D.U.へ入ると、道を行き交う車の数が増えた。
山海経を出てから、すでに何時間か走り続けている。
陽は西へ大きく傾き、建物の間から差す光が道路を橙色に染めていた。
広い通りの両側には、背の高い建物が並んでいる。
頭上を渡る高架。
幾つもの行き先を示す案内板。
交差点が近づくたび、車線が枝分かれしていく。
次の信号を曲がれば、予約したホテルまでは遠くない。
ハンドルの脇に固定した端末にも、到着までの距離が短く表示されていた。
交差点を通り過ぎたところで、道の脇に立っていた少女がこちらへ誘導棒を振る。
赤い光が、夕焼けのなかで揺れた。
濃紺の制服。
鋭く立った耳。
腕には、ヴァルキューレ警察学校の腕章。
少女が、路肩を示す。
速度を緩め、その先へバイクを寄せた。
スタンドを下ろし、エンジンを切る。
低い排気音が止まると、少女は正面から車体を見た。
視線が、側面に沿う長い砲身へ移る。
反対側の盾。
荷台。
もう一度、砲身。
それから、ヤヒロを見上げた。
表情を変えずに手帳を提示して名乗る。
「ヴァルキューレ警察学校、公安局局長の尾刃カンナだ。少し確認させてもらう」
「はい」
手元の端末を開いた。
「所属と名前を」
「百鬼夜行連合学院三年、八十八夜ヤヒロです」
端末へ入力する。
「D.U.を訪れた目的は?」
「山海経からミレニアムへ向かう途中で、一泊する予定です。あとは、減ってきた日用品などを買い足そうかと」
「宿泊先は決まっているのか」
「はい。この先のホテルを予約しております」
ヤヒロは、ハンドル脇の端末に表示された予約画面を見せた。
ホテル名と地図を確かめ、短く頷いた。
「確認した」
画面を閉じず、そのまま車体の横へ回る。
「これは?」
「私の主武装です」
砲身の先から後端まで、目で追う。
「ずいぶんと大きい砲を扱うのだな。走行中の安全措置及び盗難対策は?」
「ミレニアム製の固定器具で厳重にロックしています」
「弾薬は?」
「同じく、衝撃吸収機構を備えた荷台の箱に保管しています。鍵も掛けてあります」
荷台の箱へ目を向け、留め具と鍵を確認する。
次に、反対側へ回った。
「こちらは盾か」
「はい」
黒鉄色の装甲板を見上げる。
表面に残ったいくつもの傷へ、視線が止まった。
「使った形跡があるな」
「アビドスで、少し」
こちらを見る。
「少し、か」
「はい」
それ以上は尋ねず、端末へ何かを入力した。
「問題はなさそうだ」
画面を閉じる。
「大きな車体だ。分かってはいるだろうが、街の中心部に行くなら交通や停める場所に気をつけること。荷下ろし用の区画や、緊急車両の出入口を塞がないように」
「承知しました」
頭を下げる。
わずかに顎を引き、それを受けた。
「D.U.で何かあれば、最寄りのヴァルキューレ派出所へ申し出るといい」
「ありがとうございます、尾刃さん」
キーを回す。
再び低い音が響いた。
カンナは道へ出る車の流れを確かめ、誘導棒を振る。
群青と夕焼けの混ざり合う空に、赤い光が尾を引いた。
その合図に従い、ゆっくりと発進。
ミラーの中で、濃紺の制服が小さくなっていった。
*
ホテルの駐車場へバイクを停め、車体に積んだ装備の固定を確かめる。
必要な荷物だけを下ろし、部屋へ運んだ。
山海経で受け取った二箱の月餅は、傾けないよう机の端へ置く。
窓の外では、建物の向こうへ陽が沈みかけていた。
通りの灯りが、一つずつ点き始めている。
必要な物の買い足しは、明日の朝でも間に合う。
鞄を閉じる。
肩をゆっくりと回し、何度か指を握っては開いた。
ベッドへ腰を下ろすと、息が長く抜ける。
そのまま身体を横たえた。
目を覚ますと、窓の外はすっかり暗くなっていた。
通りを行き交う車の灯りが、建物の間を流れている。
身体を起こしたところで、腹が小さく鳴った。
鞄の中から、財布を取り出す。
八重桜を背へ吊り、部屋を出た。
先ほど通った大通りから、一本奥へ入る。
明るい店が並ぶ道を抜けた先に、赤い灯りが見えた。
屋台だった。
正面には紺色の暖簾が低く下がり、座っている客の頭を隠している。
軒から下がった灯りの下で、白い湯気が揺れていた。
風に乗り、出汁の匂いが流れてくる。
足を止めた。
暖簾の端を持ち上げる。
鍋の中では、大根や卵が淡い色の汁に沈んでいる。
端には、串に刺した牛すじと練り物が並んでいた。
屋台の中にいた店主が顔を上げ、カウンター前の空いた丸椅子を顎で示した。
「いらっしゃい。そこに座りな」
示された丸椅子へ向かう。
先に座っていた客の後ろを通ろうとして、その横顔が見えた。
濃紺の制服。
鋭く立った耳。
夕方に見たときより、少しだけ背を丸め、烏龍茶の入ったグラスを手にしている。
カンナがこちらを向いた。
目が合う。
しばらく、どちらも動かなかった。
「……先ほどの」
「先ほどは、お世話になりました」
軽く頭を下げる。
カンナは手にしたグラスを見てから、空いている席へ視線を移した。
「奇遇だな」
「はい」
頭が屋台の屋根へ触れないよう身を屈め、腰を下ろした。
「何にする?」
鍋を覗く。
「せっかくなので全種類お願いします」
「ずいぶんいくねぇ」
「足りなければ、またお願いします」
店主が笑い、鍋へ箸を入れる。
隣から、視線を感じた。
「先ほどは、手間を取らせたな」
「必要な確認ですので、気にしておりません」
「そう言ってもらえると助かる」
カンナはグラスへ口をつけた。
夕方に比べると、声から硬さが少し抜けている。
「明日の朝には、もう発つのか」
「はい。ミレニアムで装備を点検していただいた後も、いろいろと回ってみたいと思っていますので。行き先は、まだ決めておりませんけれど」
眉がわずかに動いた。
「ずいぶん気ままな旅だな」
「はい。大まかな方向だけ決めて、気になったところへ寄ることが多いですね」
「あれだけの装備を積んで、か」
「旅先で、何があるか分かりませんので」
カンナは夕方に見た盾を思い出したのか、少しだけ目を細めた。
「実際、何かあったようだったな」
「ええ。戦車を一両ほど」
グラスが止まった。
「……一両ほど?」
「動かなくしておきました」
何かを言いかけ、やめた。
店主が、湯気を立てる皿を置く。
「はい、お待ち」
「ありがとうございます」
箸を取り、大根を割る。
中まで染みた汁が、皿の底へ流れた。
ひと口。
柔らかな大根から、温かい出汁が広がる。
続けて、牛すじの串を手に取った。
隣では、カンナも皿へ箸を伸ばしている。
会話が途切れた。
鍋の蓋が小さく鳴る。
通りを走る車の音が、暖簾の向こうを通り過ぎていった。
しばらく、二人とも黙って食べた。
卵を半分に割り、汁を絡める。
「尾刃さんも、遅いお食事なのですね」
カンナが箸を止めた。
「仕事が長引いた。珍しいことではない」
「お疲れさまです」
小さく頷いた。
「職務質問で止めた相手と、その日のうちに屋台で顔を合わせるとはな」
「確かに、あまりないことかもしれませんね」
カンナの口元が、わずかに緩んだ。
すぐにグラスを持ち上げると、口元が隠れた。
厚揚げを食べ終える。
皿に残っているのは、こんにゃくが一つ。
「こちらには、よくいらっしゃるのですか」
問いかけると、カンナは屋台の中を見回した。
使い込まれた鍋。
並んだ湯呑み。
赤い灯り。
「たまにな」
「出汁が、とてもおいしいですね」
「ああ」
それ以上は聞かなかった。
こんにゃくを口へ運ぶ。
また、静かな時間が続いた。
カンナの皿が先に空になった。
グラスに残っていたものを飲み、代金を卓上へ置く。
「私は戻る」
「はい」
席を立つ。
暖簾を持ち上げたところで、振り返った。
「ホテルは、この先の大通りを右だったな」
「はい」
「裏道へ入らず、明るい道を使うといい。夜だからといって、D.U.のどこも安全とは限らない」
「ありがとうございます。尾刃さんも、お気をつけて」
カンナは一度だけ頷き、そのまま外へ出た。
暖簾が揺れ、元へ戻る。
鍋から、白い湯気が立っている。
「追加をお願いしてもよろしいでしょうか」
店主が笑った。
「まだ入るのかい」
「はい。全種類、もう一つずつ」
空になった皿が下げられる。
新しい皿へ、出汁を含んだ大根が置かれた。
赤い灯りの下で、湯気がゆっくりと揺れた。
お待たせしました。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
今回の話はカンナのメモロビを見た頃から構想に入れていた話でした。
雰囲気が伝わってると嬉しいです。
生徒紹介はこちら↓
生徒紹介『八十八夜ヤヒロ(ちゃつみ・ヤヒロ)』(第肆話時点)
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=345746&uid=525145
追伸
某資格試験の0次試験無事に突破しまして、試験が終わるまでは今後週1くらいのペースになるかなと思います。
二度と可用性に関する出題するなよ、と呪いながらリロードを繰り返した記憶
追伸2
活動報告の方で少し前に、この作品のスタンスを記載しました。
ざっくりいうと原作には関わらない、といった感じです。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=345750&uid=525145
ついでに、この作品でのAIの使用方法についての説明も書いてみました。
もし興味があればそちらもどうぞ。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=346096&uid=525145