花たちは嚮導者の夢を見るか 作:おこそつのぬほふもむよゆらわ
勇者部の日常
放課後の勇者部部室には、戦場とは別種の緊張感が漂っていた。
「先生」
「はい」
「座って」
「……はい」
犬吠埼風に指差され、先生は素直に椅子へ座った。
右肩にはまだ薄い固定具が巻かれている。額の傷もガーゼこそ外れたものの、髪の生え際には小さな傷跡が残っていた。日常生活に大きな支障があるほどではない。少なくとも本人はそう思っている。
「じゃあ荷物は持たない」
「軽い物なら大丈夫だよ」
「持たない」
「でも今日は勇者部の活動なんでしょ?」
「だから何よ」
「仮部員として働かないと」
「怪我人は戦力外」
「この前まで指揮してたんだけどなあ」
「この前怪我したから言ってるの!」
風が机を叩く。
横で友奈が大きく頷いた。
「そうだよ先生! 今日は戦力外!」
「結城さんまで」
「先生は見学!」
「勇者部って見学者に厳しくない?」
「先生の場合は自業自得です」
東郷が涼しい顔で言った。
「東郷さんまで厳しくなったね」
「心配しているんです」
「言い方が鋭いだけで」
「そこは否定しません」
先生は苦笑した。
机の上には今日の活動予定が書かれた紙が置かれている。
一つ目。商店街の春祭り準備の手伝い。
二つ目。近所の高齢者宅で家具の移動。
三つ目。公園の清掃。
四つ目。勇者部に届いた相談の確認。
先生はその一覧を見てから、四人を見る。
「……改めて見ると、結構忙しいね」
「今日は少ない方よ」
風が言う。
「これで?」
「多い日はもっとあるよ!」
友奈が嬉しそうに答える。
「それ、喜ぶことなのかな」
「困ってる人が多いってことだから喜んじゃダメか」
「そういう問題でもないけど」
「まあ、とにかく今日は先生も来るんだから、いつもより効率よく終わらせるわよ」
「え」
先生が顔を上げる。
「私、見学じゃなかった?」
「荷物を持たないだけ。頭は使えるでしょ」
「なるほど」
「あと口も」
「なるほど?」
「案内、交渉、雑用の整理。先生そういうの得意そうだし」
「急に使われる側になったなあ」
『先生! 勇者部員として頑張りましょう!』
シッテムの箱からアロナの声。
「アロナまで乗り気なんだ」
『はい! 人助けですよ、人助け!』
『先生の身体状態を考慮すれば、重量物運搬以外の作業であれば大きな問題はありません』
「プラナも許可するんだ」
『ただし痛み、眩暈、呼吸異常のいずれかを確認した場合、即時中止してください』
「はいはい」
『返事が軽いです』
東郷が小さく笑った。
「完全に監視されていますね」
「この世界に来てから味方が増えたはずなのに、自由は減った気がする」
「先生が無茶するからです」
「耳が痛い」
「肩も痛いでしょう」
「東郷さん、今日ちょっと切れ味良くない?」
友奈が吹き出した。
その笑いにつられて、樹も小さく笑う。
先生はそんな四人を見ながら、ほんの少しだけ肩の力を抜いた。
戦闘から数日。
彼女たちはもう、いつもの顔に戻っていた。
それが強さなのか。
それとも、そうしなければならないだけなのか。
先生にはまだ分からなかった。
けれど少なくとも今この瞬間は、彼女たちは勇者ではなく、放課後に部室へ集まる普通の中学生だった。
それだけでいいような気がした。
◇
商店街は、夕方前だというのに随分と賑やかだった。
数日後に小さな春祭りがあるらしく、通りには飾り付け用の紐や紙飾り、看板が並べられている。店主たちが脚立を出し、子どもたちがその周りを走り回っていた。
「勇者部さん、助かったよ!」
「いえいえ!」
友奈が元気よく頭を下げる。
「今日は何すればいいですか?」
「まずあの飾りを向こうまで運んでもらって、それから看板を――」
「分かりました!」
「結城さん、最後まで聞こうか」
「あっ」
先生が横から言う。
「まだ続きあるよ」
「あはは……」
「先生、こういう時だけ先生っぽい」
「こういう時だけ?」
「普段はちょっと頼りないから」
「結城さん?」
「冗談!」
友奈が逃げるように風のところへ向かった。
店主が笑う。
「先生なんですか?」
「一応」
「一応?」
「少し事情が複雑で」
「先生は勇者部の仮部員なんです!」
友奈が遠くから叫ぶ。
「勝手に決めないでよ」
結局、先生は案内役を任された。
飾りをどこへ置くか。
どの店が何を必要としているか。
作業が重ならないよう順番を整理し、風へ伝える。
「犬吠埼さん、こっちの店が先に看板を付けたいって」
「了解。樹、友奈に伝えて」
「はい」
「東郷さんは?」
「商店街の方から飾り付けの配置図を借りてきます」
「助かる」
動き出すと早かった。
友奈は力仕事。
風は全体の仕切り。
樹は細かい作業。
東郷は確認と調整。
それぞれに役割がある。
先生は少し離れたところでそれを見ながら、時々声をかける。
戦場のようだった。
と言うと語弊があるが、どこか似ている。
誰かが前へ出る。
別の誰かが周囲を見る。
遅れたところを補う、声を掛け合う。
ただ違うのは、誰も傷つかないことだった。
「先生!」
「ん?」
友奈が両手に箱を抱えて立っている。
「これどこ!?」
「そこに書いてあるよ」
「見えない!」
「箱持ちすぎなんだよ」
「一回で運んだ方が早いかなって!」
「前見えてないでしょ」
「ちょっとだけ!」
「それは見えてないって言うんだよ」
先生が近づこうとすると、東郷が横からすっと出た。
「先生」
「……はい」
「持つ気でしたね」
「箱を一つだけ」
「ダメです」
「そこまで?」
「そこまでです」
「東郷さん、完全に監視役になってるね」
「誰かが見ていないといけませんから」
「信用ないなあ」
『妥当です』
「プラナ」
『先生は前科があります』
「前科って」
『負傷状態で敵の注意を引くため単独行動』
「……」
『さらに被弾後も指揮続行を試みました』
「はい」
『反省してください』
「はい」
友奈が箱の向こうから笑う。
「先生、怒られてる!」
「結城さんも人のこと言えないよ」
「私は大丈夫!」
四人の視線が一斉に友奈へ向いた。
「……何?」
「その言葉禁止にしない?」
先生が言う。
「ええ!?」
「賛成」
東郷。
「賛成ね」
風。
「私も……」
樹。
「四対一!?」
『六対一です!』
アロナ。
『同意します』
プラナ。
「また増えた!」
商店街に笑い声が響いた。
◇
二件目は、少し離れた住宅地にある古い家だった。
「すみませんねえ、若い人にこんなこと頼んじゃって」
玄関先で老婆が申し訳なさそうに頭を下げる。
「全然大丈夫ですよ!」
友奈が即答する。
「家具を少し動かすだけですよね?」
「そうなの。棚を隣の部屋へ動かしたくてねえ。でも一人じゃどうにもできなくて」
「任せてください!」
「結城さん」
先生が後ろから呼ぶ。
「なに?」
「床と壁の位置見てから動かそう」
「?」
「そのまま押したら角が壁に当たる」
「あ」
「先生、こういう時は頼りになるわね」
風が感心したように言う。
「こういう時は、が多いなあ」
「ほら友奈、先生の言う通り一回右へ」
「了解!」
棚は大きかったが、風と友奈が持てば問題ない。
樹は床に傷が付かないよう布を敷き、東郷は通路を確認する。
先生は横から角度を指示する。
「そのまま。あと少し右」
「先生、こっち?」
「もうちょい」
「これくらい?」
「うん、そこで回せる」
「なんか引っ越し屋さんみたい!」
「私は何屋さんなんだろうね」
「先生屋さん」
「雑だなあ」
「先生は先生だから!」
「それで成立するの結城さんだけだよ」
無事に棚を移し終えると、老婆は何度も礼を言った。
「本当に助かったわ。ありがとうねえ」
「いえ!」
友奈が笑う。
その横顔を先生は見る。
あの戦場で見た顔と同じだった。
迷いなく前へ出る。
困っている人がいたら。
身体が先に動く、バーテックス相手でも。
重い家具相手でも。
友奈にとっては多分、根っこの部分は変わらない。
誰かが困っている、なら助ける、ただそれだけ。
「先生?」
友奈がこちらを見る。
「どうしたの?」
「いや」
「?」
「結城さんって、本当に変わらないんだなって思って」
「何が?」
「それが分からないなら、そのままでいいよ」
「ええー? 気になる!」
「内緒」
「先生、ずるい!」
「先生には秘密の一つや二つあるんだよ」
「絶対今適当に言った!」
先生は笑った。
その様子を、少し離れたところで東郷が見ていた。
「……」
「東郷?」
風が声をかける。
「どうしたの?」
「いえ」
東郷は小さく首を振る。
「先生、随分馴染みましたね」
「そうね」
「最初はあんなに怪しかったのに」
「今でも十分怪しいけど」
「聞こえてるよ」
先生が振り返る。
「ほら」
風が笑う。
◇
三件目。
公園の清掃。
ここまで来ると先生にもようやく仕事が回ってきた。
「ゴミ袋持つくらいならいいよね」
「それくらいなら」
風が許可する。
「ありがとうございます、部長」
「よろしい」
「なんか立場逆転してない?」
「勇者部では私が部長だから」
「それはそう」
公園はそれほど汚れていなかった。
落ち葉。
風で飛んできた紙。
空き缶が少し。
先生は袋を持ち、四人が拾ったものを受け取る。
「先生」
「ん?」
樹が小さな紙片を持ってきた。
「これ、ゴミでいいですよね」
「何?」
受け取る。
古いチラシ。
「うん、いいんじゃないかな」
「はい」
樹は頷いて戻っていく。
少し先では友奈が子どもたちと何か話している。
「どうしたの?」
先生が近づく。
「ボールが木に引っかかったんだって」
見ると、公園の木の枝に赤いボールが挟まっている。
「なるほど」
「取ってくる!」
「待って」
「え?」
「登る気?」
「うん」
「危ないでしょ」
「大丈夫!」
「禁止ワード」
「あ」
友奈が口を押さえた。
子どもたちが笑う。
「じゃあどうするの?」
「棒とかない?」
「あります!」
樹が掃除用具の方を指差す。
「長いの持ってくれば届きそう」
「なるほど!」
数分後。
友奈が長い棒で枝を揺らす。
「もうちょっと右!」
先生が下から言う。
「こっち!?」
「逆!」
「こっち!?」
「行きすぎ!」
「先生、分かんない!」
「結城さん、枝見えてる?」
「見えてる!」
「本当に?」
「ちょっと!」
「それ見えてないやつ!」
東郷が見かねて棒を受け取る。
「友奈ちゃん、代わるわ」
「東郷さんならいける?」
「任せて」
一回。
枝を軽く押す。
ボールが落ちる。
「おおー!」
子どもたちが歓声を上げた。
「東郷さんすごい!」
「先生」
「何?」
「今のはそんなに難しくありません」
「結城さんより一回で成功した」
「先生!」
「事実だよ」
「悔しい!」
友奈が本気で悔しそうな顔をする。
先生は笑う。
戦闘の時、東郷は銃を構えた。
怖いと言いながら、それでも引き金を引いた。
今は子どものボールを取っている。
何でもない、本当に何でもない光景。
それが妙に嬉しかった。
◇
日が傾き始めた頃。
最後の相談を片付け、五人は学校へ戻る道を歩いていた。
「疲れたー!」
友奈が両腕を伸ばす。
「結城さん、一番元気そうだけど」
「元気だけど疲れた!」
「矛盾してない?」
「してないよ!」
「そういうものです」
東郷が真面目に補足する。
「東郷さん、そっち側なんだ」
「友奈ちゃんの言いたいことは分かりますから」
「やった!」
「喜ぶところなの?」
風が呆れる。
樹は少し後ろで笑っていた。
先生はその並びを眺める。
制服。
鞄。
夕方の道路。
電柱。
自転車のベル。
商店から漂う夕飯の匂い。
自分が昔いた日本とよく似ている。
でも。
同じではない。
この世界の水も。
電気も。
生活も。
すべて神樹の恩恵という、先生の知っている常識から外れたものの上にある。
そしてこの普通の中学生たちは。
世界を守るために戦っている。
昨日まで。
いや数日前まで。
あの異様な空間で。
巨大な敵と命を懸けて戦っていた。
「先生?」
樹の声。
「ん?」
「どうしたんですか?」
「いや。ちょっと考え事」
「また難しいこと?」
友奈が振り返る。
「そんなに難しくないよ」
「じゃあ何?」
先生は少し考えた。
「勇者部って、いい部活だなって思ってた」
一瞬。
四人が止まる。
「……急にどうしたのよ」
風が少し照れたように言う。
「別に」
「先生、勇者部入りたい?」
友奈の目が光る。
「それとこれは別」
「えー!」
「仮部員で十分だよ」
「仮部員なのは認めた!」
「しまった」
先生が口元を押さえる。
「言質取りました!」
東郷。
「東郷さんまで!?」
「記録しました」
『私も記録しました!』
アロナ。
『映像ログも保存済みです』
「プラナ!?」
「先生、逃げられないわね」
風が笑う。
「そんなつもりじゃなかったのに」
「ようこそ勇者部へ!」
「結城さん、まだ正式じゃない」
「気持ちはもう部員!」
「本人の気持ちを勝手に決めないでよ」
笑いながら歩く。
先生はもう一度四人を見る。
最初に会った時。
先生が見たのは、戦う子どもたちだった。
どうして中学生が。
どうして大人ではなく。
どうしてこんな子たちが戦場にいる。
そればかり考えていた。
でも今、見えているのは。
誰かの荷物を運び。困っている人の話を聞き。公園を掃除し。子どものボールを取ってくだらない話で笑っている。
普通の少女たちだった。
勇者だから人を助けるのではない。
誰かを助けたいと思う彼女たちが。
たまたま勇者に選ばれた。
もしかすると順番は最初から逆だったのかもしれない。
「先生!」
友奈が少し先から呼ぶ。
「置いてくよ!」
「はいはい」
「早く!」
「走れないよ、怪我人だから」
「じゃあ待つ!」
「いや、普通に歩けば追いつくって」
「先生遅い!」
「結城さんが速いんだよ」
夕日の中。
四人が待っている。先生はそこへ歩いていく。
この世界へ来て帰る方法はまだ見つからない。
キヴォトスには待っている生徒がいる。
帰りたい、その気持ちは変わらない。
でもだからといってここで出会った人たちがどうでもいいわけではない。
帰るまでどれだけ時間があるのか。
そもそも本当に帰れるのか。
まだ何も分からない。
なら今できることをするしかない。
「先生!」
「今行くよ」
友奈が手を振る。
風が呆れたように笑い。
樹がその横で小さく笑い。
東郷がこちらを待っている。
先生は。
ほんの少しだけ。
この世界で。
帰る場所ではない場所を。
見つけ始めていた。
余談ですが趣味で始めた見切り発車の作品とはいえ筆がほんとうに乗る乗る。一応最終話までのプロットは組んであるのでこのままエタらずに頑張りたいです。