Persona4 : Side of the Puella Magica 作:四十九院暁美
6月24日、放課後。特捜隊は久慈川りせ捜索の為、テレビの中にいた。
「おーい、クマクマ?」
里中千枝が後ろを向いたままのクマに呼びかけると、クマは彼らに背を向けたまま悲しげな声色で呟く。
「クマ、泣いてないよ。みんな、クマの事は忘れて楽しそうに……クマ、見捨てられた……」
あの戦闘以来、彼らはテレビの中に入っていない。その事がクマの孤独感を助長してしまい、酷く拗ねてしまっていた。
「そ、そんな事あるワケないじゃん!」
「ごめんね、寂しかったの?」
千枝と天城雪子の謝罪に対して、クマは相変わらず悲しげな声色で応える。
「タイクツでヒクツしてたクマ」
クマはどうも良くない拗ね方をしているようで、きのこでも生えてきそうなくらいにジメジメとした暗い雰囲気をその愛らしい身体から醸し出している。
「どーせクマは、自分が何なのかも知らんダメな子クマ。答えは見つからないし、みんなは来ないし……そっちの楽しそうな声まで聞こえた気がして……寂しいから泣いてみようと思ったけど、ムリだったクマ……」
自身の存在について悩むクマは、その悩みの所為で負のスパイラルに陥っているらしい。答えの無い事を悩めば悩む程その深みへとはまっていく、クマにとってそれはまさしく底無し沼のようだった。
「まあ、空っぽだしな……」
そんな精神状態のクマに対して、花村陽介のこの言い草はかなり刺激となったらしく、珍しく怒りを露わにしてクマは怒鳴った。
「カラッポカラッポ、うるさいクマ!」
それに対して陽介は一瞬驚いた後、怒気を孕んだ声で言う。
「な……なんだと、この! ココは、お前の現実なんだろ!? お前がココでひっそりと暮らしたいっつーから犯人捜し、約束したんじゃんか!」
どちらも少々気が立っているようで、雰囲気があまり良くない。その事を察した千枝は、さりげなく2人の合間に立ってそれを仲裁する。
「まーまー、クマくんも考え過ぎで疲れちゃったんだよ、ね?」
「独りだと色々考えちゃって、寂しさ増量中クマ……みんながいないと切なくて、胸が張り裂けて綿毛が飛び出しそうクマよ……」
やれやれ、といった様子で千枝はクマの頭を撫でる。その姿は、まるで保護者のようであった。
頭を撫でられた事で少しだけ気を良くしたのか、クマは千枝に無邪気な視線で問う。
「いつか逆ナンしてもよい?」
「おー、いいぞぉ!」
「……逆ナンのネタは、もう封印しない?」
笑顔で千枝がそれに答える一方、それを聞いていた雪子は微妙な顔で提案する。
そもそもクマが逆ナンと言い始めたのは彼女の影が原因である為、できる事なら触れて欲しくない話題だった。
「それよか、確かめてー事があるんだよ! 今、こっちどーなってる? 久慈川りせって女の子、来てないか? なんか分かんない?」
「クジカワリセ……? んむ……?」
クマの慰めが済んだところで、陽介は少しだけ焦ったような声で問う。しかし、クマは鼻をヒクつかせながら疑問符を浮かべるばかりで、残念ながら心当たりが全くないようだった。
「分かんないのか……? なんか、お前の鼻、段々鈍ってきてないか?」
「クマは何をやってもダメなクマチャンね……みんなの役に立たなくなったら、きっと捨てられるんだクマ……」
また負のスパイラルに入りかけるクマに鳴上悠は優しく、慈愛に満ちた暖かな光のような声色で言う。
「そんな事ない。何があっても、俺たちはクマを見捨てないからな」
「クマ……みんなと一緒でいいの?」
「ああ、もちろんだ!」
それで完全に元気が出たのか、いつもの笑顔がクマに戻る。その様子を見た千枝は、うんうんと頷くとクマに提案した。
「じゃあさ、この前みたいに何か感じ掴めそうなもの探して来るよ」
「ハッキリと分かんないけど、誰か入ってるよーな気は微妙にするクマよ。そのコを感じられるような、何かヒントあれば、きっと前みたいに分かるクマ」
どうやら久慈川りせの捜索には、ほむらの時のように何かしらの情報が必要らしい。
一旦クマに別れを告げて現実世界へ戻った特捜隊は、久慈川りせ救出の為に情報確保へと乗り出すのだった。
さて、悠がまず情報を得る為にまず向かったのは、マル久豆腐店だった。被害者と比較的近い関係にある人物から情報を得るのは、捜査の基本中の基本である。
お祖母さんに話を聞くと、なにやら久慈川りせ目当てのパパラッチがいるらしい事を聞く。そのパパラッチから何か情報が手に入るかもしれいない事を掴んだ悠は、特捜隊の面々にメールでその事を通達した。
そしてそれとほぼ同時刻、学校で聞き込みをしていた陽介はとある生徒から、久慈川りせがテレビで見るのとは全く違う様子だったこと、そして何かしらの "悩み" を抱えているらしいという話を聞く。彼女に抱えている悩みとは一体なんなのか、どうもこれが鍵になりそうな情報だと感じた陽介は、特捜隊の面々にその事を通達した。
「早いわね……」
その2通のメールを受け取ったほむらは、情報収集の早さに舌を巻く。どちらも現実世界に戻ってから、僅か1時間以内に得た情報だ。流石の情報収集能力であると言わざるおえない。
「それにしても……パパラッチ、ね」
携帯の画面から目を離して目の前を見る。ほむらの視線の先には、茜色に染まる鮫川河川敷に似つかわしくない都会染みた "いかにも" な風貌の男性がいた。
「すみません」
「ん、なんだ?」
ほむらは取り敢えず声をかけてみると、男性は少し怪訝な声色で返事をする。それはおそらく、突然話しかけられた所為だろう。
「突然ですが、久慈川りせについて、何か知ってる事はありませんか?」
「……もしかして、君もりせちーの情報を集めているのかい?」
「はい。少し、気になることがあって」
「へぇ……?」
値踏みするような視線が、ほむらに注がれる。まだ押しが弱いか、そう思ったほむらは情報の交換を男性に持ちかけた。
「良ければ、私の持っている情報を提供しますけど……」
「情報交換ってこと? んー……分かった、良いよ」
ほむらの提案に少しだけ思案した後、男性はそれを受け入れる。内心で小さくガッツポーズをするほむらは、早速持っている情報を男性に開示する。
「私の持っている情報は2つ。まず1つめの情報は "久慈川りせはテレビとは別人のようだった" ということです」
「ふうん、やっぱりか……」
「やっぱり?」
ほむらの持っている情報を聞いた男性は、どこか納得と少しの落胆が混じった声で言う。
「いやね……実は僕も昔、プライベートのりせちー、目撃したことがあるんだ」
「そうだったんですか」
「驚いたよ、テレビの印象とは全然違っててさ。すぐ本人だとは分からなくてね。でも、アイドルって "キャラ作り" するものだし、当然っちゃ当然なのか」
どうやらこの男性も、久慈川りせのファンだったらしい。プライベートの酷くダウナーな彼女を目撃したおかげで冷めてしまい、今はもうファンではなくなったのだろう。
「それで、もう1つは?」
男性の催促に応えて、ほむらは先ほどメールで送られてきた "悩みを持っていたらしい" という情報を話した。
「2つめは "悩みを持っていたらしい" といことです」
「悩みを持っていた、ね。やっぱりそこになるのかなぁ……」
これを聞いた男性は眉間に皺を寄せると、自身の持っている情報を話し始める。
「いや、実は先日の電撃休業の理由について、取材していたんだけどさ。 "りせちー" って創作されてキャラクターに疲れてしまった、って情報が有力なんだ」
「……キャラクターを演じる事に疲れてしまった」
「そう、多分彼女は "普段の自分とは違う、アイドルとしての自分" に耐えられなくなったんだろうね」
本来の姿とは違う自分を演じる内に、どっちが本来の自分で演技の自分なのか、その境目が曖昧になってしまった。だから、おそらく久慈川りせは "本当の自分" について悩んでいたんだろう。
男性はそうの様に締めくくると、ほむらに別れを告げる。
「目新しい情報は無かったけど、助かったよ。おかげで記事の方針が固まった、ありがとう」
「いえ、ありがとうございました」
少しの罪悪感と共にほむらは男性にお礼を言うと、その場を離れてすぐにメールで特捜隊の面々に "パパラッチに接触して、久慈川りせの情報を入手した。" と簡素な文面のメールを送る。きちんとメールが送信されたのを確認すると、携帯をポケットにしまってジュネスへ向けて走り出すのだった。
茜色に染まるジュネスへ再び集まった特捜隊は、全員が揃ったのを確認するとテレビの中にダイブした。
「あ、センセイ! その顔はもしや! 手がかり発見か!?」
テレビの中の世界、入口広場に彼らが降り立つと待ってましたと言わんばかりにクマが駆け寄ってくる。
「ああ、見つけてきた」
悠は頷きいてほむらから聞いた情報をクマに聞かせると、それを頼りにクマが久慈川りせの気配を探り始めた。
「お、キタキター! 多分こっちクマ! ついてくるクマ!」
気配を探り当てたクマはそう言って、気配の発信源を辿ってフラフラと歩き始めると、特捜隊もそれについて行く。
入口広場を離れてからしばらくして、一行は辺りが真っ暗な場所へと辿り着いた。
「なにここ……真っ暗じゃん」
キョロキョロと周りを見渡しながら千枝がそう呟いた直後、桃色の毒々しい光が突如として辺りを照らし出す。
「うお……これって……」
照らし出されたここは、派手な装飾に複数のソファとテーブルが備え付けられている。有り体に言えば、所謂キャバクラの様な内装の場所だ。
「温泉街につきもののアレ!?」
「……あ、そうかも。……え、う、ウチには無いからね?」
陽介の言葉に同意した雪子は、それから少しの間をおいて別に誰かに訊かれた訳でもないのに、そう否定した。
「ストリップ……てやつスか」
「ストリップ!? はっはーん! 読めたクマよ……シマシマのやつクマね!?」
完二の呟きに対して、クマがそう返す。あまりにお粗末と言わざるおえないボケに、クマを除いた全員が閉口した。
「ストリップって……シマシマのやつクマね!?」
すると、何も反応が無かったのが不服だったらしいクマが再び同じボケを繰り返す。が、呆れて誰も反応しない。
当たり前である。1度滑ったボケの天丼を触るなど、よほどの蛮勇がない限りは誰もやろうとは思わないだろう。
「眩しいわね……ここ」
「ねー、ボケたらツッコミなさいよ! もっかいクマ……」
ほむらがクマのボケをスルーして呟くと、クマが不満そうな顔をしてみたび同じボケを繰り返す。クマはまさかの、連続で同じボケをするという暴挙に出たのである。
「ストリップって、シマシマのやつ――」
「うっさいな、こいつ……」
「……え、シマシマって? ごめん、何の話?」
それには我慢ならなかったのか千枝がそう呟くと、雪子の天然ボケがクマに手痛い追い打ちをかける。
「も、もう言わないクマ……はやく、先に進もうクマ……」
これにはさすがのクマも耐えられなかったらしい。酷く落胆した様子で、クマはそう言うのだった。
◇
桃色の明かりが目に痛い、妖しげな劇場の通路をぞろぞろと駆け抜ける。
派手な電光装飾に悪趣味なハート形のライト、カーテンを開ければポールのついたステージ、どれもこれもが不快だ。
「うーん……この匂い、この雰囲気……かなりドキドキな予感クマ!」
クマがそんな事を言っていると、曲がり角から人型のバネのような姿をしたシャドウが2体、私たちの前に飛び出してきた。
「どわ!? いきなり出てくんじゃねーよ!」
いきなりの登場に驚いた花村くんは、そう叫ぶとジライヤを召喚してシャドウに攻撃を仕掛ける。呼び出されたジライヤの投げた手裏剣は、刹那の内にシャドウたちをばらばらに切断して黒い塵にしてしまった。
「流石だな、花村」
「へへっ、まーな」
私より先にペルソナに目覚めた彼らは、ペルソナの熟練度が自分とは段違いだ。今のような場面で咄嗟にペルソナを召喚、尚且つ複数のシャドウを同時撃破などまだ私には出来そうにない。
そんな風に時折出てくるシャドウを倒しながら、カーテンを開けた先にある階段を登って上階へ進んでいく。3階まで登ったところで、クマが鼻をヒクつかせながら言った。
「……ムム! 匂う! 匂うクマよ! クマの鼻が何かキャッチしたクマ!」
「よし、急ぐぞ!」
進んだ先にあったのは桃色のカーテン、だが他とは微妙に雰囲気が違う。どうやらこの先に、何かがいるようだ。
「匂いの元はこの向こうクマ!」
鳴上くんがカーテンを勢いよく開き、同時に中へと突入する。
待っていたのは、マヨナカテレビに出ていた黄色の水着を着た久慈川りせだった。
「やっと見つけた!」
「……けど、やっぱ様子が変」
花村くんが若干疲弊した様子で叫ぶ。すると、久慈川りせの異変に気がついた里中さんが不安げな顔をする。
おそらくは久慈川りせのシャドウだろう。
『ファンのみんな〜! 来てくれて、ありがと〜ぉ! 今日は、りせの全てを見せちゃうよ〜! ……えぇ? どうせ嘘だろうって? アハハ、おーけーおーけー! ならここで……あ、でもここじゃ、スモーク焚きすぎで見えないカナ? じゃぁもう少し奥で、ウソじゃないって、ちゃーんと証明してあげるネ!』
有無を言わさない長いトークの後、テレビのテロップに似た文字が派手な賑やかしと共に現れた。
〔マルキュン真夏の夢特番!
丸ごと1本、りせちー特出しSP!〕
まさかとは思うが、私の時もこんなだったのだろうか。いや、あの時のシャドウの様子からしてそれは無い……筈だ。多分、おそらく。
私が人知れず悩んでいると、どこからか大きな歓声が上がる。
「うあ、ざわざわ声、今回スゴい……なんか気持ち悪くなってきた」
「誰かが見てるんだとしたら……早く何とかしないと、これ……」
『じゃあ、ファンのみんな! チャンネルはそのまま! ホントの私……よ〜く見て! マルキュン!』
里中さんと花村くんが呟いた直後、久慈川りせの影は妖艶な笑みを浮かべると、奥へと走り去って行った。
「い、急ごうぜ! イタい話聞かれるだけのとは訳が違うって!」
焦った声で花村くんが言うと、同時にまたどこからか大きなざわつきが聞こえる。
「シャドウが、めっさ騒いどるクマ! さっきのは、リセって子が抑圧してる思念クマ! このままじゃ、リセチャン危ないクマよ!」
「今度は私が助ける番……ね。行きましょう」
私はそんなことを呟くと、彼らと一緒に走り出した。
奥へ進んでいくと、またシャドウが現れる。今度はカンテラを持った、黒鳥の姿をしたシャドウだ。
「邪魔よ」
右腕を掬い上げるように振るい、指先から伸びる鋼線で黒鳥を絡め取るとそのまま右手を勢いよく握り締める。すると巻き付いた鋼線が黒鳥の身体に喰い込み、そのまま17つの肉片に解体してしまった。
「さっすがほむらちゃん!」
里中さんの歓声を背中で受けながら、右手首を揺らしてするすると鋼線を回収していく。
しかしこの鋼線、中々に使い勝手が良い。対シャドウのみならず対人、対魔法少女戦ではかなり有用な武器になるだろう。まあ、できれば後者の2つでは使いたくないが。
辺りを探索しながら上へ登っていくと、途中でどこからか久慈川りせの声が響く。
『あれー!?こんなトコまで来るなんてりせのファンの人? マジ!? りせちー、超うれしー! せっかく来てくれたんだから特別にサービスしちゃおっかなぁ……でも、ここじゃダメ! りせちーに、あなたの頑張りをもうちょっと見せて欲しいな! 待ってるからね!』
「あわわ、敵クマ! 数は6体!」
影の話が終わると同時に、奥からシャドウが複数体現れた。さっきと同じ鳥型のシャドウだ。
「すっ込んでろッ!」
巽くんはパイプ椅子でシャドウを殴り飛ばすと同時にタケミカヅチを召喚、その剛腕を唸らせて他のシャドウをも巻き込んで叩き潰す。
「いっくよー……アタァ!!」
里中さんが綺麗なサマーソルトで2体のシャドウを打ち上ると、先の召喚されていたトモエが薙刀を振り回して粉微塵に切り刻む。
シャドウに対してペルソナよりも先に自分から攻撃とは、さすが肉体派なだけはある。
「よし、先に進もう」
辺りにシャドウがいない事を確認すると、鳴上くんはそう言って駆け出した。
私たちが6階に上がると、また影の声がどこからか響いてくる。
『ほら、頑張って! もうちょっとだよ! りせ、応援してるから!』
こっちは必死に助けようとしてるのに逆に明るく応援されるとは、なんともやるせない気分だ。
「サクヤ!」
そんな事を思っていると、天城さんのコノハナサクヤが辺りのシャドウを焼き払っていた。相変わらずの凄まじい火力だ。私も、あれくらい出来れば良いのに。
さて、7階へ上がるとみたび影の声が響いた。しかし、その声色は今までよりも喜色が濃い。
『嬉しい! ホントに来てくれたんだ! でも、やっぱりちょっと恥ずかしいからぁ……電気、消すね!』
ぱちん、というブレーカーが落ちる音と同時に、眩しいぐらいに光っていた照明が消える。辺りは真っ暗で、足元さえも怪しい。
「ムム! 電気を消したってことは……セ、センセイ! クマ、大人の階段登るのか!?」
「何を期待してるのよ……」
唾を飲むクマに対して、里中さんが呆れたようにツッコミを入れる。
「……マズイな。どこにシャドウがいるのか見えねーぞ」
「慎重に行こう。どこからシャドウが来るか分からない」
鳴上くんの指示に従って辺りを警戒しながら暗闇の中を進んで行くと、早速前方にシャドウの気配があった。
取り敢えず鋼線を伸ばして防御壁を作ると、何かが裂ける音と悲鳴のようなものが響く。どうやら、防御壁に突っ込んだシャドウが勢い余ってバラバラに切り裂かれたらしい。シャドウとはいえ、なんとも悲惨な死に方に少しだけ同情してしまう。
「おうっ!?」
「うひゃぁ!? な、な、なに!?」
「シャドウが突っ込んできたから、迎撃したのよ」
私は驚く彼らにそう言って、腕を振るって鋼線を回収しながらシャドウの気配を探る。辺りにシャドウの気配は無いが、油断は禁物だ。
シャドウの襲撃を警戒しながら道なりに進むと、またもカーテンが行く手を阻んでいた。慎重にそのカーテンに触れると、どこからともなく声が響く。
『ああん! もう、気が早いんだから! そこはまだ、ダ・メ! こっちよ、こっち! 早く来て!』
それを無視してカーテンを開こうとすると、謎の力によって腕を弾かれてしまう。
「従わないと駄目みたいね」
「声が聞こえた方に行ってみよう」
暗闇の中を彷徨いながら声の聞こえてきた方向へ向かうと、今度は他とは明らかに雰囲気の違うカーテンが行く手に現れる。カーテンに触れてみると、奥から声が聞こえてきた。
『来てくれたんだね! いいよ。りせ、心の準備はできてるから……』
「ゴクリ……」
恥ずかしそうな声に、クマが唾を飲み込む。まだ何か期待しているのか、と呆れつつカーテンを開けて飛び込むと、暗い室内の前方に久慈川りせのシャドウがいた。
『りせ、初めてなの……やさしくしてね? じゃあ電気つけるよ?』
影がそう言うと同時に、部屋に明かりが灯る。眩しさに思わず目を細めながらも前方をみると、だだっ広い部屋の真ん中に雌雄のマークを首から下げた白い蛇のシャドウが現れていた。影はいつの間にか消えている。逃げられたらしい。
「ギョギョー!」
「うわ、キモッ!?」
クマと里中さんが思わず声を上げる。それを意に介した風もなく、白蛇のシャドウは威嚇音を出しながら身体をうねらせ、ハートマークに似たポーズをとると黒緑色の毒霧のようなものを体から噴出した。
「な、なんだコリャ!?」
「みんな気をつけろ! なんかヤバそうだぞコレ!」
巽くんと花村くんが叫ぶと同時に、毒々しい緑色の衝撃波が辺りを蹂躙する。突然の事にガードが間に合わなかった私は、なんとか身を逸らして直撃を避けるが後方に大きく吹き飛ばされてしまう。
「ぐっ……!」
痛みを堪え、吹き飛ばされた先で受け身をとる。四肢を使って床に着地して、舌打ちをしながら立ち上がろうとした瞬間、強烈な眩暈と耐え難い吐き気に襲われた。全身に悪寒が走り、膝が震えて立っていることすらも危うい。
「どうした暁美!? って、里中もかよ!? どうなってんだオイ!?」
自分の迂闊さを呪いながら右腕で額の脂汗を拭い、ぐるぐると掻き混ぜられた乱雑な思考回路で考える。
この重いインフルエンザにでも罹ったかのような体調、おそらくはあの蛇が放った毒だろう。最初の霧とそれともあの衝撃波、どっちが原因なのか。どちらにしろ、今の私が戦力にならないのは確かだ。
「わ、たし……大丈夫、だから。先に、里中さんを……」
「どう見ても大丈夫じゃねーだろ、一旦下がるぞ。クマ、里中頼む!」
「了解クマ!」
花村くんに肩を貸してもらいながらなんとか立ち上がり、前線から離れた位置に移動する。彼は私を壁を背にして座らせると、懐から "どくだみ茶" を取り出すとキャップを開けて私に差し出す。
「ほら、これ飲んどけ」
差し出された小さなペットボトルに口をつけると、苦味と茶葉の香りが口の中に広がり少しだけ落ち着きを戻してくれる。
「っ……ありがとう、助かったわ」
「いいって。それより、俺らでシャドウ倒してくっから、里中と大人しくしてろよ?」
そう言い残して、花村くんは前線へと戻っていく。何も出来ない自分に、腹が立って仕方がない。
「砕け散れェ!」
凄まじい音と風圧に驚いて顔を上げると、タケミカヅチがシャドウを壁に押し付けて強烈な電撃を喰らわせているところだった。
「チャンスだ! ボコボコにすんぞ!」
「おう!」
「おっし、いくぜ!」
「これでおしまいよ!」
気合の雄叫びを上げてシャドウに突撃すると、4人は得物とペルソナを使って私刑を開始する。1対8という数の暴力は非常にえぐい、シャドウを跡形も無く消しとばした。
「ケッ! ザマァみやがれ!」
「おーい、2人とも大丈夫かー?」
シャドウを倒した彼らは、私たちの側に駆け寄ってくる。私は花村くんに応えを返すと、壁を支えにして立ち上がった。
「ええ、だいぶ楽になったわ。それより、里中さんは?」
まだ頭痛が少し残っているが、気にする程のものではない。私よりも里中さんの方が心配だ。
「里中、立てるか?」
「うぅ……酷い目にあった……」
まだ顔色は悪いが、さっきよりはマシになったらしい。鳴上くんに助けられながら、ふらふらと立ち上がっていた。
「強かったね、あのシャドウ」
「ああ、まさか毒を使ってくるとは思わなかったぜ……」
「厄介だな……みんな、これからはシャドウの攻撃には今まで以上に気をつけよう。もしかしたら、今回みたいに所謂 "状態異常" を引き起こす攻撃を操るシャドウが現れるかもしれない」
鳴上くんの言葉に、私たちは頷くと部屋を後にした。
立ち塞がるシャドウを倒しつつ、上階を目指して通路を駆け抜ける。やっと11階まで登ると、今までのものより大きなカーテンが掛かっている部屋の入り口が現れた。
「多分、この先にリセって子が……ちょっと自信ないクマ」
「クマさん、大丈夫?」
何故か自信なさげなクマに、天城さんが心配そうに声をかける。どうやら、鼻の調子が悪いようだ。
「クマが言うなら、きっとこの先にりせがいるはずだ」
「よっし、行くぞ!」
鳴上くんと花村くんがカーテンを開け放つと同時に、全員で部屋の中に駆け込む。
部屋の内部は、1本のポールが床から伸びるステージ、その周りには観客席が設置されていてかなり広い。
「いた!」
「見ろ、本物も居るぞ!」
里中さんと花村くんが、ポールの前に立って哄笑する水着姿の久慈川りせの影と、割烹着姿の本人を指差して叫ぶ。割烹着姿の本人は、床に座り込んで少々辛そうに頭を垂れていた。
『見られてるぅ! 見られてるのね、いま、アタシィィ!』
「やめて!」
『んっもー! ホントは見て欲しいくせに、ぷんぷん!』
恍惚とした声を上げて身悶えしている影に対して、久慈川りせが苦しそうに声を上げる。しかし影は、まるで気にした風もなくそう言いながらポールを掴んで回転すると、身体を見せつけるようなポーズをとった。
『こぉんな感じで、どぉ!?』
「もう……やめてぇ……」
『ふふ、おっかしー。やめてだって』
哀願する久慈川りせを影は嘲笑すると、突如怒気を放ちながら叫ぶ。
『ざぁっけんじゃないわよ!! アンタはあたし! あたしはアンタでしょうが!!』
「違う……違うってば……」
ただただ弱々しく否定する久慈川りせは、耳を塞いで蹲ってしまう。
かなりマズイ状況だが、影が彼女の近くにいる所為で逆上した影や、ペルソナが放った攻撃の流れ弾に当たってしまう危険がある。今の状態で手出しをするのは下策だ、見てるだけしか出来ないのはなんて歯痒い事か。
『ほら見なさい、もっと見なさいよ! これがあたし! これがホントのあたしなのよぉぉ! ゲーノージンのりせなんかじゃない! ここにいる、このあたしを見るのよ!! ベッタベタのキャラ作りして、ヘド飲み込んで作り笑顔なんてまっぴら! "りせちー" 誰それ!? そんなヤツこの世にいない!! あたしはあたしよぉぉぉ!ほらぁ、あたしを見なさいよぉぉぉ!!』
「わ、たし……そんなこと……」
『さーて、お待ちかね。今から脱ぐわよぉぉ! 丸裸のあたしを、目に焼き付けなァ!』
「やめ、て……やめてぇぇ! あなたなんて……」
「だめ、言っちゃダメ!!」
尚も哄笑を上げる影に対して、久慈川りせは立ち上がるとブロックワードを言おうとする。それに気がついた里中さんがすかさず叫ぶが、間に合わずにそれは彼女の口から放たれてしまった。
「あなたなんて……私じゃない!!」
影は歓喜の笑い声を撒き散らしながら、その身から漆黒のオーラを溢れさせる。黒い霧が影を包み、その姿を禍々しく変質させていく。
『きたきたきたぁ!! これで! あたしわぁ、あたしィィッ!』
その中で、吹き飛ばされて空を舞う久慈川りせを見つけた私は鋼線を使って彼女を受け止め、戦場になるであろう場所から遠くの椅子に優しく寝かせると、そのまま臨戦体勢をとった。
「チッ……来るぞ!」
巽くんの声と同時に霧が吹き飛び、影がその変質した姿を露わにする。
人型で無秩序な彩色の身体とパラボラアンテナのような頭部を持つそれは、ポールに片足をかけて身体をふらふらと揺らしながらぶら下がっていた。
『我は影……真なる我……。さあ、お待ちかね。モロ見せタ〜イム! 特等席のお客さんには……メチャキッツーいのを特別サービスよ!』
ほむら「ふふ、レベルアップよ」
暁美ほむら : Lv35
アルカナ : 調整
ペルソナ : ツルヒメ
属性相性 : 光耐性、闇弱点
スキル : ミリオンシュート、ハマ、ディア、小治癒促進、攻撃の心得、アローシャワー
Nextスキル : メギド (38)