花たちは嚮導者の夢を見るか 作:おこそつのぬほふもむよゆらわ
翌朝。
「……知らない天井だ」
『先生、それ言いたかっただけですよね?』
枕元に置かれていたシッテムの箱からアロナの声が飛んでくる。
「一回くらい言ってみたかったんだよ」
『朝一番に言うことですか?』
「こういうのはタイミングが大事でしょ」
『意味が分かりません』
プラナがいつも通り淡々と切り捨てた。
「二人とも朝から厳しいなあ」
先生は身体を起こした。
大赦が用意した仮住居は簡素だったが、生活するには十分だった。寝具があり、机があり、小さな台所があり、風呂もある。テレビや冷蔵庫まで置かれている。
昨日突然この世界へ落ちてきた人間のために用意された場所としては、随分と手際がいい。
もっとも。
「……神様から迎えろって言われた相手を野宿させるわけにもいかないか」
『神託というものの社会的影響力は極めて大きいようです』
「だろうね」
先生はベッドから降り、洗面所へ向かった。
蛇口を捻る。
水が出る。
当たり前の光景。
だが先生は流れる水をしばらく眺めた。
『先生?』
「本当に出るなって」
『水道なので当然では?』
アロナが不思議そうな顔をする。
「昔いたところだと、これがここまで来るだけでも色んな設備が必要だったんだよ」
『浄水施設や送水設備ですね』
プラナが答える。
「そう。川から取った水をそのまま飲むわけにはいかない。沈殿させて、濾過して、消毒して、ポンプで送って。高い場所には圧力だって必要になる」
『しかし昨日の説明では、神樹の恩恵によって供給されているとのことでした』
「そこなんだよね」
先生は水を止める。
現代日本にいた頃、自分は水道を使うたびに浄水場のことを考えていたわけではない。
電気を使うたびに発電所を意識していたわけでもない。
人間は便利なものほど、その裏側を見なくなる。
それでも原因が存在することくらいは知っていた。
だがこの世界では、その原因に当たる部分を「神樹様」で説明できてしまう。
正しいのかもしれない。
実際に水は出ている。
電気も通っている。
昨日見た樹海は、少なくとも先生の知識で説明できる現象ではなかった。
「……まあ、朝から考えることじゃないか」
『賛成です! それより朝ご飯にしましょう!』
「アロナは食べないでしょ」
『気分です!』
「便利だね、それ」
◇
朝食を済ませてしばらくすると、大赦から連絡があった。
先生がこの世界について知る必要があることから、当面の間、讃州中学校および勇者部への出入りを認めるという。
当然ながら正式な教員ではない。
大赦が学校側へどう説明したのか先生は知らなかったが、「外部協力者」とでもされたらしい。
「すごいよね」
『何がですか?』
「昨日この世界に来て、今日はもう学校に出入りできる」
『神託の影響でしょうか』
「神様の一声って便利だなあ」
『先生』
プラナが少しだけ声を低くする。
『その発言を大赦関係者の前ですることは推奨しません』
「しないよ」
『本当ですか』
「プラナは私を何だと思ってるの?」
『不必要な発言によって状況を複雑化させる可能性のある人物です』
「評価が具体的すぎない?」
『過去の実績です』
「反論できないなあ」
先生は苦笑しながら外へ出た。
空はよく晴れていた。
住宅街を歩きながら、先生は何度も周囲へ視線を向ける。
やはり似ている。
自分がキヴォトスへ来るより前に暮らしていた、日本の地方都市に。
信号機。
自動販売機。
コンビニらしい店。
制服姿の学生。
自転車。
街角の小さな神社。
違和感があるとすれば、見覚えのある企業名や商品名が一つもないことくらいだった。
それなのに。
「四国なんだよね」
『昨日、犬吠埼風さんからそのように説明されています』
「香川県でしょ」
『はい』
「地形だけ同じで歴史が違うのか。途中までは同じだったのか」
『現時点では判定できません』
「だよね」
もう一つ。
先生は電柱を見上げる。
送電線はある。
では、その先はどこに繋がっているのか。
昨夜大赦へ尋ねた時、電力は神樹の恩恵によって供給されると言っていた。
「発電所がないのに電線はあるんだな」
『末端の配電設備は必要なのではないでしょうか』
「電気自体を神樹が作って、それを普通の設備で届けるってことかな」
『仮説としては成立します』
「神様と変電所が共存してるのか」
『何か問題が?』
「いや」
先生は笑う。
「面白い世界だなって」
◇
讃州中学校へ到着すると、正門近くで見覚えのある少女が待っていた。
「あ、先生!」
「おはよう、結城さん」
「おはよう!」
友奈が勢いよく頭を下げる。
先生も軽く返した。
「迎えに来てくれたの?」
「うん! 先生、学校の中分かんないでしょ?」
「昨日部室までは行ったよ」
「でも全部は知らないでしょ?」
「それはそうだけど」
「じゃあ私が案内する!」
胸を張る。
「任せて!」
「頼もしいね」
「でしょ!」
先生は少し笑った。
そして友奈の後ろにある校舎を見る。
昨日は戦闘直後だったため、じっくり見る余裕がなかった。
改めて眺めると、本当に普通の学校だ。
「どうしたの?」
「いや」
先生は校舎を見上げる。
「懐かしい感じがしてさ」
「キヴォトスにも学校いっぱいあるんじゃないの?」
「あるよ。でもこれはもっと前にいたところに近いかな」
「もっと前?」
「私が学生だった頃」
「先生にも学生の時あったんだ!」
「ちょっと待って、結城さん」
「何?」
「私を何だと思ってたの?」
「先生」
「それは合ってる」
「最初から先生だったのかと」
「生まれた瞬間から?」
「うん!」
「怖すぎるでしょ」
友奈が笑う。
「赤ちゃんの先生!」
「絶対嫌だな」
「『おぎゃあ』じゃなくて『宿題やった?』って言うの!」
「生徒からしたら悪夢だよ」
「じゃあ『おぎゃあ、宿題やった?』」
「混ぜなくていいから」
『先生』
アロナがシッテムの箱から口を挟む。
『私はちょっと見てみたいです』
「アロナまで乗らないでよ」
『赤ちゃん先生……』
プラナが呟く。
「プラナ?」
『想像が困難です』
「想像しなくていいよ」
友奈がさらに笑った。
先生もつられて笑う。
昨日。
この少女は巨大な化け物へ拳を振り上げていた。
今は赤ん坊の先生を想像して笑っている。
その落差に、先生は少しだけ胸の奥がざわついた。
「先生?」
「ん?」
「今ちょっと変な顔してたよ」
「そう?」
「うん」
「結城さんが変なこと言うからでしょ」
「私のせい!?」
「半分くらい」
「残り半分は?」
「秘密」
「ずるい!」
「大人だからね」
「大人って便利!」
「こういう時だけね」
そんなやり取りをしながら校舎へ入る。
◇
授業中の校内を先生は静かに歩いた。
学校側には話が通っているらしく、何人かの教師と簡単に挨拶を交わした後は特に止められることもなかった。
廊下。
教室。
掲示板。
美術室。
音楽室。
図書室。
体育館。
一つ一つを見る度、どこか懐かしい。
そして少しだけ寂しい。
先生が日本で学生をしていたのは、もう随分昔のことのように思えた。
実際にどれくらい時間が経ったのか。
キヴォトスへ来てから時間の感覚が変になっていた。
『先生』
「ん?」
『先ほどから心拍数に軽微な変動があります』
「懐かしいだけだよ」
『そうですか』
「プラナは本当に何でも測るね」
『先生が自身の状態を正確に申告しないためです』
「信用ないなあ」
『ありません』
「そこまで言う?」
教室の前を通りかかった時、先生は足を止めた。
中では授業が行われている。
窓際に友奈がいる。
先ほどまで先生を案内していた友奈は授業開始とともに教室へ戻っていた。
先生は廊下から少しだけ中を覗く。
教科書。
ノート。
黒板。
教師の声。
友奈は真面目に聞いている。
……と思った。
数秒後。
頭が少し下がる。
戻る。
また下がる。
戻る。
「……眠そうだな」
『結城友奈さんの瞬目回数が増加しています』
「そこまで解析しなくていいよ」
友奈の隣。
東郷は黙々とノートを取っている。
姿勢もいい。
昨日の戦闘で見せた緊張した表情とはまるで違う。
その近くには樹。
真面目そうに授業を受けている。
ただの中学生。
本当に。
ただの。
先生は少しの間、その光景を見ていた。
昨日、彼女たちは死にかけた。
東郷に向けられた攻撃を思い出す。
もし自分があそこへ飛ばされなかったら。
シッテムの箱が防壁を張らなかったら。
結果がどうなっていたかは分からない。
その翌日に。
少女たちは教室で授業を受けている。
教師が黒板へ文字を書く。
友奈がとうとう一度だけ船を漕ぎ、慌てて姿勢を戻した。
先生は思わず口元を緩める。
「昨日の方が夢だったって言われた方が信じられるな」
『しかし戦闘記録は残っています』
「分かってるよ」
先生は静かに教室を離れた。
◇
放課後。
勇者部の部室へ顔を出すと、友奈が真っ先に先生を指差した。
「先生!」
「何、結城さん」
「見てたでしょ!」
「何を?」
「授業!」
「見てたね」
「寝そうになったところも!?」
「見てたね」
「忘れて!」
「無理かなあ」
「お願い!」
友奈が両手を合わせる。
「先生! 私は授業中寝てません!」
「そこは分かってるよ」
「じゃあ!」
「寝そうになってただけだね」
「同じだよ!」
「違うでしょ。ギリギリ耐えたんだから」
「じゃあセーフ?」
「先生としてはアウト寄り」
「先生じゃん!」
「先生だよ」
「味方してよ!」
「先生が生徒の居眠りを推奨したらダメでしょ」
「じゃあ先生じゃなくなって!」
「無茶言うなあ」
風が呆れた顔で二人を見る。
「何してんのよ」
「先生が私の弱みを握った!」
「居眠りしかけた程度を弱みって言わないでしょ」
「じゃあ部長の弱みも探そう!」
「巻き込むな!」
樹が笑う。
東郷も口元を緩めていた。
先生は机の端へ腰掛ける。
「それで今日は何するの?」
「先生も参加する気?」
風が聞く。
「ダメ?」
「別にダメじゃないけど」
「昨日、勇者部が何する部活なのかちゃんと聞いてなかったからさ」
友奈が勢いよく立ち上がる。
「説明しよう!」
「急にどうしたの」
「勇者部とは!」
友奈は胸を張る。
「困っている人を助ける部活です!」
「短いね」
「分かりやすいでしょ?」
「分かりやすい」
「今日は商店街のお手伝い!」
「へえ」
先生は風を見る。
「戦闘訓練とかじゃないんだ」
「毎日バーテックスと戦うわけじゃないわよ」
「そうなんだ」
「何よ、その顔」
「いや」
先生は少しだけ笑う。
「てっきり戦うための部活なのかと思ってた」
一瞬。
友奈たちの反応が止まる。
風が腕を組む。
「違うわよ」
「うん」
「勇者部は人の役に立つための部活」
友奈が続ける。
「バーテックスと戦うのも、人を助けるためだからね!」
先生は友奈を見る。
単純な言葉だった。
でも。
「……そっか」
少しだけ腑に落ちた。
戦うから勇者なのではない。
困っている人を助ける。
その延長線上に、昨日の戦いがある。
少なくとも友奈にとっては。
「じゃあ今日は私も手伝おうかな」
「やった!」
友奈が両手を上げる。
「先生、入部!」
「入部はしてないよ」
「仮入部!」
「それも聞いてないな」
「体験入部!」
「どんどん言い換えるね」
「最終的に正式入部!」
「結論決まってるじゃん」
「先生は先生枠で!」
「それ部員なの?」
「特別枠!」
風がため息をつく。
「好きにさせなさい。友奈、一回こうなると止まらないから」
「犬吠埼さん、諦めるの早くない?」
「付き合いの長さよ」
「なるほど」
「先生! ということで行こう!」
「はいはい」
◇
その日の勇者部活動は、商店街にある小さな店の荷物運びだった。
高齢の店主が腰を痛めてしまい、倉庫から商品を移動させるのが難しくなったらしい。
「なるほど」
先生は段ボール箱を持ち上げる。
「これが勇者部」
「そうだよ!」
友奈は先生より大きな箱を軽々と持っている。
「結城さん、結構力あるね」
「鍛えてるから!」
「昨日見たから知ってる」
「あ」
「素手で化け物殴る中学生に今更驚かないよ」
「改めて言われるとすごいね」
「本人が言う?」
風と樹も荷物を運ぶ。
東郷は在庫表と商品の整理を担当していた。
誰も不満を言わない。
むしろ楽しそうだった。
店主から礼を言われると、友奈は満面の笑みになる。
「困った時はいつでも勇者部へ!」
「結城さん、宣伝までしてる」
「大事だよ!」
「営業活動だったんだ」
「違うよ!」
「冗談だって」
作業が終わる頃には先生も少し汗をかいていた。
店の外へ出る。
「先生」
「ん?」
友奈が飲み物を一本差し出す。
「お疲れ!」
「ありがとう」
「勇者部どう?」
「どうって?」
「楽しい?」
先生は少し考える。
「思ってたより普通だね」
「普通?」
「昨日の印象が強すぎたんだよ」
「そっか」
「巨大な怪物に殴りかかってた子が、今日は段ボール運んでる」
「勇者だからね!」
「それ便利な言葉だなあ」
「先生も使っていいよ!」
「私は勇者じゃないでしょ」
「じゃあ先生だからね!」
「さらに万能な言葉にしないでよ」
友奈が笑う。
先生も笑った。
その時、道の向こうで転んだ小さな子どもが泣き出した。
友奈は反射的に走った。
「大丈夫!?」
躊躇はない。
膝を擦りむいた子どもへしゃがみ込み、怪我を確認する。
樹も絆創膏を持って駆け寄る。
風は子どもの保護者を探す。
東郷は車椅子を動かして周囲の安全を確認する。
先生はその様子を黙って見ていた。
『先生』
アロナ。
「うん」
『すごいですね』
「そうだね」
昨日も。
きっと同じだった。
巨大な敵を前にしても。
友奈が考えていたのは、誰かを守ることだった。
その対象が世界だっただけ。
「……なるほどね」
『何か分かりましたか?』
「ちょっとだけ」
◇
部室へ戻ると、友奈が黒板の前に立った。
「先生!」
「今度は何?」
「勇者部を理解するなら大事なものがあります!」
「入部届?」
「違います!」
「さっきから勧誘激しいから」
「勇者部五箇条!」
友奈が黒板を指す。
「五箇条」
「そう!」
風が少し得意そうな顔をする。
「勇者部員として大切な心構えよ」
「へえ」
「一つ!」
友奈が指を立てる。
「挨拶はきちんと!」
「大事だね」
「一つ! なるべく諦めない!」
「“絶対”じゃなくて“なるべく”なのがいいな」
「でしょ?」
「一つ! よく寝てよく食べる!」
「これは特に大事」
『先生も守ってください』
アロナが即座に言った。
「私?」
『睡眠時間』
「今その話する?」
『します』
「先生、寝てないの?」
友奈が食いつく。
「寝てるよ」
『不足しています』
「アロナ」
『事実です』
「先生!」
友奈が先生の前まで来る。
「よく寝ないと!」
「結城さん、距離近いよ」
「先生なんだから!」
「どういう理屈?」
「先生が倒れたら生徒が困るでしょ!」
先生は一瞬だけ言葉を失った。
「……それは」
「だから寝る!」
「はい」
「食べる!」
「はいはい」
「約束!」
「分かったって」
「よし!」
満足そうに戻っていく。
先生は苦笑した。
それでも少しだけ、その言葉が残った。
「次!」
「一つ! 悩んだら相談!」
先生の表情が少し止まった。
「……いいね、それ」
「でしょ?」
風が言う。
「ちゃんと守ってる?」
「え?」
「みんな」
先生は四人を見る。
「悩んだら相談してる?」
「もちろん!」
友奈は即答。
風は少し遅れて頷く。
「まあね」
樹も小さく頷く。
東郷だけは静かだった。
先生はそれ以上聞かなかった。
「最後は?」
「一つ! なせば大抵なんとかなる!」
友奈が両手を広げる。
先生は笑った。
「かなり結城さんっぽいね」
「そう?」
「うん」
「先生も好き?」
「嫌いじゃないよ」
「じゃあ勇者部向いてる!」
「また勧誘?」
「先生部員!」
「だから入部してないって」
「もうほぼ部員だよ!」
「今日一日手伝っただけで?」
「活動参加率百パーセント!」
「母数一日で計算しないでよ」
風が頭を抱える。
「友奈、その辺にしなさい」
「でも先生が入ったら便利だよ?」
「便利って言わないの」
「頭いいし!」
「一応大人だからね」
「荷物も持てる!」
「普通の成人男性だからね」
「謎のバリア出せる!」
「それは部活動で使う予定ないよ」
「あと喋るタブレット!」
『私たちは備品ですか!?』
「アロナが一番怒った」
部室に笑い声が響く。
◇
夕方。
活動を終えた後、先生は廊下の窓から外を眺めていた。
「先生」
声をかけたのは東郷だった。
「東郷さん」
「少しいいですか?」
「もちろん」
東郷は先生の隣へ車椅子を進める。
「先生は」
「うん」
「どうして、ここにいるんですか」
「帰る方法がないから」
「それだけですか?」
先生は東郷を見る。
「半分くらいかな」
「残りは?」
少し考える。
「結城さんたちのことをもう少し知りたい」
「私たち?」
「昨日はさ」
先生は校庭を見る。
「戦ってるところしか見てなかったから」
「……」
「今日見たら普通に授業受けて、部活して、困ってる人の手伝いしてる」
先生は少し笑う。
「結城さんは授業中寝そうになるし」
「友奈ちゃん、またですか」
「内緒にしてって言われたけどね」
「先生」
「しまった」
「あとで言っておきます」
「東郷さん、意外と厳しい?」
「当然です」
小さく笑う。
それから先生は真面目な顔へ戻った。
「昨日、私は君たちを“戦ってる子ども”として見てたんだと思う」
「……」
「でも今日ちょっと違うって分かった」
「何がですか?」
「勇者だから戦ってるんじゃなくて」
先生は少し言葉を選ぶ。
「人を助けたいから、その結果として戦ってるんだね」
東郷は何も言わなかった。
「少なくとも結城さんはそんな感じに見えた」
「友奈ちゃんは、そういう子です」
「うん」
「お人好しで、真っ直ぐで」
「知ってる」
「まだ会って二日ですよ」
「分かりやすいからね」
東郷が少し笑った。
「先生」
「何?」
「昨日、どうして私を助けたんですか」
先生は首を傾げる。
「目の前にいたから」
「それだけ?」
「それ以上必要?」
「先生にとって私は知らない人間でした」
「知らない人だったら見捨てていいことにはならないでしょ」
先生はあっさり答える。
「私の世界じゃ、そういうのを先生って呼んでたから」
東郷は少し目を伏せた。
「変な人ですね」
「最近よく言われるなあ」
「褒めてはいません」
「知ってる」
しばらく沈黙。
「先生は帰りたいですか」
「帰りたいよ」
今度は即答だった。
「キヴォトスに?」
「うん」
「生徒がいるから?」
「そう」
先生は遠くを見る。
「ちゃんと帰らないとね」
「でも帰る方法は」
「今のところ分からない」
「不安じゃないんですか」
「不安だよ」
先生は笑う。
「でも不安になって帰れるなら、いくらでも不安になるんだけどね」
「……」
「帰る方法を探す。それまではここでできることをする。それでいいでしょ」
「できること」
「例えば勇者部の荷物運びとか」
「随分小さいですね」
「世界を救うだけが人助けじゃないって、今日教わったからね」
東郷は先生を見た。
そして小さく笑った。
「少しだけ先生らしく見えてきました」
「今まで何に見えてたの?」
「身元不明の成人男性です」
「まだ引っ張る?」
「事実です」
「プラナみたいなこと言うなあ」
◇
帰る前。
勇者部の面々は近くの店でうどんを食べることになった。
「香川だからね!」
友奈が言う。
「その文化は変わらないんだなあ」
「何が?」
「昔住んでた日本でも、香川といえばうどんって感じだったから」
「先生のいた日本にも香川あったの?」
友奈が目を丸くする。
「あるよ」
「うどんも?」
「ある」
「じゃあ同じじゃん!」
「そこだけで判断する?」
「うどんが同じなら大体同じだよ!」
「香川県民の基準怖いなあ」
「先生!」
「冗談だって」
友奈が頬を膨らませる。
風が笑い、樹も東郷も楽しそうだった。
先生は箸を止めて四人を見る。
昨日。
あの樹海で見た時。
この子たちは勇者だった。
世界を守る戦士だった。
先生にとって理解できない仕組みに選ばれた、子どもたちだった。
でも今は違う。
うどんを食べて笑っている。
友人同士でくだらない話をしている。
学校へ通い、部活動をして、困っている誰かがいれば走っていく。
『先生』
アロナが小さな声で呼ぶ。
「ん?」
『楽しそうですね』
「そうだね」
『先生もです』
「私も?」
『はい!』
先生は少し考えた。
「まあ」
友奈が何か言って風に突っ込まれている。
樹が笑う。
東郷が呆れながらも楽しそうに見ている。
「悪くないかな」
『勇者部に対する警戒値が低下したと推定します』
プラナ。
「そんなの測ってたの?」
『測定していません』
「してないんだ」
『推定です』
「ややこしいなあ」
「先生!」
友奈が突然こちらを見る。
「何?」
「明日も来る?」
「勇者部に?」
「うん!」
先生は少し考えるふりをした。
「どうしようかな」
「来て!」
「即答だね」
「先生、もう仮部員だから!」
「いつ決まったの?」
「さっき!」
「私のいないところで決議しないでよ」
「多数決!」
「誰が賛成したの」
「私!」
「一票じゃん」
「樹ちゃん!」
「えっ」
突然振られた樹が困る。
「東郷さん!」
「私は先生次第だと思うわ」
「部長!」
「私は勝手にしなさいって言っただけ」
「……先生!」
「最後に私へ戻ってくるんだ」
友奈が両手を合わせる。
「お願いします!」
「何でそこまで」
「人数多い方が楽しいから!」
あまりにも単純な理由。
先生は少しだけ目を細めた。
「……そっか」
「うん!」
「じゃあ」
先生は笑う。
「大赦に止められなかったら明日も来るよ」
「やった!」
「まだ正式入部じゃないからね」
「分かってる!」
「本当に?」
「仮部員!」
「分かってないなあ」
また笑い声。
その声を聞きながら先生は思う。
勇者部。
昨日まで先生にとって、それは世界を守るために中学生を戦わせる組織の名前だった。
今日。
少しだけ認識が変わった。
勇者部とは、戦うためだけの場所ではない。
困っている人を助ける場所。
友達と笑う場所。
誰かのために走る場所。
そしてきっと。
この少女たちにとって、大切な居場所なのだろう。
まだ全てを理解したわけではない。
大赦についても。
神樹についても。
勇者という存在についても。
納得できないものは、いくつも残っている。
それでも。
先生は初めて。
勇者部というものを、少しだけ好きになった。
この作品のコンセプトとしては、ゆゆゆとブルアカ、7:3位で要素を詰め込んでいきたいと考えています。全然変わるかもしれないです。
また、「自分の妄想を書き起こしたい」という衝動から見切り発車で投稿を始めたので不定期更新です。ですが、更新の間隔は短く、エタらない事を決めています。