また、ここに来た   作:フォートナー

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 三連休のあいだ、赤ちゃんに大きな変化はなかった

 ――けれど、最後の夜

 彼女はまた、誰にも知られないまま成長を始める


第8話 三日間の成長

 

 七色の光が消えたあと、湊はベッドの上で眠る赤ちゃんをしばらく見つめていた

 

 買い物へ出る前までは、生後数か月ほどにしか見えなかった身体が明らかに大きくなっている

 

「……うっっそだろおい……」

 

 隣では彩葉が何も知らずに眠っていた

 

 湊はもう一度赤ちゃんへ目を向ける

 

 どう見ても、一歳ほど

 

 ほんの数時間前まで月齢児ぐらいだった赤ちゃんが、一晩でそこまで成長していた

 

 けれど、これ以上何かが起きる気配はない

 

 結局、湊は彩葉を起こさず、その夜はそのまま眠ることにした

 

     *

 

 土曜日の朝

 

「……ん」

 

 彩葉がゆっくり目を開ける

 

 いつもの三時間睡眠とは比べものにならないほど身体が軽い

 

「……何これ、めちゃくちゃ寝た……」

 

 ぼんやりと天井を眺めてから、自分が湊の部屋で寝ていたことを思い出し、そのまま隣へ目を向ける

 

「……え?」

 

 彩葉の動きが止まった

 

「……え?」

 

 もう一度見る

 

 昨日拾った赤ちゃんの顔に間違いはない

 

 けれど、その身体は昨日より明らかに大きくなっていた

 

「湊」

 

「ん?」

 

「湊」

 

「どうした?」

 

 彩葉が赤ちゃんを指差す

 

「この子、大きくなってない?」

 

「……なってるな」

 

「なんでそんな普通に答えるの!?」

 

 彩葉は勢いよく身体を起こした

 

「昨日もっと赤ちゃんだったよね!?」

 

「そうだな」

 

「今、一歳くらいあるよね!?」

 

「俺にもそれくらいに見える」

 

「何で!?」

 

「俺が聞きたい」

 

「一晩だよ!?」

 

「うん」

 

「成長期!?」

 

 湊は思わず眉を寄せる

 

「それで説明できたら人類びっくりだよ」

 

「じゃあ何なの……」

 

 彩葉が頭を抱えた

 

 湊は昨夜見た七色の光については何も言わなかった

 

 説明しようにも、自分でも何一つ理解できていない

 

 それに、目の前で虹色に光って大きくなったなどと言ったところで、余計に混乱させるだけだった

 

 当の本人は二人の騒ぎなど気にする様子もなく目を覚ますと、彩葉へ向かって手を伸ばす

 

「ぁー」

 

「……」

 

 その瞬間、彩葉の表情が一気に緩んだ

 

「まあ……元気ならいいのかな」

 

「切り替え早くない?」

 

「だって、この子に聞いても分からないでしょ」

 

「それはそうだけど」

 

     *

 

 土曜日

 

 日曜日

 

 そして三連休最後の月曜日

 

 赤ちゃんの身体に、それ以上の変化はなかった

 

 湊は夜になるたび多少警戒していたものの、虹色の光が現れることもない

 

 少女は一歳ほどの姿のまま、二人の生活へ少しずつ入り込んでいった

 

 ハイハイをして転びそうになり、目を離せば何でも触ろうとし、気になるものがあれば一直線に向かっていく

 

「そこ駄目」

 

「ぁー!」

 

「駄目なものは駄目」

 

「うー!」

 

「怒っても駄目」

 

 彩葉に抱き上げられ、少女は不満そうに頬を膨らませる

 

「何その顔」

 

 彩葉が笑えば、赤ちゃんもつられるように笑った

 

 ミルクを飲ませ、服を着替えさせ、眠くなれば寝かせる

 

 突然始まった子育てのような三日間だった

 

 湊が五万円以上かけて買ってきたベビー用品も、この時点ではきちんと役に立っている

 

「ほら」

 

 彩葉が哺乳瓶を渡すと、赤ちゃんは小さな両手で掴んだ

 

「ぁー」

 

「哺乳瓶掴むの上手くなったね」

 

 その様子を眺めながら、湊が少し感心したように言う

 

「彩葉、完全に慣れたな」

 

「慣れないと仕方ないでしょ」

 

「まあな」

 

 彩葉は赤ちゃんを抱えたまま、空いている手を湊へ向けた

 

「それより湊、おむつ取って」

 

「はいはい」

 

 そんな光景まで、いつの間にか当たり前になりつつあった

 

 だからこそ、湊もどこかで思い始めていた

 

 最初の成長だけが異常だったのかもしれない、と

 

 けれど、その考えは三連休が終わった直後、本人たちの知らないところであっさり裏切られることになった

 

     *

 

 月曜日から火曜日へ日付が変わった深夜

 

 時計は午前〇時五十分を少し回ったところだった

 

 三人とも眠っており、部屋には静かな寝息だけが響いている

 

 その時

 

 また七色の光が灯った

 

 赤

 

 橙

 

 黄

 

 緑

 

 青

 

 藍

 

 紫

 

 七色の光が、眠る少女の身体を包んでいく

 

 けれど、湊は目を覚まさなかった

 

 彩葉も深く眠ったまま

 

 二人とも、その異変に気づかない

 

 光の中で、小さな身体の輪郭が変わっていく

 

 腕が伸び、脚が伸び、顔立ちまで少しずつ幼児のものへ変化していった

 

 一歳ほどだった少女は、誰にも見られないまま五歳ほどの姿へと成長していく

 

 やがて七色の光は静かに消え、部屋には再び暗闇が戻った

 

 何事もなかったかのように、湊と彩葉は眠り続けている

 

 その隣で、少しだけ大きくなった少女も、しばらくの間静かな寝息を立てていた

 

     *

 

 少しして

 

 五歳ほどになった少女が目を開けた

 

「……」

 

 身体を起こし、周囲を見る

 

 眠っている彩葉

 

 眠っている湊

 

 そして、机の上にある一台のパソコン

 

「……?」

 

 少女はベッドを降り、パソコンへ近づいていく

 

 椅子へよじ登り、画面を見る

 

 マウスへ触れる

 

 クリック

 

 画面が変わる

 

 もう一度

 

 クリック

 

 最初は、何が表示されているのか分からない

 

 けれど、映像、音声、文字、数字、言葉

 

 少女は一つずつ辿り始めた

 

 幼児向けの学習動画

 

 ひらがな

 

 言葉

 

 文章

 

 生活

 

 食べ物

 

 人間

 

 社会

 

 科学

 

 音楽

 

 コンピューター

 

 分からないものがあれば調べ、その説明の中にまた知らない言葉があれば、さらに調べる

 

 一つ覚えるたび、そこから何十もの知識へ枝分かれしていく

 

 最初はマウスを触っていただけだった少女が、いつの間にかキーボードを使っている

 

 一本指だった入力も少しずつ両手へ変わり、文字を読み、意味を理解し、検索し、また読む

 

 その繰り返し

 

 吸収する速度は、普通ではなかった

 

     *

 

 時計の針が午前二時へ近づいた頃

 

 ぐぅぅ……

 

「……」

 

 少女の手が止まる

 

 自分のお腹を見る

 

 もう一度

 

 ぐぅぅ……

 

 少女は椅子から降りると、まだ眠っている彩葉のもとへ向かった

 

 ベッドの脇へしゃがみ込み、彩葉の顔を覗き込む

 

「ねえねえ、おなかすいた~」

 

「……んぅ……」

 

 彩葉が寝ぼけたまま、ゆっくり身体を起こす

 

「承知です……」

 

「ミルクー」

 

「少々お待ちくださいませぇ、今お湯を……」

 

 そこまで言って

 

 彩葉の目が、ようやく目の前にいる少女を捉えた

 

「うわぁ!?」

 

「うわぁ!? あ……びびったぁ……」

 

「――――ッ!?」

 

 彩葉の口が開く

 

 けれど、声にならない

 

 昨日まで一歳ほどだったはずの赤ちゃんが、普通に喋りながら目の前に立っている

 

「お、おぉ、おっ、おぉ、おっ、おぉ、お、お引き取りください」

 

 混乱した彩葉は、数日前から使っていたベビー用品を大急ぎで段ボールとビニール袋へまとめると、そのまま少女へ差し出した

 

「?」

 

 少女がきょとんとする

 

「てかこわ! なんですぐでかくなんのこわ!」

 

 対する少女は、何をそんなに慌てているのかとでも言いたげに、少し得意げな顔をした

 

「ん~まあ今どきは何もかものスピードが速いんですわ」

 

 ついさっきパソコンで覚えたばかりの言葉を、妙にキラキラした顔で披露する

 

「得体のしれないものはおことわ……」

 

 彩葉は少女の腕を掴み、そのまま部屋の外へ連れていこうとした

 

「ちょっと動いてよ!」

 

「い~や~!」

 

 少女が全力で踏ん張る

 

「もう、だから――」

 

 ぐいっ

 

 彩葉が引っ張った瞬間、少女の腕がその手からすっぽ抜けた

 

「あっ」

 

 勢いを失った少女の身体が、後ろへ転がっていく

 

 ころん

 

 ころん

 

 その先には、ベランダへ続く掃き出し窓

 

「待っ――」

 

 ごんっ

 

「うべぁ!」

 

「わっ、だ、だっ大丈夫?」

 

 少女は窓の前で身体を起こすと、ぶつけた頭を両手で押さえた

 

 目にはみるみる涙が溜まっていく

 

「あたまいたぁい、たすけてぇ~」

 

「……ん……?」

 

 その声で

 

 ようやく湊が目を覚ました

 

「……なんの騒ぎだよ……」

 

 眠そうに身体を起こし、まず彩葉を見る

 

 次に

 

 掃き出し窓の前で頭を抱えている少女を見る

 

「……」

 

 一度目を閉じる

 

 もう一度開く

 

「……誰?」

 

「昨日まで赤ちゃんだった子!」

 

「……は?」

 

 湊の眠気が一瞬で消えた

 

「いや待て待て待て」

 

 少女を見る

 

 どう見ても五歳くらい

 

「……なんでまた大きくなってんだよ!?」

 

「私だって今それで混乱してるの!」

 

「あたまいたぁい……」

 

「そうだ、今はそっち!」

 

 彩葉が少女のそばへ寄る

 

 湊もベッドを降り、ぶつけたところを確認した

 

「どこぶつけた?」

 

「ここぉ……」

 

「気持ち悪くない? 目、回ってないか?」

 

「いたい~」

 

「……まあ、意識はしっかりしてるみたいだけど」

 

「たすけてぇ~」

 

 湊が頭を確認していると

 

 ぐぅぅぅ……

 

「……」

 

「……」

 

 今度は少女のお腹から盛大な音が鳴った

 

 頭を押さえたまま、少女はもう片方の手でお腹を押さえる

 

「おなかすいたぁ……」

 

 彩葉が額を押さえた

 

「もう……頭痛いのか泣きたいのか、お腹空いてるのかどれか一個にしてよ……」

 

 直後

 

 ぐぅぅ……

 

「……」

 

「……」

 

 今度は彩葉のお腹だった

 

 少女が顔を上げる

 

 湊も彩葉を見る

 

「……何」

 

「いや」

 

「笑ったら殴るよ」

 

「まだ何も言ってないだろ」

 

 少女の表情がぱっと明るくなる

 

「いろはもおなかすいてる!」

 

「……そうみたい」

 

 彩葉は諦めたように息を吐いた

 

 湊も時計を見る

 

 もうすぐ午前二時

 

「……とりあえず、飯にするか」

 

     *

 

 少しして、ちゃぶ台の上にはオムライスとタコライスが並んでいた

 

 この時間から一から料理を始めるのも現実的ではなく、食べられそうなものを用意することになった

 

 彩葉が黒い容器からオムライスを皿へ移していく

 

「ほら」

 

 少女の前へ置く

 

 黄色い卵に包まれ、その上にはケチャップのかかったオムライス

 

 少女の目が輝いた

 

「これなに?」

 

「オムライス」

 

「おむらいす」

 

「そう」

 

「おむらいす!」

 

 初めて聞いた名前を嬉しそうに繰り返す

 

 彩葉がスプーンを渡すと、少女はそれを左手で握った

 

「食べる前に『いただきます』」

 

「いただきます!」

 

 一口

 

「……」

 

 少女の動きが止まった

 

 彩葉が少し不安そうに顔を覗き込む

 

「どう?」

 

 もう一口

 

 さらにもう一口

 

 少女の顔が、一気に明るくなる

 

「おいしい!」

 

「ほんと?」

 

「おいしい!」

 

 今度は夢中になって食べ始める

 

 彩葉の表情も自然と緩んだ

 

「よかった」

 

 湊もタコライスを食べながら、その様子を横目で見る

 

「気に入ったみたいだな」

 

「うん!」

 

 少女にとって

 

 それが初めて食べた料理だった

 

 オムライス

 

 その味を確かめるように、少女は一口一口嬉しそうに食べていった

 

     *

 

 食事が少し落ち着いたところで、彩葉は改めて目の前の少女を見る

 

 昨日まで赤ちゃんだった

 

 今では言葉も通じる

 

 なら、ずっと聞けなかったことも聞けるかもしれない

 

「で、あなたはどこからきたの?」

 

「ん?」

 

 少女はオムライスを頬張ったまま首を傾げ、やがて窓の向こうへ目を向けた

 

 そして迷うことなく空を指差す

 

 その先に浮かんでいたのは月だった

 

「……月?」

 

 彩葉が固まる

 

 湊も窓の外を見る

 

「いや待て、ほんとにあの月?」

 

「うん!」

 

 あまりにも当然のように頷かれ、二人とも返す言葉を失った

 

 七色に光る電柱から出てきて

 

 数日のうちに五歳ほどまで成長し

 

 短時間で言葉まで覚えた

 

 今さら何を聞いても驚かないつもりだったのに

 

「……宇宙人だったの?」

 

「うちゅうじん?」

 

「いや、そこからか」

 

 彩葉は一度額を押さえてから、気を取り直すように少女を見る

 

「で? 宇宙人は何しに来たの? 侵略?」

 

「う~ん、なんかあんまよく覚えてないんだけど」

 

 少女はスプーンを口元へ運びながら考える

 

「とにかく毎日超つまんなくて」

 

 少し間を置き、今度は楽しそうに両手を広げた

 

「『楽しいところに逃げた~い!』って思った気がする」

 

「逃げてきたの……?」

 

「たぶん!」

 

「たぶんなんだ」

 

「うん!」

 

 彩葉は何とも言えない顔で少女を見る

 

「……楽しいところ探すなら、海とか山とか行ってきたら?」

 

「海? 山?」

 

「歩きながら色々考えて、そのまま自分の家に帰る」

 

「えー!」

 

「逃げるのは簡単だけど、そのあとどうするかも考えないと駄目でしょ」

 

「でも私、まだほとんど何にも知らないよ?」

 

「一時間でそれだけ覚えた子が言う?」

 

 少女はけらけら笑う

 

 彩葉は呆れたように息を吐いた

 

 湊は二人のやり取りを眺めながら、ふと窓の外へ目を向ける

 

 月

 

 竹のような扉

 

 そして、そこから現れた少女

 

「……あ」

 

「何?」

 

 彩葉が湊を見る

 

「月から来た女の子で、竹みたいなものから出てきたんだろ?」

 

「……」

 

 その言葉で彩葉も気づいた

 

「それって……」

 

 彩葉はタブレットを手に取り、竹取物語を検索する

 

「これ、知ってる?」

 

 表示された昔の絵を少女へ見せると、少女はオムライスを食べる手を止めて画面を覗き込んだ

 

「なにこれ?」

 

「竹取物語っていう昔のお話」

 

「おはなし!」

 

「そう、竹の中から小さな女の子が見つかってね」

 

 彩葉は画面を見せながら、竹取物語について簡単に説明していく

 

 月からやってきた姫が竹の中から現れ、それを翁が見つけて家へ連れ帰り、大切に育てる

 

 やがて姫は美しく成長し、多くの人から結婚を求められるようになる

 

「けっこん?」

 

「そう、結婚」

 

 少女は興味津々といった様子で画面を眺めていたが、やがて絵の中に描かれた翁へ目を留めた

 

 翁を見る

 

 彩葉を見る

 

 もう一度、翁を見る

 

 そして何かに納得したように

 

「じゃあいろははこのおじいさんなわけ?」

 

「80年後の姿でも見えちゃってるのかなぁ、違うよ!?」

 

 彩葉が即座に否定する

 

 横で聞いていた湊は、思わず吹き出しそうになって口元を押さえた

 

「……湊、今笑った?」

 

「笑ってない」

 

「絶対笑った」

 

「いや、拾って育ててるって部分だけなら、役回りはちょっと似てるなって」

 

「湊まで乗っからないで」

 

 少女はそんな二人を交互に見てから、もう一度タブレットの翁へ目を向ける

 

「じゃあ、いろはじゃなくてみなとなの?」

 

「……なんでそうなる?」

 

 今度は湊の顔が固まった

 

 少女は至って真剣だった

 

「だって、みなともわたしのお世話してるよ?」

 

「いや、それはそうだけど……」

 

「ミルクも買ってくれた!」

 

「買ったな」

 

「おむつも!」

 

「買ったけど」

 

「おようふくもいっぱい!」

 

「……うん」

 

 追い込まれていく湊を見て、彩葉の口元が少しずつ緩んでいく

 

「ふふっ」

 

「……彩葉?」

 

「なに?」

 

「今笑っただろ」

 

「笑ってないよ?」

 

「絶対笑った」

 

「さっき誰かさんも同じこと言ってたよね」

 

「根に持ってたのかよ……」

 

 彩葉はとうとう堪えきれなくなり、くすくすと笑い出す

 

 少女は何がおかしいのか分からないまま、二人を交互に見て首を傾げていた

 

 湊は小さく息を吐き、タブレットに描かれた翁を見る

 

「まあ、電柱から出てきた子を拾って、そのまま面倒見てる高校生って時点で十分すごいけどな」

 

「それは湊もでしょ」

 

「俺は巻き込まれた側なんだけど」

 

「五万円分のベビー用品を自分から買ってきた人が何言ってるの」

 

「……それ言われると弱いな」

 

 二人のやり取りを見て、少女が楽しそうに笑う

 

 彩葉も小さく笑ってから、再びタブレットへ目を落とした

 

「それでね、このかぐや姫は最後には月から迎えが来るの」

 

「……月?」

 

「うん」

 

「帰っちゃうの?」

 

「そういうお話」

 

 少女の表情が少しずつ曇っていく

 

「やだ」

 

「でも――」

 

「やだやだ!」

 

 少女は大きく首を横に振った

 

「バッドエンドやだやだ! ハッピーなのがいい!」

 

「……」

 

 彩葉は一瞬黙り、それから少し困ったように笑う

 

「どうしようもないじゃん、暴れたって、歌ったって。決まってる事が変わるわけじゃないし」

 

 少女が彩葉を見る

 

「受け入れて、覚悟するしか…ない」

 

 その言葉を聞いた時、少女はもうタブレットを見ていなかった

 

 見ていたのは彩葉の顔だった

 

 諦めたように笑う表情

 

 仕方がないと、自分へ言い聞かせるような目

 

 少女は何も言わず、ただその顔をじっと見つめている

 

「……?」

 

 彩葉が首を傾げる

 

「どうしたの?」

 

 聞かれても、少女はすぐには答えなかった

 

 ほんの少しだけ何かを考えるように目を細め

 

 やがて

 

「……決めた!」

 

「え?」

 

 少女が勢いよく立ち上がる

 

「自分でハッピーエンドにする!」

 

「……」

 

「そんで、ハッピーエンドまでいろはも連れてく! 一緒に!」

 

 満面の笑顔だった

 

 彩葉が目を丸くする

 

「……私も?」

 

「うん!」

 

「何で?」

 

「一緒がいい!」

 

「……」

 

 彩葉は一瞬だけ言葉に詰まり、それから小さく笑った

 

「そっか」

 

「うん!」

 

 少女は満足そうに頷く

 

 そんな二人を見ながら、湊が自分を指差した

 

「俺は?」

 

「みなとも!」

 

「後付け感すごくない?」

 

「みなとも一緒!」

 

「はいはい」

 

「ほんとだよ!」

 

 頬を膨らませる少女に、湊は思わず笑った

 

 彩葉も笑う

 

 少女もまた笑った

 

 午前三時にもなろうとしている部屋で、三人の笑い声だけが小さく響いていた

 

     *

 

「ところで」

 

 彩葉がタブレットをもう一度見る

 

「名前ないんだよね」

 

「うん」

 

「だったら……かぐや、ってどう?」

 

「かぐや?」

 

「竹取物語の女の子と同じ名前」

 

 少女は何度か口の中で繰り返す

 

「かぐや……」

 

 そして、ぱっと笑った

 

「かぐや!」

 

「気に入った?」

 

「うん!」

 

 自分の胸に手を当てる

 

「わたし、かぐや!」

 

「じゃあ決まり」

 

 湊も頷いた

 

「よろしくな、かぐや」

 

「よろしく、みなと!」

 

 かぐやは次に彩葉へ向く

 

「いろはも!」

 

「うん、よろしくね、かぐや」

 

 こうして、七色に光る電柱から現れた少女には

 

 かぐやという名前がついた

 

「……ん?」

 

 そこで彩葉が、ふと何かに気づいたように首を傾げる

 

「なんで私たちの名前?」

 

 かぐやは不思議そうに瞬きをした

 

 代わりに湊が、これまでの数日を思い返すように答える

 

「まあ、ずっとお互いの名前呼び合ってたからだろ」

 

「ああ……」

 

 彩葉も納得したように頷いた

 

 言われてみれば、この三日間

 

「湊、ミルク取って」

 

「彩葉、おむつどこ置いた?」

 

 そんなやり取りを、少女はずっとすぐそばで聞いていた

 

「覚えてたんだ」

 

「いろは!」

 

 名前を呼ばれた彩葉が少女を見る

 

「みなと!」

 

 今度は湊

 

「はいはい、合ってるよ」

 

「えへへ」

 

 少女――かぐやは、二人の名前を覚えていたことが嬉しいのか、満足そうに笑った

 

     *

 

「さすがにもう寝よう」

 

 彩葉が時計を見る

 

「明日学校だよ……」

 

「正確にはもう今日だけどな」

 

「言わないで」

 

 かぐやが首を傾げる

 

「学校ってなに?」

 

「……それは起きてから説明する」

 

「今知りたい!」

 

「寝なさい」

 

「やだ!」

 

「寝る」

 

「もっとパソコンしたい!」

 

「駄目」

 

「けち!」

 

 彩葉が眉をひそめる

 

「どこで覚えたのそれ」

 

「パソコン!」

 

「湊」

 

「俺のせいじゃないだろ」

 

 そんなやり取りをしながら、三人はようやく眠ることになった

 

「おやすみ、いろは!」

 

「おやすみ、かぐや」

 

「おやすみ、みなと!」

 

「おやすみ」

 

 かぐやは二人の間で目を閉じる

 

 やがて彩葉も眠り、湊も目を閉じた

 

 部屋に再び静けさが戻る

 

     *

 

 それからしばらくして

 

 また、七色の光が夜の部屋を照らした

 

「……ん」

 

 今度は湊が目を覚ます

 

「……嘘だろ」

 

 ベッドを見ると、眠っているかぐやの身体が虹色の光に包まれている

 

「また大きくなるのか……?」

 

 彩葉は眠ったまま

 

 かぐや自身も眠っている

 

 光の中で、五歳ほどだった小さな身体が伸び始めた

 

「待て待て待て……」

 

 腕

 

 脚

 

 髪

 

 身体の輪郭

 

 すべてが急速に変化していく

 

 昼間までの幼い姿とは比べものにならないほど大きな変化だった

 

「いやいやいやいや……」

 

 そして光が消える

 

「……」

 

 湊は完全に固まった

 

 ベッドの上には、もう幼いかぐやはいない

 

 長く伸びた手足

 

 大人びた顔立ち

 

 その体格は、隣で眠っている彩葉とほとんど変わらなかった

 

「……十七歳くらい?」

 

 数日前まで赤ちゃんだった少女が、今では自分たちと同じくらいの姿になっている

 

「……成長速度どうなってんだよ」

 

 当然、五歳の身体に合わせていた服などそのまま使えるはずもなく、湊は慌てて毛布を掛け直した

 

 隣を見る

 

 彩葉は、まだ眠っている

 

「……今度は見ちまったか」

 

 最初の夜

 

 月齢児から一歳ほどへ

 

 そして今日

 

 気づけば五歳ほどになっていた

 

 さらに今、その身体が十七歳ほどへ変わっていく瞬間を目の前で見た

 

 どれも、人が寝静まった夜中に起きている

 

 竹のように

 

 誰にも見られない夜の間に、一気に伸びていく

 

「……」

 

 眠っているかぐやを見る

 

 ほんの少し前、五歳の姿で笑いながら言っていた言葉が頭に残っている

 

 ハッピーエンドまで連れていく

 

 一緒に

 

「……ほんと、何者なんだよ」

 

 問いかけても、当然返事はない

 

 かぐやは何も知らない顔で眠っている

 

 その隣では彩葉も静かな寝息を立てていた

 

 湊は二人へ毛布を掛け直し、大きく息を吐く

 

「……朝が怖いな」

 

 彩葉が目を覚ました時の反応だけは、簡単に想像できた




tqブドウさん、ZERO 紅 零さん、ウパなみさん、Lenna Deutschlandさん

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