Persona4 : Side of the Puella Magica   作:四十九院暁美

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第14話

『我は影……真なる我……。お前たちに好きな "真実" を与えてやろう……ここで死ぬという、逃れ得ぬ定めをな!』

 

「こんな不気味なのが……あのトボけたクマくんの中に?」

 

 突如として現れた、酷く不気味でおどろおどろしいクマの影を見て里中さんが呟く。

 地面に空いた巨大な穴からボロボロの上半身を出し、妖しく目を煌々と輝かせている。その姿は、改変前のいつかの日に見た魔女の様だった。

 

「クマのやつ、見かけよりずっと悩んでたみたいだな……俺たちで救ってやろうぜ!」

 

『愚かしい隣人共! さあ、末期は潔くするものだ……!』

 

 花村くんに対して、影は憐れみの嘲笑を浮かべて言う。まるで自分の勝ちが確定しているかの様な言い草だ、気に入らない。

 

「あの中……何か居るみたい……」

 

「中に?」

 

 久慈川りせの呟きに、鳴上くんが反応する。どうやら、彼女のペルソナは解析型らしい。あの影が何かしらの強い干渉を受けている事を突き止めた様だ。

 しかし同時に、強力な風が影を中心に発生する。辺りに散乱した瓦礫が穴へと吸い込まれ、虚空へとばら撒かれていく。

 

「マズイ……みんな、何かに掴まれ!」

 

 穴へと吸い込まれない様に各々近くにあったポールに掴まると、影の対処のついて話し合う。

 

「影の中に居るヤツってのは、なんなんだ?」

 

「……ダメ、霧が濃くて分かんない。もうちょっと待って」

 

 花村くんの問いに久慈川りせはそう答えると、その力を徐々に高めていく。解析にはまだ時間がかかりそうだ。

 

『無駄な事は止めろ。抗っても、何も見えはしない……』

 

 影はそう言うと、穴の中へと姿を消した。相変わらず吹き荒ぶ風の音が、やけに不気味に聞こえる。アレは一体、何をしようというのだろうか。

 それからほんの少しして、影が穴から現れる。掲げた左手に、禍々しいエネルギーを蓄えながら。

 

「え、何? ……やな予感がする」

 

「ヤバイ……アレは絶対ヤバイ……」

 

 久慈川りせと花村くんが呟く。見た目からして、あの禍々しいエネルギーが危険なのは間違いない。あんなものを喰らえば、私たちは確実に死ぬだろう。

 

「こ、攻撃だ! とにかく攻撃して、体勢を崩すぞ!」

 

 鳴上くんが叫ぶと私たちは自身のペルソナから、それぞれが使える最も強力な魔法を影にぶつける。だが、どれだけ攻撃しても影は少し仰け反る程度で、まるで効いている様子が無い。

 

「全然効いてねぇ……!?」

 

「ウソでしょ!?」

 

 巽くんと里中さんが驚愕して、信じられないという様子で言う。あの巨躯には、私たちの攻撃もあまり意味をなさないようだ。全く、ふざけた耐久力だ。

 

「……! 見えた! 胸のちょっと下!」

 

「なら、そこを狙えば……!」

 

 それと同時に解析を終えたりせが、影に入り込んでいる異物の場所を伝えると、天城さんが意気込む。

 

「全員の力を合わせるぞ! 準備は良いか?」

 

 鳴上くんの問いかけに私たちは頷くと、ペルソナを呼び戻す。全員でその部分に攻撃すれば、体勢を崩せるかもしれない。

 

「3!」

 

「2!」

 

「1!」

 

「いっけェ!!」

 

 私たちは、りせに言われた部分に全員の力を合わせた攻撃を放った。攻撃は吸い込まれるように狙った場所に直撃、影が大きく仰け反ると同時に左手のエネルギーが弾ける。

 

「今だ!」

 

 仰向けに倒れた影に対して、イザナギが手に持った矛を突き立てる。トドメを刺された影は、獣のような声で断末魔をあげると身体から黒い粒子を霧散させ、その姿を徐々に元の形へと戻していく。

 

「あれは、クマさんの一面なの……?」

 

「けど、まさかクマくんにも抑えこんでた心があったなんてね」

 

 元のクマと同じ姿に戻った影の様子を見て天城さんと里中さんが呟く。そんな中で意識を取り戻したらしい、相変わらずぺしゃんこのクマは影の前に進み出ると語りかける。

 

「クマ……クマは自分が何者か分からないクマ……ひょっとしたら、答え無いのかも……なんて、確かに時々、そんな気もしたクマ。だけどクマは、ココにいるクマよ……クマは、ココで生きてるクマよ……!」

 

「クマは独りじゃない」

 

 鳴上くんが笑顔で言うと、クマは驚いたように振り返ると私たちに訊く。

 

「それじゃあクマはもう……独りで悩まなくても、いいクマか……?」

 

「しゃーねーな、一緒に探してやるよ」

 

「この世界の事を探っていくうちに、クマさんの事も、きっと何か分かると思う」

 

 そんなクマに花村くんと天城さんが笑顔で答えると、私たちはそれに頷く。すると、クマは感極まった声で言った。

 

「み、みんな! クマは……クマは果報者クマ! およよよ……」

 

 嬉し泣きするクマの後ろで、影がひときわ強く輝いた。

 

「これって……」

 

「ペルソナ……?」

 

 里中さんと花村くんが呟くと同時に、影が光に包まれてその姿を変えていく。

 赤と金の丸い身体から小さめの手足を伸ばし、青いマントをはためかせて両手に白いミサイルを掲げている。可愛らしくも勇ましいその姿は、まるで今日のクマみたいだった。

 

「これ、クマの……ペルソナ?」

 

 信じられない、クマの声色からはそんな心情が透けて見える。

 

「それ……すごい力、感じるよ……良かったね、クマ……」

 

 呆然とするクマに久慈川りせは笑顔で言うと、突然その場にへたり込んでしまう。私は咄嗟に彼女を支えると、ゆっくり地面に座らせた。

 

「わ、大丈夫!? そうだよ、イキナリだもん! ゴメン、無理させて……すんごい疲れてんのに」

 

「とにかく、早く外に出よう!」

 

 里中さんが心配そうに謝り、花村くんは焦った様子で言う。私が久慈川りせに立てるか訊くと、弱々しく頷いて立ち上がる。

 

「ピクシー、トラエスト!」

 

 鳴上くんが青い服を着た羽の生えている小さなペルソナを呼び出すと、私たちは光に包まれて気がつけばこの劇場を脱出していた。

 トラエスト……発動するだけで瞬時にこの劇場の外に出れるとは、随分と便利な魔法だ。現実世界でも、道に迷った時に使えれば良いのに。

 

 

 大急ぎで入口広場に戻って来ると、久慈川りせの様子を心配した天城さんが声をかけた。

 

「りせちゃん、大丈夫? もうちょっとで外だからね」

 

「私より、クマ……」

 

 天城さんに対して彼女は頷くと、弱々しい声で言う。確かに、今のクマは尋常ない傷を負っているように見える。見かけの割には元気だが、実際はどうなのだろうか。

 

「お前、大丈夫か? オレら、戻んなきゃなんねえけど……」

 

「しばらく独りにして欲しいクマ」

 

「お、おい……」

 

 巽くんが心配そうに訊くと、クマはそう答えた。花村くんもまた心配そうに声をかけると、クマは決意の篭った瞳を私たちに向ける。

 

「自慢の毛並みもカサカサだし。鼻も利かんで、迷惑お掛けしてるし……毛が生え変わるまで、トレーニングにハゲしく励むクマ! 誰も、オラを止めることは出来ね!」

 

 そう叫んだクマは、突然その場に寝っ転がって腹筋を始めた。

 

「きゅ、急にどしたんだよ……」

 

 あまりに唐突な行動に呆れた様子で花村くんが訊くと、クマは腹筋をしたまま彼に言う。

 

「話しかけないでほしいクマ! あ、ソーレ! ふんっ! ふんっ!」

 

「そっとしといてやろうぜ……男には、独りで越えなきゃなんねえ時が、あるもんなんだよ……」

 

「そんなハイブローな話……?」

 

 そんなクマの姿を見た巽くんはどこか深刻そうな顔をすると、里中さんは納得しない感じだ。

 ところで疑問なのだが、クマの性別はどうなっているのだろう。女子への態度から見て雄だとは思うが……いや、そもそも性別という概念はあるのだろうか。

 

「じゃあ、りせちゃんは私たちで送って行くね」

 

「とにかく、今はゆっくり休ませなきゃな。話はその後でいい」

 

 クマの謎について考えていると、天城さんと花村くんがそんな会話をしていた。どうやら、私たち女子3人で久慈川りせを家に送り届ける事になったらしい。

 

「じゃあ、クマくん、えと……がんばってね!」

 

「頑張って、期待してるわ」

 

「期待以上になって、華麗に復活するまで、しばーし、待っててほしいクマ!」

 

 里中さんと私の激励を受けたクマは、身体から気合を漲らせる。この様子なら、心配は無さそうだ。私たちは広場に設置されたテレビから現実世界に帰ると、久慈川りせを送り届けた後に帰路へ着いた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 それから少し経って6月27日、ほむらと悠は鮫川河川敷にいた。

 彼らが一緒にいるのは、ほむらが珍しく悠に声をかけたからだ。一応言っておくが、特に何かある訳ではない。

 

「……不思議ね」

 

 ほむらが、小さな声で呟く。それを聞いて疑問に思った悠が、何が不思議なのか訊くと彼女は感慨深げに溜め息を吐く。

 

「空を見上げていると、何でもないのに悲しくなってくる……」

 

 茜色の空を見上げて酷く寂しそうな横顔を見せていたほむらは、顔を下げると微笑を浮かべて悠を見て言った。

 

「きっと、本の読みすぎね。どうしましょう」

 

「読むのを止めてみるのは?」

 

 そんなほむらに対して悠がそう返すと、ほむらはくすくすと笑いながらそれを肯定すると、少しだけ自分の事を話し始める。

 

「本は私にとっての "憧れ" 。こんな風になりたい、こんな風にしてみたい、こんな事をしてみたい……そんな、ささやかな願いを叶えてくれるものなの。だから、本を読むのは止められないわね」

 

 ほむらの話を聞いた悠は、暁美ほむらという少女は本に対して強い思い入れがある事に気がついた。

 悠自身そこそこ本を読むが、それは単なる娯楽でしかなくほむらのように考えて読む事などまずなかった。それはきっと、小さい頃に読んだ絵本の中の世界に憧れる感情 (感性と言い換えても良いだろう) を、どこかへ忘れてきてしまったからなのかもしれない。そう考えると、意外とほむらが子供じみた感性をしているように悠は感じた。

 

「意外と子供っぽい?」

 

「感性豊か、と言いなさい」

 

 その事を口に出してしまった悠に、ほむらは不満そうな声色で言う。だが、それは不快そうなものではなく、どちらかといえば愉快そうなものだった。

 それからしばらくの沈黙の後、悠はふとほむらに問いかける。普段、あまり話さないほむらが珍しく声をかけてきた事、そして今まで話してくれなかった自分の事について話してくれたのを、不思議に思ったからだ。

 

「そういえば、どうしていきなり俺と話そうと思ったんだ?」

 

 ほむらは数秒考えた後、照れとほんの少し憂いと困惑が混じった笑顔で答える。自分でもどうしてこんな事を話したのか分からない、微かにそんな様子を見せる笑みだったが悠はそれに気がつく事はなかった。

 

「誰かに私の事を知ってほしかった……仲間として、友達として、自分と同じ時間を共有したいと思ったから……かしら?」

 

 どうやら、ほむらは悠たちに対して少しずつ心を開いているようで、何かしらの形で自分を知ってほしかったらしい。

 ほむらの不器用ながらも確かな友情に、悠は彼女との仲がまた少し深まったのを感じた。

 

 

 

 それから3日後の昼休み、緩慢な動作で教科書類を机の中にしまっているほむらに、悠は一緒に昼食をとらないかと提案する。特に断る理由もなかったほむらはそれを了承して、悠と学校の屋上へ向かった。

 

「そういえば、詩野さんはどうしたんだ?」

 

「今日は図書委員の仕事があるって言ってたから、今頃図書館で本の整理でもしてるんじゃないかしら」

 

 屋上についた2人は、そんなたわいのない話をしながら弁当の蓋を開ける。

 ほむらの弁当は楕円型で薄紫の2段弁当箱で、1段目には白米がぎっしりと、2段目には唐揚げやエビフライなどのおかずが入っている。中々にボリューミーだ。

 対する悠の弁当は長方形で銀色の弁当箱。中には白米と昨日作ったハンバーグに茹でたニンジンときゅうりのサラダが入っていて、バランス良くおかずが揃っている。

 

「随分美味しそうなお弁当ね。もしかして手作り?」

 

「ああ。食べてみるか?」

 

「……良いの?」

 

「もちろん」

 

「それじゃあ……ありがとう、いただくわ」

 

 ほむらは悠に勧められてハンバーグをひと口分だけ箸で掴むと、ソースが垂れないように口に運んだ。

 口に入れた瞬間まず最初に感じたのは、ソースの味と香りだった。舌に残るような濃い味と程よい酸味は、まさに母親がブルドックソースとケチャップを混ぜて作った特製ソースのそれだ。少しだけ懐かしい気持ちになったほむらは、ソースの味を楽しむようにゆっくりと肉を噛みしめる。奥歯で肉を潰すと迸る肉汁はソースと混ざり合い、ほのかに香ばしい匂いと柔らかな肉の感触が口の中に広がっていく。肉汁と混じり合ったソースは口内をその味で満たし、肉本来の旨みを際限無く引き上げていた。

 

「美味しい……」

 

 料理は嗜む程度と言って憚らない悠だが、冷めたハンバーグであるにも関わらずほむらを唸らせるその腕前は、長年の専業主婦に匹敵する程。ほむらがそう呟いてしまうのも仕方のない事といえる。

 

「ちょっと欲が出てきそうよ、本当。機会があったら、また食べさせてちょうだい。私も何か作ってくるから」

 

 どうやらハンバーグはほむらの好みだったらしく、いたく気に入った様子だった。

 

「なら、次はこれより美味いものを作らなきゃな」

 

「じゃあ、私もこれより美味しいものを作ってくるわ」

 

 悠がやる気を見せると、ほむらはころころと笑いながら言う。今度は何を作ろうか、悠はほむらと言葉を交わしながらそんな事を考えるのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 その日の放課後、夕飯の材料を買いにジュネスへ行くと小学校低学年くらいの小さな女の子と鳴上くんが、ジュネスのエプロンを着けた花村くんと話していた。誰の妹だろうか、遠目ではどっちにもあまり似てない気がするが……。

 

「こんばんは鳴上くん、花村くん」

 

「あれ、暁美じゃん」

 

「奇遇だな」

 

 2人と適当な挨拶を交わした後、鳴上くんの側にいる女の子に視線を送る。すると私の視線に気が付いたその子は、さり気なく鳴上くんの影に隠れてしまう。

 もしかして、怖がられてるのだろうか。

 

「お姉ちゃん、だれ?」

 

 ほんの少しだけショックを受けていると、かなり控えめな声でその子は鳴上くんに訊いた。

 

「ああ、そういや "菜々子" ちゃんは暁美と会うの初めてだったな」

 

 どうやらこの子は "菜々子" というらしい。よく見ると目元が鳴上くんに似ている気がするから、多分鳴上くんの身内に違いない。

 

「初めまして。菜々子ちゃん……で、良いかしら?」

 

 目線を合わせてなるべく優しい笑顔で話しかけると、彼女がおずおずと頷く。やはり怖がられているようだ。笑顔を作っている筈なのに、どうしてだろうか。

 

「私は暁美ほむら、貴方の……お兄さん? の友達よ」

 

「は、初めまして……えと、堂島菜々子です」

 

 私が自己紹介をすると、菜々子ちゃんは鳴上くんの影から顔を出して言う。右手を差し出して握手を求めると、彼女は私の手と顔を交互に見た後、前に出てきて私の手を握ってくれた。どうやら恥ずかしがってただけで、私を怖がっていた訳ではないらしい。

 

「よろしくね、菜々子ちゃん」

 

 それからしばらく彼らと話をした後、私は彼らに別れを告げて買い物に戻った。

 菜々子ちゃんとはそれなりに打ち解けられた気がするが、まだまだ私も彼女もぎこちない感じだ。まあ、それも時が経てば無くなるだろう。次に会うまで、私も子どもと接する事に慣れておかなければ。

 因みに、今日はししゃもが安い日だったので夕飯はししゃもにした。流石はジュネスだ、安い上に美味しい。




コミュニティ:暁美ほむら
アルカナ:調整
レベル:3

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