また、ここに来た   作:フォートナー

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初めて足を踏み入れる、ツクヨミ

待っていたのは、星の海と月見ヤチヨの歌

彩葉が心から笑うその隣で、かぐやもまた新しい夢を見つけていく

――そして湊の胸にも、まだ意味を持たない小さな引っかかりが残る


第10話 星降る海

 

 彩葉が仮眠から目を覚ました頃には、窓の外はすっかり夜になっていた

 

「……何時?」

 

「もうすぐ」

 

 隣から返ってきた湊の声に、彩葉が一気に身体を起こす

 

「ヤチヨ!」

 

「起きた」

 

「起きる! 起きてる!」

 

「寝起き一発目がそれなんだ」

 

 湊が呆れたように笑う横で、床に座っていたかぐやも顔を上げた

 

「いろは起きた!」

 

「かぐや、何してたの?」

 

「これ!」

 

 得意げに掲げたのは、昼間見つけた携帯ゲーム機だった

 

 その画面では、見覚えのない小さな生き物が元気よく動き回っている

 

「……何それ」

 

「作った!」

 

「作った?」

 

「犬DOGE!」

 

 画面の中から電子音が鳴る

 

「わん!」

 

「……犬?」

 

「犬!」

 

「DOGE?」

 

「DOGE!」

 

「なんで?」

 

「かわいいから!」

 

「説明になってない」

 

 まだ眠そうな彩葉の横で、湊が画面を覗き込む

 

「仮眠してる間ずっと弄ってたからな」

 

「みなとのパソコンも使った!」

 

「知ってる、俺が貸した」

 

「できた!」

 

「そこは素直にすごいけど……」

 

 彩葉は何か言いたそうに犬DOGEを眺めたものの、壁の時計を見た瞬間に全部吹き飛んだ

 

「それより時間!」

 

 スマコンを手に取る

 

「かぐや、そろそろ入るよ」

 

「おっけー!」

 

 かぐやも今日買ったばかりのスマコンを装着し、湊も慣れた手つきで準備を始めた

 

「みなとも行くんだよね?」

 

「そのために待ってたんだけど」

 

「よし!」

 

 湊にとってツクヨミはもう珍しい場所ではない

 

 スマコンを手に入れてから何度もログインしているし、彩葉に付き合ってヤチヨの配信を見たこともある

 

 けれど、かぐやにとっては今日が初めてだった

 

「かぐやだけ最初にチュートリアル入ると思うから」

 

「チュートリアル?」

 

「最初の説明」

 

「あー」

 

「ちゃんと聞いてきなよ」

 

「聞く聞く!」

 

「その返事が一番信用できない」

 

「失礼な」

 

 彩葉が小さく笑う

 

「終わったら向こうで待ってるから」

 

「みなとも?」

 

「いるよ」

 

「じゃあ行こ!」

 

 三人がタイミングを合わせる

 

「せーの」

 

 次の瞬間、視界が光に包まれた

 

     *

 

 暗闇の中を無数の光点が流れていく

 

 身体そのものが細い光の中を滑っていくような感覚があったかと思えば、今度は一面の水が視界を覆った

 

「――っ」

 

 反射的に息を止める

 

 けれど苦しくはない

 

 青い光が周囲を流れ、見上げた先で水面がゆらゆらと揺れている

 

 身体は見えない力に引き上げられるように浮かび、そのまま水面を抜けた

 

「……わあ」

 

 広がっていたのは夕焼けだった

 

 どこまでも続く浅い水面へ赤い夕日が映り込み、無数の灯籠がゆっくりと流れている

 

 そのずっと先には、大きな赤い鳥居が立っていた

 

「あれ?」

 

 かぐやが周囲を見回す

 

「いろは?」

 

 返事はない

 

「みなと?」

 

 こちらもいない

 

「?」

 

 ちゃぷん、と水面を踏みしめた時、その向こうに一人の少女が立っていることへ気づいた

 

「――あっ!」

 

 かぐやの顔が一気に明るくなる

 

「ヤチヨだ! ヤチヨでしょ!」

 

 少女は笑顔でかぐやを迎える

 

 その声に合わせるように、水面へ映っていた夕日が地平線の向こうへ沈み、夕焼けが群青へ変わっていく

 

「……!」

 

 頭上いっぱいに星空が広がった

 

 水面にも無数の星が映り込み、ほんの数秒で昼と夜の境目が目の前を通り過ぎていく

 

「わあ……」

 

 思わず漏れた声へ、案内役の月見ヤチヨが楽しげに笑う

 

 ここが仮想空間ツクヨミであること、自分がその管理人であることを紹介し、続いて肩へ乗っている白くて丸い存在を示した

 

「このもふもふがFUSHI!」

 

「もふもふ」

 

 かぐやが興味津々で顔を寄せる

 

 FUSHIがふわりと浮かび上がり、かぐやもそれを目で追いかけた

 

 ツクヨミを作った存在を前にしていると分かれば、今度はヤチヨへ視線を戻す

 

「ヤチヨが作ったの?」

 

 胸を張るヤチヨを見て、

 

「すご!」

 

 素直に感心する

 

 満足そうなヤチヨは今度はかぐやの姿を上から下まで眺め、ツクヨミへ出る前にアバターを整えるよう促した

 

「おお……!」

 

 目の前へ紫色の半透明な画面がいくつも開く

 

 中央には自分の姿、その左右には髪型や衣装、装飾品と大量の選択肢が並んでいた

 

「これ全部変えられるの?」

 

 さっそく画面へ指を伸ばす

 

「うーん……これ!」

 

 変える

 

「違う」

 

 戻す

 

「じゃあこれ!」

 

 また変える

 

「これも違う!」

 

 次々と試しては戻し、ようやく気に入った組み合わせを見つけると、その場でくるりと一回転した

 

「かわい!」

 

 自分で言って満足そうに笑う

 

 その背後では、赤い鳥居の内側を青緑色の光が満たし始めていた

 

 ヤチヨに送り出され、かぐやは迷わず走り出す

 

「行ってきまーす!」

 

 そのまま鳥居の光へ飛び込んだ

 

     *

 

「うわあああ――!」

 

 光の中から勢いよく飛び出し、そのまま床へべしゃりと倒れ込む

 

「……」

 

「……」

 

「……痛くない」

 

「そこなんだ」

 

 聞き慣れた声に、かぐやが顔を上げた

 

 そこにはすでにログインを済ませた彩葉と湊が立っている

 

「……もしや、いろは?」

 

「もしやって何」

 

「いろはだ!」

 

「そうだけど」

 

 彩葉がかぐやのアバターを上から下まで眺める

 

「結構弄ったね」

 

「かわいいでしょ!」

 

「それ自分で言うんだ」

 

「だってかわいいし」

 

 湊も横から眺め、

 

「随分楽しんできたみたいだな」

 

「楽しかった! ヤチヨいた!」

 

「そりゃチュートリアルだからね」

 

 その時、かぐやの近くで小さな電子音が鳴った

 

「わん!」

 

「あ!」

 

 かぐやが嬉しそうに振り返る

 

「犬DOGEも来た!」

 

「……それまで連れて来れるんだ」

 

 彩葉が目を丸くする

 

「できた!」

 

「本人も知らなかったんだ」

 

「細かいことはいいの!」

 

「わん!」

 

「ほら、犬DOGEも喜んでる!」

 

「それ喜んでんの?」

 

「喜んでる!」

 

     *

 

 三人が橋を渡り始めると、最初の数歩だけでかぐやの首は忙しく左右へ動き始めた

 

「うわ……!」

 

 赤い欄干、水面に映る大量の灯り、夜の中に咲く桜

 

 見上げれば、遥か上空を巨大な生き物が泳ぐように進み、その横を光の帯が走っていく

 

「みなと見て!」

 

「見えてる」

 

「あれ飛んでる!」

 

「飛んでるな」

 

「いろは! あっち!」

 

「はいはい」

 

「すっご!」

 

 何歩進んでも新しいものが目へ飛び込んでくる

 

 建物の壁そのものが映像を流し、橋の下を光が泳ぎ、あちこちで歌やゲーム、配信が行われている

 

「ここ全部ツクヨミ?」

 

「そう」

 

「何でもあるじゃん!」

 

「一日じゃ回れないよ」

 

「じゃあ明日も来る!」

 

「早いな」

 

「明後日も!」

 

「住む気?」

 

 そんなやり取りをしながら街を進んでいると、FUSHIの案内が再び現れた

 

 初ログインを祝われ、かぐやが元気よく礼を返す

 

 今度は周囲へいくつもの映像が開いていく

 

 絵を描く者、歌う者、ゲームを作る者、配信する者

 

 ツクヨミでは誰もが表現者になれること、人の心を動かす活動をすれば運営から〝ふじゅ〜〟がもらえること、初回にはログインボーナスがあることをFUSHIが順番に教えていく

 

「ふじゅ〜?」

 

 金色の通貨が目の前へ現れた

 

「おお!」

 

 光が弾け、かぐやの手元へふじゅ〜が収まる

 

「お金?」

 

「ここではそれに近いかな」

 

 彩葉が横から答える

 

 さらに、それを使えば気に入ったクリエイターを応援できると聞き、かぐやは手の中のふじゅ〜をじっと見つめた

 

「人の心を動かしたら、これもらえるんだよね?」

 

「そういうこと」

 

「じゃあ面白いこといっぱいした方が得じゃん!」

 

「お前らしい結論だな」

 

「みなとも何かやれば?」

 

「俺は見る方でいい」

 

「もったいなー」

 

     *

 

 しばらく歩いたところで、彩葉が時間を確認した

 

「時間だ、行くよ」

 

 その一言だけで顔つきが変わる

 

「ライブ?」

 

「ライブ」

 

 声が少しだけ弾んでいることに湊は気づいたが、何も言わなかった

 

     *

 

 会場へ近づくほど、人の数が増えていく

 

 姿も身体の大きさも服装も何もかも違うアバターたちが、誰もが同じ方向を見ていた

 

 彩葉が自分のデジタルチケットを確認する

 

 その顔はもう隠しきれていない

 

「いろは」

 

「何」

 

「にやにやしてる」

 

「してない」

 

「してる」

 

 湊も横から覗く

 

「してるな」

 

「湊まで見ないで」

 

「勝手に目に入るんだけど」

 

「見ないで」

 

「無茶言うな」

 

 かぐやが首を傾げる

 

「そういえば、さっきヤチヨと話した」

 

「あれは最初の案内をしてくれるヤチヨだから」

 

「じゃあ、これから来るヤチヨとは違うの?」

 

「今からライブするのは、いつも私が見てるヤチヨ」

 

「へえー」

 

 かぐやは少し考え、

 

「じゃあそっちとも話してみたい」

 

「それが簡単にできたら苦労しないよ」

 

「今日握手するんじゃないの?」

 

「――っ」

 

 彩葉の動きが止まった

 

 湊が横を見る

 

「忘れてた?」

 

「忘れてない!」

 

「顔が完全に忘れてたけど」

 

「忘れてない!」

 

     *

 

 その時、会場中心の巨大スクリーンが点灯した

 

 **JUST A MOMENT**

 

 続いて画面いっぱいに現れたのは忠犬オタ公

 

 大きく動く目と口で観客を煽り、ツクヨミの夜を彩るヤチヨのミニライブがもうすぐ始まることを告げていく

 

 さらに映像が切り替わる

 

 街の巨大スクリーン

 

 そこへ集まるファン

 

 小さな卓上画面

 

 配信設備の並ぶ部屋

 

 店先のディスプレイ

 

 ツクヨミ中の様々な場所で、人々が同じ瞬間を待っている

 

「こんなに見てるんだ」

 

「ヤチヨだから」

 

 彩葉の答えは当然だった

 

 やがて待機画面が崩れ、無数の幾何学模様へ変わっていく

 

 その中心へ数字が現れた

 

 **12**

 

「……始まる」

 

 彩葉が小さく呟く

 

 **11**

 

 会場のざわめきが一つの声へまとまり始める

 

 そして、

 

 **10**

 

「十!」

 

 会場中の声が重なった

 

「九!」

 

 画面が切り替わり、無数のアバターが同じ方向を向く

 

「八!」

 

 かぐやも楽しそうに声を合わせる

 

「七!」

 

 光がツクヨミの夜を走り、

 

「六!」

 

 彩葉はまっすぐ前だけを見ている

 

「五!」

 

 かぐやが両手を口元へ寄せ、

 

「四!」

 

 青緑と紫の光が会場を駆け抜ける

 

「三!」

 

 無数の光が一つの方向へ集まり、

 

「二!」

 

 赤い鳥居を包み込む

 

「一!」

 

 歓声と光が弾けた

 

 その向こうから赤い鳥居が浮かび上がり、上には一人の少女が立っていた

 

     *

 

 足元から着物の裾、手、長い髪へと映像がゆっくり上がり、その顔を映す

 

 月見ヤチヨ

 

「お待たせ」

 

 目を開き、笑う

 

「ヤオヨロ〜!」

 

 爆発するような歓声が上がった

 

「ヤチヨー!!」

 

 その中でも、彩葉の声は一際大きい

 

 湊が思わず横を見る

 

「……」

 

「何」

 

「いや」

 

「今は何も言わないで」

 

「言ってないって」

 

 ヤチヨが会場を見渡す

 

「神々のみんな〜、今日も最高だった〜?」

 

「最高ー!!」

 

 会場中から声が返った

 

「最高ー!」

 

 かぐやも周りに負けないくらい大きな声を上げ、そのまま隣を見る

 

 彩葉は胸の前で両手を組み、瞬きすら忘れたようにヤチヨだけを見つめていた

 

「いろは!」

 

「……」

 

「いろはってば!」

 

 かぐやが肩へ手を置き、ぐっと顔を近づける

 

「反応してー!」

 

「……」

 

「だめだ、聞いてない」

 

 完全に持っていかれている

 

 湊が吹き出しそうになるのを堪えていると、ヤチヨは観客たちの熱を受け止めるように笑い、人差し指を上げた

 

「よーし!」

 

 さらに大きな歓声が返る

 

「今宵もみんなを誘っちゃうよ〜!」

 

 会場の熱がもう一段跳ね上がった

 

「Let's go on a trip!」

 

 その掛け声を合図に、照明が落ちた

 

     *

 

 一瞬で空気が変わる

 

 ついさっきまで会場を揺らしていた歓声が静まり、暗い海のような空間へ一つの声が落ちた

 

 **『星降る海』**

 

「幾千の時を巡って今――」

 

 ヤチヨの歌声とともに、夜空から最初の星が落ちる

 

 一つ

 

 二つ

 

 やがて数えきれないほどの光が降り始め、水面へ触れるたびに淡い波紋が広がっていった

 

「……」

 

 かぐやが黙る

 

 さっきまで何を見ても声を上げていたのに、今だけはただステージを見つめている

 

 長い長い時間を越え、ようやく誰かのもとへ辿り着いたような歌

 

「僕ら出会えたの」

 

 その短い言葉が星空へ溶ける

 

 すると、鳥居の上にいたヤチヨの輪郭が淡く揺らいだ

 

「……あ」

 

 一人だったはずのヤチヨの隣へ、もう一人

 

 さらにもう一人

 

 光から生まれるように姿が増えていく

 

「これ!」

 

 かぐやが思わず彩葉の腕を叩く

 

「いろはが言ってたやつ!」

 

「分身!」

 

「ほんとに増えた!」

 

 何人ものヤチヨが星の降る海へ飛び出した

 

 鳥居の上だけではない

 

 観客の頭上を駆け、光の軌跡を残し、時にはすぐ近くまで降りてきながら同じ歌を繋いでいく

 

「すご……!」

 

 かぐやが目で追いかける

 

 右から声が聞こえたと思えば左から別のヤチヨが現れ、振り返れば頭上をもう一人が通り過ぎていく

 

 同じ姿、同じ声

 

 けれど、ただ同じものを並べただけではない

 

 何人ものヤチヨが一つの歌を囲み、星の海そのものを作り上げている

 

 かぐやはしばらく夢中でそれを追いかけていた

 

 けれど、ふと隣を見る

 

「……」

 

 彩葉が笑っていた

 

 分身へ驚くことも、近くへ来たヤチヨへ騒ぐことも忘れて、ただ歌を聴いている

 

「いろは」

 

 小さく呼ぶ

 

 返事はない

 

 けれど今度は、さっきのように肩を揺すらなかった

 

 その代わり、かぐやも笑う

 

 そして再び歌へ耳を傾けた

 

     *

 

 湊も最初はヤチヨを見ていた

 

 歌が上手いことは知っている

 

 彩葉に何度も見せられたし、配信もライブも何度か見た

 

 分身だって、機能として知っていた

 

 けれど、今の湊が見ているのはステージではなかった

 

 彩葉だった

 

「……」

 

 学校にいる時とも、カフェで働いている時とも、自分の部屋で飯を食っている時とも違う顔

 

 何も考えず、ただ嬉しそうに歌を聞いている

 

 普段の彩葉は、いつも次の予定を考えている

 

 授業、課題、バイト、生活費、学費、食費、翌日の弁当、睡眠時間

 

 どこかで常に計算している

 

 何かを我慢し、何かを削り、その中でどうにか次の日へ繋いでいる

 

 けれど今だけは違った

 

 歌が進む

 

 星が降る

 

 何人ものヤチヨが海を渡り、遠く離れてしまった誰かへ、それでも届くものがあると語りかけるように歌っている

 

 時間に隔てられても

 

 遠く離れても

 

 いつかもう一度巡り会えたなら

 

 そんな願いを抱いた歌声が、光と一緒に夜を満たしていく

 

 以前、湊は彩葉へ言った

 

 心の栄養

 

 飯を食って、寝るだけでは人間は生きていけない

 

 好きなものが必要だと

 

 あの時は理屈として分かっていた

 

 けれど今、初めて目の前で見た気がした

 

 これが彩葉にとってのそれなのだ

 

 毎日をどうにか繋ぐための贅沢ではない

 

 削っていいものでもない

 

 彩葉が彩葉のままでいるために、ちゃんと必要なもの

 

「……そりゃ、強火にもなるか」

 

 湊が誰にも聞こえない声で呟く

 

 その時、視界の端でかぐやが動いた

 

 ヤチヨを見る

 

 彩葉を見る

 

 またヤチヨを見る

 

 そして、もう一度彩葉を見る

 

「……」

 

 湊は少しだけ目を細めた

 

 彩葉はヤチヨを見ている

 

 かぐやは、そんな彩葉を見ている

 

 そして自分は、その二人を見ている

 

 妙な構図だった

 

 なのに、なぜか目を離したくなかった

 

 理由は分からない

 

 ただ、この時間だけは覚えておきたいと思った

 

     *

 

 歌が終盤へ向かう

 

 ライブを彩っていた何人ものヤチヨが星の軌跡を描きながら舞い、無数の光が会場全体を覆い尽くしていく

 

 空も海も境目を失い、世界そのものが星明かりへ溶けていく

 

 その中心で歌うヤチヨへ、分身たちの光が重なる

 

 最後の声が夜へ溶け、

 

 音が消えた

 

 一瞬の静寂

 

 そして、

 

「ヤチヨーーーー!!」

 

 会場が爆発した

 

 鳥居の上でヤチヨが深く頭を下げる

 

 胸元へ両手を寄せ、顔を上げると大きく片腕を振り上げた

 

「感謝感激雨アラモード!」

 

「ヤチヨー!」

 

 彩葉も全力で手を振っている

 

 かぐやも真似して両手を振る

 

「ヤチヨー!」

 

「……すげえな」

 

「何が!?」

 

「彩葉が」

 

「湊!」

 

「はい」

 

「今は黙って!」

 

「はい」

 

     *

 

 歓声が少し落ち着いたところで、ヤチヨが何かを思い出したように手を打った

 

 巨大スクリーンが紫色の市松模様へ切り替わり、中央に大きな文字が現れる

 

 **YACHIYO CUP!!**

 

「ヤチヨカップ?」

 

 かぐやが読み上げる

 

「え?」

 

 彩葉の目が見開かれた

 

 ヤチヨが新しいイベントの開催を告げると、画面には何人ものライバーが現れ、その下へ数字が並び始める

 

 そして肩の上へ視線を向けた

 

「FUSHI、詳細よろしくぅ!」

 

 待ってましたと言わんばかりにFUSHIが前へ出る

 

「参加者は、ツクヨミで活動する全ライバー!」

 

「全員?」

 

 かぐやが前のめりになる

 

「期間は一か月、その間に増えた新規ファンの数で勝負するよ!」

 

 巨大画面の数字が次々と増え、ライバーたちの順位が入れ替わっていく

 

「新規ファン……」

 

 彩葉が画面を見上げる

 

 今いるファンの総数ではない

 

 これから一か月で、どれだけ新しい人の心を掴めるか

 

 その数を競う

 

「そして、一番たくさん新しいファンを増やしたライバーが優勝!」

 

 画面が一位、二位、三位の表彰台へ切り替わる

 

「優勝すると何かあるの?」

 

 かぐやの問いへ答えるように、FUSHIが声を弾ませた

 

「もちろん!」

 

 画面が再び切り替わる

 

 優勝者の隣へ現れたのは――月見ヤチヨ

 

「優勝者には、ヤチヨとのスペシャルコラボライブ!」

 

「――」

 

 彩葉が固まった

 

 目が見開かれ、口まで開く

 

「うっそ、コラボ!?」

 

「それ、すごいの?」

 

 かぐやの純粋な質問に、彩葉が勢いよく振り返る

 

「すごいも何も、配信で誰かと一緒になることはあっても、ヤチヨのライブはずっと一人だったんだよ!」

 

「へえー」

 

「へえじゃない!」

 

 スクリーンでは優勝者とヤチヨが並び、マイクを持ったり、ポーズを取ったりと、実際にコラボした時を思わせる映像が次々と流れている

 

 それを見る彩葉の目は完全に輝いていた

 

「じゃあいろは、一緒にやろう」

 

「……は?」

 

「ヤチヨカップ!」

 

「私?」

 

「うん!」

 

「いやいやいや、無理だから」

 

「なんで?」

 

「私らみたいなのが勝てるわけないじゃん」

 

 さっきまでの興奮が嘘のように、彩葉の顔が現実へ戻る

 

「まだ始まってないじゃん」

 

「始まる前から分かることもあるの」

 

「なんで?」

 

「こういうのはさ、最初から強い人がいるんだよ」

 

 湊はその横顔を見た

 

 まただ

 

 数日前にも同じ顔を見た

 

 決まっていることは変わらない

 

 どうしようもない

 

 だから受け入れるしかない

 

 あの時と同じ顔

 

     *

 

 その時、遠くから轟音が響いた

 

「ん?」

 

 光る車輪が橋の上を走る

 

 巨大な虎が派手な車を引き、そのまま会場へ飛び込んできた

 

「何あれ!」

 

 かぐやが身を乗り出す

 

 次の瞬間、車の屋根を赤い線が走った

 

 一閃

 

 さらに交差するようにもう一閃

 

 切り裂かれた車体の一部が派手に弾け飛び、その中心から三人の姿が現れる

 

 前に立つのは巨大な武器を構えた男

 

 その後ろでは一人が腕を組み、もう一人は周囲から向けられる視線を当然のように受け止めていた

 

 先頭の男が武器を引き、不敵に笑う

 

「よう、小ウサギども」

 

 会場の熱が一気に跳ね上がる

 

「お前らの帝様が来たぜ」

 

 スクリーンが切り替わった

 

 **帝アキラ**

 

 続いて、腕を組んだまま顎を上げる男

 

 **駒沢雷**

 

 最後に、自分を映すカメラへ完璧な角度で顔を向ける男

 

 **駒沢乃依**

 

 三人をまとめる巨大なロゴが夜空へ浮かぶ

 

 **BLACK ONYX**

 

 そのまま過去の活躍や勝利を思わせる映像が次々と流れ、会場中から歓声が上がった

 

「うわ!」

 

 かぐやの目が輝く

 

「かぐやも! かぐやもあの戦うやつやりたい!」

 

「そこ!?」

 

 彩葉が思わず突っ込む

 

 雷は腕を組んだまま周囲を見渡し、また祭りが始まるとでも言いたげに口元を上げる

 

 乃依はカメラを見つけると、手を顔の近くへ持っていき、片目を閉じた

 

「俺って今日も作画良すぎ」

 

 決め顔

 

「でしょ?」

 

「自分で言うんだ」

 

 かぐやが妙に感心する

 

「そこ感心するとこじゃないから」

 

 アキラが前へ出る

 

 その態度には、挑戦するという気負いすらなかった

 

 勝てるかどうかではなく、勝つことを前提にしている

 

 会場から返ってくる歓声も、それを当然のものとして受け入れていた

 

「……ほら」

 

 彩葉が小さく息を吐く

 

「何が?」

 

「こういう人たちがいるんだって」

 

「だから?」

 

「だからって……」

 

 かぐやはBLACK ONYXではなく、彩葉を見ていた

 

「強い人いたら、やめるの?」

 

「そういう話じゃ――」

 

 その時、ヤチヨが再び観客へ向き直った

 

     *

 

 ヤチヨが両腕を大きく広げる

 

 これから始まるヤチヨカップ

 

 そこへ集まるライバーたち

 

 新しい出会い

 

 新しい歌

 

 そして最後には、一緒に最高のライブを作ろうと観客へ笑いかける

 

 彩葉の口元が僅かに動いた

 

「……したい」

 

「ん?」

 

「何でもない」

 

 その隣で、かぐやは一度目を閉じた

 

 さっきの彩葉の言葉

 

 無理

 

 勝てない

 

 最初から分かる

 

 数日前にも聞いた

 

 決まっていることは変わらない

 

 受け入れるしかない

 

「……」

 

 目を開く

 

 拳を握る

 

 一歩、前へ出た

 

「かぐや?」

 

「ヤチヨーーーーー!!」

 

「!?」

 

 会場中のアバターが一斉に振り返った

 

 彩葉が固まる

 

「か、かぐや!?」

 

 ヤチヨもこちらを見る

 

 その肩ではFUSHIが眉間へ皺を寄せ、目を細め、何か言いたげな顔でかぐやを見ていた

 

「かぐや!」

 

 胸の前で拳を握る

 

「ヤチヨカップ優勝する!」

 

「ちょ――」

 

「そんで、絶対コラボライブする!」

 

「かぐや!」

 

「いろはも――むぐっ!?」

 

 彩葉が後ろからかぐやの口を塞いだ

 

「ちょっと! 何叫んでんの!」

 

「むぐー!」

 

「やめなさい!」

 

 騒ぎを聞いてアキラが振り返り、雷と乃依もこちらを見る

 

 湊は額を押さえた

 

「……やると思った」

 

「みなと助けて!」

 

「何をどう助ければいいんだよ」

 

 ステージの上では、ヤチヨがそんな二人を見つめていた

 

 その口元が僅かに緩む

 

「……いとかわゆし」

 

 小さな声

 

 彩葉にも、かぐやにも、湊にも届かない

 

 そのすぐ横でFUSHIだけが、ヤチヨの横顔を見ていた

 

     *

 

 やがてヤチヨが再び会場へ向き直る

 

 ライブはいったんここでおしまい

 

 けれど、これから少しだけみんなと話をしていくと告げ、大きく手を振った

 

「さらば〜い!」

 

 次の瞬間、鳥居の上にいたヤチヨの輪郭が光る

 

 一つだった姿が二つ、四つ、さらにいくつものヤチヨへ分かれ、それぞれ別の方向へ飛び出していった

 

「あ、また増えた」

 

 かぐやはもう分身そのものには驚かない

 

「今度はライブじゃないんだ」

 

「参加者と話すため」

 

「一人で全員回るんじゃないんだね」

 

「ヤチヨだからね」

 

「便利!」

 

「その感想でいいのかな……」

 

 周囲を見れば、すでに何人ものヤチヨが別々の参加者のもとへ向かっている

 

 ライブ中は星の海を作る演出として同じ歌を繋いでいた分身たちが、今度はそれぞれ独立して会話を始めていた

 

 列はない

 

 順番待ちもない

 

 ヤチヨの方から、それぞれの相手へ向かっていく

 

     *

 

「……え」

 

 彩葉が止まった

 

「いろは?」

 

 かぐやが振り返る

 

 こちらへ一人のヤチヨが降りてくる

 

 ただし、小さい

 

 明らかにほかのヤチヨよりも

 

「……」

 

 彩葉の目が見開かれた

 

「いろは?」

 

「……ミニヤチヨ」

 

「ミニ?」

 

 その瞬間、彩葉の頭の中で情報が一気に走った

 

 ミニヤチヨ

 

 存在自体は知っている

 

 けれど、いつ現れるのか、誰の前に現れるのか、何が条件なのかは分からない

 

 出現条件不明

 

 目撃報告自体が少なく、ファンの間でも見かけただけで話題になるほど珍しい

 

 ――なんで

 

 ――なんでこっち来るの

 

 ――待って

 

 ――ミニヤチヨ

 

 ――本当に?

 

 ――なんで私の前に?

 

「いろは?」

 

「無理」

 

「何が?」

 

「ミニヤチヨ」

 

「うん」

 

「無理」

 

「会いたかったんじゃないの?」

 

「そういう意味じゃない!」

 

 湊が吹き出しそうになるのを堪える

 

「笑ったら殴る」

 

「まだ笑ってない」

 

「顔が笑ってる!」

 

     *

 

 ミニヤチヨが三人の前へ降り立つ

 

 その肩にはFUSHIがいた

 

 けれど、それだけで目の前のヤチヨが他の分身とは違う何かだと断定できるわけではない

 

 少なくとも彩葉の頭の中は、そんな冷静な分析を続けられる状態ではなかった

 

「……」

 

 FUSHIがかぐやを見る

 

 かぐやも見返す

 

「何」

 

 何とも言えない空気が二人の間へ流れる

 

「ねえ、いろは」

 

 かぐやが彩葉の袖を引いた

 

「一緒にやろう」

 

「だから無理だって」

 

「なんで?」

 

「なんでって……」

 

 ミニヤチヨが二人のやり取りを見ながら、人差し指を一本立てる

 

 そこで改めて示されたのは、ヤチヨカップへ参加できるのはライバーだけという条件だった

 

「……」

 

 かぐやが止まる

 

「ライバー限定」

 

「そう」

 

「……そっか」

 

 ほんの少し考える

 

 そして、

 

「じゃあ、かぐや、ライバーになる!」

 

「は?」

 

 彩葉の目が丸くなった

 

「準備、準備!」

 

「待って待って待って!」

 

「またあとで!」

 

「かぐや!」

 

 白い光が走り、かぐやの身体が青い帯と花びらのような粒へ変わって消えていく

 

「……」

 

「……」

 

 湊が呟く

 

「行ったな」

 

「行ったね……」

 

     *

 

 残ったのは、彩葉と湊、ミニヤチヨ、FUSHI

 

「……」

 

 彩葉が固まる

 

 さっきまでは、かぐやという盾があった

 

 今はない

 

 目の前、ほんの数歩先にミニヤチヨ

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 湊が横を見る

 

「彩葉」

 

「今話しかけないで」

 

「まだ何も言ってないけど」

 

「存在がうるさい」

 

「ひどくない?」

 

「無理だから!」

 

 ミニヤチヨが首を傾げる

 

 彩葉の処理能力がさらに落ちた

 

「……あ」

 

 ようやく声を出す

 

「あ、あの……」

 

 何を言う

 

 何を言えばいい

 

 今日のライブ

 

 歌

 

 演出

 

 いつも見ていること

 

 何度助けられたか

 

 何百回も考えたはずなのに、全部飛んだ

 

「あ、今日は……じゃあ、これで……」

 

 逃げた

 

「おい」

 

 湊が思わず声を出す

 

「待って」

 

「――」

 

 ヤチヨの声に、彩葉が止まる

 

「わっ」

 

 距離が縮まる

 

「忘れ物」

 

 その言葉とほとんど同時に、ミニヤチヨが両手を差し出した

 

 彩葉も反射的に両手を出す

 

 重なる

 

「――――」

 

 握手

 

 彩葉の顔が一気に赤くなった

 

 今日一日、どれだけ疲れていても、どれだけ節約していても、どれだけ眠くても、このために頑張った

 

 その瞬間だった

 

「あ、あの……」

 

 声が震える

 

「ありがとうございました……!」

 

 深く頭を下げる

 

 ミニヤチヨは笑い、小さく手を振った

 

 彩葉の身体が青い花びらのような光へ変わっていく

 

「また……来ます」

 

 そして消えた

 

     *

 

「……」

 

 残った湊が、彩葉の消えた場所を見る

 

「現実戻ったら、しばらく使い物にならないな」

 

 ミニヤチヨが楽しそうに笑う

 

「本人の前でそれ言わないでくださいよ」

 

「言わない言わない」

 

「絶対ですよ」

 

 湊もログアウト画面を開く

 

「俺も戻ります」

 

「もう帰るの?」

 

「かぐやが何始めてるか分からないんで」

 

「あー」

 

 ヤチヨが妙に納得した顔をする

 

「確かに目離したらなんか始めそう」

 

「今日だけで十六万以上使いましたからね」

 

「え」

 

「スマコンその他諸々」

 

「豪快だねぇ」

 

「俺の金で」

 

「もっと豪快」

 

「笑い事じゃないんですけど」

 

 ミニヤチヨがくすくす笑う

 

 湊も呆れながらログアウトを選ぼうとして、

 

「でも」

 

 その声に指を止めた

 

 ヤチヨの笑い方が、ほんの少し変わった

 

「いいんじゃない?」

 

「何が?」

 

「やりたいなら、やっちゃえば」

 

「……」

 

 ヤチヨが水面を軽く蹴ると、小さな波紋が広がっていく

 

「最初から決まってるとか、どうせ無理とか」

 

 少しだけ間を置く

 

「それで諦めちゃうの、つまんなくない?」

 

「――」

 

 湊の目が僅かに動いた

 

 言葉そのものではない

 

 その奥にある考え方

 

 数日前、同じようなことを言った少女がいる

 

 バッドエンドは嫌だ

 

 ハッピーなのがいい

 

 決まっているなら、それで終わるんじゃなくて、自分で変える

 

 さっきまで隣にいた少女の顔が頭へ浮かんだ

 

「……かぐや?」

 

 口から出た

 

「……」

 

 ヤチヨが止まる

 

 FUSHIも湊を見る

 

「……」

 

 言った本人が一番驚いていた

 

「……悪い」

 

「かぐや?」

 

「いや、さっきの子」

 

 湊が頭を掻く

 

「なんか今、同じこと言いそうだなって」

 

「似てる?」

 

「見た目じゃなくて」

 

 少し考える

 

「考え方が」

 

「……そっか」

 

 ヤチヨはそれ以上聞かなかった

 

 ただ一瞬だけ、いつもの笑顔とは違う顔をした気がした

 

 湊には、それが何を意味するのか分からない

 

「じゃあ、戻ります」

 

「うけたまかしこまつかまつり〜!」

 

「相変わらず長いな」

 

「かわいいからいいの!」

 

「はいはい」

 

「さらば〜い!」

 

「また」

 

 湊も光の中へ消えた

 

     *

 

 残ったのは、ヤチヨとFUSHI

 

 少しの沈黙

 

「ヤチヨ」

 

「……うん」

 

「今の」

 

「聞こえてた」

 

「かぐやって」

 

「言ったね」

 

 FUSHIが湊の消えた場所を見る

 

「……」

 

 ヤチヨは答えない

 

 しばらく、ただ静かな水面を見ていた

 

 やがて顔を上げる

 

 視線の先は、少し前まで彩葉が立っていた場所

 

 もう誰もいない

 

 それでもヤチヨは、そこにまだ彼女がいるかのように小さく笑った

 

「いつも来てくれて、ありがとね……彩葉」




あかいとうごさん、yuunanoさん

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