カードもできるギャルゲー世界に転生した(けど気付いてない)男のカードゲームライフ! 作:烏丸英
「飯、カップラーメンしか用意できなくてごめんな。それと、服もできるだけ新しいやつを用意したから……」
「謝らないでよ。ここまでしてくれて感謝してる。本当にありがとう」
夜食用に買い置きしておいたカップラーメンのゴミを捨ててきた俺へと、サイズの合わないシャツとハーフパンツを纏った甘木が小さく笑いながら言う。
想像以上に過酷な状況に追いやられている甘木になんて言えばいいかわからない俺は、逆に気遣われていることを申し訳なく思った。
「……本当、一ノ瀬がいてくれて良かったよ。私のことが見えてるの、一ノ瀬だけっぽいしさ」
「ああ……でも、どうしてこんなことに……?」
あの後、仕事を終えて帰ってきた父を甘木と一緒に迎えてみたが、何の反応もなかった。
どうやら甘木の姿が見えている……というより、声なども含めた存在を認知できるのは俺だけのようだ。
もしかしたら、俺が転生者であることが関係しているのかもしれないが……今、その話を甘木にしても、困らせるだけだと判断した俺は、敢えてこの情報を黙っていた。
「お姉さんと連絡は?」
「ううん、だめ。返信どころか既読もつかない。もしかしたら心愛は、もう……」
スマホを大事そうに握っている甘木にそう問いかければ、彼女は首を振ると共に最悪の想像を思い浮かべる。
俺もその可能性が高いと思っていたが、断定しても甘木を苦しめるだけだと思い、口を噤んだ。
「……色々不安だとは思うけど、もう眠った方がいい。今は休むべきだ」
「うん、そうだね……」
時刻は夜十時、高校生からするとまだ眠るには早い時間かもしれないが、甘木は心身共に疲弊している。
そんな状況ではないかもしれないが、少しでも休まないと体がもたないという意見に同意した彼女へと、俺は続けて言う。
「じゃあ、その……俺は下で寝るから、甘木はベッドで休んでくれ。何かあったらスマホで連絡してくれて構わないから」
緊急事態とはいえ、若い男女が同じ部屋の中、二人きりで夜を過ごすというのはあまりよろしくない。
甘木だって俺が近くにいたら不安だろうと考え、別の部屋に行くことを提案したのだが、そんな俺に対して彼女は思ってもみなかった反応を見せる。
「……気にしないでいいよ。一ノ瀬もこの部屋で寝て」
「えっ? でっ、でも……!」
「……今日は、傍にいて。お願い……!」
瞳をわずかに潤ませた甘木から上目遣いで見つめられ、追い詰められている声で懇願された俺の心臓が大きく跳ね上がった。
こんな状況で考えることじゃないだろうが、破壊力がすごい。
この願いを断れるだけの精神力などない俺は、戸惑いながらも首を縦に振るしかなかった。
「わ、わかった。じゃあ俺は床で寝るから……」
そんな俺の言葉に、甘木が無言で頷く。
本当にこれでいいのかと思いながらクッションで疑似的な布団を作った俺は、予備のタオルを取り出した後で甘木に声をかける。
「じゃあ、その……おやすみなさい」
「うん……おやすみ、一ノ瀬」
緊張しながら挨拶をした後、電気を消す。
布団もどきに寝転がった俺はスマホを弄る気にもなれず、ただ悶々と起きてしまった異変について考えを巡らせていく。
(世界線の混濁に現れたもう一人の自分たち……そして、俺以外に感知できなくなってる甘木、何がどうなってるんだ……?)
今、この世界には大きな異変が起きている。カードゲームアニメらしい展開だが、この十数年間そんなものとは無縁で生きてきた俺にとっては、パニックの元凶でしかない。
いったい、何が起きているのか? 現れたもう一人の甘木たちの正体は何なのか? わからないことをわからないままにしておきたくなくて、必死に考えを巡らせようとしたその時だった。
「っっ……!?」
背中に、何か柔らかいものが当たった。
続いてそれが強く押し当てられると共に小さな手が俺の体を抱き締めるように回されてくる。
驚き、首だけで振り返った俺は、ベッドを抜け出して布団に潜り込んできた甘木の姿を目にして、思考が吹き飛ぶほどの衝撃に襲われた。
「あっ、甘木!? な、何して……!?」
「……一ノ瀬、私の声、聞こえてる? 私のこと、見えてる?」
「えっ……?」
いたずらにしては大胆過ぎると慌てながら甘木を問い詰めようとした俺は、返ってきた声が震えていることに気付き、小さく息を呑んだ。
震えているのは声だけではない。俺を捕まえる腕も、小さな肩も、微かに震えていることに気付いた俺へと、甘木が言う。
「怖いよ、一ノ瀬……! 心愛はどうなっちゃったの? 私、どうなるの? わけがわからない内にみんなから忘れられて、誰からも見えなくなったら、どうすればいいの?」
「お、落ち着け。大丈夫だ、そんなことにはならないって」
「なんでそんなことが言えるの? この先、どうなるかなんて誰にもわからないのに……!!」
甘木の声は、不安に押し潰されそうになっている心境をこれ以上ないほどに表している。
突然、もう一人の自分たちが現れ、姉とは連絡が取れない。さらに自分が他の人たちに感知されなくなっているのだ、追い詰められて当然だろう。
「……ごめん。こんな、八つ当たりみたいなことしちゃって。でも、怖いんだよ……眠るのが怖い。明日、目を覚ました時、一ノ瀬に私のことが見えなくなってたら? 私のことを忘れてたら、どうすればいいの? そうなったら、もうどこにも味方なんていない。助けを求める声も誰にも届かなくなって、永遠に独りぼっちだなんて、嫌だよ、怖いよ……!!」
「甘木……」
……俺自身の混乱なんて、どうでもいいことだった。
今、俺の傍にいる甘木の不安や恐怖に比べれば、そんなの本当にちっぽけなものだ。
こんな異常事態だっていうのに、甘木は友達にも、家族にも、姉にも、誰にも頼れない。
最後に残った微かな希望……それが俺で、甘木はそれに縋ることしかできなくて、それでも恐れを拭いきれないでいる。
俺は知っている、孤独の恐怖を。誰にも頼れない寂しさや不安なら、前世で嫌というほど味わってきた。
その恐怖に、不安に、怯えている甘木に俺が今、すべきことは一つしかない。
「……大丈夫だ、甘木」
「あっ……!?」
体を捻り、甘木と向かい合って顔を合わせた俺は静かに、されど強い意志を込めて言う。
そうしながら、恐怖に震える小さな体を抱き締めた俺は、決意を込めて彼女へと誓った。
「俺が、絶対に守る。この異変も解決して、元通りの日常を取り戻してみせる。甘木のことも忘れない。こんな俺の約束なんかじゃ不安かもしれないけど、何があっても守ってみせるから……泣かないでくれ」
「一ノ瀬……」
「また笑って『エヴォルレジェンズ』をやろう。お姉さんも一緒に、楽しく擁立戦をしよう。絶対に、そんな日が戻ってくるさ」
「……うん」
大丈夫だって、力になるって、守ってみせるって……昔、家族がいなかった俺は、寂しかった時にそうやって勇気付けてもらいたかった。
この行動が正解なのかはわからない。こんな俺の言葉に、どれだけの力があるかなんてこともわからない。
それでも……甘木は俺の言葉に目を丸くすると共に、小さく笑ってくれた。
「ねえ……今日はこのまま寝てもいい? 一ノ瀬の傍、安心できるから……」
ほんの少しだけかもしれないけど、心の支えにはなれたかなと思う俺へと、彼女が言う。
言葉ではなく頷きで返事をした俺に全てを委ねるように身を預けた甘木は、安堵の色が浮かぶ声を漏らした。
「……ありがとう、一ノ瀬。あなたがいてくれて、本当に良かった……!」
こんな時、なんて言えばいいかわからない。だから俺は無言で、甘木が苦しくない程度に腕に力を込めて小さな体を抱き締める。
「……おやすみ、一ノ瀬」
「ああ……おやすみ、甘木」
そう言って目を閉じた甘木をすぐ近くで見守りながら、腕の中にいる彼女から静かな寝息が聞こえてきたことを感じ取った俺もまた、ゆっくりと目を閉じるのであった。