばれてきた。
店員はナグサの右側へ皿を置く。
ナグサの左手が伸びるより先に、向かいから伸びた腕がその皿を反対側へ滑らせた。
ナグサの手が止まる。
皿からこちらへ、ゆっくりと視線が上がった。
「……気づいた?」
「はい。確信はありませんでしたが」
ナグサは自分の右腕へ目を落とした。
「……色々あってね」
小さく頷く。
炭が小さく弾けた。
通りを歩く生徒の声が、軒先を通り過ぎていく。
ナグサが、こちらを見る。
「……聞かないの?」
「今は、伺わない方がよいような気がしましたので。なんとなく、ですが」
しばらく返事はなかった。
提灯の下を、また煙が流れる。
「……そう」
「はい」
ナグサは左手側へ移された皿から、ねぎまを取った。
こちらも残っていたせせりへ手を伸ばす。
会話が途切れる。
串から肉を外す音。
炭火の弾ける音。
遠くで戸を閉める音。
それらを聞きながら、二人で焼き鳥を食べた。
追加したねぎまを食べ終え、ナグサがせせりへ手を伸ばす。
ひと口食べると、少しだけ目を細めた。
「最近は、どこに行ってたの?」
「トリニティです。話題のケーキが、気になりまして」
ナグサが目を瞬かせる。
一度。
少し間を置いて、もう一度、と。
やがて、口元がわずかに緩んだ。
「……おいしかった?」
「はい。とても」
「そっか」
卓の上から串がなくなる頃には、傾いた陽が建物の向こうへ隠れていた。
赤い提灯の明かりが、先ほどよりも濃く卓を照らしている。
二人で会計を済ませ、席を立つ。
暖簾の前で、ナグサがこちらを向いた。
「今日は、ありがとう」
「こちらこそ。ご一緒できて、楽しかったです」
ナグサの目が、わずかに開く。
それから、表情が小さくほどけた。
「……そう。またね、八十八夜さん」
「はい。また、御稜さん」
ナグサは背を向け、人通りの中へ歩き出した。
長い白い髪が、提灯の明かりを受けて揺れる。
その姿が角の向こうへ消えるまで見送った。
*
家へ向かい、幾つか通りを抜ける。
空にはまだ、暮れ色が残っていた。
軒先の灯りが道へ落ち、行き交う生徒の影を長く伸ばしている。
前を歩く人の流れへ目を向ける。
数人で連れ立つ生徒もいれば、店先を覗き込み、足を止める者もいる。
その中に見覚えのある姿を見つけ、歩調を少し速めた。
お待たせしました。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
「ヤヒロは百鬼夜行の三年生だから、流石に同学年の生徒とは多少面識があるよね。」
今回は、そんなことを考えながら書いていました。
焼き鳥に目がないナグサの姿、可愛いですよね。
以前公式四コマで見たときは、つい笑ってしまいました。
皆さんは、好きな焼き鳥がありますか?
私はハツとせせりが特に好きです。
余談ですが、私は作品を読んだり書いたりするとき、ボイス未実装の登場人物にはイメージCVを当てて台詞を読んでいます。
私の中でのヤヒロのイメージCVは、能登麻美子さんです。もちろん、あくまで個人的な脳内イメージですが。
改めて、お気に入り登録やしおりなどが少しずつ増えていて、とても励みになっています。ありがとうございます。
この作品を気に入っていただけましたら、お気に入りやしおり、評価をいただけると嬉しいです。
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生徒紹介はこちら
生徒紹介『八十八夜ヤヒロ(ちゃつみ・ヤヒロ)』(第捌話時点)
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=346620&uid=525145
ほかにも活動報告で、作品に関する作者メモやAIの利用方針などを掲載しています。興味がありましたら、そちらも読んでみてください。
追伸
IPA試験ですが、過去問道場を回して正答率75%だったので、安全マージンを取るために更新を一週間延ばしていました。
……と言いつつ、息抜きを言い訳に、この話を書いていました。
試験日は11月8日。泣いても笑ってもこれ以上は延ばせないので、最後の追い込みを頑張ります。
そんなわけで、次話も一週間ほどあとの投稿になるかと思いますが、よろしくお願いします。