カードもできるギャルゲー世界に転生した(けど気付いてない)男のカードゲームライフ! 作:烏丸英
(まったく……心愛ったら、いきなり夕食にカレーをリクエストしてこないでよね。おかげで買い物に行く羽目になっちゃったじゃん)
心の中で双子の姉への不満をこぼしながら、私は買い物袋の中身を確認する。
必要な材料をきちんと購入していることを見て取った私は、少し早足で家に続く道を歩いていった。
(思ったより遅くなっちゃった。急がないと……)
時刻は五時前、まだ日が沈みはしないがそこそこ遅い時間だ。
あと数時間すれば姉や母たちも帰ってくるだろうし、それまでにカレーを作っておきたい。
本当は家にあるもので適当に何か作ろうと思っていたのだが、心愛からのリクエストに応えるために学校帰りに買い物をした結果、想定よりも帰宅時間が遅くなってしまった。
面倒なことをとは思いつつも、私が作ったカレーが大好きな心愛が美味しそうに笑いながらそれを食べる姿を想像すると、まあいいかとも思ってしまう。
幸い、そこまで手間がかかる料理でもないからパパっと作れるだろうと……そう思いながら家の扉を開けた私は、そこで違和感に気付き、眉をひそめた。
「あれ? 誰か帰ってきてる……?」
リビングの方から感じる、人の気配。
だけど、今日は両親も仕事で遅くなると言っていたし、心愛も私に夕食作りを任せて友達と遊びに行くと言っていたから、誰も帰ってきていないはずだ。
おかしいと思いながら靴を確認した私は、心愛の革靴が並んでいることに気付いた。
どうやら姉は買い物をしていた私よりも早く帰ってきていたようだ。何か事情があって予定が変わったのだろうか?
まあ、早く帰ってきているのなら、それはそれで構わないが……と思いながら、私はリビングへと向かう。
「心愛? もう帰ってきてた、の……?」
リビングに続く扉を開けながら、私はそこにいるはずの姉へと声をかけた。
気配を感じる方へと視線を向けた私であったが……目に飛び込んできた光景に、思わず口を閉ざしてしまう。
「……お帰り、萌香ちゃん。遅かったね」
「ここ、あ……?」
私の声に反応して振り向いた心愛の姿を目にした私の胸に、猛烈な違和感が込み上げてくる。
笑みを浮かべ、私を迎えるその人物の顔は、声は、間違いなく心愛のそれだ。
だけど、違う。今、私の目の前にいる人物は姉じゃないと、頭ではなく心がそう叫んでいた。
「どうしたの、萌香ちゃん? そんな顔しちゃって……」
小さく微笑みながらこちらへと歩み寄ってくる心愛に対して、私も反射的に
そうしながら改めて彼女を観察すれば、明らかに心愛と違う部分が幾つも見て取れた。
まず、髪色が違う。私と同じふんわりとした金色をしていたはずの髪は、真っ黒に変わっている。
髪型もロングヘアーなのは同じだが、ややボリュームを感じさせた心愛と違って目の前のこいつは黒色が艶やかに映える真っすぐな長髪をしていた。
何より、雰囲気が違う。普段の心愛ならばもっと明るく楽しそうにしているが、黒髪の心愛は不気味な静けさを漂わせている。
物静かとも違った、底知れない何かを感じさせる彼女であったが……同時に、私の中には彼女が心愛であるという矛盾した思いが渦巻いていた。
「誰なの、あなた……? 心愛そっくりだけど、心愛じゃない……?」
髪色も髪型も違う。雰囲気も違う。目の前のこいつは、私が十数年間姉妹として一緒に過ごした姉じゃない。
だけど、こいつから微かに心愛が持っている気配や雰囲気のようなものも感じ取っていた私が、そう尋ねた時だった。
「誰だなんて、そんなひどいこと言わないでよ。私の
「っっ!?」
背後から聞こえたその声に、思わず息を呑んでしまう。
とても……とても聞き覚えのある声だった。毎日、絶対にどこかで聞いている声。これまでの人生で何度も聞き続けたその声の主が誰なのか、私は直感で理解する。
だけど、そんなことあり得ない。あるはずがない。
そう思いながら振り返った私は、玄関に続く廊下に立つ人物の姿を見て、目を見開いた。
「わ、私……!?」
髪色がド派手な赤色に変わっている。髪型もツーサイドアップになっていて、浮かべている笑みや全身からは人を舐めているようなメスガキめいた雰囲気がにじみ出ていて、明らかに変だとわかる。
だけど、だけど……そこに立っていたのは、間違いなく私だ。その顔を、姿を、声を、毎日見て、聞いているからわかる。
今、私の目の前に立っているのは、間違いなく
唐突にもう一人の自分と対面して愕然とする私へと、愉快気な感情を滲ませた笑みを浮かべながら彼女が言う。
「あはっ! めっちゃ驚いてるじゃ~ん、面白~い!!」
「萌香ちゃん、あんまりからかっちゃダメよ。こんな目に遭ったら、驚いて当然でしょ?」
「何……? 何が起きてるの……? いったいどうして、こんな……!?」
私を挟んで話し合う、もう一人の私と心愛の会話を聞く度に、混乱が加速していく。
いったい何が起きているのか? どうしてこんなことになっているのか?
その答えがわからずにパニックに陥りかけた私の思考を引き戻したのは、もう一人の心愛の言葉だった。
「萌香ちゃん、早めに終わらせちゃいましょ。ちょうど別々に行動してるみたいだしね」
「うん! わかったよ、お姉ちゃん!」
「っっ……!?」
元気よく返事をしたもう一人の私が、意味深な笑みを浮かべて私を見つめる。
明るさも快活さも感じない、邪悪さを滲ませるその笑みを見た瞬間、私の背筋は凍り付いた。
「こ、来ないで……! 来ないで……っ!!」
「ふふ……っ! 怖いんだ? 泣きそうになっちゃって、かわいそ~!」
「大丈夫よ、萌香ちゃん。すぐに何も感じなくなるから」
静かに笑うもう一人の自分と姉の顔が、途轍もなく恐ろしく見えた。
しかし、その恐怖がパニックに陥りかけていた私の思考を引き戻し、同時に本能を刺激したことは、本当に幸運だったのかもしれない。
「い、いや……いやああっ!!」
「わっ!?」
気が付いた時、私は大声で叫びながらこちらへ近付いてくるもう一人の私へと買い物袋を投げつけていた。
突然の抵抗にもう一人の私が驚き、怯んだその瞬間、私は全力でその横を通り抜け、外へと飛び出す。
そこからはもう、必死だった。ただただ必死に走って、走って、走り続けて……家から十分に離れた後、あいつらが追ってきていないことを確認したところで、膝から力が抜けてしまった私は、そのままその場にへたり込んでしまう。
「何だったの、今の……? 何が起きてるの……!?」
そう震える声で呟いてみても、何もわからない。私の前に現れたもう一人の私たちの正体は何なのか? 目的は? どうしてこんなことになっているのか? 何一つとしてわからないままだ。
だけど、あいつらがいる以上、家に戻れないことはわかる。見つかる前にどこかに身を隠さなければならないことも理解できたが、制服姿で飛び出してしまった私はホテルのような施設に泊まるためのお金もないし、夜遅くにこんな格好で出歩いていたら警察に補導されて、家に連絡がいってしまうだろう。
もう一度あいつらに見つかってしまったら、今度こそ逃げられない。そんな確信を抱いている私は、恐怖に震える手で鞄にしまってあったスマホを取る。
助けが必要だ。でも、誰がこんな話を信じてくれるだろうか。もう一人の自分に狙われているだなんて現実離れした話を信じて、力になってくれる人なんて……と、半ば絶望していた私の脳裏に、一人の人物の顔が思い浮かぶ。
「お願い、お願い……っ!」
私に残された、僅かな希望。縋るように通話履歴の一番上にある連絡先をタップした私は、必死に祈りながら反応を待つ。
数度のコールの後、小さな音が響いて……息を呑んだ私の耳に聞こえてきたのは、少し驚いているような彼の声だった。
『もしもし? 甘木、どうかしたのか?』
「い、いち、のせ……っ!!」
込み上げてきた安堵のままに、彼の名前を呼ぶ。
まだ出会って間もないし、そこまで深く相手のことを知り合っている関係でもない。だけど、優しい彼ならば私の話を信じてくれる……そんな確信がある。
『……甘木? おい、どうした? 何かあったのか?』
私の様子がおかしいことを、一ノ瀬も察したのだろう。
焦りを募らせている彼に対して、私は絞り出すように今、心にある言葉を呻いた。
「お願い……助けて……!!」