異世界ファンタジーだろうがなんだろうが、お気楽に生きることが幸せの秘訣なのです。転生したチート主人公のごく普通の物語 作:XX
転生した。
過程や理屈は置いといて、読者諸君にはとりあえず転生した人間とだけ俺のことは理解してくれたらいい。
今、俺が生きている世界は実にファンタジーな様相を呈している。
エルフがいて、ドラゴンがいて、そして魔法がある。そんな異世界だ。
そんな世界のとある田舎に住むごく普通の夫婦の元に俺は生まれた。
生まれてから数年の間のことは、まあ記載する必要もないだろう。飯食って遊んで寝る。特筆することのない当たり前の子供の日常があるだけだ。
強いて言えば排泄や、身体を洗われるといったことに対する羞恥心やらなんやらはあったが、そんなこと読んでも大して面白くもないだろう。
或いはそういう羞恥に身悶える主人公に悦楽を感じる方もいるかもしれないが、生憎俺の認識ではそのような奇特な方はいないし、知らない。
だから書くこともない。
つまり飛ばすということだ。
話が長くなってしまった。
いくら暇つぶしに書いてるもので、読んでくれているものとは言え、どうでもいい導入をダラダラと読まされるのは苦痛だろう。
まあ、だから、なんだ。
「細かい設定とかは置いといて、よくあるチート能力を与えられてファンタジー世界に転生したとだけ理解してほしい。それだけわかってたら、十分だろう?」
虚空を見上げ、誰ともなしに呟く。
散り散りに流れる雲と青空に飛ぶ黒い鳥に、俺のため息が漏れる。
俺の手には鍬が一本。
運がいいことに病気になることもなく、すくすくと育ち、14歳となった俺は家の稼業である農業の手伝いをしていた。
「エルウィン! サボるんじゃあない!」
「わかってるよ父さん。ちゃんとやるって!」
遠く離れた場所で俺と同じように畑に鍬を突き立てている父さんがこちらを見ていた。
その視線から逃げるように鍬を振る。
ザクリと土に刺さる感触が少し気持ちがいい。畑の硬い土にやるとしんどいが、柔らかな土に振り下ろすとしんどさよりも気持ちの良さが勝る。
それを続けながら、この生活にも慣れたものだよなあと、苦笑が浮かんだ。
転生してから14年だ。転生前は農具など大して使ったこともなかったが、流石に14年も生きていれば慣れてしまうというもの。
大した娯楽もなく、のどかという言葉がよく似合う農村だと知った時は軽く絶望したものだが、人間は慣れる生き物。
なんだかんだと順応することができた。
「畑の手伝いが終わったら、どうしよっかなあ」
鍬を振りながらぼやく。
空は快晴。魔物もおらず、生活を脅かす山賊もいない。
穏やかな1日を過ごす転生者の姿が、そこにあった。
*
畑の手伝いを終えた俺は今、村近くの山で釣りをしていた。
隣には友人であるベールが同じように川辺で釣竿を握っている。
「魚、釣れねえなあ」
「釣れないねえ」
川に流されるまま、糸がゆらめく竿を見ながら呟いた俺にベールが退屈そうに答えた。
ベールは同じ村に住む同年代の友人であり、村長の息子である。
村長の子ではあるが、同年代ということもあり、俺とは幼い頃からよく野山を駆け回ったりしてよく遊んだものである。
「なあエルウィン、パパッとお前の魔法で捕らねえか?」
面倒になったのか、ベールがどこか期待に満ちた視線を俺に向けていた。
俺のチート能力である魔法を使えば魚は取り放題だろうという期待の視線だった。
それに対して俺が答える返答はひとつだ。
「捕らないねえ。使わないねえ」
揺ら揺らと振れる釣り糸に俺が動くことはないと悟ったベールが「チェッ」と軽い舌打ちをする。
特に機嫌を損ねていないのは、俺の返事はわかっていたためだろう。
魔法。それは俺が扱える能力であり、極めて強力な力だ。
使いようによっては、天変地異を起こし世界の覇者にも成れるかもしれない力。
まあ、この村で魔法を使えるのは俺だけで、遠く離れた王都などにいるらしい魔法使いにも会ったことはないので、実際に覇者になれるほどなのかは知らないが。まあ、どうでもいいことだろう。
どれくらいすごい力があっても、その意思がない俺には無用の長物。たまーに楽をするためにズルをするために使うぐらいがちょうどいい。
その魔法がどんな力かっていうのは、まあ、それが必要になった時にでも話そう。
そんな日がくるかどうかは……知らないがね。
「なあエルウィン、前から思ってたんだが、なんでもっと魔法使わないんだ? 便利だし、街に行けば冒険者とかにもなれるんじゃねえの?」
頬杖をつき、俺と同じように釣竿が揺れるのを待つことに決めたベールの問い。
特に深い意味はないのだろう。その質問に俺は宙を見上げながら答えた。
「魔法はねえ、神様からの贈り物だから。幸せになるために使うって決めてるんだよ」
「幸せになるためって、まるで使ったら不幸になるみたいな言い方だな」
「便利に使っちゃダメってことさ。力に慣れちゃうと俺はすぐダメになるからね。それがわかるのさ」
魔法は幸せになるために使うもの。
使っちゃダメということではなく、自分が本当に使いたいと思った時にだけ使うもの。そう俺は決めている。
「ふーん。あるんだから使っちまえばいいと思うんだけどなあ」
「俺はこうやって釣れないことを愚痴りながらダラダラする方が楽をするより幸せなのさ」
「それでいいのかねえ」
瞳を閉じる。
川のせせらぎと鳥の囀りが穏やかな一時に身を委ねる。
「それでいいのさ」
友と2人、前世では得られなかった穏やかな時間がそこにはあった。