湊がいて
芦花がいて
真実がいて
くだらないことで笑える日々
そんな日常が、ずっと続くと思っていた
けれど
ある夏の夜
彩葉は一つの流れ星に願った
これからも、みんなで笑っていられますように
その帰り道
七色に輝く光を見つける
そして
そこから始まる
もう一度の出会い
夏
二年生になってからも、湊たちの日常は大きく変わっていなかった
朝になれば学校へ行き、昼休みになれば芦花や真実も交えて四人で飯を食べる。放課後になれば、それぞれの予定をこなし、彩葉はそのままカフェのアルバイトへ向かう
帰宅してから勉強をする日も多い
それでも、去年とは少しだけ違っていた
以前なら、学校とアルバイトと勉強だけで一日が終わっていた
けれど今は、朝になれば湊がいる。学校へ行けば、芦花と真実がいる
くだらないことで笑って、一緒にご飯を食べて、疲れて帰ってくれば隣の部屋に湊がいる
そんな毎日が、いつの間にか当たり前になっていた
*
金曜日
放課後になると、教室の空気が少しだけ軽くなった
「じゃあ、俺は帰るけど」
「うん。私はバイト」
「今日もか」
「今日も」
「大変だな」
「もう慣れたよ」
「それ、前にも聞いた」
「便利な言葉だから」
「便利すぎるんだよ」
彩葉が笑う
「じゃあ、行ってくるね」
「おう。気をつけて」
「湊もね」
「俺は帰るだけだから大丈夫」
「それもどうなの?」
「何が?」
「最近、寝てばっかりじゃない?」
「高校生だからな」
「またそれ」
二人で笑う
「じゃあ、またあとで」
「うん。またあとで」
彩葉はそう言って、駅とは反対方向へ歩いていった
湊はその背中を見送ってから、自分の帰り道へ向かった
*
夜
カフェの閉店作業を終えた彩葉は、一人で帰り道を歩いていた
時刻は、もう遅い
街灯に照らされた夜道を、疲れた足取りでゆっくり歩く
「……疲れたぁ」
小さく呟く
今日も長かった
朝から学校へ行き、授業を受けて、放課後はアルバイト
そして、ようやく帰宅だ
けれど、今日は金曜日
明日は学校がない
しかも、明後日も休み
「……三連休かぁ」
彩葉は小さく伸びをした
久しぶりに、少しゆっくりできる
「明日は、いっぱい寝よ……」
最近は、なかなかまとまって眠る時間がなかった
学校があって、バイトがあって、帰れば勉強がある
それに、ヤチヨの配信も見たい
好きなものを見て、少しだけ元気になって、それから眠る
そんな毎日だった
「……今日は帰ったら、何しようかな」
明日は休み
だから、少しくらい夜更かししてもいい
そんなことを考えながら歩いていると、ふと彩葉は足を止めた
「……」
空を見上げる
夏の夜空
街の明かりがあるせいで、星はそれほど多くない
それでも、いくつかの星が見えていた
その時
一筋の光が夜空を横切った
「……」
流れ星だった
彩葉は思わず立ち止まる
ほんの一瞬の出来事だったのに、なぜか願い事をしなければと思った
「……願い事?」
彩葉は少し考える
そして、最初に口から出てきたのは
「か……金……」
あまりにも現実的な願いだった
「……」
自分で言っておいて、彩葉は少し黙る
確かに、お金は欲しい
家賃もある
学費もある
毎日の生活費だって必要だ
アルバイトの時間を少し減らせるくらい余裕があれば、もっと勉強する時間も作れるし、もう少し眠ることだってできる
「……お金、欲しいなぁ」
それは、彩葉にとって紛れもない本音だった
けれど
もう一度、夜空を見る
流れ星は、もう消えていた
「……でも」
ふと、最近のことを思い出した
朝、教室に入れば
「おはよう、彩葉」
湊が声をかけてくれる
昼になれば、芦花や真実も集まってくる
くだらない話をして、笑って、一緒にご飯を食べる
放課後になれば彩葉はアルバイトへ行く
疲れる
大変だと思うこともある
それでも帰れば、隣の部屋に湊がいる
「今日もお疲れ」
そう言ってくれることもある
時には夕飯を作ってくれて、一緒にゲームをすることもある
ヤチヨの話をすれば、呆れながらも最後まで聞いてくれる
そんな毎日
少し前まで、彩葉は毎日を一人で回しているような気がしていた
学校へ行く
働く
勉強する
家へ帰る
眠る
それだけでいいと思っていた
頑張っていれば、それでいい
誰かに頼る必要なんてない
そう思っていた
でも、今は違う
いつの間にか、自分の周りには一緒に笑える人が増えていた
大切だと思える友達もできていた
そして
隣には、いつも湊がいる
「……」
彩葉はもう一度、空を見上げた
さっきまでそこにあった流れ星は、もう消えている
それでも、願い事はもう決まっていた
「お金も欲しいけど……」
彩葉は少しだけ笑う
「これからも……」
ほんの少しだけ恥ずかしい
それでも、今の自分が本当に願っていることを口にする
「これからも、みんなで笑っていられますように」
今の毎日が、明日も続いてほしい
明後日も、その先も
湊と、芦花と、真実と
みんなで笑っていられたらいい
それだけだった
「……よし」
彩葉は歩き出した
明日は休み
家に帰ったら、少しだけゆっくりしよう
そう思って、いつもの帰り道を歩いていく
*
しばらくして、彩葉の住むアパートが見えてきた
「……あれ?」
彩葉は足を止めた
いつもの道
いつもの階段
いつもの電柱
なのに
「……何、あれ」
階段の脇に立っている電柱が、七色に光っていた
赤、青、緑、紫、黄色、白
そして、それらの色がゆっくりと変化していく
まるでゲーミングPCのように、電柱そのものが七色に輝いている
「……」
彩葉はしばらく黙って見つめた
「……疲れてるのかな、私」
目をこする
もう一度見る
消えない
「……なんで電柱が光ってるの?」
もちろん答えはない
ただ電柱は、何事もなかったように七色に輝き続けている
「……」
彩葉は深く考えないことにした
今日は疲れている
明日は休み
きっと、そのせいだ
そう思って階段へ向かう
すると
「……ん?」
電柱の側面に、何かがあることに気づいた
小さな扉だった
竹のような質感で、赤ちゃん一人が入れるくらいの大きさ
中央には、小さな竹のような取っ手までついている
「……」
彩葉は立ち止まった
「何これ」
電柱に扉
どう考えてもおかしい
でも今日は、もう疲れている
「……見なかったことにしよ」
そう言って階段を上がろうとした、その瞬間
カチャン
「……」
後ろで音がした
振り返る
扉が開いている
「……」
彩葉は無言で扉を閉めた
カチャン
「……よし」
そのまま歩く
すると
カチャン
「……」
また開いている
「……ちょっと」
彩葉は扉を閉める
「開けないで」
離れる
カチャン
「開くな、開くな」
また閉める
カチャン
「閉まって!」
それでも開く
「だから開けないでって!」
彩葉の声が少し大きくなる
「こっちは仕事帰りなんだけど!」
カチャン
「疲れてるんだけど!」
カチャン
「明日休みだからって、こんなところで体力使わせないでよ!」
カチャン
また開いた
「……」
彩葉は扉を睨む
「絶対に開けさせない……!」
両手で押さえる
「閉まってよ!」
ギギギ……
「お願いだから閉まって!」
それでも扉は、ゆっくりと開いていく
「私、今日ほんとに疲れてるんだから!」
最後まで抵抗した
けれど
勝てなかった
「……もう」
彩葉は肩を落とす
そして、開いてしまった扉の中を恐る恐る覗き込んだ
「……?」
暗闇の奥に、何かがいる
「……何?」
小さな白いもの
丸いもの
よく見ると、それは赤ちゃんだった
「……赤ちゃん?」
彩葉は目を見開く
こんなところに、どうして
誰が、どうやって
そんな疑問が一気に浮かぶ
でも、赤ちゃんは眠っていた
小さな身体を丸めて、静かにすやすやと眠っている
「……」
彩葉はしばらく動けなかった
怖い
でも、放っておけない
こんなところに赤ちゃんを置いていくなんて、できるわけがない
「……困ったな」
小さく呟く
それでも、手を伸ばした
「……おいで」
そっと抱き上げる
赤ちゃんは驚くほど軽かった
小さな身体
小さな手
小さな指
その瞬間
赤ちゃんが、ゆっくり目を開けた
「……」
彩葉と赤ちゃんの目が合う
その瞬間、彩葉の胸の奥で何かがほんの少しだけ揺れた
「……?」
知らない赤ちゃん
初めて会った
それなのに、なぜか懐かしい
そんな気がした
どうしてなのか、彩葉には分からない
ただ、赤ちゃんは彩葉の腕の中で小さく瞬きをした
そして
「……ふぇ」
次の瞬間
「……ふぇぇ……」
泣き声が夜の街に響いた
「えっ」
彩葉が慌てる
「ちょ、ちょっと待って」
赤ちゃんの身体が小さく震える
「どうしたの?」
「お腹空いた?」
「寒い?」
「眠いの?」
何をすればいいのか分からない
彩葉は赤ちゃんを抱き直す
「大丈夫、大丈夫」
自分がいつも言われてきた言葉を、今度は自分が赤ちゃんへ向けていた
けれど
赤ちゃんは泣き止まない
「……どうしよう」
彩葉は赤ちゃんを抱いたまま、七色に光る電柱を見上げる
それから、腕の中の赤ちゃんを見る
「……私」
こんな状況で、どうすればいいのか
彩葉にはまだ分からなかった
ただ
腕の中の小さな命を、放っておくことだけはできなかった