七色に光る電柱と、小さな扉
その向こうから現れたのは、一人の赤ちゃんだった
そして、この出会いから
二人の日常は、大きく変わり始める
目の前にいるのは、赤ちゃんだった
「……え?」
彩葉は腕の中にいる小さな身体を見つめた
さっきまで七色に光る奇妙な電柱と、その横にある小さな竹のような扉を見ていたはずなのに、その中から現れたのは、この赤ちゃんだった
「……赤ちゃん?」
小さな手、小さな足、柔らかな頬、まだ何も分からないような瞳
けれど、彩葉が抱き上げた瞬間、胸の奥に何かが引っかかった
知らない
こんな赤ちゃんは知らない
なのに、なぜか放っておけない
「……どうしよう」
赤ちゃんは彩葉の腕の中で、しばらく静かにしていた
けれど、少しすると
「……ふぇ」
「ん?」
「ふぇ……」
小さな声が漏れる
「……どうしたの?」
彩葉が顔を覗き込むと
「うぇぇぇぇぇん!」
「えっ!?」
突然、大声で泣き始めた
「ちょ、ちょっと……」
彩葉は慌てて抱き方を変え、背中を優しく叩く
「大丈夫だから」
けれど、泣き止まない
「お腹空いたのかな……?」
彩葉はスマートフォンを取り出して検索画面を開いた
『赤ちゃん 泣き止まない』
検索結果を読みながら
「おむつ……?」
赤ちゃんを見る
「違う……よね?」
今度は『赤ちゃん 泣く 原因』と検索する
空腹、眠い、暑い、寒い、不快、抱っこしてほしい
「……全部ありそうなんだけど」
「うぇぇぇぇぇん!」
「分かった、分かったから」
彩葉は必死にあやすが、赤ちゃんは一向に泣き止まない
「……どうしよう」
その時、隣の部屋からドアの開く音がした
「彩葉?」
「湊……」
湊が顔を出す
「何してんの?」
「それが……」
彩葉は腕の中の赤ちゃんを見る
「赤ちゃんが……」
「……赤ちゃん?」
湊が固まる
「それ、どこから出てきた?」
「……電柱」
「電柱?」
「うん」
湊は数秒黙った
「いや、意味分かんないんだけど」
「私も分かんないよ」
湊は赤ちゃんを見る
「とりあえず、その子?」
「うん」
「泣いてるな」
「ずっと泣いてる」
「何かした?」
「抱っこしたり、背中叩いたり、検索したり……」
湊は少し考えてから口を開く
「子守歌は?」
「……」
彩葉が止まる
「子守歌?」
「うん、そういうの」
「……記憶にございませんな」
「なんで政治家みたいな言い方なんだよ」
「知らないんだもん」
「まあ、そうだよな」
湊は赤ちゃんを見る
それから部屋の奥へ視線を向けた
「……あれ?」
彩葉の部屋の棚には、月見ヤチヨのグッズが並んでいる
小さな祭壇のようになっている場所だった
「……彩葉」
「何?」
「これ」
「……」
彩葉が振り返る
「あ」
ヤチヨのグッズを見る
「……そういえば」
彩葉は小さく息を吸った
「ヤチヨの歌……」
「歌えるの?」
「たぶん」
彩葉は赤ちゃんを抱いたまま、ゆっくり歌い始めた
Remember
いつも聴いている歌
疲れた時、眠れない時、頑張れない時に何度も聴いた歌
その歌声が部屋に流れる
すると、赤ちゃんの泣き声が少しずつ小さくなっていった
「……あれ?」
彩葉が歌い続ける
赤ちゃんは彩葉の胸元に顔を寄せる
そして、泣き止んだ
「……止まった」
「すごいな」
「ヤチヨのおかげ……?」
「かもしれないな」
彩葉は赤ちゃんを抱いたまま、小さく笑った
「……よかった」
その表情を見て、湊も少しだけ安心した
*
けれど、赤ちゃんを抱いたまま立っていると
「……暑くない?」
「え?」
「この部屋」
湊が周囲を見る
「エアコンついてないよな」
「うん」
「扇風機だけ?」
「うん」
「なんで?」
「電気代」
湊は少し黙った
そして爆弾発言が飛んだ
「今日、俺の部屋で寝ろ」
「……え?」
彩葉の顔が固まる
「俺の部屋」
「……」
「赤ちゃんも」
「……えっと」
彩葉の顔が少し赤くなる
「その……湊の部屋で?」
「そうだけど」
「……二人で?」
「だから赤ちゃんも」
「……」
「何?」
「……なんでもない」
湊は不思議そうに首を傾げた
「とにかく、この部屋よりはマシだから」
「……うん」
彩葉は小さく頷いた
*
二〇二号室
湊の部屋
「……ベッド?」
「うん」
彩葉はベッドを見た
かなり大きい
しかも、明らかに普通の高校生が使っているものとは違う
「これ……」
「寝るためのやつ」
「それは分かるけど」
「とりあえず、ここ使って」
「私が?」
「彩葉と赤ちゃん」
「湊は?」
「俺は床でいい」
「駄目でしょ」
「じゃあ隣で寝る」
「……」
彩葉が少しだけ固まる
「……本当に?」
「何が?」
「いや……なんでもない」
「?」
湊はベッドのシーツを整える
このベッドは、湊が五歳の頃から魂の感覚が少しずつ身体に滲み出てきたことで、寝るという感覚に対して妙にこだわるようになり、マットレス、枕、掛け布団、シーツ、室温、湿度、ベッドそのものの構造まで、一つ一つを自分に合うように調整していったものだった
前世の記憶があるわけではない
何かを思い出しているわけでもない
ただ、魂が感じる「快適」が少しずつ身体に滲み出ていた
結果、このベッドは誰が横になっても数秒で眠れるほど快適になっていた
彩葉は赤ちゃんをベッドへ寝かせる
「……湊がいてくれて、よかった」
「……」
「一人だったら……私、どうしていいか分からなかった」
湊は何も言えなかった
ただ、彩葉の言葉を静かに聞いていた
彩葉は少しだけ目を伏せる
そして、さらに小さな声で
「これからも……隣にいてね」
「……」
湊は返事をすることができなかった
その言葉が、なぜか妙に胸に残った
やがて彩葉は小さく息を吐いて
「……おやすみ」
そのまま目を閉じる
すぐに穏やかな寝息が聞こえてきた
湊はしばらく二人の寝顔を見つめていた
「……おやすみ」
小さく呟いて、ベッドのそばを離れる
*
しばらくして、湊もスマートフォンを取り出した
「……赤ちゃんって、何が必要なんだ?」
検索する
『赤ちゃん 必要なもの』
ベビー服、おむつ、哺乳瓶、粉ミルク、ガーゼ、おしりふき、ベビーソープ、ベビー用洗剤、体温計など、必要そうなものが次々に表示される
「……多いな」
さらにスマートフォンのAIに質問する
『この赤ちゃんは何ヶ月くらいだと思う?』
写真を見せる
AIの回答は、生後数ヶ月程度と思われるものの、写真だけでは正確な月齢は判断できないというものだった
「まあ、そうだよな」
湊は画面を見ながら考える
「……サイズも分からんし」
ベビー服のサイズを調べる
50、60、70、80、90
「……一応、何種類か買うか」
湊はスマートフォンを置いた
時計を見る
夜はかなり深い
「……一応諸々買いに行くか……」
*
深夜
湊は一人で外へ出た
彩葉はまだ眠っている
赤ちゃんも眠っている
近くにある二十四時間営業の店を探す
「……あった」
店内へ入る
そして、必要そうなものを次々にカゴへ入れていく
ベビー服、肌着、おむつ、哺乳瓶、粉ミルク、ガーゼ、おしりふき、ベビーソープ、ベビー用洗剤、体温計、タオル
さらに、サイズ違いのベビー服もいくつか選ぶ
「……これくらいあればいいか」
カゴを見る
「いや……足りるか?」
もう少し追加する
ベビー用品だけで、かなりの量になった
会計へ向かう
「合計、五万二千……」
店員が金額を告げる
湊は一瞬だけ画面を見る
そして、そのまま支払った
「必要経費だな」
大量の袋を受け取る
段ボールにもまとめてもらう
「……重」
それでも、湊は全部持って帰った
*
マンションに戻る
「ただいま」
当然、返事はない
彩葉も赤ちゃんも、まだ眠っている
湊は買ってきたものを二〇二号室へ運び込む
段ボールとビニール袋にまとめられたベビー用品
サイズ違いの服、哺乳瓶、ミルク、おむつ
「……」
湊は一息ついた
その時、ベッドの上で眠っている赤ちゃんの身体が、ほんの少し七色に光った
「……?」
湊が振り返る
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫
七色の光が赤ちゃんの身体を包む
「……何だ?」
そして、光が消える
湊は言葉を失った
さっきまで赤ちゃんだったはずの身体が、ほんの少しだけ大きくなっている
服も少しだけきつくなっている
「……」
湊は目を疑う
でも、間違いない
「……うっっそだろおい……」
思わず頭を抱える
隣では彩葉がまだ眠っている
何も知らない
湊はしばらく赤ちゃんを見つめた
そして、このことを彩葉にはまだ言わないことにした
ハマディアンさん、最古の神さん、ユーウさん、Viper777さん
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