カードもできるギャルゲー世界に転生した(けど気付いてない)男のカードゲームライフ! 作:烏丸英
転売ヤーは殺す、慈悲はない
「あ~、しんどかった~……」
四月の上旬、新学期が始まって間もないある日の夕方、俺はバイト先のカードショップで疲れに満ちたため息を吐きながらそうぼやいていた。
レジから見えるゲームエリアでは子供たちが買ったばかりのパックを開けたり、対戦をしたりして楽しんでいて、その姿を見るとちょっとだけ疲れが取れるような気がする。
現在時刻は十七時。仕事上がりまであと一時間だ。
ここからはそこまで疲れる仕事はないだろうと考える俺へと、この店の店長が声をかけてくる。
「お疲れ、進弥くん。今日は大変だったね」
「そっすね。覚悟はしてましたけど、想像以上でした」
俺以上に疲れた顔をしている白髪の店長へと、苦笑交じりにそう返す。
今日はこの世界で大流行しているTCG『エヴォルレジェンズ』の新弾&新ストラクチャーデッキの発売日。
しかも今日から新シーズンに入って使えるカードに規制が入るというおまけ付きだ。
そんなわけで、カードショップは新しいカードを求める客が押し寄せ、大盛況という名の地獄絵図を作り出していた。
規模が小さめなうちの店にも大勢の客がやって来たわけで、朝からてんやわんやだったというわけだ。
「新弾はもう売り切れて、残りはデッキが少し残ってるだけか。予約客もほとんど来てくれたし、ようやく落ち着いたね」
「本当に忙しかったっすよ。やっぱもうちょい人を増やした方がいいですって。俺がいなかったら本気でマズいじゃないですか」
「あはは……わかってるんだけど、やっぱねえ。あんまりうちみたいな店で働きたいって子はなかなか見つからなくってさ……」
俺のバイト先である『カードショップ・クローバー』は基本的に俺と店長の二人で回している。
こう言うとしごでき感があるバイトリーダーっぽく聞こえるかもしれないが、俺もここで働き始めてから一週間程度しか経っていない。
少し前に中学を卒業して無事に高校生になることが決まった俺は、前々からホームとして通っているこの店でアルバイトとして働かせてもらいたいと頼み込んだ。
ちょうどそのタイミングで他のバイトたちが全員辞めてしまったこともあり、長年の付き合いのある俺からの申し出を願ってもないと考えたであろう店長は二つ返事で了解の返事をくれて、法的に許される四月一日から働き始めたという経緯があった。
「そう遠くないところに大きなカードショップがあるから、そっちで働く子も多いっていうのに……進弥くんは変わってるね」
「俺はこの店が好きなんですよ。時給とか仕事の楽さとかはどうでもいいんです」
店長の言う通り、この店から少し離れたところには大型のカードショップがある。
というより、この世界にはカードショップが無数に存在していて、クローバーよりも高時給で楽なバイト先も簡単に見つけられた。
ただ俺はこの店の雰囲気が好きだったし、子供の頃から世話になっている店長も好きだ。
確かに条件的には他の店の方が優れているとは思うが……俺にとっては、この店が最高のバイト先だった。それだけの話だ。
「レジ、俺が担当しますよ。今の内に事務作業とか終わらせちゃってください」
「ああ、うん。そうさせてもらうよ。万引きだけは気を付けてね!!」
そこで会話を切り上げた俺は、店長の言葉を受けて新発売のストラクチャーデッキが置いてあるエリアへと目を向けた。
店の規模から考えてもかなり多めに発注したデッキも残りは数個になっており、種類によっては普通に売り切れている。
やっぱり『エヴォルレジェンズ』の人気は半端ないな~と思いながらも、こういう世界なら当たり前かと考えながらぼ~っとしていた俺の耳に、自動ドアが開く音が響いた。
(おお、初めてのお客さんか……)
店の中に駆け込んできたのは、小柄な女の子だった。
多分、小学校高学年か中学生。ふんわりとした薄い金色の髪をかわいらしい外ハネショートに切り揃えている彼女は、間違いなく美少女に属しているだろう。
あんな目立つ子は見たことないし、初見さんなんだろうなとぼんやり考える俺の前で真っすぐに新発売のデッキコーナーへと向かった女の子は、そこに残っていたデッキを見ると共に笑みを浮かべて言った。
「よかったぁ……!! やっと見つけたよ……!!」
その様子から察するに、ここまで幾つかの店舗を回ってきたのだろう。
どこもかしこも売り切れで、ようやくこのマイナーな店でお目当てのデッキを見つけることができたであろう彼女の喜ぶ姿に、俺も心の中で祝福の言葉を贈る。
どうやら彼女が見つけたデッキが最後の一個だったようだ。
なんだか運命的だなと思いながら、この世界のことを考えるともしかして本当に運命だったりして……などということを俺が考えていた時だった。
「あっっ!? ちょっと!!」
「えっ……!?」
嬉しそうにデッキを見つめていた女の子の下に静かに近付いた男性客が、彼女を押しのけてラックからそのデッキを取ってしまったではないか。
驚く女の子の言葉を無視して真っすぐに俺の下に向かってきたその男性客は、彼女から奪ったデッキをレジに置くと共に言う。
「早く会計して、袋はいらないから」
「えぇ……?」
全く悪びれる様子もなく、タメ口で会計を指示してきた男性客の態度に驚きを通り越して困惑してしまう。
そんな中、続いてレジにやって来た女の子が彼に食って掛かった。
「ちょっと待ってよ! それ、私が先に見つけたデッキでしょ!? 返してよ!」
「は? 何言ってんの? 先にレジに持ってきたのは俺なんだから、俺の物じゃん」
女の子の言葉に振り返った男性は、彼女の顔と小柄な体格に見合わない大きな胸を見て、鼻の下を伸ばしながらそう返した。
不躾な視線に気付いたであろう女の子が顔を顰める中、俺はこの先の展開を予測すると共に目を細める。
「デッキを取ろうとしたところであなたが私を押しのけて強引に取ったじゃん! やってること、ほとんど泥棒だよ!!」
「人を泥棒扱いするなよ。でもまあ、いいぜ。そこまで言うなら
「えっ……!?」
(ああ、やっぱこうなったか……)
トラブルが起きた時のこの世界での定番パターン、『エヴォルレジェンズ』で戦い、勝った方の意見を通す。
……どこのカードゲームアニメの話だよ? って思っただろう? 俺も最初はそう思ったし、今でも思ってる。
ちなみに擁立戦っていうのは『エヴォルレジェンズ』の対戦の名前だ。
遊〇王でいう
「擁立戦をして、勝った方がこのデッキを買える……それでいいだろ?」
「いや、で、でも……!!」
「なに? ビビってんの? じゃあ、不戦勝ってことで俺が貰うけど、それでいいよな?」
「っっ……!!」
マズいことになってきた。多分、この子は腕に自信がないみたいだ。
単純に自分が先に手に取ったデッキが賭けの対象になってることが納得できないだけかもしれないけど、この世界においてこのどっちつかずの態度は致命的だ。
擁立戦を断る時はきっぱり断って、受ける時は堂々と受ける。それがある意味で狂っているこの世界でトラブルを切り抜ける最良の手段。
この態度だと相手は付け上がって、どんどん調子に乗ってしまう。
(マズいな。このままだと、あの子が不利だぞ)
確かに先にデッキを見つけたのは女の子の方だが、手に取ったのはこっちの男性客だ。
先の出来事について俺が証言したとしても、押しのけたんじゃなくてデッキを取る時にぶつかっただけだと言われたらそれまでだし、経験上、こういう奴はそう諦めたりなんかせずにゴネにゴネることはわかっている。
この状況でできることは……と考える俺の前で、予想通りに調子に乗った男は女の子に圧をかけて詰め寄っていった。
「さあ、どうすんの? やらないならこのデッキは貰っていくけど、それでいいんだよな?」
「うっ、うぅ……っ」
男の圧に、女の子は完全に委縮してしまった。こうなっては擁立戦をしても勝ち目はないだろう。
だがしかし、とあることに気付いてしまった以上、この男の好きなようにさせるわけにはいかない。
静かに息を吐いた俺は、女の子に詰め寄る彼へと言う。
「……その勝負、俺が受けてもいいですか?」
「は……?」
俺の言葉に、驚きを隠せなかった男性客が間抜けな声を漏らす。
女の子と共にこちらを向いた彼は、俺に向かって食ってかかってきた。
「どうしてお前がこの客の肩を持つんだよ? 女だからって、味方する気か?」
「さっき、あなたがこの子のことを押しのけてデッキを取るところを見たからですかね。俺が見た感じ、デッキを買う権利があるのはこの子だ」
女の子にしたように俺にも圧をかけてくる男へとそう返した俺は、『レジ休止中』の札を立てると共にエプロンを脱いだ。
自分のデッキを手にしてカウンターから出た俺は、僅かに動揺を滲ませる男へと言う。
「……一台だけですけど、ファイトテーブルがあります。そこで擁立戦をやりましょう」
「ちっ……! 粋がりやがって、目にもの見せてやる……!!」
舌打ちを鳴らした男が、一足先にゲームエリアへと向かう。
その背中を目で追う俺へと、女の子が声をかけてきた。
「店員さん、なんで……?」
「さっきも言った通り、君があの男に押しのけられるところを見てたからね。それに……もう一つ、見過ごせない理由がある」
先ほど、あの男が彼女と言い争っている最中、肩から下げていたバッグの中身が見えてしまった。
バッグの中には様々な店舗で買い物をした痕跡として、各カードショップで買い物をした時についてくるビニール袋が入っており、その中に本日発売されたばかりのストラクチャーデッキ(全六種)が入っていることを、俺は確認している。
ストラクチャーデッキを複数買うことはカードゲーマーとしては珍しいことではない。
しかし、あの男は複数の店舗を使い、およそ一人では扱いきれないであろう数のデッキを大量に購入していた。
おそらくだが、奴は転売ヤーだ。購入したデッキの中には自分が使うためのものもあるのだろうが、余ったものはネットに流してお小遣いにするつもりなのだろう。
あの悪辣な態度も、悪びれない様子も、こういったことに慣れているからだと考えれば合点がいく。
残念ながら、どの世界にも全人類の敵とでもいうべき連中は存在しているようだ。
だがしかし、ここで出会えたことに関してだけは幸運だと考えるべきだろう。
(転売ヤーは殺す、慈悲はない)
ショップ店員として、一人のカードゲーマーとして、奴の悪行を放置するわけにはいかない。
とりあえず、目論見を阻止しつつ、合法的に抹殺する方法はないかなと考えながら、俺はゲームエリアへと向かっていった。