カードもできるギャルゲー世界に転生した(けど気付いてない)男のカードゲームライフ! 作:烏丸英
「ん、んん……」
眠気を感じながら小さく呻いた俺は、薄く目を開くと近くに置いてあったスマホを手に取った。
画面を点灯させれば、四時三分という現在時刻が表示される。
随分と早く起きてしまったなと、まだ両親もぐっすり眠っているであろうこんな時間に目を覚ましてしまったことを面倒に思いながら二度寝を敢行しようとした俺は、そこであることに気付いて一気に意識を覚醒させた。
「甘木っ!?」
俺と一緒の布団に寝ていた甘木の姿が、どこにもない。
布団の中にもベッドの上にも彼女がいないことに気付いた俺の思考が、恐怖と焦りに染まっていく。
(俺も母さんたちと一緒になっちまったのか!? 甘木の姿を認識できなくなって……!?)
思い浮かぶ最悪の事態に対して冷や汗を流しながらも、俺はその可能性を否定する。
俺はまだしっかりと甘木のことを覚えている。昨晩あったことも、彼女の姿も、はっきりと思い出せる。
だからきっと大丈夫だと、確証はないながらもそうやって自分に必死に言い聞かせながら立ち上がった俺は、甘木を探すべく部屋を出る。
まだ寝ている両親を起こすわけにはいかないため、大声を出すことはできなかったが、階段の下から人の気配を感じた俺は急いでその気配の下へと向かっていく。
「あ、甘木っ! いる、か……!?」
やや駆け足になって、そこに甘木がいてほしいという願いを抱きながら、焦りのままに扉を開ける。
大きな音を響かせながら開いた扉の向こう側から漂ってきた湯気と甘い香りを感じたその瞬間、俺の目にとんでもない光景が飛び込んできた。
「えっ? い、一ノ瀬……?」
「は? へ? ほぁ……?」
扉の向こう側は、
だが、今は見えていることが問題だった。なにせ、今の彼女は一糸まとわぬ全裸なのだから。
バスタオルで髪を拭いていた甘木の体は薄っすらと濡れていて、シャワーを浴びた直後だということがわかる。
背丈に反してとても大きな胸も尻も見事に丸見えで、驚く甘木の表情から何から何までが俺の目に映ってしまっていた。
(デッッッッ!? いや、そうじゃなくって、エッッッ!? でもなくって!!)
デカい。申し訳ない。エロい。悪い。なんか色んな感情が込み上げると共に弾けて混ざる。
とにかく、このままじゃマズいということだけを理解した俺が、最終的にどうなったかといえば――
「ぶっ、ぶふぅっ!!」
「いっ、一ノ瀬~っ!?」
――色々と限界を迎えて、鼻血をぶちまけながらぶっ倒れたのであった。
☆ ☆ ☆
「悪い、甘木……本当に申し訳ない……」
「あ、謝らないでよ。一ノ瀬は私を心配して探してくれただけだし、元はと言えば勝手にシャワーを借りた私が悪いんだしさ」
そんな出来事が朝にあって、今は午後。あの後、倒れた俺は物音を聞いた母親に発見され、なんやかんやの内に学校を休むことになっていた。
甘木との間に微妙に気まずい空気が流れる中、やるべきことをやった俺は少し休んだ後でこうして改めて朝の騒動についての謝罪をしている、というわけだ。
「いやでももっと冷静になるべきだったって……申し訳なさ過ぎて胸が痛い……」
「いいってば! 完全に事故だし、今のところダメージは一ノ瀬の方が大きいでしょ? 私は気にしてないし、別に嫌な気持ちになったわけでもないんだから、この話はここで終わり! わかった?」
「う、うっす……」
もっとボコボコにされるべきだと思っているのだが、甘木は俺のことを気遣ってくれている。
本当にいい奴だなと感動しつつ、だからこそこのダメージを引き摺り続けるのは良くないと考えて気持ちを切り替えた俺は、別の話題を出した。
「なあ、思ったんだけどさ、母さんたちに甘木が何かしてるところを見せてみるってのはどうかな?」
例えばだが、甘木がシャワーを浴びているところを両親に見てもらったら、二人の目には勝手にお湯が出て、透明な何かに当たっているように見えるはずだ。
ポルターガイストみたいな超常現象を目の当たりにすれば、そのショックで甘木の姿が見えるようになるかも……という淡い期待を込めて提案する俺であったが、彼女は苦笑交じりに首を横に振ってから言う。
「意味ないと思う。さっき一ノ瀬が鼻血を出した時、お母さんが起きてきてたけど……シャワーが使われてたことに一切言及してなかったでしょ?」
「そういえば、確かに……」
「多分だけど、一ノ瀬のお義母さんにはシャワーが使われたようには見えてなかったんだと思う。湯気とか、シャンプーの香りとか、私がしたことで生じた痕跡みたいなものを一切感知できなくなってるんだよ」
甘木の言葉に、俺は少し前に母が様子を見た時のことを思い返す。
母はこのベッドのすぐ傍まで来ていたが、ハンガーに掛けられている甘木の制服に対し、何の反応も示さなかった。
母には俺の家に本来あるはずのない女子の制服が見えていなかったのだろう。
甘木の言う通り、姿や声だけでなく、甘木が様々な形で残した痕跡も感知できなくなっているようだ。
「私もお試しがてら、洗濯機に下着を入れてみたんだけど……ものの見事に私のだけかごの中に残ってたんだよね。こっそり物干し竿に吊るしてきたけど、お母さんも特に反応してないし……」
「そっか。それだと甘木がいるってことを伝えるのは難しいな……」
この状況を打開するきっかけになってくれるかもしれないと考えたが、そう上手くはいかないようだ。
落胆し、ため息を吐いたところで、俺はとある重大な事実に気付いてしまう。
(……あれ? さっき甘木、下着を洗濯してるって言ってたよな? ってことは、今の甘木は――!!)
甘木は制服姿のまま、俺の家に転がり込んできた。当然、着替えなんてなく、俺の服を貸しているわけだ。
当たり前だが、替えの下着の用意なんてない。その唯一の下着を洗濯してしまったということは、今の甘木はそれらを身に着けていないというわけで、それ即ち――!
「……一ノ瀬、今、スケベなこと考えてるでしょ?」
「どわひぃっ!? ご、ごめんなさいっ!!」
あまりにも俺の反応がわかりやす過ぎたのか、不埒な妄想を見透かした甘木が釘を刺してきた。
思考を読まれたことに恐怖しながら全力で謝れば、彼女はため息を吐いた後で口を開く。
「……いいよ、別に。一ノ瀬には世話になってるし、裸まで見られてるんだからさ。ただ、今晩はちゃんと下着をつけて寝るから、変な期待しないでよね?」
「へ、変な期待?」
「だから……ほら、抱き締めた時に胸が当たっても、ノーブラだとか勘違いしないでってこと」
「えっ? 今日もあの形で寝るつもりなのか?」
なんだか当たり前のように俺に抱き締められながら寝ることを前提にしているような甘木の言葉にツッコミを入れれば、彼女は一瞬固まった後、顔を真っ赤にしてみせた。
羞恥が色濃く浮かび上がる表情になった甘木は、赤くなった顔を隠すようにしながら呻くように言う。
「しょうがないじゃん、めっちゃ安心できたんだからさ……!! っていうかシャワー浴びたのも下着を洗ったのもそのためだし……! 臭いとか思われたら死にたくなるじゃんか……!!」
「ごっ、ごめん! 流石にデリカシーがなかった!」
「ホントだよ、もう……! まあ、甘えてる自覚はあるし、一ノ瀬が嫌だったら普通に寝るけどさ……」
「嫌ではない、ぞ……? その、うん。甘木がそうしたいなら、俺は別に構わないから!」
世界の異変も気になるところだが、俺個人の問題もかなりヤバい。
こんなラブコメめいたやり取りをしてる場合じゃないんだぞと思いながらも、どうしようもない性のせいで心臓を高鳴らせてしまっていた俺は、甘木と二人で顔を真っ赤にしていたのだが……不意に部屋の扉が開き、母が顔を出した。
「進弥、ちょっといい……って、大丈夫? あんた、顔真っ赤よ?」
「だ、大丈夫だよ。それで、どうかした?」
顔の赤みを指摘された俺が、慌てて取り繕いながら言う。
自分の姿が見えていないことを自覚している甘木も視線を逸らしながら俺と少し距離を取る中、母の背後からまた別の人物の声が聞こえてきた。
「遅くなったな、友よ。しかし、目的は果たしてある。盟約に従い、貴様が望む情報を持ってきたぞ」
「この、声って……!?」
聞こえてきた独特な話し方に覚えがあったであろう甘木が反応を見せる中、ちょっと困ったような顔をしながら引っ込んだ母に代わって、その声の主が姿を現した。
「この世界の調停者、ルーラー参上……! さあ、盟友よ。世界を救う時だ。会合を始めよう」