カードもできるギャルゲー世界に転生した(けど気付いてない)男のカードゲームライフ! 作:烏丸英
……それが起きたのは、小学五年生のことだった。
何の変哲もない、ごく普通の日常。いつものように二人で学校に行って、勉強して、一緒に帰る……本当にありふれた、いつも通りの帰り道になるはずだった。
普段と少し違ったのは、私たちが喧嘩をしたことだろう。
どうしてそうなったのかは覚えていない。今となっては忘れてしまうくらいにどうでもいいことか、あるいはよくある理由だったんだと思う。
とにかく、私と心愛は喧嘩をした。軽く言い争って、お互いに拗ねて、普段は並んで帰るところを少し距離を取って歩いていった。
心愛が前、私が後ろ……お互いに怒っていることをアピールしながら、それでもやはり気になっていることを隠せずに様子を窺って、そんなふうに子供らしい喧嘩をしながら、私たちは歩いていった。
家に帰って、少し経って、冷静になったら、きっとどちらからともなく相手に謝って、それで仲直りしていたのだろう。
それが私たちの日常だった。そうなるって、信じて疑っていなかった。
……そう、あの日の私はこれからも何の変哲もない平穏な日々が続くと、本気でそう思っていたんだ。
だけど、そんな私の考えを否定するように、運命が非情な事件を引き起こす。
心愛が家の近くの横断歩道を渡ろうとしたその時、信号を無視したトラックが突っ込んできた。
私も心愛も、そのことに気付いたのは同じタイミングで……驚きと恐怖で動けなくなった心愛とは対照的に、私は弾かれるように駆け出していた。
無我夢中で手を伸ばし、必死になって走って……時間にすればほんの数秒だけど、それがとても長く感じられたことだけは覚えている。
そして……目の前でトラックに撥ねられた心愛が吹き飛ばされていく光景も、ずっと忘れられずにいた。
私の手は、届かなかった。心愛は事故に遭い、そのまま目を覚ますことはなく……私は、独りになった。
父も、母も、友人たちも、もちろん私も……心愛の死を悲しんだ。
明るくて優しい、誰よりも大切な存在だった双子の姉。もう一人の私であり、これからもずっと一緒に歩いていくと思っていた心愛の死は、私に深い後悔と悲しみを味わわせた。
あの日、いつもと同じように二人で歩いていたら、事故になんか遭わなかったんじゃないか? もっと私が強ければ、姉を救えたのではないか?
どんなに後悔しても、心愛はもういない。笑い続ける心愛の遺影の前で、私は泣き続けるしかなかった。
もう誰にも背負われることのなくなったランドセル。使う人がいなくなった机。たくさんの写真。
心愛を思い返す物は山ほどあるのに、心愛だけがいない。そんな虚しくてつらい日々に塞ぎ込みそうになった私を救ってくれたのは、心愛との思い出が詰まった『エヴォルレジェンズ』だった。
発売日に二人でカードショップを回って、ようやく手に入れたストラクチャーデッキ。
それに触れている間は、何度も対戦して、勝った負けたを繰り返して笑い合ったあの日を思い出せた。擁立戦をしている間は、心愛との楽しい思い出に浸ることができた。
『エヴォルレジェンズ』をしている時だけは、心愛が傍に居てくれているような気がして……私は悲しみから逃げるために、どんどんカードにのめり込んでいった。
勝てば私の中の心愛も一緒に喜んでくれる。だけど、負けたらとても悲しい顔をしてしまう。
カードゲーマーの中に稀にいるマナーの悪いプレイヤーや女だからって見下してくる奴らに負けた時は死ぬほど悔しかった。私だけじゃなくて、心愛も馬鹿にされたみたいで、二倍の屈辱を感じた。
だから私は強くなった。誰にも馬鹿にされない、見下されない、心愛を否定されないために、そういう奴らを逆に煽れるくらいの強さを身につけた。
思えばそれは、自分がもっと強ければ心愛を助けられたかもしれないっていう後悔を振り切るための逃避だったんだと思う。そんな私のことを心配する人もいたけれど、その人たちの言葉に耳を貸さなかった私は、今の甘木萌香になった。
煽り、嗤い、蹂躙する。誰に何を言われたって気にも留めない孤高の『エヴォルレジェンズ』プレイヤー。
周囲から一目置かれる、あるいは遠巻きに接されるようになっても、どうでもよかった。心愛を失ったあの日から、私は自分自身の人生なんてどうでもいいと思うようになっていたから。
だけど……奇跡は起きた。あの日の後悔を取り返すチャンスを、神様がプレゼントしてくれたんだ。
起きて、少しぼーっとした後で一人で朝食を摂る。心愛を失ってから数年間続いていた寂しいいつも通りの朝を迎えようとした私は、リビングの扉を開けた時にいるはずのない人物の姿を目にして、言葉を失った。
私と同じ、驚愕の表情を浮かべているその顔。雰囲気も姿も年齢も、私が知っているそれとはかけ離れてしまっていたけど、すぐに気付くことができた。
今、目の前のは、心愛だ。死んだはずの心愛が、生き返ってくれた。
「こ、心愛……? お姉、ちゃん……!?」
「萌香ちゃん、なの……? 本当に、萌香ちゃんが……っ!?」
現実を疑いながらも、名前を呼び合った私たちは、泣きじゃくりながらお互いを抱き締め合っていた。
もう二度と感じることができないと思っていた大切な存在の温もりに再び包まれた時の感動と喜びは、普通の人間には想像もできないものだろう。
同じ幸せを、心愛も感じていた。彼女もまた、大切な存在である私を失った悲しみと後悔を抱えながら生きてきた人間だったから。
そして、二人同時に思った。この幸せを手放したくない。もう二度と、あの失意と絶望に塗れた人生になんて戻りたくない、と……。
自分たちの身に何が起きたのかを完全に理解できたわけじゃない。だが、どうしてだか自分たちが何をすべきなのかは本能で理解できた。
もう一度、姉と一緒に歩ける人生を手に入れる。そのためなら、どんな最低の行いにだって手を染めよう。
この世界の私たちを消せば、私たちは空いたその座に就くことができる。そうすれば、また二人で幸せに生きていけるんだ。
迷う必要なんてない。私たちの幸せは、絶対に守ってみせる。
そう、何を犠牲にしたって……私たちは、失った幸せを取り戻すんだ。
☆ ☆ ☆
「――これが、私たちが戦う理由。わかったでしょ? 事情を知ったところで、あんたにできることなんて何もない!」
「甘木……!」
私の話を聞いた一ノ瀬とかいう男は、言葉を失って絶句しているようだ。
何か希望があると勘違いしていたであろうそいつに、私は尚も吠える。
「最初から決まってたんだよ! 生き残れるのは一人だけ! 私とそいつのどちらかが消えて、どちらかが幸せを掴む! それしか道がないっていうんだったら、それだったら……私はっ!!」
全身の血液が沸騰するかのような、それでいて体が芯から冷えていくような、不思議な感覚。
希望を掴みかけているという興奮と、絶望を思い返した際に生じた恐怖を同時に味わう私は、全ての感情を叩きつけるように吠える。
「幸せ、未来、喜び、欲するもの全て、私は手に入れるっ!! 進化! 【