Persona4 : Side of the Puella Magica 作:四十九院暁美
――景色が、揺らいで……意識が、ぼやけて……誰かの思考が、頭に、流れてくる……。貴女は、誰? わからない、わからない。
「じゃあ、暁美さんは卒業するまで戻ってこれないのね?」
夕日のオレンジが差し込むマンションの一室で、私と同じ学校の制服を着たふくよかな胸に、縦巻きのロール髪が特徴的な少女―― "
――ここは……マミの、家……? どうして……こんなところに……? 私は、確か、八十稲羽に……。
「ええ……かもしれない」
「……そう。寂しく、なるわね」
昨晩、両親から来た電話。それは、私の故郷へ戻ってきてほしいという旨の電話だった。出来る事なら、ずっとここに居たい。この街で生きて、この街で死にたいと思う。けれど現実はどこまでも非情で、私をこの見滝原から引き剥がそうとしている。まだ親に対して抵抗は続けているが、それもいつまで持ち堪えられるか分からなかった。
――私が、マミと、杏子に相談している……でも、どうして? まるで駄々っ子のように、親に反発して、二人に迷惑までかけてまで……離れたくない、だなんて……そんなこと、少しも思ってないのに。
「仕方ないんじゃねーの? 親が戻ってこいって言ってんなら、それに従った方がいいだろ」
青磁色のパーカーを着た鋭い目のポニーテールの少女―― "
「杏子……でも私は――」
「親ってのはな」
杏子は私の言葉を遮ると、ケーキを咀嚼しながら話を始めた。
「ある日突然病気で死んだり、事故で死んだりして消えちまう。親孝行したいと思った時に、側に居るかも分かんねーもんなんだ。だから、悪い事は言わねーから素直に従っとけ」
「でも、でも私は……」
それでも、私かこの街に留まりたかった。ここが私の生きる場所であり死ぬ場所なのだから。
――違う。私が……私の生きる場所は、ここじゃない。死ぬ場所なんかじゃない。どうして? なんで、そんなことを思うの? まるで、私じゃないみたいに……。
顔を伏せる私に、杏子は棘のある口調で言った。
「……あのさ。正直、あたしはアンタが羨ましいんだ。そんな風に気に掛けてくれる親がいるなんてさ」
その言葉に、私は閉口してしまう。
「あたしには――あたしたちにはもう親なんて居ないからさ。そういうのはもう、味わえないんだ。だから、せめてほむらには間違ってほしくない」
「そうね、佐倉さんの言う通り。暁美さんには家族の事で間違ってほしくない、後悔してほしくないの」
「……っ!」
私は、もう何も言えなかった。家族を失い、孤独に生きてきた2人だから、きっと私の事を想ってそう言っているのだろう。けれど、今はその優しさが憎かった。
――ああ、そうか……わかった……これは夢だ。二年も前、私がまだ、私じゃなかった頃の……。
結局、私は八十稲羽へ行く事になった。2人の説得に、私は屈してしまった。どうして私は、こんなにも弱いのだろう。私に、もっと強い心があれば良かったのに。そしたら、あんな結末は迎えなかったかもしれないのに。
――私が、生まれる前の……夢。
◇
沢山の黒い影が、私を取り囲む。
見覚えのあるシルエット、聞き覚えのある声。
私は、この影たちを知っている。
「――――――」
影が口を揃えて言う。
何を言っているんだろうか。声がくぐもってよく聞き取れない。
「――――え」
どうやら影たちは怒っているらしい。
くぐもった声から怒気が伝わってくる。
「――――じゃえ」
影たちが、私に手を伸ばす。
蠢蠢く無数の影の手が、私の四肢に、顔に迫る。
するする、するする、私の身体に真っ黒な手が迫る。
「――――んじゃえ」
影の両手が、私の首を掴む。
段々と、首を握る手の力が強くなっていく。
息が苦しくなり、私は影の腕を掴んで引き離そうと力を込める。どうしてこんな事をするのか、抗議の意味を込めて影の顔を睨む。
影の顔を見た瞬間、私は酷く後悔した。
何故なら、その顔は――。
「――――死んじゃえ」
視界が、段々とクリアになっていく。
私が気が付いたのは、いつも通学に使っているバスの、一番後ろの窓際の席だった。どうやら何か悪い夢を見たらしく、汗で肌着が湿っている。呼吸も少し乱れて、鼓動も早くなっている。
溜め息と共に窓から外を覗くと、バスはちょうど私の通っている
ぱしゃり、ぱしゃり。パラパラ、パラパラ。
ローファーが水溜りを叩き、雨粒か傘を鳴らす。虚ろでもの悲しい音に包まれながら、働かない頭で考える。
私がここに来てから、約1年の月日が流れた。けれど、私の心は今もまだ
それにここは、酷く退屈だ。見滝原とは違い、過疎化が進む小さな田舎町で、特産品といえば染物くらいしかないような寂れた所だった。見渡す限りの田園、それが最初に見たこの町の風景。酷く殺風景で面白味のない町だと思った。今でもそう思っている。
"
「……っ」
突然、記憶に靄がかかりまどかの事が上手く思い出せなくなる。その事に苛立ち、歯噛みしてしまう。
最近、まどかに関する記憶が曖昧になってきている。世界の修正力、とでも例えれば良いのか。何かが私の記憶に干渉しているらしく、改変される前の世界に関する記憶が酷く薄れている。もしかしたら、このままではまどかの事を全て忘れてしまうかもしれない。
ぎしり。そんな音を立てて、不安が私の中に積もった。
「お、おはよう。ほむ……あ、えっと、
不意に、背後から声を掛けられた。
立ち止まり緩慢な動作で振り向くと、そこには栗色の髪が特徴的な、小柄で若干垂れ目の少女がいた。
「……おはよう、
いつだったか、不良に絡まれていたところを助けたのがきっかけで知り合った……と言うより、一方的に話しかけてくるようになった少女。正直、鬱陶しい事この上ないのだが、別段害がある訳でもないので放置している。
「き、今日から学校だね。クラス分け、一緒のクラスになれると良いね」
「……そうね」
私が再び学校に向けて歩き出すと、詩野茜もまた私の隣に並んで歩き出した。
「それじゃあ暁美さん。別のクラスになっちゃったけど、お互い頑張ろうね!」
「……そうね」
学校に着くと傘を傘立てにしまい、少しばかり煤けた古めかしい校内に入って、靴を上履きに履き替ると、目の前の階段を上がり二年二組の教室へ向かう。
ところどころ塗装が剥がれた白い引き戸を開けると、数人の生徒が静かに本を読んだり携帯を弄っていた。私は教室の真ん中あたりにある自分の席に座ると鞄を机横のフックに掛け、お気に入りの本を取り出だしぱらぱらと捲って読み始めた。微かな雨音の中で読む本は不思議と普段とは違った雰囲気で、いつもより登場人物の心情や彼らの置かれている状況などをより深く考察出来た気がする。
からから、と教室の引き戸がそれなりに大きな音を立てて開くと、私の意識は本から音のなった方向、教室の前方に向いた。ふと周りを見渡せば、既に大勢の生徒が席に着き、親しい友人たちと話をしていて、教室内はかなり騒がしい。どうやら私が教室に来てから随分と時間が経っていたらしく、おそらくはこのクラスの担任であろう男性とここら辺では見たことのない男子が、教室に入ってくる所だった。
男子生徒の身長は、おおよそ175〜180cmくらいだろうか。制服の上着は袖を通しただけでボタンを留めず、ズボンのポケットに左手を突っ込んでいる姿がやけに堂に入って見える。纏う雰囲気からして、物静かで大人しい人物なのだろうが、その格好が原因なのか少々威圧的にも感じた。
「静かにしろー!」
劣化して節くれだった木製の教卓に着くなり、男性教師がそう怒鳴り散らすと、騒がしかった教室が一瞬で静まり返る。教師が教室を見渡して、全員が教卓の方を向いているか確認すると、自己紹介をした。
「今日から貴様らの担任になる
自己紹介、と言う割には酷く高圧的な態度をとるこの男は、学校でおそらく最も嫌われている教師だろう。フルネームは
そんな人間が担任だという事実に、教室内に火葬場の様な、悲しみに満ち溢れた暗く淀んだ空気が、凄まじい速さで広がっていく。
「いいか、春だからって恋愛だ、異性交遊だと浮ついてるんじゃないぞ。ワシの目の黒いうちは、貴様らには特に清く正しい学生生活を送ってもらうからな!」
心なしか、教室の空気が更に暗く重苦しいものになった気がする。このクラスの生徒にとってはこれからの1年、灰色の青春を満喫しなければならないのだから、彼らの絶望は凄まじいものがあるのだろう。
今日は魔獣――世界が改変された際、魔女の代わりに現れた魔法少女の敵――が多そうだな、と私は他人事の様に思った。
「あー、それからね。不本意ながら転校生を紹介する。ただれた都会からへんぴな地方都市に飛ばされてきた哀れな奴だ。いわば落ち武者だ、分かるな? 女子は間違っても色目なんぞ使わんように!」
何か恨みでもあるのかと邪推してしまうくらい、酷い紹介の仕方だった。
「では、
無論、そんな事を言われた転校生も黙ってはいない。転校生は諸岡をまるでゴミを見るような眼で見ると、言い放つ。
「誰が落ち武者だ」
彼の放った一言により、教室の空気が凍り付いた。確かに諸岡の説明はあまりにも酷過ぎる言い草だった。例えどれだけ温厚な人間でも十中八九は激怒するだろう説明だったのだから、転校生が諸岡に対して言い返すのも当然だろう。だが、この教師にそれは悪手だ。
「む……貴様の名は "腐ったミカン帳" に刻んでおくからな……」
案の定、と言うべきか。転校早々に諸岡に目を付けられてしまったらしい。自業自得ではあるがこれからの学校生活、苦労するだろう彼に少しだけ同情する。
「いいかね! ここは貴様がいままで居たイカガワシイ街とは違うからな。いい気になって女子生徒に手を出したりイタズラするんじゃないぞ! ……と言っても、最近は昔と違って、ここいらの子供もマセてるからねぇ。どうせヒマさえあればケータイで出会い系だのなんだのと……」
教室には、もはや目も当てられない程に悲惨な空気が漂っていた。
ふと "長々と話される説教ほど退屈なものはない" とマミに説教を受けた後、杏子が言っていたのを思い出した。今まで説教などとは無縁だったからよく分からなかったが、今なら杏子の言葉に同意できる。最早、退屈を通り越して眠い。気を抜けば寝てしまいそうだ。
「センセー。転校生の席、ここでいいですかー?」
「あ? そうか。よし、じゃあ貴様の席はあそこだ。さっさと着席しろ!」
欠伸を噛み殺し、下がってくる瞼を何とか持ち上げながら睡魔と闘っていると、私の前の席に座る緑のジャージを着た女子生徒が手を挙げて言う。諸岡はそれに気が付くと、席に着けと転校生に怒鳴った。
しかし、危ないところだった。あと少し、諸岡の怒号が遅ければ、睡魔に負けていたかもしれない。転校生が彼女の隣の席に座ると、辺りが俄かに騒がしくなるが、それを諸岡が大声を挙げて咎め、次いで出席を取り始めた。どうでも良いが、何故私の隣に座っている男子は机に突っ伏しているのだろう。
「では今日はこれまで。明日から通常授業が始まるからな」
長い様で短かった授業が終わりを告げ、待ちに待った放課後となった。とは言っても、私は特に寄り道をする気もなければ学校に居残る気もないので、早々に帰り支度を始める。無駄に時間を消費するのは、私が最も嫌うことのひとつだ。
『先生方にお知らせします』
ちょうど荷物を全て鞄に詰め終えた頃、緊急の職員会議を開く旨の校内放送が流れ始める。入学早々、何かやらかした問題児でもいたのだろうか。 仕方がない、と溜息を吐いて私は鞄にしまった本をまた取り出して読み始めた。それから、おおよそ5ページ半程、本を読み進めた辺りで再び校内放送が流れる。
『全校生徒にお知らせします。学区内で、事件が発生しました。通学路に警察官が動員されています。出来るだけ保護者の方と連絡を取り、落ち着いて、速やかに下校してください。警察官の邪魔をせず、寄り道などをしないようにしてください』
どうやら近くで事件が起こったらしい。普通ならば私に関係の無い事だが、もしかしたら魔獣の仕業かもしれないから一応、現場を見てみた方が良いだろう。
本を鞄に仕舞って立ち上がり、教室を出る。廊下には当然のように詩野茜がいて、私を見るなり笑顔を浮かべて寄ってくる。奇特なものを見るような、薄汚れた周りの視線など、少しも気にしていないようだった。
「あ、暁美さん。その……一緒に、帰ろ?」
「……ええ」
なんなのだ、この女は。そうは思っても、拒絶するための気力が湧かない。いくら拒絶しても、きっと彼女は、また懲りずに私の元に来るのだろう。何故だか、わかってしまうのだ。
溜め息を我慢しつつも外に出ると、やはり彼女は私の隣に並んで歩き始める。どうして、ついてくるのだろうか。
「じ、事件って、なんだろうね」
「……さあ」
「たくさん警察の人がいるみたいだし、きっとおっきなやつなんだろうなあ……なんか、ちょっと怖いね」
「……そうね」
舌打ちを耐えながら、くだらない話に相槌を打っていると、ふと妙な人だかりを前方に見つけた。明らかに何かあると思わせるような、そんな空気が漂っている。
「なんだろう……もしかして、事件現場かな。行ったら、まずいよね」
少し不安げに、詩野茜が言った。
通学路にあのような人だかりができることは、まずない。なれば、十中八九事件現場だろう。なんともまあ、好都合だ。
「え、あ、ほむ……あ、暁美さん!」
人だかりへと近付く。隙間から見えるそこは、黄色いテープが貼られていて、多くの警官たちが忙しなく動き回っていた。事件現場で間違いないらしい。
「だ、駄目だよ、近付いたら。警察の人に怒られちゃうよ」
私の後ろに隠れるようにして、詩野茜はぶつぶつとそんなことを呟く。まったくうるさいことだ。彼女を無視して、練り上げた魔力を足から地面へ流し、この辺りに、魔獣が発生していたかどうかの確認を行う。
魔獣の発生した形跡は、どこにも無い。つまりこれは人為的に起こされた正真正銘の殺人事件という事だ。私の出る幕はないだろう。
ただ面倒な事に、事件解決の目処が立つまで町を歩く巡回する警察官がかなり増えてしまう。そうなると、魔獣狩りを行う際に警察官に怪しまれない様に結界の捜索を行わなければならない。警察の目を掻い潜っての捜索になる為、必然的に見回りの回数が減り魔獣と戦う機会は少なくなってしまい、グリーフシードを得る機会も無くなってしまう。魔法少女にとってそれは文字通り死活問題、事件の早期解決を祈るばかりだ。
「うう……見つかりませんように……」
大きく深い溜め息を、ひとつ吐く。ここにはもう用はない。さっさと家に帰るとしよう。そう思って、一歩前に踏み出した。その時。
「おい、ここで何してる」
「ぴゃあ!?」
壮年の男性らしい声が、事件現場の方から飛んできた。見れば、刑事と思しきスーツの男性がこちらに向かって歩いてきている。厄介な、そう思って、舌打ちをしてしまう。
無視してさっさと行ってしまおうかと考えていると、背後から誰かの声がそれに応答した。
「ああ、叔父さん。ちょっと、ここ通りかかっただけだけど……」
「あー、だろうな……ったく、あの校長、ここは通すなって言っただろうが」
どうやら、あの刑事の知り合いがいたらしい。僥倖だ。私はさっさとこの場を離れようと足を進める。背後が少し騒がしい気もしたが、まあ、関係のないことだ。
さて。時間は飛んで、5月1日。
私は自室で、事件の概要を振り返っていた。この事件、妙な点が多くあるのだ。
まず、始業式から少しして、町が殺人事件の噂で持ちきりの中、
何にせよ、この事件は調査の必要がありそうだと感じて、数日の間、独自に水面下で事件の調査を進めていた時の事。四月の中旬頃に、今度は同じクラスの "
まったく、面倒なことだ。
「やあ、ほむら。調子はどうだい?」
溜め息混じりにコーヒーを啜っていると、視界の端に白い生物が映り込んだ。
こいつの名は "インキュベーター" 。
通称キュゥべえと呼ばれるそれは、少女に奇跡を与え、見返りに終わりのない戦いの運命を課す、契約者のような存在。有り体に言えば "吐き気を催す邪悪" という枕詞が付く様な悪徳セールスマンだ。
「キュゥべえ、何か分かったことは?」
私がキュゥべえに依頼したのは、行方不明になった天城雪子の情報、そして、この町に私以外の魔法少女がいないかの調査である。
悪徳セールスマンではあるが、仕事はきっちりとこなすのがこいつらだ。信頼は出来ないが、多少は信用出来る。
「まず、行方不明になってた "天城雪子" についてだけど、彼女は "
「……事件の被害者ではなく、加害者の可能性がある?」
「ほむら、君の勘の良さは敬意を払うに値するよ」
成る程、天城雪子が姿を眩ませたのは、事件に巻き込まれた訳ではなく、警察の捜査から身を隠す為だった可能性があるという事か。となれば、仮定の話ではあるが天城雪子は私と同じ存在――魔法少女である可能性もある訳だ。
しかし天城雪子が魔法少女だった場合、警察から身を隠す意味は無い。証拠の隠滅など魔法で幾らでも出来る。そんな事をしても逆に警察にマークされるのがオチだろう。
「キュゥべえ、他の魔法少女の痕跡は?」
「町中を探索してみたけど、この町には君が使った魔法の痕跡以外は何も見当たらなかったよ」
キュゥべえの言葉が本当ならば天城雪子が魔法少女である可能性、そして流れの魔法少女がこの街に潜んでいる可能性は無くなった。ただ、元々この町にいる魔法少女が犯行に及んだという線もある。ベテランならば、自分の魔力を偽造するなど造作もないだ。
だが、ここは一先ず私以外に魔法少女が居ないと仮定して、話を進めることにする。
「やっぱり人の手によって起こされた事件なのかしら」
「民家のアンテナは兎も角、電柱に人を吊るすなんて人間の筋力では不可能だと思うけどね」
この場合、ネックとなるのが人間にはおおよそ不可能な、死体の晒し方だ。女子高生という比較的軽い人間とはいえ、これを抱えて電柱を登り、電線に括り付けるなんて芸当は人間では不可能だ。
この仮定では無理がある。もしこの事件を起こしたのが人間でも、魔獣でも、魔法少女でもないなら、それ以外の第3勢力でもこの町に潜んでいるのだろうか。我ながら、鼻で笑ってしまう程に馬鹿馬鹿しい考えだ。
やはり、この町に元々居ついている魔法少女の仕業なのだろう。だとするならば、いつ襲撃が来るかも分からないのだから、今後も気が抜けない日々が続きそうだ。
私は溜息を吐くと、すっかり冷めてしまった珈琲を飲み干した。
5月3日。憲法記念日。つまりはゴールデンウィーク初日。
八十稲羽市から遠く離れた都会、冲奈市に私はいた。
目的は、なんてことはない。ただの暇つぶしだ。本を買ったり、服を見たり、俗的なことをするだけ。
の、はずだったのだが……。
「ちょっといいですかー?」
街頭インタビューめいた何かに捕まってしまった。野次馬にも囲まれて、どうにも無視できそうにない。しかも、笑顔でマイクを私に近付けてくる少女は、ニュース番組のレポーターには少しも見えない。世間一般で言うところの、アイドルのような、妙なオーラを振りまいている。まさか、バラエティ番組なのだろうか。憂鬱だ。
「……何か」
「今私たち、街一番の美少女さんを探してるんですけど」
「そう、ですか」
軽い溜め息を吐きつつも、努めて表情を崩さずに当たり障りのない応答をすると、マイクを持った少女は、勢い付いたように弾んだ声で言った。
「お姉さん、キレーですねー! クールビューティ、って感じでカッコいいなー! 頭のリボンも素敵だし、りせちー憧れちゃう!」
「ありがとう、ございます」
「肌も綺麗で髪もサラサラっぽいし、すっごいなー。何か特別なこととか、してるんですか?」
「……いえ、特には」
「うそ、本当に!? じゃあ体質なのかな? うわー、いいなあ! 羨ましい!」
「どうも」
「てゆーかお姉さん、テレビなのに全然動じないですねー。もしかして、テレビとかあんまり見ないタイプなのかな?」
「はい。……本ばかり、読んでて」
「わあ、読書家なんだぁ! りせちー本とか全然読まないから、そういう人ってすごく素敵だと思うなっ!」
「……ありがとうございます」
まったく、イライラする。早くどこかへ行ってくれないものか。表情を平静に保つのも楽じゃないのだから、とっとと私から離れてほしい。
ひどい苛つきを耐え忍んでいると、スタッフの一人が少女に何事かを言う。すると彼女は、ハッとしたように大げさな動作をカメラに見せた。
「あ、っとそうだった! それでね、お姉さん。今、お姉さんみたいなキレーな人を発掘して、一番は誰か!? っていうのを競ってるんだけど……」
つまりは、見世物になれと、そういうことらしい。勝手に人を捕まえておいて、よくもまあずけずけと言えたものだ。
「すみませんが、お断りさせていただきます」
にべもなく断ると、野次馬の一部から落胆の声が上がる。他人事だと思って騒ぐなと怒鳴りたいが、それを言ったところで何も解決しない。本当に、イライラする。
「えー……そっかぁ、残念……でもでも! もしあとで、やっぱり出てみようかなーって思ったら、声かけてねっ! えっと……はい! こっちに連絡してもいいからね!」
オーバーなリアクションで落胆を示した少女だったが、すぐさま元の笑顔に戻ると、そう告げてテレビ会社の連絡先が書かれたメモを手渡してきた。
「あ、あと、お姉さんのインタビューの様子って、放送してもいいですか?」
「……ええ」
どうでもいいから、早く離れてくれ。そう思いながら、適当な返事をする。
「ホント!? やったっ、ありがとうお姉さん! 放送、楽しみにしててねっ!」
すると、少女は最後にそう挨拶すると、スタッフと野次馬を引き連れて去っていった。
私は特別に大きな溜め息を吐くと、メモを握り潰して舌打ちする。どうしてこう、私には心休まる時間がないのか。ああ、まったくイライラする。
じくりと、ソウルジェムに穢れが溜まるのを感じた。
「あのさ……えっと……暁美さんって、この前テレビに出てたよ……ね?」
連休が明けて少し経ったある日、数人の女子生徒に急に話しかけられたかと思えば、そんな事を訊かれた。 私は、世間一般で言うところの "はみ出し者" の様な存在だ。自分が好き好んで話しかけようと思われる人間ではない事は自覚しているし、私自身も話しかけられる事は望んでいない。だというのに話しかけてくるとは、おそらくは相当な何かがあるのだろう。
それにしても、テレビに出たとは一体何の事だろうか。
「えと、ほら。昨日の夜にさ、やってたじゃん。発掘! 街一番の美少女は誰だ!? ってテレビ」
なんのことだと最近の記憶を掘り返していくと、連休中に沖奈市で取材を受けた事を朧げながら思い出した。確か、街中にいる美少女を探してるだかどうだという内容ものだった筈だ。
街角で取材を受けた私は何か理由を付けてスタジオ出演を断ったが、映像の使用は容認していた……と思う。いや、覚えていないが。
しかし、その所為で私が取材された際の映像を見た有名なスタイリストが私の容姿を何やら褒めていたらしく、ネットでかなり話題になっていると、昨夜にマミが電話で言っていたのも思い出した。
「ええ、受けたけれど……」
「やっぱり! じゃあ暁美さん生でりせちー見れたんだ、いいなぁ!」
「どんな感じだった!? やっぱ芸能人って感じのなんかこう……すごいオーラみたいなのってやっぱあった?」
「暁美さん、芸能人に褒められちゃうなんてすっごいねぇ!」
「でも、意外だよねー。暁美さんっていっつもすごいクールだから、テレビ出るなんて思わなかった」
「いやでも、りせちーも言ってたけどさ、暁美ちゃん顔もそうだけど髪も綺麗だもんなー」
「インタビューされちゃうのも、頷いちゃうよね」
「うわ、暁美ちゃんの髪めっちゃいい匂いする……」
私が質問に答えると、遠巻きでこちらを見ていた女子生徒たちが次々と集まってきた。あまりの鬱陶しさに逃げようかとも考えたが、それでは何の解決にもならない。そもそもこうなった時点で解決策など無いのかもしれない。
溜め息が出そうになる。どうやら私は、私が思っていた以上に有名人になってしまったらしい。ああ、適当な返事なんてするんじゃなかった。こうなると、騒ぎが静まるまで夜遅くまで活動するのはなるべく避けた方が良いかもしれない。田舎は噂が回るのが、妙に早いのだ。
全く、何故こう面倒な事が次から次へと押し寄せて来るのだろうか。このままだと、近いうちに心労で倒れてもおかしくはない気がする。
そうして、いつもより数倍騒がしかった学校から帰った私は、自室でコーヒーを飲みつつお気に入りの小説を読む事にした。本棚に囲まれた室内は、コーヒーの匂いに混じって微かに薫る紙とインクの匂いが心地良く、私の疲れがじっとりと溶けていくのを感じる。
気分良くコーヒーを淹れたカップを置こうとテーブルを見ると、いつの間にかキュゥべえがテーブルの上に座っていた。毎度の事ながら、本当にこいつはどこから湧いて出て来るのだろうか。神出鬼没すぎて気持ちが悪い。
「あら、キュゥべえ。何か分かったかしら?」
「また行方不明者が出たそうだよ」
キュゥべえの報告を聞いた私は、思わず頭を抱えてしまった。もう勘弁して欲しい、最近はただでさえ事件が多いのに、これ以上問題が増えるなんて悪い冗談だ。
意気消沈する私を気にした風も無く、キュゥべえは行方不明者の身元を淡々と話し始めた。
「名前は "
それにしても、どうして人間は暴走族なんて意味の分からない非生産的な行動をするんだい? 貴重なエネルギーが無駄に消費して騒音を撒き散らすだけの全く意味のない無駄な行為じゃないか」
「……さあ? 私には彼らの気持ちなんて分からないから、答えようがないわね」
キュウべえの疑問に適当な答えを返しながら、コーヒーを一口飲む。どうやら濃く淹れ過ぎてしまったらしく、随分と苦いコーヒーになってしまっていた。
しかし、こいつは相変わらず妙に腹が立つ顔をしている。本人曰く、人間に警戒されない姿をとる事で契約をし易くしているそうだが、私から見れば気持ちの悪い新種のUMAにしか見えない。これを可愛いと思うのが人間の感性らしいが、本当だろうか。
「どうしたんだいほむら?」
「……なんでもないわ。それより、他に何か新しい情報は見つかったのかしら?」
「そうだね、今のところ若者の間で流行っている都市伝説くらいかな」
都市伝説、おそらくはマヨナカテレビの事だろう。雨の日の午前0時に消えたテレビの前に1人で立つと、自分の運命の人が映るという眉唾物の噂だ。そんなのものは聞いた瞬間、情報の内には入らないと分かるのだから、検閲でもしてもう少しマシな情報を持って来て欲しい。
「そう。つまり、めぼしい情報は無いのね」
そんな言葉と共に、溜息を漏らす。結局こちら側と関わりがある可能性を肯定する為の材料も、否定する為の材料も手に入らなかった。気長に情報を集める事にしよう。今のところ私は、この件から手を引くことも入れることも出来ない、どっち付かずの宙ぶらりんな状況だ。このままという訳にもいかないが、判断材料が無い現状ではどうしようもない。今は事の成り行きを見守る他無いだろう。
キュゥべえから報告があった2日後、巽完二がジュネスの近くで発見されたらしいと、再びキュゥべえから報告があった。発見者は "
花村陽介という少年について私が知っているのは、性格は陽気で明るく面倒見が良い人間であり、外見は茶髪と首から下げたヘッドホンがトレードマークで、大型ショッピングモール "ジュネス" の八十稲羽店店長の息子である。その所為か、ジュネスに客を取られて寂れてしまった地元の商店街から、随分と疎まれているらしい。また、私とは同じクラスで席が隣同士という、割と近い位置にいる事くらいか。
さて、問題は花村陽介が巽完二を見つけた経緯、これがどう見ても怪しいということだ。しかし、これだけで断定するのは性急である。この事は当事者に直接話を訊いた方が早いと考えた私は、花村陽介に話を訊くことにした。
キュゥべえから報告のあった次の日。
私は学校の屋上の入り口から、花村陽介を含む4人の男女が談笑しているのを見ていた。キュゥべえによると、花村陽介は比較的仲の良い友人と一緒によく屋上にいるらしい。放課後に屋上へ行ってみると、情報通り友人達と談笑している最中だったのだ。
正直、仲の良いもの同士が楽しく談笑してる中に、こう突っ込んでいくのは少し気が引ける。小さな溜め息と共に意を決して、私は花村陽介に近付くと声を掛けた。
「花村くん、ちょっと良いかしら?」
「ん? えっと……なんか用か?」
話しかけると、全員が不思議そうな顔で私を見た。それもそうだろう、接点の無い人間がいきなり話しかけてきたのだから、不思議がって当然だ。
「ええ、貴方が巽完二の発見者だと聞いて……」
「え、ああ、俺はアイツを見つけただけで、特に関わりとかはないぜ」
花村陽介に巽完二を発見した時の話を訊くと、即座にそう答えた。突然声を掛けられたからか多少戸惑っている様だが、どこか決められた言葉を言っているだけの様にも聞こえる。
花村陽介……いやそれだけでは無い。天城雪子が居る事から、この場にいる私以外の4人は確実に私が知らない、彼らしか知りえない情報を持っているだろう。特に女子の天城雪子、そしてこの場にいるもう1人の女子 "里中千枝" は何かあるだろうと予想している。
私が憶えている限りの情報だと性格は瀟洒で剛毅、天城雪子とは比較的に仲が良くいつも一緒にいるところを見かける。茶髪に緑のジャージがトレードマークで、無類の肉好きである。そして花村陽介と同じく私と同じクラスで席は1個前とこちらも比較的に私と近い位置、というのがこの "
もし里中千枝が魔法少女だった場合、この事件は彼女によって引き起こされた可能性がある。そう思った私は、少し探りを入れてみる事にした。
「そう……。それじゃあ次の質問よ、貴方達が巽完二に追い回されているところを見たのだけれど、アレは何だったのかしら?」
「えっ? あー……アレか。アレは、ちょっと色々あってなぁ……」
カマをかけてみると見事に引っかかった。どうやら追い回されていたのは彼らだったようだ。おそらく、巽完二と何かしらの問題があったのだろう。それが事件と関係あるかは分からないが、情報としてはそこそこ有力だ。
そして私の質問に曖昧な回答を寄こした彼だが、一瞬だけ転校生を見たのを私は見逃さなかった。
性格は温厚で寡黙と、いかにも真面目そうだが意外にもノリが良い。おかっぱのような髪型で、制服の上着のボタンを留めず袖だけ通した形で着るというかなり目立つ格好をしている。名前は確か、鳴上悠……だったか。これが私の知っている情報だ。
このグループのリーダー的存在――いや、そう見えるだけかもしれない。もし里中千枝が魔法少女だった場合、男子2人は魔法によって操られている可能性がある。この視線を逸らした行為も、フェイクかもしれない。
「天城雪子、巽完二の2人ともジュネス付近で偶然、発見されたらしいのだけれど、どうしてだと思うかしら?」
「ええ? あー……俺にも分かんねーよそんなの。てか、えっと……暁美、さんはなんでこんな取り調べみたいな事すんの?」
「ごめんなさい、なんとなく事件の事が気になったのよ。……そろそろ時間ね、質問に答えてくれてありがとう。また明日、学校で会いましょう」
花村陽介の反応から、私はこれ以上探りを入れるのは無理と判断し、適当に話を切り上げ別れを告げると屋上を後にした。
あの様子から見て、やはり彼らは何らかの形でこの事件に関わっているようだ。これからは彼らの行動に注意する事にしよう。
◇
陽介に質問をして来た少女、暁美ほむらの目的は一体何だったのか。元々クラスでは良くも悪くも影の薄いほむらが突然あれこれ質問してきたものだから、 "特別捜査隊" の面々は驚くと同時に彼女の行動に大いに頭を悩ませた。
彼らは今この町で起こっている連続殺人事件の調査をしている "自称・八十稲羽市連続猟奇殺人事件特別捜査隊" 、略して "特捜隊" である。
彼らはある事がきっかけで "テレビの中の世界" という異世界を触れ、そしてこの世界で "シャドウ" と呼ばれる怪奇に遭遇しそれに対抗する心の鎧とも言うべき力 "ペルソナ" に目覚めた少年少女たちなのだ。
彼らの目的は、テレビの中の世界に人を落とされた被害者の救出、及び犯人の逮捕である。現実世界しか調べる事の出来ない警察にはこの事件の解決は到底不可能であるこの事件を解決の鍵は、正に彼らが握っていると言っても過言ではないだろう。
さて、そんな彼らが探索する "テレビの中の世界" についてだが、これはペルソナ能力に目覚めた者のみが侵入できる異世界の名称である。
常に深い霧に覆われたこの世界には "シャドウ" と呼ばれる化け物が数多く存在し、現実世界に霧が出る時――即ちこの世界の霧が晴れる時に凶暴化しこの世界にいる人間に襲い掛かってくるという危険な場所だ。この世界にペルソナ能力を持たない者が落とされると、その者の抑圧された内面が現実のものとなって現れダンジョン化し "シャドウ" と呼ばれる化け物の住処となってしまう上、落とされた人物と同じ姿形をした強力なシャドウ――自分の影の部分が必ず目の前に現れるのだ。
そしてこれは落とされた者の抑圧された内面そのもの、つまりは完全な同一人物なのだが、その性格や気質は大きく歪んでいて本人とは似ても似つかないものとなっている――また、この自分の影は雨の日の午前0時に消えたテレビ画面を1人で見つめると少しの間だが完全な一般人でも垣間見る事が出来る為、特捜隊の面々はこの現象を利用して被害者が誰なのかを確認している。尚、被害者がまだテレビの中へ入れられていない場合はシルエットのみが映る。因みに俗称は "マヨナカテレビ" と言う――。
そんな歪な存在であるから、本人たちは自分と同じ存在である事を総じて拒絶してしまう。同じ存在ではないと拒絶してしまえば最後、自分の影に取って代わられ本人は現実世界に霧が出る日に強制的に元の現実世界に戻される。戻された者たちがどの様な末路を辿ったのか、それはこの町で起きた事件の被害者を振り返れば分かることだろう。
そんな彼らを現在進行形で悩ませているのは、彼女の思わせ振りな態度だ。
「ありゃ多分、俺たちが事件に何らかの形で関わっている事に気付いてるな……」
「ちょ、それマズくない?」
「何とか誤魔化せないかな?」
「……問題はどこまで気付いているのか、だな」
一体どこまで気付いているのか、どこまで知っているのか。テレビの中の世界には気付いてないだろうが、少なくとも自分たちがなんらかの関わりがある事には気付いているだろう。
ああでもない、こうでもないと散々に議論を重ねた末、取り敢えず学校ではその手の話題は話さない事に決めてその日は解散する事となった。
そして、それから約1週間後の6月4日。
自室で降りしきる雨をカーテンの隙間から確認すると、悠は自室のテレビの前に立ちマヨナカテレビを確認しようとしていた。しばらくするとテレビからざざざっ、という音と共に映像が流れ出す。
「!」
酷く荒い映像だったが、人影が映ったのを悠は見た。映像から辛うじて分かったのは、スカートらしきシルエットであるという事だけで、それ以外は残念ながら分からなかった。
マヨナカテレビが終わると少しの間を置いて携帯に陽介から電話が掛かってきた。悠が出ると、陽介はすぐに話を始める。
『おい、見たか? 』
「ああ。あのスカートを履いている様に見えたから、多分次の被害者は女性だろう」
『そうだな、俺もそう思う。しっかし誰なんだろうな……』
「その辺りの事は、明日ジュネスで話そう。今日はもう遅い」
『それもそうだな、んじゃおやすみ』
「ああ、おやすみ」
通話を終えると、悠はマヨナカテレビから得た情報と自身の考察を新たに携帯のメモ帳に書き加えた。
これまでの被害者は陽介が言った様に、例の山野真由美の事件に間接的に関わりのある人物だ。今回の被害者もまた、少なからずあの事件に関わりのある人物ではないだろうかと鳴上も考えている。今まで事件の被害にあった者たちの共通点は "山野真由美の事件と何らかの接点がある" 者たちであった為の予測だ。
つらつらと被害者像について考察していると段々と瞼が重くなってきた為、悠は考察を打ち切ると布団に入り眠りについた。
それから更に2日後の6月6日。
復帰した巽完二を新たに仲間に加えた特捜隊は、ジュネス屋上に設けられたフードコートで彼らは複数設置されている白い丸テーブルのひとつに陣取り、巽完二の歓迎会をした後、事件についての考察を話し合っていた。
「今回の事で、 "被害者は女性" っていう共通点は崩れちゃったね」
「もう一個の読みは何だっけ」
「 "山野アナの事件と関係ある人が狙われる" ……これは、どうかな?」
「まだ分からないな。外れた、とまでは言えない」
「けど、山野アナと直接関わったのは、ほんとはどっちも母親の筈なんだよな……」
天城雪子、巽完二の2人は山野アナとは直接関わりがない。この事が特捜隊の面々が悩ませる原因の1つだろう。関わりがあったのなら事件関係者が狙われる、という読みは合っていた事になるがどちらも直接関わっているのが母親だったのだ。そのため可能性が無いとは言い切れない、そんな状況だ。
「なんだ先輩ら、手がかり無しスか? じゃーここらでオレが、すんげーの出しちまうぜ?」
「なんだ、それ?」
完二が懐から見せびらす様に出した1枚のメモ用紙に、陽介は疑問の声を漏らした。
「先輩やオレが行方くらました事、面白半分にかぎ回ってやがったんで、没収してやったんス。ま、書いてある意味は、よく分かんねんスけど」
陽介の疑問に対して、完二は得意げにそう説明した。悠は完二からメモ用紙を受け取り、幾つか書いてある項目にざっと目を目を通すが、どれも事件と関係があるとは言い難いものばかり。仕方ないので、何となく項目の最後から読み上げてみる事にした。
「テレビ報道番組表。山野真由美、4月11日。小西早紀、4月13日……」
「なんだこの日付? 4月11日……?」
「あ、遺体が発見された日……は、そっか、始業式の日だったから12日か。11日はその前の日だけど……」
「小西先輩の遺体が見つかったのは15日だ。忘れらんない日だからな……。え、微妙に何の日か分かんねえぞ? てか、 "テレビ報道番組表" ってどういう意味だ?」
「小西早紀、4月13日……小西先輩がテレビ報道に出た日か……?」
「そっか……。ああ、多分間違いない!」
悠が発した一言に陽介が反応を示すと、次々と被害者の4人がテレビ報道されていた事実が分かっていった。被害者の共通点は "メディアで有名になった人" 。次に狙われるのもテレビ報道された人物である可能性が非常に高い。
悠は再びメモ用紙に目を落とすと、最後に記された人物名と日付を読み上げる。
「暁美ほむら、5月23日……!」