また、ここに来た   作:フォートナー

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三連休を越え、かぐやはさらに成長を続けた

そして七月十八日

彼女はまた一つ、この世界を知っていく


第9話 はじめてだらけの木曜日

 

 朝

 

「……ん」

 

 彩葉がゆっくり目を開ける

 

 カーテンの隙間から差し込む朝日と、見慣れない天井

 

 一瞬だけぼんやりしたあと、ここが隣の二〇二号室――湊の部屋だったことを思い出した

 

「……学校……」

 

 眠い

 

 けれど、起きなければならない

 

 身体を起こそうとして、隣に誰かがいることに気づいた

 

「……?」

 

 昨夜までなら、そこにいたのは五歳ほどの少女だったはずだった

 

 けれど

 

「……」

 

 長く伸びた手足

 

 自分とほとんど変わらない体格

 

 幼さを残しながらも、明らかに成長した顔立ち

 

 彩葉は数秒間、完全に停止した

 

「……え?」

 

 顔を見る

 

 身体を見る

 

 もう一度、顔を見る

 

「……え?」

 

 そして

 

「えええええええええ!?」

 

「……うるさ……」

 

 その声で湊が目を覚ました

 

 眠そうに身体を起こし、彩葉の視線の先を確認する

 

「ああ……やっぱそうなるよな」

 

「なんで湊はそんなに冷静なの!?」

 

「夜中に見たから」

 

「何を!?」

 

「成長するところ」

 

「は!?」

 

 彩葉がかぐやと湊を交互に見る

 

「また!?」

 

「また」

 

「光ったの!?」

 

「七色に」

 

「なんで起こしてくれなかったの!?」

 

「俺も途中で目ぇ覚ましただけだって」

 

「っていうか……」

 

 彩葉は改めて眠っている少女を見る

 

「これ、何歳?」

 

「見た感じ俺らと同じくらい」

 

「昨日まで五歳くらいだったよね!?」

 

「俺に聞くなよ」

 

 騒ぎに気づいたのか、かぐやがゆっくり目を開ける

 

「……んー?」

 

 身体を起こし、自分の腕を見る

 

 脚を見る

 

 それから彩葉を見る

 

「……あれ?」

 

 もう一度、自分の身体を確かめ

 

 ぱっと表情を明るくした

 

「おお~! いろはと同じくらいになってる!」

 

「そこ喜ぶところなの!?」

 

「え、だってすごくない? 昨日までこんくらいだったのに」

 

 手で自分の頭の位置を示してから、嬉しそうに彩葉の横へ並ぼうとする

 

「これでもう見上げなくていいじゃん!」

 

「いやいやいや、それより自分の成長速度を怖がってよ!」

 

「自分でもよく分かんないんだからしょうがないじゃん」

 

「しょうがなくない!」

 

 かぐやが立ち上がろうとして

 

「待った!」

 

 湊が毛布を引き上げる

 

「なに?」

 

「服」

 

「……あ」

 

 言われて初めて気づいたらしい

 

 自分を見る

 

「うわ、ちっちゃ!」

 

「服が縮んだんじゃなくて、お前がでかくなったんだよ」

 

「まあ今どきは何もかものスピードが速いんですわ」

 

「それ昨日覚えた言い回し気に入ってんのか?」

 

「結構便利」

 

「便利で済ませるな」

 

     *

 

 その日から

 

 かぐやの学習速度は、さらに加速した

 

 七月十六日

 

 火曜日

 

 彩葉と湊が学校へ行っている間、かぐやはパソコンを使い続けた

 

 ニュース

 

 動画

 

 料理

 

 地図

 

 交通

 

 通販

 

 音楽

 

 ゲーム

 

 学校

 

 仕事

 

 金

 

 人間関係

 

 興味を持ったものから片っ端に調べていく

 

 一つ知れば、その言葉から別の何かへ飛び

 

 そこでまた新しい言葉を覚える

 

「へえ~」

 

「なにこれ」

 

「おもしろ」

 

「こんなのあるんだ」

 

 一人で呟きながら、次から次へと画面を開く

 

 夕方になっても彩葉は帰ってこない

 

 学校が終われば、そのままバイト

 

 帰宅は二十二時を過ぎる

 

「いろは遅くない?」

 

 帰宅した湊へ、かぐやが尋ねた

 

「今日はバイト」

 

「ばいと?」

 

「仕事して金稼いでんの」

 

「学校行ったあとに?」

 

「ああ」

 

「……毎日?」

 

「ほぼ毎日」

 

「へえ……」

 

 かぐやは少し考え

 

「いろはって大変なんだね」

 

「本人はそれが普通になってるけどな」

 

     *

 

 七月十七日

 

 水曜日

 

 同じように彩葉は学校からそのままバイトへ向かった

 

 そして、かぐやはまた学ぶ

 

 初日に比べれば、もう検索の仕方に迷うこともなかった

 

 漢字はまだ分からないものも多い

 

 けれど読めなければ調べればいい

 

 聞いたことのない言葉が出れば、その意味を検索する

 

 動画の中で誰かが使った表現を気に入れば、すぐ口に出して使ってみる

 

「なるほどねぇ」

 

「それはさすがに無理あるでしょ」

 

「超楽しそう!」

 

「うわ、これ絶対おいしいやつじゃん!」

 

 吸収した知識を、自分なりの言葉へ変えていく

 

 二日間

 

 時間にすれば大した長さではない

 

 けれど

 

 かぐやにとっては十分すぎるほど長かった

 

     *

 

 そして

 

 七月十八日

 

 木曜日

 

 この日だけは

 

 彩葉にバイトの予定がなかった

 

 理由は一つ

 

 月見ヤチヨのミニライブ

 

 それも

 

 何度応募しても当たらなかった、握手券付きのチケットをついに手に入れたからだった

 

     *

 

「じゃあ私、着替えてくるから」

 

 朝

 

 学校へ行く準備のため、彩葉はいったん隣の二〇一号室へ戻ろうとする

 

「私も行く」

 

「え?」

 

「いろはの部屋」

 

「昨日も来たでしょ」

 

「いいじゃん、隣なんだし」

 

「まあ……いいけど」

 

 当然のようについてくるかぐやを連れ、二人は二〇一号室へ移動した

 

     *

 

 彩葉が制服へ着替えている間、かぐやは部屋の中を見回している

 

「いろは、これ学校の?」

 

「教科書」

 

「この紙は?」

 

「プリント」

 

「こっちは?」

 

「化粧品」

 

「へえ~」

 

 手を伸ばす

 

「開けないでね」

 

「まだ何もしてないじゃん」

 

「顔が触る気満々だったから」

 

「顔でそこまで分かる?」

 

「二日一緒にいれば分かるよ」

 

「え~、つまんない」

 

「何が」

 

 彩葉は鞄へ教科書を詰め

 

 時計を見る

 

「……あ」

 

「ん?」

 

「かぐやのお昼」

 

「別にそこにあるもの食べるよ」

 

「それはそれで怖いんだけど」

 

「もう台所くらい使えるって」

 

「今まで使ったことないでしょ」

 

「調べた」

 

「実践と動画は違うの」

 

「いろは細かいなぁ」

 

 彩葉は冷蔵庫を開ける

 

 けれど、ろくなものが入っていない

 

 少し考えたあと

 

 棚から小麦粉を取り出した

 

「パンケーキでいい?」

 

「パンケーキ?」

 

「知ってる?」

 

「知ってるよ、食べたことないけど」

 

「じゃあこれ置いてくから」

 

「おお~、初パンケーキ」

 

 少し期待した様子で台所を覗き込む

 

 彩葉がボウルへ小麦粉を入れた

 

 水を注ぐ

 

 混ぜる

 

「……」

 

 かぐやが待つ

 

 さらに待つ

 

「……え?」

 

「何?」

 

「終わり?」

 

「うん」

 

「卵は?」

 

「使わない」

 

「牛乳は?」

 

「ない」

 

「砂糖は?」

 

「いらない」

 

「……」

 

 かぐやの表情が怪しくなる

 

「ほんとにパンケーキ?」

 

「焼けばパンケーキになるよ」

 

「私が調べたやつと全然違うんだけど」

 

「お腹は膨れるから大丈夫」

 

「それパンケーキに対する褒め言葉じゃなくない?」

 

 料理ができないわけではない

 

 一年生の頃とは違う

 

 今の彩葉は、普通の家庭料理なら十分作れる

 

 ただし

 

 自分一人のための食事となれば話は別だった

 

 少しでも安く

 

 少しでも腹が膨れればいい

 

 栄養も味も、その次

 

 小麦粉と水を混ぜて焼くだけ

 

 彩葉にとっては、それで一食だった

 

「できた」

 

「見た目は普通だ」

 

「でしょ?」

 

「じゃ、いただきます」

 

 一口

 

「……」

 

 かぐやの動きが止まる

 

 ゆっくり噛み

 

 飲み込む

 

「……うぇ」

 

「何その顔」

 

「くそまじぃ」

 

「は!?」

 

「何これ、味しない!」

 

「そりゃ何も入れてないから」

 

「じゃあパンケーキって言わないでよ!」

 

「パンケーキでしょ!」

 

「いやいやいや、これは小麦粉焼いただけじゃん!」

 

「お腹膨れるからいいの!」

 

「それなら最初から『腹が膨れる小麦粉』って言ってよ!」

 

「そんな料理名嫌だよ!」

 

     *

 

 しばらくして

 

 彩葉が鞄を持ち、玄関へ向かう

 

「じゃあ行ってくるから」

 

「学校?」

 

「そう」

 

「夕方まで?」

 

「今日はバイトないから、いつもより早いよ」

 

「ほんと?」

 

「うん」

 

 少し安心したように笑ったあと

 

 それでもかぐやは彩葉の袖を掴んだ

 

「……一緒にいてよ」

 

 彩葉が振り返る

 

「かぐや」

 

「学校連れてけないのは分かってるけどさ」

 

 ほんの少しだけ口を尖らせる

 

「いろはと一緒にいたい」

 

「……」

 

 そこへ

 

「彩葉、そろそろ出ないと遅れるぞ」

 

 湊がやってきた

 

「どうした?」

 

「かぐやが一人でいたくないって」

 

「一人が嫌っていうか、いろはがいないのが嫌」

 

「はいはい」

 

「雑!」

 

 湊は部屋へ入り

 

 眉を寄せる

 

「……暑くないか?」

 

「扇風機あるし」

 

「またそれかよ」

 

 止まっているエアコンを見る

 

 ため息

 

「かぐや」

 

「ん?」

 

「とりあえず俺の部屋にいな」

 

「みなとの?」

 

「あっちならエアコンついてる」

 

「パソコンもある?」

 

「ある」

 

「じゃあ行く!」

 

「切り替え早いな」

 

「だってパソコンあるなら暇しないじゃん」

 

「さっきまでの『いろはと一緒がいい』は?」

 

「それはそれ、これはこれ」

 

「都合いいなぁ」

 

 その時

 

 湊がテーブルの皿に気づく

 

「これ何?」

 

「パンケーキ」

 

 彩葉が答える

 

「パンケーキ?」

 

 かぐやが横で呟く

 

「これが?」

 

「かぐや黙って」

 

「俺まだ朝飯食ってないんだけど、一枚もらうぞ」

 

「あっ、湊――」

 

 一口

 

「……」

 

 動きが止まった

 

 ゆっくり噛む

 

「……」

 

 顔色が変わる

 

 かぐやが横から深く頷いた

 

「ね?」

 

「……彩葉、お前なぁ」

 

「な、何」

 

「これ何入れた?」

 

「小麦粉と水」

 

「それだけ?」

 

「……それだけ」

 

「砂糖」

 

「なし」

 

「牛乳」

 

「なし」

 

「卵」

 

「もったいないし」

 

「……」

 

 湊が目を閉じる

 

「料理下手になったのかと思ったら、そっちかよ」

 

「ちゃんと焼けてるでしょ」

 

「焼けてるかどうかの話じゃない」

 

「お腹は膨れるよ」

 

「お前まだ自分一人だとこんな飯食ってんのか」

 

「飯ではあるでしょ」

 

「ほぼ小麦粉だろ」

 

 時計を見る

 

「……あー、もう時間ねえな」

 

 言いたいことを飲み込み

 

 かぐやへ向き直る

 

「かぐや、とりあえず俺の部屋で待っててくれ。部屋にあるものなら何でも使っていいから」

 

「何でも?」

 

「壊さなきゃな」

 

「よし!」

 

「嫌な返事だな」

 

「大丈夫大丈夫」

 

「あと昼飯はそれ無理して食わなくていい。冷蔵庫にあるものなら食っていいぞ」

 

「えっ、いいの!?」

 

「ああ」

 

「じゃあ絶対そっち!」

 

「かぐや!?」

 

「だってこれ超まじぃんだって!」

 

「もう言わないで!」

 

「おいしくてお腹膨れる方が絶対いいじゃん!」

 

「それはそうだけど!」

 

「ほら!」

 

「勝ち誇らないで!」

 

 湊はもう一度彩葉を見る

 

「……帰ったら話すからな」

 

「何を」

 

「お前の飯について」

 

「別にいいって」

 

「よくない」

 

「でも――」

 

「前にも言っただろ」

 

 湊が少し呆れたように言う

 

「無理することと無茶することは違う」

 

「……」

 

「続きは登校しながらな」

 

     *

 

 二人はかぐやを二〇二号室へ残し、学校へ向かった

 

 朝の住宅街

 

 しばらく歩いてから、彩葉がぽつりと言う

 

「……私、さすがに同い年ぐらいの子なんて養えないんだけど……」

 

「なら金の部分は任せろ」

 

「え?」

 

「迎えが来たらたっぷり請求してやるからさ、気にすんな」

 

「いや、でも……」

 

「そもそも放っておけないだろ、彩葉は」

 

「ゔっ……た、確かに」

 

 完全に図星だった

 

 それでも

 

「で、でもやっぱり拾ってきたの私だし……」

 

「……彩葉」

 

「なに」

 

「さっきも言ったけど」

 

 少し呆れたように

 

「無理することと無茶することは違うだろ」

 

「……」

 

「一人でどうにもならないことまで全部抱え込むのは、頑張ってるんじゃなくて無茶してるだけだ」

 

「でも」

 

「金は俺が出せる、俺に分からないことは彩葉がやればいい」

 

 何でもないことのように続ける

 

「一人で無理なら二人で面倒見ればいいだろ」

 

「……二人で?」

 

「ああ」

 

「……」

 

 妙だった

 

 もっと抵抗があると思った

 

 なのに

 

 その言葉は驚くほど自然に胸へ収まった

 

 湊と二人なら

 

 なんとかなる

 

 そんなふうに思ってしまう

 

「……ほんとにいいの?」

 

「だからいいって」

 

「お金とか」

 

「任せろ」

 

「……」

 

「俺だって五万円分ベビー用品買った時点でもう当事者だし」

 

「ほとんど使えなかったけどね」

 

「それ言うな」

 

 彩葉が小さく笑う

 

「……じゃあ、お願いする」

 

「おう」

 

「全部じゃないからね?」

 

「分かってる」

 

「私もちゃんと――」

 

「だからそこでまた一人で抱えようとすんな」

 

「……はい」

 

     *

 

 二人が学校へ行ったあと

 

 かぐやは湊の部屋でパソコンを開いた

 

「さてと」

 

 三日目ともなれば操作に迷いはない

 

「何しよっかなぁ」

 

 検索

 

 動画

 

 ニュース

 

 そうしているうちに、一つの広告が目に留まる

 

「……あ」

 

 スマートコンタクト

 

 通称、スマコン

 

「これ!」

 

 何度か見かけて、ずっと気になっていた

 

 販売ページを開く

 

 価格

 

 十二万四千四百円

 

「十二万四千四百……」

 

 数字は読める

 

 けれど

 

 それが生活の中でどれほど大きな金額なのかまでは、まだ分からない

 

「でもこれ絶対おもしろいやつじゃん!」

 

 商品説明を読み進める

 

 仮想空間ツクヨミ

 

 各種サービスとの連携

 

 視界内操作

 

「欲しい!」

 

 決めるのは早かった

 

 購入画面へ進む

 

「ん?」

 

 決済方法には、すでに情報が登録されている

 

「これ選べばいいのかな」

 

 クリック

 

 確認

 

 決済

 

「……」

 

 注文完了

 

「おお~!」

 

 画面を覗き込む

 

「買えた!」

 

 あまりにも簡単だった

 

「便利~」

 

 満足して

 

 そのまま別の検索へ移る

 

 料理

 

 昨夜から気になっていた

 

「今日は私が作ろっかな」

 

 検索欄へ文字を打つ

 

 生とうもろこしのポタージュ

 

 新ごぼうとアスパラのカリカリサラダ

 

 トマト煮込みハンバーグ

 

 ズッキーニのソテー

 

「うわ、全部おいしそ~!」

 

 必要な材料を確認する

 

「えっと……」

 

 スーパーへ行くという発想より先に、通販画面を開く

 

「最高品質」

 

「金賞受賞」

 

「A5」

 

「プレミアム……」

 

 かぐやの目が輝く

 

「よし! どうせなら一番いいやつ!」

 

 エシレバター

 

 高級オリーブオイル

 

 黒毛和牛

 

 平飼い卵

 

 ジャージー牛乳

 

 生クリーム

 

 必要そうなものを次々とカートへ入れる

 

 足りない雑貨も追加

 

「こんなもんかな」

 

 合計金額

 

 それを見ても

 

 高いのか安いのか、まだよく分からない

 

「まあいっか」

 

 決済

 

「おっけー!」

 

 朝のうちに頼んだ当日配送は、昼前には届く予定だった

 

「地球、便利すぎ!」

 

     *

 

 さらに

 

 別のことを思い出す

 

「いろはの学校……」

 

 この三日間で覚えた検索方法

 

 制服

 

 地域

 

 駅

 

 学校名

 

 断片的な情報を繋げ

 

「……あった」

 

 地図を開く

 

 経路を確認

 

「ふーん」

 

 口元が上がる

 

「ここなんだ」

 

     *

 

 学校では

 

 返却された答案を前に、芦花と真実が揃って机へ突っ伏していた

 

「……生きた」

 

「私も……ギリ生還……」

 

 彩葉が二人を見る

 

「だからもっと早く勉強しなよ」

 

「でも赤点じゃない」

 

「結果論でしょ」

 

「いろはノート様のおかげです」

 

 真実が手を合わせる

 

「ほんとそれ」

 

 芦花まで拝む

 

「彩葉、神」

 

「やめてよ」

 

 近くにいた湊が言う

 

「次から普段から勉強しろよ」

 

「湊、今正論いらない」

 

「なんでだよ」

 

「生還の余韻に浸らせて」

 

「何と戦ってんだ」

 

「テスト」

 

     *

 

 放課後

 

「彩葉、今日バイトは?」

 

 芦花に聞かれ

 

「今日はないよ」

 

「珍し」

 

「何かあるの?」

 

 真実が尋ねる

 

 その瞬間

 

 彩葉の表情が変わる

 

「……ヤチヨのミニライブ」

 

「ああ」

 

「なるほど」

 

「しかも」

 

 鞄から大切そうにチケットを取り出す

 

「握手券付き」

 

「顔」

 

「え?」

 

「顔がすごい」

 

「普通だけど」

 

「全然普通じゃない」

 

 湊が覗き込む

 

「それ、前から言ってたやつか」

 

「何回応募しても外れたやつ」

 

「よかったな」

 

「……うん」

 

 口元を抑えているのに

 

 全然隠せていなかった

 

「で」

 

 芦花が彩葉の肩を叩く

 

「その前にパンケーキ」

 

「え?」

 

「彩葉ノートで赤点回避記念」

 

 真実も続く

 

「お礼の品で~す」

 

 二人揃って

 

「ご査収くださ~い」

 

「まだ店着いてないけど」

 

「予告」

 

「予告なんだ」

 

     *

 

 四人が向かったカフェで

 

 彩葉の前に置かれたのは、苺とクリームがたっぷり乗った三段のパンケーキだった

 

「……すご」

 

「彩葉、遠慮しないで食べて」

 

「今日は私らの奢り」

 

「ありがとう」

 

 ナイフとフォークを取る

 

「いただきま――」

 

 横から

 

 すっとフォークが伸びた

 

「え?」

 

 一段

 

 綺麗に消える

 

「ん~~~~!」

 

 聞き覚えのある声

 

 彩葉が横を見る

 

 パンケーキを頬張り

 

 目を輝かせている少女

 

「うんまぁ~~!」

 

「……」

 

「パンケーキ? これが?」

 

 もう一口

 

「いろはのと全然違う~!」

 

「かぐやぁ!?」

 

 彩葉の声が響いた

 

「ん?」

 

「ん? じゃない!」

 

「よっ、いろは」

 

「なんでここにいるの!?」

 

「来た!」

 

「それは見れば分かる!」

 

 湊も目を丸くする

 

「お前、どうやってここ特定した?」

 

「パソコン」

 

「パソコンって」

 

「学校調べた」

 

「……特定したのかよ」

 

「今どきは何でも検索すれば分かるんですわ」

 

「またそれ使ってる……」

 

「で、学校の近く行ったらいろはたちいたから、ついてきた」

 

「声かけてよ!」

 

「だってどこ行くのかな~って」

 

「ストーカーじゃん!」

 

「え~、ちゃんと今声かけたじゃん」

 

「パンケーキ取ってからね!」

 

     *

 

 そんな二人を

 

 芦花と真実が見ていた

 

「……誰?」

 

 芦花が聞く

 

 けれど声に警戒はない

 

 むしろ

 

「てか、めっちゃかわいくない?」

 

「それ」

 

 真実も頷く

 

「彩葉の知り合い?」

 

「えーっと……」

 

 彩葉が詰まる

 

「かぐや!」

 

 本人が先に名乗る

 

「私、かぐや」

 

「かぐやちゃん?」

 

「うん!」

 

「私は真実、こっちが芦花」

 

「まみと、ろか!」

 

 一度で覚える

 

「よろしく!」

 

「よろしく~」

 

 真実が服を見る

 

「それ、彩葉のじゃない?」

 

「そう!」

 

「なんで!?」

 

「色々あって」

 

「かぐや!」

 

「ほんとじゃん」

 

 笑う

 

 その視線が

 

 今度は芦花の皿へ

 

「……」

 

「食べたい?」

 

「いいの?」

 

「いいよ」

 

「食べる!」

 

 一口

 

「うんまぁ~!」

 

「でしょ?」

 

 芦花も笑う

 

「かぐやちゃん、私のもいる?」

 

「いる!」

 

「二人とも甘やかさないでよ!」

 

「いいじゃん、一口くらい」

 

「そうそう」

 

「順応早すぎない?」

 

「だってかわいいし」

 

 芦花はあっさりしていた

 

「彩葉の知り合いなんでしょ?」

 

「まあ……」

 

「じゃあいいじゃん」

 

「それでいいんだ……」

 

     *

 

 真実がスマホを取り出す

 

「かぐやちゃん、これ見る?」

 

「なに?」

 

「私が食べたやつ」

 

 料理の写真

 

「うわ、おいしそ!」

 

「これはパスタ」

 

「こっちは?」

 

「オムライス」

 

「オムライス!」

 

 かぐやの食いつきが変わる

 

「好き?」

 

「だいすき! この前初めて食べた!」

 

「じゃあこれも好きそう」

 

「なになに?」

 

「ハンバーグ」

 

「うわ、絶対おいしいじゃん!」

 

 次

 

「ポタージュ」

 

「これもいい!」

 

 さらに次

 

「まみ、食べ物の写真めっちゃ持ってるね」

 

「私グルメ系やってるから」

 

「グルメ系?」

 

「食べ物紹介してるの」

 

「なにそれ超楽しそう! もっと見せて!」

 

「いいよ」

 

「次! 次!」

 

 あっという間に馴染んでいく

 

「……早」

 

 彩葉が呟く

 

「綾紬と諫山も大概だな」

 

「かわいいは正義」

 

 芦花が即答した

 

「聞こえてたの?」

 

「聞こえるって」

 

     *

 

「あ、そうだ!」

 

 かぐやが荷物を漁る

 

「みなと!」

 

「ん?」

 

「これ!」

 

 取り出したのは

 

 新品のスマコン

 

「……」

 

 湊が止まる

 

「買った!」

 

「……買った?」

 

「うん!」

 

「何で?」

 

「欲しかったから!」

 

「いやそうじゃなくて」

 

「みなとのパソコンで」

 

「……」

 

「でも設定よく分かんなくてさ」

 

 差し出す

 

「これどうやって使うの?」

 

「待て」

 

「なに?」

 

「いくらだった?」

 

「十二万四千四百円」

 

「見てたのかよ」

 

「見てたよ?」

 

「見た上で買ったのか」

 

「だって欲しかったんだもん」

 

「……」

 

「え、ダメだった?」

 

 初めて少し不安そうな顔をする

 

 湊は眉間を押さえ

 

「……帰ったら確認する」

 

「使い方は?」

 

「それも帰ってから」

 

「え~!」

 

「え~じゃない」

 

「今使いたい!」

 

「帰ってから」

 

「むぅ……」

 

     *

 

 しばらくして

 

 芦花が財布を出す

 

「じゃ、お会計――」

 

「お会計でしたら、すでに頂いております」

 

「……え?」

 

 店員の言葉に三人が止まる

 

「誰が?」

 

「先ほど、そちらのお客様が」

 

 指された先

 

 湊

 

「……」

 

「湊」

 

「何?」

 

「何? じゃないんだけど」

 

 芦花が睨む

 

「今日、私たちが彩葉に奢る日なんだけど?」

 

「知ってる」

 

「じゃあなんで払ったの」

 

「ついで」

 

「ついでで全員分払う!?」

 

 真実も驚く

 

「俺の分もあったし」

 

「よくない!」

 

 彩葉まで加わる

 

「いつ払ったの?」

 

「途中で席立った時」

 

「トイレじゃなかったの?」

 

「ついでに」

 

「そういうことする……」

 

 会計は現金

 

 この後確認する口座残高には影響しない

 

「せっかく芦花たちがお礼してくれたのに」

 

「別にお礼がなくなったわけじゃないだろ」

 

「?」

 

「ここに連れてきたのは二人だし、彩葉がパンケーキ食えたのも二人のおかげだ」

 

「それは……」

 

「金出した奴がお礼したことになるなら、世の中簡単すぎるだろ」

 

 芦花が黙る

 

「……なんかムカつく」

 

「なんでだよ」

 

「いいこと言ったみたいになってる」

 

「知らねえよ」

 

「じゃあ次また奢ろ」

 

 真実が言う

 

「あ、それでいこ」

 

「また!?」

 

「今度こそ湊抜き」

 

「なんで俺締め出されんだよ」

 

「勝手に払うから」

 

「それは確かに」

 

「諫山まで」

 

 かぐやが不思議そうに見る

 

「みなとが払ったのに、なんで怒ってんの?」

 

「色々あるんだよ」

 

「ふ~ん」

 

 数秒考え

 

「よく分かんない!」

 

「今はそれでいい」

 

     *

 

 店を出た彩葉が時計を見る

 

「……よし」

 

 その表情が少し引き締まる

 

「何?」

 

 かぐやが覗き込む

 

「今日、このあとヤチヨのミニライブ」

 

「ヤチヨ?」

 

「私がずっと見てるライバー」

 

「ああ、部屋にいっぱいある人」

 

「いっぱいある人って言わないで」

 

「すごい好きなんでしょ?」

 

「……」

 

 無言

 

 芦花が笑う

 

「そこ聞く?」

 

「何?」

 

「彩葉、ヤチヨの話になると長いよ」

 

「え、じゃあ聞きたい!」

 

「やめて!」

 

「なんで!?」

 

「時間なくなるから!」

 

 彩葉は大切そうに握手券付きのチケットを確認する

 

 その横で

 

 かぐやが興味津々に覗き込んでいた

 

     *

 

 その前に

 

 アパートへ戻る

 

 二〇二号室の扉を開けた瞬間

 

「……ん?」

 

 彩葉が鼻を動かした

 

「いい匂い」

 

「でしょ?」

 

 かぐやが得意そうに胸を張る

 

「私が作った!」

 

「……いつ?」

 

「昼!」

 

 部屋へ入る

 

「……」

 

「……」

 

 彩葉と湊が止まる

 

 テーブルには

 

 生とうもろこしのポタージュ

 

 新ごぼうとアスパラのカリカリサラダ

 

 トマト煮込みハンバーグ

 

 ズッキーニのソテー

 

「これ全部?」

 

「そう!」

 

「かぐやが?」

 

「そう!」

 

「……すご」

 

「でしょ~!」

 

 満足そうに笑う

 

 その時

 

 彩葉の視線が

 

 キッチンへ

 

「……」

 

 鍋

 

 フライパン

 

 ボウル

 

 包丁

 

 包装

 

 調味料

 

 シンク

 

 惨状

 

「……かぐや」

 

「ん?」

 

「料理って」

 

「うん」

 

「作ったら終わりじゃないんだけど」

 

「……」

 

 キッチンを見る

 

「……あ」

 

「今気づいたでしょ」

 

「料理に夢中で忘れてた!」

 

「忘れないで!」

 

「え~、でもおいしそうにできたじゃん!」

 

「片付けまでが料理なの!」

 

「それ先に教えてよ!」

 

「普通分かるでしょ!」

 

     *

 

 さらに

 

「……エシレ?」

 

 彩葉が箱を手に取る

 

「うん!」

 

「なんでこれ?」

 

「最高品質って書いてあった!」

 

「……このオリーブオイル」

 

「金賞!」

 

「肉」

 

「A5!」

 

「卵」

 

「平飼い!」

 

「……」

 

 彩葉の顔色が変わる

 

「かぐや」

 

「なに?」

 

「これ、全部買ったの?」

 

「うん」

 

「どうやって?」

 

「ネット」

 

「支払い」

 

「みなとのパソコンに入ってたやつ」

 

「……」

 

 彩葉が

 

 ゆっくり湊を見る

 

「み、湊……」

 

「……うん」

 

「いくら使われてた?」

 

 湊がスマホを取り出す

 

 口座アプリを開く

 

「……」

 

 固まる

 

「……まあ、あれだ」

 

「何?」

 

「高い授業料みたいなもんだ」

 

「それ絶対高いやつじゃん」

 

「まあ……」

 

「見せて」

 

「見なくていい」

 

「見せて」

 

「彩葉」

 

「見せて」

 

「……」

 

 諦めて画面を向ける

 

 スマコン

 

 **-¥124,400**

 

 食材宅配

 

 **-¥35,077**

 

 雑貨

 

 **-¥1,560**

 

 前日比

 

 **-¥161,037**

 

「――――」

 

 彩葉の口が開く

 

 声が出ない

 

「……パソコンにデビット登録しっぱなしなのはまずったか……」

 

「そこ!?」

 

「いや、そこだろ」

 

「十六万だよ!?」

 

「俺も普通に動揺してる」

 

「見えない!」

 

 かぐやも画面を覗く

 

「……え」

 

 一つずつ数字を見る

 

「そんな高かった?」

 

「値段見てたんでしょ!?」

 

「見たけど」

 

「じゃあなんで!」

 

「それがどのくらい高いのか分かんなかったんだって」

 

「……あ」

 

 彩葉が止まる

 

 言葉は知っている

 

 数字も読める

 

 買い方も知っている

 

 けれど

 

 その数字が人間の生活でどれほどの価値を持つのか

 

 かぐやはまだ知らない

 

「かぐや」

 

「……うん」

 

「俺が部屋にあるものなら何でも使っていいって言ったの、覚えてる?」

 

「覚えてる」

 

「パソコン使うのはいい」

 

「うん」

 

「でも、俺の金まで自由に使っていいって意味じゃない」

 

「……」

 

 目を瞬く

 

「これ、みなとのお金だったんだ」

 

「そう」

 

「パソコンでそのまま払えたから、使っていいやつかと思ってた」

 

「そこは俺も悪い」

 

 湊が頭を掻く

 

「自分しか使わないと思って、デビット登録したままだった」

 

「……ごめん」

 

「次から何か買う時は先に聞いてくれ」

 

「分かった」

 

「スマコンも」

 

「うん」

 

「高級食材も」

 

「……うん」

 

「三人分の料理に三万五千円使う時も」

 

「でもそれは絶対おいしいと思って――」

 

「そこじゃない」

 

「……はい」

 

 ほんの少し肩を落とす

 

 けれど

 

「次はちゃんと聞く!」

 

 立ち直るのも早かった

 

「だからまた買う気なのかよ」

 

「必要だったら!」

 

「そこは止めないけど」

 

     *

 

「……」

 

 彩葉が、もう一度画面を見る

 

 そして

 

 別のところで止まる

 

 **普通預金残高 ¥32,684,915**

 

「……」

 

「彩葉?」

 

「……さんぜん」

 

「ん?」

 

「三千……二百……」

 

 顔を上げる

 

「……何これ」

 

「残高」

 

「それは見れば分かる!」

 

「じゃあ何だよ」

 

「高校生の普通預金の数字じゃないでしょこれ!?」

 

「……そうか?」

 

「そうだよ!!」

 

 かぐやも覗く

 

「うわ、ゼロいっぱい!」

 

「感想そこ!?」

 

「だってまだ金額の感覚あんま分かんないし」

 

「ああもう!」

 

 かぐやが湊を見る

 

「みなと、お金持ちなんだ」

 

「まあ、困ってはない」

 

「その言い方で三千万持ってる人初めて見たんだけど!?」

 

「これ全部の資産じゃないし」

 

「まだあるの!?」

 

「……」

 

「何で黙るの!?」

 

「話すと長い」

 

「朝」

 

 彩葉が呟く

 

「『金の部分は任せろ』って言ってたよね」

 

「言った」

 

「……ほんとに任せてよかったやつだったんだ……」

 

「だから言っただろ」

 

「規模が違う!」

 

「ぷっ」

 

 かぐやが吹き出す

 

「いろは、すごい顔」

 

「誰のせいだと思ってるの!」

 

「え、みなとも結構悪くない?」

 

「お前が十六万使ったところから始まってんだよ」

 

「あ、そっか!」

 

「そこで納得しない!」

 

     *

 

 三人で料理を温め直す

 

「いただきます」

 

「いただきまーす!」

 

 彩葉がハンバーグを口へ入れる

 

「……」

 

 かぐやが身を乗り出す

 

「どう?」

 

「……おいしい」

 

「ほんと!?」

 

「うん」

 

「よっしゃ!」

 

「悔しいけど」

 

「何で!?」

 

「朝のパンケーキとの差」

 

「いや、朝のと比べるのはさすがに料理に失礼じゃない?」

 

「かぐや?」

 

「はい」

 

 湊も食べる

 

「……うまい」

 

「でしょ!」

 

「材料三万五千円」

 

「それ言わないでよ~!」

 

「現実だ」

 

「でも最高品質ってほんとにおいしいんだね」

 

「そこだけ学習するな」

 

「大事じゃん!」

 

     *

 

 食事の途中

 

 湊が彩葉を見る

 

「彩葉も料理自体は普通にできるんだからさ」

 

「何」

 

「自分の飯だけああするのやめろ」

 

「……」

 

「一年の頃よりずっと上手くなってんのに」

 

「でも自分一人なら」

 

「ほらそれ」

 

「だって食費が」

 

「無理と無茶は違うって今日何回言わせんだ」

 

「……はい」

 

 かぐやが二人を見る

 

「じゃあ私がいろはのご飯作ればいいじゃん!」

 

「え」

 

「よし! 決めた!」

 

 勢いよく言う

 

「これから私が作る!」

 

 湊がキッチンを見る

 

「片付けまでできるようになったらな」

 

「え~!」

 

「そこ込み」

 

「料理はおいしいじゃん!」

 

「それとこれとは別」

 

「厳し~!」

 

     *

 

 食事を終え

 

 片付けを始める頃には

 

 彩葉の目はすっかり重くなっていた

 

「いろは?」

 

「……ん」

 

「眠い?」

 

「大丈夫……」

 

「大丈夫じゃないだろ」

 

 湊が言う

 

「今日はバイトないんだから休め」

 

「でもヤチヨのライブ……」

 

「それまで寝ろ」

 

「でも片付け」

 

「俺とかぐやでやる」

 

「えっ、私も!?」

 

「お前が散らかしたんだろ」

 

「そっか」

 

「そっかじゃない」

 

「……じゃ、やる」

 

 彩葉が立ち上がろうとする

 

 ふらつく

 

「いろは!」

 

 かぐやが支える

 

「ほら、寝た方がいいって」

 

「でも」

 

「ヤチヨのライブ寝過ごしたら嫌でしょ?」

 

「……」

 

 効果は絶大だった

 

「寝る」

 

「そこは即決なんだ」

 

「ヤチヨだから」

 

「そんな好きなんだ」

 

「好き」

 

「へえ~」

 

 かぐやが少しだけ彩葉を見る

 

「……ヤチヨ、ね」

 

     *

 

 二〇一号室

 

 布団へ入った彩葉は、ものの数分で眠り始めた

 

「早っ」

 

「疲れてんだよ」

 

「十七日まで毎日学校行って、そのあと十時までバイトしてたんでしょ?」

 

「ああ」

 

「……無茶してんじゃん」

 

「本人に言ってやれ」

 

「言ったら聞く?」

 

「たぶん聞かない」

 

「頑固だなぁ」

 

「お前にだけは言われたくないと思う」

 

「私は素直だよ?」

 

「どこが」

 

「全部?」

 

「自分で言うな」

 

 かぐやが笑う

 

 それから

 

 眠る彩葉を見る

 

「……」

 

 もっと楽しい方がいい

 

 もっと笑っている方がいい

 

 昨日まで知らなかったはずなのに

 

 いつの間にか

 

 そんなことを考えるようになっていた

 

 ふと

 

 部屋の隅へ視線を向ける

 

「……あれ?」

 

 小さな携帯ゲーム機

 

「みなと」

 

「ん?」

 

「これ何?」

 

「彩葉のじゃないか?」

 

 かぐやが手に取る

 

「へえ……」

 

 ボタン

 

 画面

 

 構造を確かめるように眺める

 

「これ、おもしろ」

 

「何する気だ?」

 

「ん~?」

 

 口元が上がる

 

「ひみつ!」

 

「その顔やめろ」

 

「何で?」

 

「絶対ろくなこと考えてない」

 

「失礼だなぁ」

 

「今日十六万使った奴に言われたくない」

 

「もう勝手に使わないって!」

 

「そこじゃなくて」

 

 かぐやはもう一度ゲーム機を見る

 

「……よし」

 

「今度は何決めた」

 

「面白いの作る!」

 

「何を」

 

「だから、ひみつ!」

 

 楽しそうに笑う

 

 その小さなゲーム機から

 

 やがて

 

 **犬DOGE**

 

 と呼ばれる存在が生まれることになる

 

 そして

 

 時計の針は

 

 ヤチヨのミニライブの時間へ

 

 少しずつ近づいていた




黒目さん、主食は、砂糖(てぇてぇ)さん、双真さん

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