花たちは嚮導者の夢を見るか   作:おこそつのぬほふもむよゆらわ

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バイト続きで4日も空いてしまいました、すみません。
書き溜めしていた分、今日は三話投稿します。


第五話

樹海へ変わった夜の讃州中学校に、最初の一射が落ちた。

 

「結城さん、右へ三歩!」

 

 先生の声に友奈が反応する。考えるより先に踏み込んだ直後、さっきまでいた地面を白い光が貫き、校庭ほどの範囲が一瞬で抉られた。爆風に制服の裾を煽られながら、先生はシッテムの箱へ視線を落とす。

 

「プラナ、今の発射位置と着弾までの時間」

 

『推定発射距離六百八十から七百四十メートル、初速は計測上限を超過しています。発光開始から着弾まで約二・八秒。ただしキャンサーの遮蔽により射線の一部を観測できませんでした』

 

「十分。アロナは地形だけ見て、崩れそうな場所があったら先に教えて」

 

『はい! 先生から見て十一時方向に大きな亀裂があります。そこへ下がるのは危ないです!』

 

「了解。犬吠埼さん、十一時方向は使わないで!」

 

「分かった!」

 

 風が巨大な剣を構え、低い姿勢で迫ってくるスコーピオンへ向かう。その横を樹が追う。友奈は少し距離を取って正面に立ち、三人が自然に三角形を作った。

 

 先生は一度だけ息を吐いた。

 

 第一戦とは違う。

 

 あの時は何も知らなかった。敵の能力も、勇者たちの動きも、自分に何ができるかも分からなかった。

 

 今回は違う。

 

 情報は少ないがゼロではない。敵は三体、それぞれ役割がある。こちらも三人が戦えて、東郷は後方にいる。何より自分にはアロナとプラナがいる。

 

「まず一体ずつ見よう。全部同時に追わない」

 

「先生、どれから!?」

 

 友奈が叫ぶ。

 

「スコーピオン。近い敵から処理する。でも追いすぎないで、サジタリウスの射線を切れる位置まで!」

 

「了解!」

 

 友奈が地面を蹴った。

 

 スコーピオンが尾を振るう。横薙ぎ。友奈は身体を沈めて避け、その内側へ入る。正面から殴りつけるより早く、風の剣が反対側から振り下ろされた。

 

 硬い音。

 

 スコーピオンの身体が僅かに傾く。

 

「効いた!」

 

「まだ離れて!」

 

 先生の声とほぼ同時に、プラナが警告する。

 

『サジタリウス、再充填開始。推定三・一秒』

 

「二人とも後ろ!」

 

 友奈と風が下がる。

 

 光線が二人の間を抜けた。

 

 避けられた。

 

 先生は胸の奥で小さく息をつく。

 

「よし、その距離ならいける。犬吠埼さんは右、結城さんは正面。樹さんは――」

 

「先生!」

 

 アロナの声。

 

『キャンサーが動きます!』

 

 巨大な装甲を持つキャンサーが、サジタリウスとスコーピオンの間へ割り込んだ。

 

「……守るのか」

 

『行動目的は断定できません』

 

「分かってる」

 

 先生は視線を走らせる。

 

「犬吠埼さん、そのままキャンサーに触らないで。一回離れて!」

 

「でも今なら!」

 

「ダメ、後ろが見えてない!」

 

 風が歯を食いしばりながら踏みとどまり、直後にスコーピオンの尾が風のいた場所を薙いだ。

 

「っ……!」

 

「今ので一回。近づいた相手をスコーピオンが追い出して、キャンサーが射線を整えてる」

 

『先生、サジタリウス再充填』

 

「時間」

 

『二・六秒』

 

「短くなってる?」

 

『前回比マイナス〇・五秒。ただし測定誤差〇・二秒』

 

「十分。結城さん、正面から離れて!」

 

 友奈が走る。

 

 光。

 

 今度は直線ではなかった。

 

「え?」

 

 友奈の横を通り過ぎたはずの光が、キャンサーの装甲に当たった瞬間に角度を変える。

 

「反射!?」

 

「結城さん、伏せて!」

 

 友奈が倒れ込む。

 

 頭上を光が掠める。

 

 背後の樹が悲鳴を上げた。

 

「樹!」

 

 風が振り返る。

 

 光線そのものは外れた。しかし着弾で飛んだ破片が樹の肩を叩いていた。

 

「大丈夫です!」

 

「見せて!」

 

「平気!」

 

「犬吠埼さん!」

 

 先生の声。

 

「妹さんを見るのは後! スコーピオン来る!」

 

 風が反射的に剣を構える。

 

 尾と剣がぶつかった。

 

 重い音。

 

 風の身体が後ろへ押される。

 

「くっ……!」

 

「結城さん、左から入って!」

 

「うん!」

 

 友奈がスコーピオンへ殴りかかる。敵の注意が一瞬だけ逸れ、その間に風が距離を取る。

 

「樹さん、動ける?」

 

「はい!」

 

「なら後ろから二人を見て。無理に攻撃しなくていい。サジタリウスの発光が見えたら教えて」

 

「分かりました!」

 

 先生はシッテムの箱へ目を落とした。

 

「プラナ、キャンサーの反射角は読める?」

 

『現時点では困難です。表面形状が攻撃前後で変化しています』

 

「固定じゃないか」

 

『はい。さらに反射ではなく、光線そのものを偏向している可能性があります』

 

「もっと嫌だな」

 

『同意します』

 

 先生は口元を歪めた。

 

 最初の数分は、まだ戦えていた。

 

 いや、戦えているように見えていた。

 

 敵の攻撃には予備動作があり、サジタリウスの発射も読める。スコーピオンの攻撃は速いが、友奈と風なら対応できる。キャンサーの防御も突破不能というほどではない。

 

 問題は、それぞれを別々に見た場合だった。

 

「……三体で一つだ」

 

 先生が呟く。

 

『先生?』

 

「個別の性能じゃない。こいつら、自分の弱いところを他の二体で埋めてる」

 

 スコーピオンが前へ出る。

 

 友奈と風が下がる。

 

 空いた場所へキャンサーが移動する。

 

 その後ろでサジタリウスが光を集める。

 

「来る!」

 

 樹の声。

 

「全員、右へ!」

 

 三人が動く。

 

 サジタリウスの光線。

 

 地面へ当たる。

 

 避けた。

 

 そう思った。

 

『先生、キャンサーが――』

 

「っ!」

 

 キャンサーが僅かに身体を傾けた。

 

 光線が装甲へ当たり、角度を変える。

 

「犬吠埼さん、前!」

 

「え!?」

 

「前へ!」

 

 風が本能的に踏み込む。

 

 直後、光線が背中すれすれを通過した。

 

「危な……!」

 

「止まらないで! スコーピオン!」

 

 真正面。

 

 尾。

 

 風は剣を上げる。

 

 間に合う。

 

 だが。

 

「お姉ちゃん!」

 

 樹が駆け寄った。

 

 先生の表情が変わる。

 

「樹さん、行かない!」

 

 遅い。

 

 スコーピオンの尾が方向を変えた。

 

 風ではなく、樹へ。

 

「樹!」

 

 風が剣を投げ出す勢いで妹へ身体を寄せる。

 

 尾が風の肩を掠めた。

 

「っ!」

 

「お姉ちゃん!」

 

「大丈夫!」

 

「下がって!」

 

 先生が叫ぶ。

 

「二人とも下がる! 結城さん、スコーピオンだけ止めて!」

 

「分かった!」

 

 友奈が前へ出る。

 

 拳がスコーピオンの外殻へ当たる。

 

 敵が僅かに止まる。

 

 その数秒で風と樹が離れた。

 

「犬吠埼さん、肩は?」

 

「動く!」

 

「痛みは?」

 

「あるけど大丈夫!」

 

「大丈夫は信用しない。剣は振れる?」

 

「振れる!」

 

「なら続行。でも妹さんを庇いに行く時、敵から目を切らないで」

 

「……分かった」

 

 先生は樹を見る。

 

「樹さんも。お姉さんが危ないからって前へ出ると、今度はお姉さんが樹さんを守るために崩れる」

 

「はい……」

 

「責めてないよ。役割を守ろう」

 

 樹が頷く。

 

 友奈がスコーピオンを相手にしながら振り返る。

 

「先生! そろそろきつい!」

 

「今行く!」

 

 先生自身が行くわけではない。

 

「犬吠埼さん、結城さんの右へ! 樹さんは二人の後ろ!」

 

 配置を戻す。

 

 だが、一度崩れた陣形は最初ほど綺麗には戻らなかった。

 

 風の肩は痛んでいる。

 

 樹の呼吸が少し速い。

 

 友奈も連続で攻撃を受け続け、動きが少しずつ大きくなっている。

 

 そして敵は疲れているように見えない。

 

「プラナ、こっちの運動量って取れる?」

 

『概算のみ。結城友奈さんの移動速度は戦闘開始直後比で約八パーセント低下。犬吠埼風さんは右肩の可動域が約十二パーセント低下している可能性があります』

 

「樹さんは?」

 

『呼吸数上昇。ただし致命的な低下は確認できません』

 

「敵は?」

 

『明確な能力低下を確認できません』

 

「そうだよね」

 

 先生は奥歯を噛む。

 

 長引けば不利。

 

「一回攻める」

 

『先生』

 

「分かってる。無茶はさせない」

 

 先生は全体を見る。

 

「結城さん!」

 

「何!?」

 

「次のサジタリウスの発射を避けたら、そのままスコーピオンへ入って。倒さなくていい。左へ押すだけ!」

 

「左?」

 

「犬吠埼さん、スコーピオンが動いたらキャンサーへ一撃。樹さんは犬吠埼さんだけ見て、退路を作って!」

 

「了解!」

 

「分かりました!」

 

 プラナ。

 

『サジタリウス、充填開始』

 

「時間」

 

『二・四秒』

 

「結城さん、今!」

 

 友奈が走る。

 

 発射。

 

 回避。

 

 そのままスコーピオンへ接近。

 

「やああああっ!」

 

 拳。

 

 正面から殴る。

 

 スコーピオンが左へずれる。

 

「犬吠埼さん!」

 

「任せなさい!」

 

 風がキャンサーへ踏み込む。

 

 剣を振り上げる。

 

 一瞬。

 

 先生は成功したと思った。

 

 スコーピオンがずれた。

 

 キャンサーが露出した。

 

 サジタリウスは撃った直後。

 

 数秒だけ。

 

 三体の連携が切れた。

 

 風の剣が振り下ろされる。

 

『先生』

 

 プラナの声が変わる。

 

『スコーピオン、進行方向変更』

 

「何?」

 

 先生が見る。

 

 友奈に押されたスコーピオンが、踏ん張らなかった。

 

 逆らわずに流れた。

 

 そして。

 

 そのまま風の背後へ回った。

 

「犬吠埼さん、攻撃中止!」

 

「もう遅――」

 

「伏せて!」

 

 風が剣を振り下ろす直前に身体を沈めた。

 

 スコーピオンの尾が頭上を通り抜ける。

 

 しかし剣はキャンサーへ届かない。

 

 さらに。

 

『サジタリウス再充填開始』

 

「早すぎる!」

 

『前回発射から四・九秒』

 

「樹さん、二人を引かせて!」

 

「はい!」

 

 樹が動く。

 

 だがキャンサーが正面へ出た。

 

 退路の一部が塞がれる。

 

「右は!?」

 

『先生、右方向は先ほどの砲撃で地盤損傷。走行は推奨できません!』

 

 アロナ。

 

「左!」

 

『スコーピオン!』

 

「前しかないか」

 

 先生は瞬時に決める。

 

「全員、キャンサーへ寄って!」

 

「え!?」

 

 風が驚く。

 

「遠距離を撃たせるより近い方がいい! キャンサーの影に入って!」

 

 三人がキャンサーへ近づく。

 

 サジタリウスが発射。

 

 巨大な光線。

 

 キャンサーが一瞬だけ身体を動かした。

 

「まずい!」

 

 先生が叫ぶ。

 

「離れて!」

 

 キャンサーは盾ではなかった。

 

 また偏向させる。

 

 光線が装甲を滑る。

 

「友奈ちゃん!」

 

 樹の声。

 

 友奈が樹を突き飛ばす。

 

 光が友奈の脇を掠めた。

 

 爆発。

 

 友奈の身体が吹き飛ぶ。

 

「結城さん!」

 

 地面を何度も転がる。

 

 止まる。

 

「友奈!」

 

 風が叫ぶ。

 

 先生は走り出しかけた。

 

「先生!」

 

 東郷の声。

 

 足が止まる。

 

 約束。

 

 前に出ない。

 

 そして自分は勇者ではない。

 

 ここで自分が走れば、守る対象が一人増えるだけだ。

 

 先生は拳を握る。

 

「結城さん、返事!」

 

「……だい、じょうぶ!」

 

 友奈が地面へ手をつく。

 

 立ち上がろうとする。

 

「無理に立たない!」

 

「でも……!」

 

『先生、スコーピオンが結城友奈さんへ進行』

 

 プラナ。

 

「犬吠埼さん、止められる?」

 

「行く!」

 

「無理なら戻って!」

 

 風が走る。

 

 だが肩。

 

 一歩目で僅かに姿勢が崩れた。

 

 その僅かな遅れ。

 

 スコーピオンは友奈へ。

 

「樹さん、援護!」

 

「はい!」

 

 樹の攻撃。

 

 だがキャンサーが間へ入る。

 

「通らない……!」

 

 先生は戦場を見る。

 

 崩れている。

 

 派手にではない。

 

 一人が倒れたわけでもない。

 

 まだ全員動ける。

 

 それなのに。

 

 最初は三人で保てていた距離が少しずつ狭くなっている。

 

 風は肩を傷めた。

 

 樹は姉を意識しすぎる。

 

 友奈は吹き飛ばされて立ち上がるのが遅い。

 

 たった数秒ずつ。

 

 たった一歩ずつ。

 

 それが積み重なって。

 

 敵の選択肢だけが増えていく。

 

「……まずいな」

 

『先生』

 

「分かってる」

 

『勇者側の陣形維持率が低下しています』

 

「数字にできる?」

 

『厳密には不可能です。ただし戦闘開始時と比較し、三名が相互支援可能な距離に存在する時間が約三割低下しています』

 

「十分」

 

 先生は東郷を見る。

 

 東郷は少し離れた場所にいる。

 

 スマートフォンを強く握っていた。

 

 顔色はよくない。

 

 先生と目が合う。

 

 先生は何も言わなかった。

 

 戦えとも。

 

 変身しろとも。

 

 言えない。

 

 それを決めるのは東郷自身だ。

 

「先生!」

 

 友奈の声。

 

 先生が振り返る。

 

 友奈がようやく立っている。

 

 スコーピオンが迫る。

 

 その後方。

 

 キャンサー。

 

 さらに後ろでサジタリウスが光を集め始めた。

 

『再充填開始』

 

「時間!」

 

『推定二・二秒』

 

「短い!」

 

『充填間隔は戦闘開始時より約二十五パーセント短縮しています』

 

 先生の思考が回る。

 

 風は間に合わない。

 

 樹の攻撃はキャンサーに遮られる。

 

 友奈はスコーピオンで動けない。

 

 先生自身は遠い。

 

 シッテムの箱の防壁。

 

「アロナ、結城さんまで届く?」

 

『無理です! 先生との距離が離れすぎています!』

 

「なら私が――」

 

『先生!』

 

 プラナの強い声。

 

『現在位置から移動しても着弾までに到達できません』

 

「……っ」

 

 分かっている。

 

 計算するまでもない。

 

 間に合わない。

 

 東郷が友奈を見る。

 

「友奈ちゃん……」

 

 友奈はそれに気づいた。

 

 スコーピオンの攻撃を避けながら、東郷の方を見る。

 

「東郷さん!」

 

「……!」

 

「大丈夫!」

 

 友奈は笑った。

 

 どう見ても大丈夫ではない。

 

 膝は震えている。

 

 制服は汚れている。

 

 息も乱れている。

 

 それでも。

 

「こっちは任せて!」

 

 スコーピオンの尾。

 

 友奈が避ける。

 

 ぎりぎり。

 

「東郷さんは、そこにいて大丈夫だから!」

 

「……」

 

 東郷の指が震える。

 

 先生はその横顔を見る。

 

 昼間。

 

 中庭で話した。

 

 怖い。

 

 怖くて動けない。

 

 勇者なのに。

 

 先生は怖くていいと言った。

 

 勇気とは、怖さが消えることではないのだと。

 

 でも。

 

 そんな言葉だけで人は変わらない。

 

 先生は知っている。

 

 誰かに「勇気を出せ」と言われて勇気が出るなら、誰も苦労しない。

 

 勇気は命令できない。

 

 要求するものでもない。

 

 ただ。

 

 誰かの背中を見て。

 

 誰かの声を聞いて。

 

 気づいた時には、自分の中に小さく灯っていることがある。

 

 友奈がまた前へ出た。

 

 自分のためではない。

 

 東郷を安心させるために。

 

 先生にはそれが分かった。

 

 東郷にも。

 

 きっと。

 

「友奈ちゃん……」

 

 サジタリウスの光が強くなる。

 

『先生、発射まで一秒未満』

 

「全員、散開!」

 

 先生が叫ぶ。

 

 風が動く。

 

 樹が動く。

 

 友奈だけがスコーピオンに退路を塞がれている。

 

「結城さん!」

 

 友奈は前を見た。

 

 拳を握る。

 

 東郷の手がスマートフォンを握り締める。

 

 怖い。

 

 その感情は消えていなかった。

 

 それでも、その瞬間。

 

 東郷美森は初めて。

 

 自分の中にある恐怖よりも大きなものの名前を知った。

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